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第82話 非日常はフィクションでいい 4

 バトル漫画ではよくあるシーンなのだが。

 例えば、途轍もない強者が敵側に現れて、味方がそいつの威圧感に飲まれて、誰一人として動けない、みたいな場面は誰しも見たことがあるだろう。あるいは、主人公だけはその威圧感に抗って、立ち向かえるとか。とにかく、漫画に出てくる強者と言うのは分かり易く『強者の空気』を纏っていることが多く、一般人や雑魚などという、そいつと戦う資格の無い存在は、その覇気に圧され動けなくなるか、気絶してしまうのだ。

 こういうシーンを見て、ふと、こんなことを思ったことは無いだろうか?

 ああ、だらしねぇな、と。根性が足りないな、と。そりゃあ、相手の方が強いのだから動けなくなるのはまだしも、動けないながらも思考を巡らせて打開策を練るべきだ、と。

 無責任に、そんな風に思ったことは無いだろうか?

 俺はある。

 気合いや根性、あるいは、一周回った捨て身で挑めば、相手のプレッシャーに飲まれず、自分は冷静に動けるんじゃないか? そんな風に、何の根拠もない持論を持っていたことがある。


「な、んだ、あれ?」


 それが間違いであることを、俺はその時、存分に思い知った。

 空が割れる音と共に、晴天には十三の影が映し出された。さながら、空をスクリーンに影を映したかのように。

 そう、それはただの影だった。

 人型の物も、人の形をしていない物も、ただ映し出された影法師に過ぎない。

 だというのに、俺は、俺達は、それを目にした瞬間、喉が震え、体中が真冬の凍てついた湖にぶち込まれたような悪寒を感じた。

 格が違う。

 バトル漫画では使い古された台詞かもしれないが、この台詞の意味を、まさか身をもって思い知ることになるとは。


『――――傾聴せよ、基準に近しい世界の人類たちよ』


 そして、声が空から内側に降って来た。

 そうとしか言いようのない音響だった。空から降って来たように聞こえるのに、音源はとてもとても近くて、頭の内側から響くような声。

 男でも、女でもなく。

 若くも、年老いても居ない、謎の声。

 ただ、その声には俺たちが遥か昔に失った、『言葉の持つ力』みたいな物が含まれていたと思う。その時の俺達は、何を言うことも出来ず、ただ茫然と空から降りてくる声を聞いている事しか出来なかった。


『我々は侵略者である。諸君らが属する世界の管理者――いわゆる神を討伐し、この世界の管理権を略奪した者である。そして、理を超越した者である』


 その声は荒唐無稽な言葉を発していた。

 だが、その荒唐無稽な言葉を、俺達は信じざるをえなかった。それだけの説得力が、その声にはあった。何せ、空を割った後に、不可思議な方法で直接脳にぶち込むように声を届けてきているのだ。例え、この話が大嘘だったとしても、俺達は信じざるを得なかっただろう。

 もっとも、言葉の内容は一つたりとも嘘偽りなく、真実だったのだが。


『これは警告であり、慈悲だ。抵抗は無意味である。交渉は無意味である。あらゆる足掻きは全て無為である。だが、あえて言うのであれば、受け入れろ。理不尽を、嘆きを、苦痛を、悦楽を、我々が為すあらゆる行動を受け入れろ。それが唯一、諸君らが安らかに終末の時を過ごすための方法である』


 だから、あまりにも淡々とした空からの警告に、俺は目を丸くすることしかできなかった。

 実感が湧かなかったのではない。あまりの絶望を、強制的に理解させられてしまったが故に、心がおかしくなってしまったのだ。

 受け入れろ、と言われていたが、少なくとも俺は受け入れられなかった。

 ついさっきまで、平凡で平穏で、退屈だけれども、そこそこ幸せな毎日を送っていたというのに。あまりにも、何の脈絡もなく、突然に、それを奪われるなんて。

 信じたくは無かった。理解したくなかった、これが絶望という感情なのだと。


『さて、警告と慈悲は以上である。これからは、我々による新たな統治――――ん? 何だ? 何が不満だ、お前たち……ふむ、ええと、「人類には全力で抗って欲しい」だと? その件に関してはちゃんと話し合って……待て、何故貴様も口を出す? 「誰も傷つかずに、気持ちよくなりたい」だと? 黙れ、この淫乱が、死ね。ええい、待て待て、次々に意見を言うな、待て! 全世界に投影しているのだぞ!? だから、あれほど何か意見があるなら、会議の時に挙手して発言しろと――――』


 などと、俺達人類が絶望していた時だった。急に声の威厳とか、迫力とか、そういう物が急速に落下していったのである。

 会話の内容から察するに、どうやら仲たがいというか、意見の違いがあったらしい。

 俺達と繋がっていたはずの声は、言い争いの途中で、『ぶつん』とマイクの電源が落ちたかのように切れてしまった。おまけに、空に映されていた十三の影も見えなくなっている。

 え? ガチのトラブルですか?

 俺達人類はその時、全世界、各地で等しく同じ映像が投影されていたのを確認していたが、やはり、音声も映像もほぼ同じタイミングで途切れたことを、後で知った。そう、音声が途絶えたのも、会話の内容も、虚飾でも趣味の悪いおふざけでもなく、本当にガチであっちがトラブルになっていたということを俺は後で教えられたのだが、その時の俺は知る由もなく、ただ、他のクラスメイト達と同じく混乱していた。

 そして、おおよそ一分後。


『やぁやぁ、お待たせして済まないね、人類の諸君』


 映像が再度、空に投影され、声が繋がった。

 ただし、空に移された影の数な七つへ減り、声の主は正体不明の物から、少女の声へと変わっていたのだが。


『我々は別に同志というわけではなく、互いに異なる利益のためにとりあえず、手を組んでいるだけの烏合の衆だ。ただし、力は超越的だけれどね? そのため、先ほどのようなトラブルがあると、この通り、あっさり仲間割れを起こして数が減ってしまうんだよ、やれやれ』


 やれやれ、じゃねーよ、と世界中の誰しもがツッコミを入れたと思う。

 何せ、勝手に侵略者宣言しておいて、何かが始まる前に仲たがいで数を減らしていることを自己申告してきたのだ、この声の主は。

 それは、先ほどまでの絶望が嘘みたいな、脱力感だった。

 一連の流れがまるでコントみたいで、真面目に恐れていたのが、馬鹿らしくなって、ここでようやく、クラスメイト達と一緒に苦笑交じりのため息を吐いたのを覚えている。

 その時の俺は、愚かにも安堵してしまった。

 ああ、空気が変わったな、などと訳知り顔で呟きそうにすらなっていた。


『前任者は残念ながら解任されてしまったので、この私が僭越ながら諸君らに告げよう』


 何一つ、状況は変わっていなかったというのに。

 愚かにも、何も知らなかった俺たちはほんの僅かに気を抜いてしまったのである。


『好きにしろ。我々も好き勝手にやる』


 愚かさのツケはすぐに払うことになった。

 少女の声が、そう告げたのを最後に、ぶつんと、音声は今度こそ途切れた。

 そして、


「――――伏せろっ!!」


 入れ替わるように、石神の叫びが教室内に響いて。

 俺はとっさに、本能的にその声に従って、ほとんど倒れ込むように床に伏せて。

 次の瞬間、俺は『何か途轍もない衝撃音』によって意識を揺さぶられ、そのまま意識を暗転させることになった。



●●●



 その時の俺は、幸運だった。

 まず、石神の声に何の躊躇いも無く従うことが出来た。後一瞬でも遅れていたら、俺は恐らく、死んでいただろう。

 次に、意識を素早く取り戻すことが出来た。凄まじい音の奔流は、そのまま教室の窓ガラスを割り、教室中にくまなく鋭い刃を降らせることになったのだが、俺の負傷は精々、かすり傷程度。少し皮膚がガラスに引っかかって切られただけ。加えて、その鋭い痛みのおかげで、気絶から素早く復帰することが出来たのだ思う。


「……つ、あ? ん、だよ、いった、い」


 途切れ途切れの言葉で、俺は体の周囲に重なったガラス片を払って立ち上がる。その際、手のひらに傷が付いたが、今更だった。

 そう、今更だった、そんなものは。


「…………は?」


 砲弾でも撃ち込まれたのかと疑いたくなるような、割れた窓ガラス。その先には、さらに悲惨な光景が俺を待っていた。

 まず、見えたのが赤黒い巨大な塔だった。塔に見える何かだった。信じられない事なのだが、それは恐らく、想像も出来ない威力で、空から落ちて来た物体のようだ。何故、それが分かったのかというと、その巨大な塔が荒れ狂う破壊の中心だったからだ。そこを中心として、あらゆる地形、建物が、強引な力の奔流によって崩され、吹き飛ばされていたのである。

 さながら、ミニチュアの街に思い切り、槍でもぶち込んだかのような有り様だった。

 一瞬にして、俺の知っている街並みが、見知らぬ非日常へと作り替えられていた。


「う、うああ……」

「いってぇ、くそ」

「血が、血が止まらねぇよ、おい!」

「刺さって、ああ、足に、刺さってるぅ!」


 あまりの凄惨な光景に我を失っていた俺を正気に戻らせたのは、もっと身近な者たちの呻き声だった。

 そこでようやく、俺は教室の中に視線を移して……再び、絶句する。

 死者こそ居なかった物の、けが人が多い。胴体や手足などに、割れたガラス片が刺さっていたり、吹き飛んだ机に頭を強打して倒れている者も多く居た。

 外に比べれば、まだマシな光景だったかもしれない。だが、身近で悲惨な光景という物を目の当たりにしたのが初めでだった俺は、躊躇った。何をしていいか分からず、ただ、呆然とその場に立ち尽くして、


「見崎! 動けるなら、皆の手当てを手伝って!」


 石神の指示で、やるべきことを理解できた。

 見ると、石神もまた大きな怪我は無く、隣の席の幼馴染と共に、ガラス片や椅子や机を退かして、応急処置を行えるスペースを作り始めている。


「あ、ああ、分かった……すまん。何をしていいか、俺には判別付かないから、指示してくれないか? 情けないが、頭が全然回っていないんだ」

「あははー、無理もないって。僕だって、割とギリギリだよ。でまぁ、いくらかは修羅場慣れしているからね! 安心して、僕に従っておくれ」


 俺は己の不甲斐なさを恥じると共に、こんな状況でも迷わず動ける石神へ尊敬の念を募らせた。やはり、主人公は違うな、と内心で思い、けれど、直ぐに訂正した。こういう風に思われるのはきっと、石神は嫌いだと今までの付き合いで分かっていたから。


「おう、頼りにしているぜ、石神」

「いやいや、こちらこそだよ、見崎」


 今は、『俺の友達は凄いんだ』と胸を張って、やるべきことをやることにしよう。

 いつ死ぬか分からない、という恐怖から、目を背けて居られるうちに。

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