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第83話 非日常はフィクションでいい 5

「もっと、きつく傷口を縛って! 痛がっても、無視で!」

「あ、そこのガラス片を抜いちゃだめだ」

「意識の無い人は出来るだけ頭を動かさないように、こっちへ!」


 石神の指示は迅速で、なおかつ、的確だった。

 俺は傷を負って呻いているクラスメイトの体に触る事すら躊躇ってしまうのに、石神はまったくそれが無い。一切の躊躇いなく、一目見ただけで大よその怪我の状態を把握。素人である俺達に及ばない部分を手早く終わらせると、次々とその後を、つまり、俺達にも出来るような単純な処置を指示して、任せていく。

 まさしく、リーダーシップの見本のような動きだ。

 自分にしか出来ないことを手早く終わらせて、誰にでも出来そうな処置は、出来そうな人間を探して、指示する。しかも、力強く、分かり易く言葉で指示してくれるので、指示される側である俺たちも動きやすかった。


「ハル、重傷は六人。軽傷だけど動けない人は十人ぐらい。意識不明が三人。後の残りは軽傷で特に問題無しよ。でも、笹原先生が……」

「重傷で意識不明、か。怪我から見るに、とっさに窓ガラスのカーテンを引いて、少しでも僕らを守ろうとしてくれたんだろうね。そうじゃなければ、もっとひどい有様だったかもね」


 時間にして、ニ十分にも満たない間だったと思う。

 その僅かな間に、石神は動けるクラスメイト達に指示を送り、見事にクラスメイト全員分の応急措置を終えたのだ。

 それは素人である俺からしても、手慣れた動きで見事だったし、重傷の人などは、石神が居なければ絶対にそのまま命を落としていたかもしれない。

 やるべきことが出来た。

 例え、石神に指示された動きだけしか出来なかった俺でも、そういう達成感が、心の中に生まれていた。その時の俺は、こんな状況でも、何かをすることを諦めなければ、きっと活路は開けると、そう思えるような心持ちだったと思う。


「石神、これからどうする? 救急車……は、無理か。他のクラスの奴らにも声を掛けて、怪我人を見て回るか?」

「…………そう、だね。うん、今はそれしか出来ないね。よし、見崎とことっちゃんは、僕と一緒に他のクラスを…………」


 だが、一番の功労者である石神は、この中で最も冷静だった石神は、既に気付いていたのだろう。

 この程度で、終わるはずがない、と。


「っつ! ことっちゃん!」

「えっ? ハル――――」


 石神が必死の形相で幼馴染の腕を掴むと、荒々しく自らの方へ引き寄せる。

 俺は、その石神の動作の意味に気付く前に、自然と体が動いていた。今から思えば、それは第六感という奴で、この後の戦場でも多く俺を助けた『虫の知らせ』だったのかもしれない。

 だから、俺と石神と、その幼馴染。

 この三人だけは、明確に『落ちて来た脅威』を避けることが出来た。


『ぎ、ぎぎっぎぎっ! ぎぎぎぎぎぃ』


 がぁん、という工場現場でしか聞かないような破砕音が、真上から降ってくる。音の次には、瓦礫が次々と落っこちて来て、天井が破られた、という事実を五秒遅れぐらいの感覚で認識できた。

 しかし、肝心の、そう、天井を破って降りて来た『そいつ』に関して、俺は一切の現実感を持てずにいた。それが本当に、現実に存在しているのか、認識できなかった。


『ぎ、ぎぎぎぎぎっ』


 金属が捩じれるような不愉快な鳴き声をしているそれは、一言で言えばロボットだった。

 ムカデを模したロボットだった。

 全長が二メートル以上で、現代の科学技術ではとても再現できない、SF染みた滑らかな動きをするロボットだった。

……いや、ひょっとしたら、俺が知らないだけで、現代の科学はここまで進歩していたのかもしれない。これはもしかして、どこかの国か、テロリストによる侵略兵器なのかもしれない。


『ぎぎぎっ――【存分に喰らえ、風の牙】』


 そのムカデのロボットが、機械的な音声で『呪文らしき物』を詠唱して、六人ほどのクラスメイトの肉体を、旋風と共に、不可視の刃が切断しなければ。

 まだマシな、そういう現実逃避の妄想に浸っていられたかもしれないな。


「う、あああああああああああああ!!?」

「逃げ、逃げろぉ!」

「いやぁあああああ! なにこれ、なにこれぇ!?」

「あはっはは! そうだ、夢! これは夢なんだ! だって、おかしいだろ!? そう、だから、ゆべぇ」


 恐怖がその場を支配していた。

 ただでさえ、俺達は平和な日常を生きていた、どこにでもいる高校生たちだ。こんな埒外のロボットと戦う手段など無い。その上、怪我をしている奴らが大半であり、また、多くのクラスメイトをロボットの最初の襲撃で失った。殺された。見えない刃で切断されて……そう、まるで、漫画に出て来そうなほど綺麗な輪切りだった。切られた奴は当然、死んだ。体が分かれて、内臓がぶちまけられて、命を失った。

 鳴り響く悲鳴。

 発狂した者たちの笑い声。

 なんだ、これは。これじゃあまるで、安いパニックホラーみたいじゃないか。

 俺は現実感を失った頭で、必死にどうすればいいのかを考える。

 幸いなことに、俺は余計な動きもせず、ムカデのロボットから離れた位置で隠れていたので、まだマシな考えを頭に巡らせることが出来た。


「……そ、うだ。い、石神だ。あいつなら、きっと……」


 マシな思考で辿り着いた答えは、他人任せ。

 こんな状況でもきっと、石神という凄い奴ならば、何とか打開策を考えてくれるに違いないという、ある種の思考放棄。

 俺は自らが見つけた蜘蛛の糸に縋って、この地獄の如き光景の中で、必死に石神の姿を探した。その時ばかりは、クラスメイトの死体にすら何の感情も持つことなく探し続け、そして、見つけることができた。


「……は?」


 幼馴染を庇った所為で、瓦礫に埋もれて動けない、石神の姿を。

 その石神を、泣きながらどうにか引きずり出そうとする彼の幼馴染の姿を。


「は、はははは、そうか、そうだよな」


 この時、俺の心に生まれた感情は、石神に対する失望でも、現実に対する絶望でもなく、何故か『奮起』だった。

 多分、度重なる理不尽の連鎖に対して、頭がおかしくなっていたのだろう。現実感を失っていたのだろう。

 俺は、極々当たり前の思考として『今度は、俺が石神を助けなければ』という答えを導き出した。勇敢だったわけでもなく、当たり前だと感じていた狂った思考回路の所為で、そういう答えを出したのかもしれない。普段の俺だったならば、きっと、何も出来ずに死の順番を待つか、または、他の大多数みたいに逃げ出して、その背中をムカデの牙や、無数の足に貫かれて死んでいただろうから。


「俺が、やらなきゃ、だよなぁ」


 手にしたのは、分離した椅子の足。

 不可視の刃によって切断された、破片。たまたま、ちょうどよく、先が尖っているだけのガラクタ。常識的に考えれば、こんな物が通用するわけがない。


「ぷっ」


 だが、その時の俺は狂っていた。

 頭がおかしかった。

 現実的に冷静な判断など、出来なかった。

 漫画で見聞きした知識で、尖った椅子の先に唾を吐きかける。

 即ち、何処かの民話の伝承にあった『ムカデ退治』の逸話を再現するかのように。

 かつての英雄が、山に住む大ムカデを討った際、矢の先を口に含み、魔よけの唾を付けたという再現を行った。

 これで、多少なりともマシになるだろう、なんて、根拠のない自信を携えて。


「――――しぃっ!」


 俺はクラスメイトを虐殺するのに夢中になっているムカデのロボットの脇から、その頭部を狙い、思いっきり尖った部分で突いたのである。

 無謀な吶喊。

 愚か者の末路。

 俺の心の中の正常な部分が、やがて来る金属に跳ね返される衝撃を待ち構えていた。


『ぎぎぎっ!!?』

「…………あれ?」


 けれど、何時まで経ってもその衝撃はやって来ない。むしろ、どすり、という心地良い破壊の衝撃が手に伝わり、眼前のムカデのロボットはびくびくと、何度か痙攣した後、そのまま機能を停止した。


「なん、で?」


 ムカデのロボットを破壊した瞬間、俺は恐怖から解放されて、正気を取り戻した。正気を取り戻した思考で、先ほどの悔過に疑問を抱く。

 明らかに固そうで、明らかにこちらの攻撃なんて通用しなかったはずなのに、何故、攻撃が通用したのか?

 当時の俺は、知る由も無かった。

 無意識に、漫画の知識の付け焼刃で行った行動が、狂った頭で信じ抜いた理論が、まさか偶発的に魔術の行使に繋がり、ムカデの防御を貫いたなんて。


「と、とりあえず、今は……石神を、助けないと」


 敵を倒した喜びよりも、困惑の方が強かった。

 何せ、俺が倒した時には既に、クラスメイトの大半はあのムカデのロボットになす術もなく殺されてしまっていたのだから。喜べる空気ではない。


「助け、ない……と、お?」


 それに、仮に喜んでいたところで、俺は、すぐに絶望に叩き落とされていたはずだ。


『ぎ、ぎぎぎぎっ』

『ぐるるるるる』

『し、しししっ』


 廊下。

 崩れた天井。

 割れた窓ガラス。

 あらゆる場所から、先ほどと似たようなロボットの大群が押し寄せてきたのだから。


「ふざけんなよ、くそが」


 俺はこの日、生まれて初めて絶望という言葉を体感した。

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