第84話 非日常はフィクションで良い 6
まず、連想したのは蟻の大群だ。
幼い頃、何かのテレビ番組で見た光景なのだが、地面を覆いつくすほどの蟻の大群が蠢き、動物や作物、木々などを全て無数の小さな牙で食らい尽す、その光景。
俺はその時、どんな感情を持ったのだろうか? 『おお、すげぇ』などと感心したのか、それとも、『うわぁ』と蟻の群れに生理的嫌悪感を覚えたのか。
何分、子供の頃の記憶である上に、特に興味を持ったわけではないワンシーンだったので、どんな感情を抱いたかなんて、詳しく覚えていない。
ただ、一つだけ。
地面を覆い、さながら黒い波のようにあらゆる物体を砕くそれに足を踏み入れたならきっと、どう足搔いても死んでしまうのだろうな、と素直に考えたものだ。例えるのなら、火山の火口に飛び込んだら、何をどうやっても死ぬだろう、などというごく当たり前な『死のルール』をそれから感じたのである。
「反則だろうが、こんなのは」
そして、ロボットの大群に囲まれている現状でも、俺は似たような『死のルール』を感じた。
何をどう足搔こうとも、当たり前に、常識的に死ぬ。
そういう物が、俺達を囲んでいる。
一体だけでも俺達を虐殺していたロボットが見える範囲だけでも、数十体以上。その全てがあのムカデ型と同じ性能……あるいは、それ以上の性能を持っているとしたら、何をどうしても無駄なのだと、理解するしかない。
そう、理解するしかないが――――逆を言えば、何をどうやっても死ぬのであれば、最後の最後ぐらい。もっと自由に生きてみてもいいんじゃないか、と俺は思ったわけだ。
「は、ははっは、上等だ、このクソ共」
乾いた笑い声を虚しく壊れかけの教室に響かせると、俺は再び、椅子の部品を手に取った。いい感じに先が尖っている奴はもう無いから、適当にそこら辺のを拾って。
「どうせなら、最後の最後まで抗ってやる。そうだ、ささやかな嫌がらせをしてやるよ、お前らにな」
やけくそ気味に強気な笑みを作って、俺は椅子の部品を構えた。
生き残ったクラスメイト達が、『お前、マジか』みたいな顔をしているが、ああ、マジだとも。そうだ、マジだ。どうせ死ぬなら、さっきみたいに一体でも道ずれにしてやる。後悔させてやる。そうだ、後悔させてやるんだ。
この理不尽を起こした相手を、後悔させてやる。
「男子高校生、舐めんなおらぁ!!」
怒りはそんなに無かった。
その時はまだ、現実を把握しきれていなかったから、絶望で恐怖がマヒした精神が、やけくそ気味に俺を突き動かしていたのだろう。むしろ、芸人根性に近しい感情だったのかもしれない。どうせ死ぬのならば、せめて、一花咲かせてやろう、という奇妙な心持ち。
同士討ちを警戒してなのか、ゆっくりとこちらを包囲しているロボットの大群に、自ら突っ込んでいくという愚考は、主にそのような精神状態で成立した物だったのである。
だから、思いもしなかった。
「うぉおおおおおおおっ!! 今こそ、都合よく目覚めろ! 何かよくわからない理由で秘められた俺の能力ぅううううう!!」
まさか、こんな破れかぶれの突撃が。
世界の馬鹿らしい死因一覧にでも入りそうな、特攻が。
【――――反逆の意思を確認。これより、覚醒因子の散布を行う】
今は亡き神が、管理者が仕掛けた覚醒イベントのトリガーになっていたなんて、思いもしなかったのだ。
●●●
一粒の白く、小さな結晶が目の前に出現した。
そうとしか見えない現象を目のあたりにして、俺は一瞬、何もかもを忘れて、その不可思議な現象に目を奪われる。
奪われたその一瞬で、俺の意識は違う場所に移されていた。
「…………は?」
そこはまるで、世界の中心のような場所だった。
床は無い。
天井は無い。
椅子はある。俺が座っている。ただ、座っている場所が問題だ。なぜならば、そこは本来、何も置くことが出来ない虚空。地球と呼ばれている星の外側に、俺の意識はあったのだから。
「え? あ、さ、酸素? え? なんで? 空気? 呼吸? 夢?」
あまりにも唐突な白昼夢に、俺は戸惑いを隠せない。
そりゃそうだ。先ほどまであれほど覚悟をというか、やけになって突撃していたばかりだというのに、そこに冷や水でもぶちまけられるかのように、この場所へ意識が飛ばされてしまったのだ。困惑しない方がおかしい。
【覚醒せよ、何者でもない少年よ】
「どちら様ぁ!?」
その上、脳内に謎の声が響いてくるのだから、もう、俺は思考を放棄しそうになっていた。
【己が魂の業に目覚めろ。魂に刻まれた、異能を思い出せ】
「すみません、もうちょっとちゃんと説明を――」
【私が、そのための因子を与えよう】
「ちくしょう、説明してくれないタイプのイベントだな、さては!?」
いや、実際俺はあらゆる疑問を投げ捨てていた。
どうして呼吸が出来るのか?
ここはどこなのか?
そもそも、お前は何者なのか?
この状況について知っているのか?
尋ねたいことなど、山ほどあった。応えてくれるのならば、いくらでも時間をかけて質問をしたかった。
だが、俺は本能的に知っていたのである。『こいつは本来、人間の尺度で動ない奴』だと。だから、何を言っても無駄であり、されるがままに何かを受け取るしかない。
けれど、せめて、そう、男子高校生としての最低限の義務を果たすべく、俺は叫んだ。
「だったら……さっさと、力を寄越せ! なんでもいい、俺に力を寄越せ! 友達が待っているんだよ! こんなところで足踏みしてられるか!」
【力は、己の魂にこそ宿る。故に、繰り返そう――――思い出せ】
七割の本音と三割の悪ノリで叫んだ俺へ、謎の声が告げる。
思い出せ、と。
そして、俺がそのことに疑問を挟む余地もなく、俺の白く、小さな結晶が降って来た。ただし、今度はもっと多く。さながら、冷たさを感じない雪のような物が、どこからか俺の頭上から降り注いでくる。
「――――ぁ」
白い結晶が俺の体に触れる度に、何かの映像が、脳裏を過ぎった。
剣の記憶。
血の記憶。
影の記憶。
かつて、何者でも無かった頃の記憶。
見崎神奈ではなかった頃の記憶が、魂の内側から溢れ出るように流れて――――
●●●
目覚めた、という実感があった。
長い長い夢から目覚めた時のような奇妙な爽快感と、謎の活力が体に満ちている。
俺の意識は既に、謎の空間から現実へと帰って来ていた。眼前には白い結晶では無く、倒すべき無数のロボットの群れ。
確信があった、今の俺には、新たなる力があると。
魂の奥底から覚醒した、異能と呼ばれていた力があると!
「う、おおおおおおおおおおおっ!」
確かな確信と共に、俺は群れの先頭に居た、狼型のロボットへと椅子の部品を振り下ろす。以前の時のような何も分からない状態ではない。新たなる力に覚醒した状態での、一撃。
それは、
『ぐるぁ?』
「おうあ?」
がきゃん、と虚しい金属音を響かせて、ロボットの装甲に弾かれた。
「…………」
『ぐるっ? ぐら? ぐる!?』
「くそがぁああああああああああああ!!」
全然効いてないじゃねぇかよぉおおおおおおおおお! さっきのまぐれ当たり以下の攻撃性能なんですけどぉ! 当たり前のように弾かれているんですけどぉ! なんかもう、途中で折れて使い物にならなくなったから、普通に狼型のロボットに蹴りを入れて嫌がらせをしているという現状だぜ、ちくしょう!
俺は悪態を吐きながら、手あたり次第、周りのロボットを蹴り飛ばしていく。
「何が覚醒じゃ! ぼけがああああああああ!!」
…………本来ならば、そこで気づくのだが、俺は怒りに思考が染まっていたので気付かなかった。俺の異能はもう既に発動しているのだと。これ以上なく効果を発揮して、俺の命を救っているのだと、気付いていなかったのだ。
そう、本当に何の力も無ければ、そうして、怒りのままに当たり散らす前に、俺の肉体はロボットたちによって解体されているはずだというのに。
「やれやれ、荒れているねぇ、見崎」
結局、俺はその時は自分の異能の正体に気付かないまま、戦闘を終えることになる。
ようやく、俺よりも数段、この状況に相応しい『救世主』が登場したのだから。
「だけど、気持ちは分かるよー、うん。というわけで、僕も混ぜてもらうかな」
場にそぐわない、軽快な声で現れたのは、ボロボロに傷ついた体で、けれども、飄々と笑う優男。笑みと共に振り上げた、その右手には、何故か、ばちばちと紫電が纏わりついている。
「――――お、おせぇよ、石神ぃ!」
「あははー、ごめんごめん……見崎、今まで頑張ってくれてありがとうね、マジで」
石神春渡。
主役に相応しい存在感を持つ男子高校生。
そんな奴が、余裕の笑みを浮かべながら、何やら異能みたいな物を使っているのだ。
「そんなわけで、ここからは、僕が相手になろう」
ならば、この後の展開は語る必要は無い。
どんな世界、何時の時代でも。
「全部、スクラップにしてあげるから、存分に壊れに来ると良いよ、ポンコツ共」
覚醒した主役の前にした有象無象の敵の結末など、決まり切っているのだから。




