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第85話 非日常はフィクションでいい 7

 戦いには相性と言う物が存在する。

 近距離で戦うのであれば、銃器よりも無手を極めた格闘家の方が有利だったり。中距離ならば、銃器や無手よりも、刀剣類の類の方が使いやすい。遠距離ならば、当然、銃器の類が絶大なる威力を発揮するだろう。あるいは、サイレントキルを目指すのならば、銃器よりも弓などの音が出にくい射撃武器の方が適している場合がある。

 距離だけでもこれだけの有利、不利、が存在するのだ。

 そこに戦う相手の種類や地形、などを付け加えて行ったら、キリがない。しかも、その中に『異能』という常軌を逸するカテゴリの能力が加わるとしたら、もはや戦いの中で絶対的な最善など無いのだろう。

 だが、この時ばかりは断言できる。


「さて、知っているかな、見崎。かつて、雷は神の怒りとして扱われていてね? そりゃあもう、昔の人は畏れて、神の一種として祭り上げたこともあったそうだよ。ああ、外国だと主神クラスの主な力の象徴が雷だったりするしね」


 石神が振るった異能は、俺達を囲んでいたロボットに対して相性が良かったのだと。


「だから、神様を殺したとか言っている奴らが雷に当たって壊れるってのは、案外、因果応報が働いているってことなのかもしれないよ?」


 焼け焦げて動かなくなった、数百体のロボットの姿を目にすれば、きっと、誰しもそう思うだろう。

 何せ、石神が無造作に腕を振るう度に、紫電がロボットの間を走り、その度にロボット共が、なす術無く壊れていくのだ。あれにクラスメイトを殺されて、恐怖させられた身からすれば、爽快な事この上無い逆転劇だった。


「す、すげぇ……」


 俺は石神の活躍を最初から最後まで見ていたのだが、まさしく、役者が違う。逃げ惑うしかなかった他のクラスメイトや、無様でやけくそ気味な俺の吶喊に比べて、石神の動きは洗練ささえ感じるほど、手慣れていた。

 獲得した異能が強力だから強いのではなく、立ち回りも上手い。動きに無駄が無く、ロボット共に何もさせない内に、全てを完封して破壊する。単純ではあるが、一つでも攻撃を通せば、柔らかい人間の肉では耐えき切ることが出来ないことと考えると、石神の肝の太さが垣間見えるという物だ。


「う、ううう、ええと?」

「あれ? 俺、死んだんじゃ……?」

「ひゃあ!? なんで!? なんで私、半裸ぁ!?」


 と、ここで俺は周囲の異変に気付く。

 石神がロボット共をぶち壊している最中には気づかなかったのだが、どうやら、各教室内で、死んだ生徒たちが生き返る、という現象が起きているらしい。

 え? どういう仕組みなの? いつの間にか、知らない間にゲームの世界にやってきて、最初のクエストクをリアしたから、リスポーンとか?


「見崎、なんか変な妄想をしているみたいだけど、違うよー。この蘇生現象は恐らく、僕や君の肉体に起きた覚醒の副作用みたいなものだろうね。ほら、僕らだっていつの間にか傷が消えているだろう? 異能に覚醒すると、魂が輪廻に導かれて居なかったら、ある程度は蘇生できるみたいだね。もっとも、あくまでも初回特典だから、二度目は無いだろうけど」

「お、おう? わかった」


 敵の掃討を終えた石神が、若干くたびれた様子で俺の疑問に答えてくれる。

 ふんふん、なるほど。覚醒の副作用ね、輪廻ね、魂系のあれね。大丈夫、理論は分からないがフィーリングで半分ぐらいは分かった気がするわ。


「分かってない口ぶりだよ、それは……まぁ、いきなり全部理解するのは難しいよね」

「は? 舐めるなよ、石神。懇切丁寧に説明してくれれば、一時間ほどで理解できるわ」

「なにその遠回しな肯定……ともあれ、残念ながらゆっくり説明している時間は無いんだ。見崎、悪いけど教室中の人間を体育館に集めてくれる? とりあえず、生きている人たちを集めて、この学校から脱出しないと」

「なんで脱出? もう、敵は全部倒しただろ?」

「そうだね、倒したよ――――雑魚敵は、ね」


 石神は肩を竦めて、ため息を吐く。

 あのぉ、そういうリアクションをしているとまだまだ戦いが終わっていないというか、始まったばかりのように見えるんですが。


「ええと、RPGで例えてくれ。レベル100がマックスで。あの敵はレベル幾つぐらいだと考えているんだ?」

「レベル1~3ぐらいじゃない?」

「序盤の雑魚敵じゃねーか! え? この先もっと強いのが出てくるの!?」

「多分ねー。この襲撃なんて、あっち側からすればお遊びも良いところだと思うよ? 少なくとも、ほら、窓の外から見えるだろ? あれをやらかせる奴が居るのなら、あいつらなんて出てくる必要ないと思うし。何より、僕たちを全滅させたいのなら、もっと他のやり方があったはずだ」

「…………あー、つまり、雑魚敵を倒した俺達に対して、『お、見どころあるじゃん!』みたいなノリで、あの影の奴らがもっと強いロボットを送ってくる可能性があるってことか?」

「そうだね。その可能性が充分あるから、出来ればここから離れたい…………ここを出てどこに行くかは一応考えてあるから、とりあえず、皆には『校舎の一部が脆くなっているから、とりあえず避難のために体育館に集合』という感じで言って欲しいんだ」

「ん、了解」


 俺は石神の指示に従い、各教室へ呼びかけに行った。

 もちろん、一人じゃない。

 事を急ぐようなので、生き残っていて無事なクラスメイト達にも石神は俺と同じような説明をして、体育館に人を集めるように指示している。これならば、多少の混乱があったとしても、そんなに時間がかからず、体育館に人を集めることが出来るはずだ。

 普段ならば、思春期の少年少女が同学年からの突然の避難指示を素直に受け取るか疑問だが、何もかもが分からないこの現状であるからこそ、『声の大きい言葉』に従うはず。


「体育館だ! 体育館に集まってくれ! さっきの衝撃で校舎の一部が脆くなっている可能性がある! 体育館に一時、避難してくれ!」


 校舎内を回りながら、俺は被害状況を確認していく。

 廊下や教室に、いくつか壊れたロボットが散乱している。どうやら、異能とやらに覚醒した生徒たちが、石神が倒すよりも前に壊したロボットの残骸のようだ。幾つか、廊下の一部が壊れて通りにくくなったり、天井が崩れて、瓦礫で塞がっている部分もあったが、幸いなことにその所為で孤立することになった場所は無かった。

 多少の迂回は必要になったが、人海戦術でどんどん、校舎内を回っているので、時間のロスはそこまで多くならないだろう。


「一体、なんなの、これは!?」

「うお、すげぇ、火ぃ、出るぞ、火ぃ」

「回復ぅー。回復必要な奴いるかー?」

「――――先生! 加藤先生ぇ! う、うううっ!」


 校舎内は混沌としていた。

 パニック状態になり、説明をしてくれと、半裸のまま俺に掴みかかる者。

 覚醒した異能にはしゃいで、とりあえず使ってみる者。

 自分の異能を早々に把握し、誰かのために動いている者。

 死から蘇生しない、誰かの死体に泣きついて嘆く者。

 喜劇と悲劇を適当に混ぜたかのような、落ち着きのない有様だった。


「詳しいことは後で説明する! 今は体育館へ行ってくれ!」


 内情を理解していない俺は、そううそぶいて彼らを体育館へ誘導することしか出来ない。そんな俺が下手に何かを説明しようとしても、返って混乱させる。だから、俺はそのばしのぎの言葉で、とにかく彼らをその場から動かしていった。

 何が正解なのかは分からないが、とにかく、何かを知っている石神がそうしろ、と指示してくれたのだ。今はそれに従うことこそが最善のはずである。


「くそ、大人は蘇生できないのか」


 校舎内を回って気づいたのだが、死んでいる人間は例外なく、教師陣のみ。殺された生徒たちは全て蘇生しているというのに、死んだ教師は蘇生していない。それどころか、生き残っている場合でも、教師たちが負った傷は回復していなかった。

 恐らく、あの覚醒の恩恵を受けられるのは、成人していない子供に限られるのかもしれない。


「…………誰かが死んでいる所を見て、感想はそれだけかよ、俺」


 校舎内を駆け巡りながら、俺はいつの間にか皮肉げな笑みを口元に貼り付けていた。

 あまりの出来事の連続に、まともな精神が麻痺して、いつの間にかこんな様になっていたのである。顔見知りの死を見ても、ほとんど動じなくなってしまった。それが良いことであるのか、悪いことであるのかはさておき、この状況においては僥倖であると信じたい。人の死に足を止めている時間は、恐らく、今はあんまり無いのだから。


「おおい、こっちは終わったぞ、神奈!」

「三階はもう大丈夫だ、誰も居ない」

「二階も同じくー」

「残るは俺達だけだ、ほら、よくわからない変な顔してないで、さっさと行くぞ」

「変な顔ってなんだよぉ!?」


 時間がどれだけ経ったのかは分からない。

 誰も時計なんて見ていないから、分からない。だが、そんなに時間はかかっていないはずだ。体感だと、十分そこらでほとんどの避難が終わっていた。

 無論、これは俺一人の力などではなく、途中で他の教室から合流してくれた友達の力が合わさった結果の産物である。奴らは普段、人前には出たがらない気質だというのに、こういう緊急事態では躊躇いが消えるらしく、率先して避難誘導を手伝ってくれたのだ。


「あー、しっかし変なことになったよなぁ、現実」

「なー? 俺なんて一回死んだぞ、ぐさっと刺されて」

「まさか、生き返れるとはな」

「しかも、異能付きだぜ? いやぁ、始まったな、現実」

「クソみたいなアップデートだけどな。運営に文句言わねぇと」

「その運営は死んでいるらしいぞ。ほら、影の奴らが言ってたじゃん」

「マジかよ、チートでハックされたんかね? 現実」


 他愛なく、実の無い、浮ついた会話を交わしながら、俺達は体育館へ向かって歩いている。

 俺たち以外の誰かが見れば、呑気で不謹慎な会話だったかもしれない。けれど、俺はこういう会話に少なからず心が安らいでいた。

 どんな危機的状況に陥ろうとも、こいつらと一緒なら、クソッタレな現実を茶化しながら、何とかやっていけると思えたから。

 そう、思っていたから。

 だから、俺は何も出来なかったんだ。


「――――空間転移完了。指定された座標に到着しました。マザー、指示を」


 きぃん、というガラスが割れたような甲高い金属音が響いた。

 直後、まるで最初からそこに居たかのように、コマ送りの途中で画像を差し込んだかのように、突然、俺達の前に『何か』が現れた。


「……あ」


 それが何なのか、俺にはよくわからないが、その時の俺は天使だと思った。

 何せ突然、真っ黒なドレスを身に纏った、背中に六対の黒翼を持つ、美少女が目の前に現れたのだ。そう思っても仕方ないだろう。

 ただ、問題はそこからだった。

 俺達は突如現れた不審者に対して、何らかのアクションを取ることも出来ず、ただ、呆然とその美少女の姿を見つめていた。

 何故か? 答えは簡単である。

 美しかったからだ。

 鴉濡れ羽色のショートヘアも。金色の瞳も。凛々しい目つきも。朱に染まった艶やかな唇も。すっと通った鼻も。耳も。頬も。首元も。あるいは、指先さえも。

 その何もかもが、息を止めざるを得ないほど、美しかったのだ。

 感情が焼けついて、『美しい』と思う以外の思考が働かなくなるほどに。

 だから、俺達は何も出来なかった。


「……了解。これより、適正者を算出するための『試験戦闘』を行います」


 無表情に、無感情に。

 指揮者の如く指を振るう、黒衣の天使。

 ――――衝撃は、感じなかった。ただ、体がズレるような感覚と、床に倒れ込む固い感触だけは、はっきりと覚えている。


「合格は生存、落第は死亡と定義」


 滲む視界。

 どこかで響く崩壊の音。

 そんな中でも、鈴の音の如き美しい天使の声ははっきりと聞こえていた。


「まず、五名の落第を確認。次の試験に移ります」


 俺達の死を確定させる、無慈悲な言葉が、はっきりと聞こえていた。

 これが、俺と忌まわしき機械天使の因縁の始まり。

 後に、【黒色殲滅】と名乗った、最強の機械天使との、戦いの始まりだった。

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