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第80話 非日常はフィクションでいい 2

 誰しも、自分だけの特別な能力……いわゆる異能という奴を考えたことは無いだろうか? 異能バトルの主人公のように、相手の異能を無効化する能力だったり。あるいは、相手の能力を略奪して、自分の物にする能力。もしくは、相手の異能よりもランクの高い異能を習得する能力。

 誰しも皆、小学校高学年から中学校を経る頃にはそんな、他愛ない夢想をするだろう。

 しない奴はもうちょっと、漫画やアニメを見て心を震わせた方が良い。大人になってから、そういうのに罹患すると、子供の時よりも数段恥ずかしい思いをするのだから。


 さて、この誰しも経験するような黒歴史の妄想であるが、割と順序という物が存在する。

 小学校の頃は、自分が物語の主人公で、割と王道! 最強! 悪い奴を俺がぶっ倒して、皆守ってやるぜ! みたいな真っ直ぐな妄想をしているタイプが多い。

 中学生になると、真っ当な主人公だと恥ずかしくなってくるから、ちょっと捻りを入れたタイプの捻くれた能力を考えたり、ダークヒーローを夢見たり。あるいは、主人公よりも真の実力は上だけれど、実力を隠している強者ムーブとか、色々だ。

 ただ、そういう妄想もほとんどの人間は中学校を卒業すると共に、そっと胸の中にしまい込む。どれだけ脳内で最強の自分が居たところで、現実の経験値を稼がないと、いつまでも現実の自分が格好悪いことにようやく気付くからだ。これに気付くと、思春期の少年少女たちは高校デビューをして、現実の生活に彩りを加えるため、せっせと異性にモテるためのあれやこれを始めたりするのだ。

 もっとも、中には異性とのコミュニケーションが苦手で、同ランクの男子連中とつるんで、日々、虚しく男同士で馬鹿をやらかすグループも存在する。

 そう、この俺、見崎神奈もそのグループに属する一人だった。


「え? マジでやるの? 馬鹿なの? お前らは」

「神奈が言い出しっぺだろうが」

「俺たちがあれほど止めたのに、押し切ったのはお前だろうが」

「馬鹿なのは君だ」

「おら、さっさと行ってこい。学年単位でハブにされても、俺達は変わらずお前の友達で居てやるよ」


 それは先日の放課後。

 暇を持て余した俺たちは、トランプの大富豪で遊んでいたのだが、健全な男子高校生が集まって、何も賭けずに居られるはずがない。ただし、金を賭けると後々、バレた時のリスクが大きいので、俺達は各自が考えた『罰ゲーム』を大富豪で最下位になった敗北者が実行するというやり方で遊んでいた。

 ただし、自分自身が実行しなければならないリスクがある罰ゲームだと、どうしても皆、日和ってしまう傾向があった。

 だからこそ、俺はマンネリ化を防ぐために、提案したのだ。


『各自、適当な単語を中身が見えない箱に……このテッシュの空き箱でいいや。これに入れるように。罰ゲームは最下位になった奴以外が、単語を引いて、それを繋ぎ合わせたものが、敗北者が実行する罰ゲームになるんだ。面白そうだろ? あ、もちろん、人名も良いぜ?』


 俺の提案に他の友達は難色を示した。

 リスクが大きすぎる上に、意味不明な単語の組み合わせになったらどうするのか? と。それに、実現するのが難しいタイプの罰ゲームだったらどうするんだ? と。

 俺はそれに対して、こう答えた。


『うるせぇ、やろう! とりあえず、一回やってから、駄目だったらトライアンドエラーで!』


 その結果が、俺の惨敗である。

 近年稀に見ぬ敗北だった。

 そして、敗北者に与えられた罰ゲームの単語がこちら。


『女装』

『告白』

『制服』

『姉』

『石神春渡』


 人名を書いた馬鹿は誰だぁ!? ――――俺だった、ちくしょう! 


「なんでお前はこういう時、綺麗に揃うんだよ」

「奇跡かよ」

「ええと、単語を繋ぎ合わせると『姉の制服で女装して、石神春渡に告白』だな。頑張れよ、神奈」

「姉って誰ですかぁ!!? はい、残念でしたぁ! 俺、一人っ子ぉ!!!」

「俺の姉ちゃんからお下がりの制服を借りるから、安心しろよ。すね毛を剃って、待ってろ」

「そんな首を洗って待ってろ、みたいに」


 前世でどんな悪行をしていれば、男子に女装して告白しなきゃならないのだろう? しかも、俺は普通に男子だ。石神春渡みたいにガチで女装すれば女子にも見えるタイプじゃない。ただの男子のイケていない女装だ。リアルに引かれるタイプの奴だ。

 え? マジでやるの、これ? 嘘だよね、ははは、皆、ナイスジョーク。

 ……などと思っていたのだが、友達がきっちりと姉の制服やウィッグや化粧品などを揃えて来やがったので、もう後には退けなくなったのが、現状である。


「では、ミッションを伝える」

「あい」

「お前の罰ゲームは、文芸部の部室に行って、石神君を呼び出して、出て来たところで元気よく告白することだ」

「偽名は必要ないな。ミサキちゃんでも、カンナちゃんでも違和感無いわ」

「小学生の時、そういう弄り方をされたことがあるわ、俺。弄って来た奴は例外なく、急所をぶち抜いてきたぜ。男子も、女子も」

「女子も!? やばいな、お前!」

「まぁ、急所と言っても、女子はちゃんと配慮して鳩尾に肘鉄程度なんだけど」

「やばいな、お前……サイコパスじゃん」


 誰がサイコパスじゃい。

 こちとら、善良な男子高校生だってーの……女子の制服を着て、似合わない女装をしている現状だと、レベルの高い変態だと思われるかもしれないが。何できっちり化粧しているんだよ? ナチュラルメイクなんだよ? そこは厚化粧して、ギャグにしてくれよ、半端にガチなのが一番駄目なんだぞ、もう。


「ふぅ、やれやれ。ここまでお膳立てされたら逃げるわけにはいかねーな。ああ、そうだとも、ここで逃げたら男が廃る」

「廃れまくっているぞ、お前の現状が既に」

「うるせぇ! 見てろ! そこで見てろ! 燃え尽きる流星の如く、一瞬、だけど力強く煌めいてやるわぁ!」


 俺は覚悟を決めると、スカートを翻して廊下を掛けていく。

 廊下ですれ違う奴らには、奇異の視線で見られるけど、今は気にしない。教師陣の目に留まる前に、素早く、そして、気合いを入れてミッションを遂行するのだ。こういうのは、半端に恥を出すと余計に恥ずかしくなってしまうのだから。


「……よし、ん、んんっ! あー、悪い。石神君、クラスメイトの見崎だけど、ちょっといいか?」


 俺は文芸部の部室の前に来ると、まずは焦らずにノックを数回。そして、平静を装ってドアの外から声を掛ける。

 そう、この時点ならば何ら不自然は無い。事実、俺と石神君はクラスメイトであり、何かしらの用事があると思わせることが可能なのだ。


「あ、はーい、今行くよー……って、じゃま! さっさと退いてください、生徒会長」

「あら? 本当はもっとこうして居たかったのではなくて?」

「純粋にうざい」

「純粋にうざい!?」


 ドアの向こう側から、さらりとレベルの高い会話が聞こえたんですけどぉ!? え、文芸部に黒髪美少女な生徒会長が所属していることは知っていたけど、え? 気安いを通り越して、物凄い毒舌を吐いていませんか?

 ――――ええい、惑わされるな! 今の俺は、胸の高鳴りを石神君に伝えに来た、ピュアな女子高校生、ミサキちゃんだっ! この想いを届かせることだけ考えろ!


「ごめん、お待たせ。それで、見崎君、一体僕に……えっ?」


 ドアを開いた次の瞬間、見覚えのある中性的な顔が、ぴきりと制止する。

 この一瞬の硬直こそが、俺のベストタイミング。ここを外せば、滑る未来しか残っていない! だから! 恐れることなく、今こそ声を振り絞れ!


「石神きゅん! 一目見た時からしゅきでしたぁ! アタシと付き合ってください!」


 ふははは、喰らうがいい。クラスメイトの男子が女装して告白して来るという、最高に喜色の悪いイベントを! どうだ? 普段、美少女に慣れている貴様には、よく効くだろう? 何せ、言っているこの俺ですら吐き気が込み上げてくるんだから。


「…………」


 静寂。

 数秒の静寂があった。

 石神君も、石神君の後ろに居る文芸部の美少女たちも、唖然としている。

 決まった。ああ、完全に決まったぜ。さぁ、これで下手をすれば俺は変態のあだ名を免れない事態になるわけだが、石神君、アンタはこれに対してどうリアクションする?


「…………ふふっ」


 石神君は文芸部の面子の中で、最初に硬直から抜け出した。

 そして、女子が思わずときめいてしまいそうな柔らかな微笑を浮べると、


「ありがとう、僕も同じ気持ちだ! 君が、そう言ってくれるのを、僕は、ずっと待っていたんだ!」


 がしぃ、と俺の手を握って、告白を真正面から受けた。

 今度は、俺が驚く番だった。まさか、ここからがっつり乗ってくるとは。しかも、声に恥じらいが一切無い。スマイルだって、心の底から喜びを表現しているようにしか見えない。

 な、なんだ、こいつ、これが主人公とあだ名される奴のコミュ力だとでも!?


「さぁ、行こう、見崎君! こんなところを抜け出して、俺達のバラ色の未来へ!」

「え、あ――うん! 行こう、石神君! アタシたちのラブ・フォーチューンは始まったばかりだ!」


 そして、よくわからないノリを返されて、腕を引かれる俺である。

 え? 何、何処に行けばいいの? 取り合えず、乗ったのは良いけど、なんなの? なんで俺は、女装した上に男子と手を繋いで、廊下を走っているんだろう?


「「「「ふ、ふっざけるなぁーっ!!」」」」


 あ、なんか部室から美少女たちが恐ろしい形相で追っかけて来るぞぉ。


「あははは! 捕まったら、割とひどい目に遭うから逃げようぜ、見崎君!」

「ひどい目に遭うの!? 今以上に!?」

「ひどいなー、そっちが愛の告白をしてきたのに」

「振れよ! 何か面白い一言を添えて振ってくれよ! 何、受け取ってんだよ! おかげで、お前のハーレム要員があの様だ!」

「えー、ハーレムぅ? 言っておくけど、僕はそこまで好きじゃないよ、彼女たち」

「ナチュラルにひどい事を言っているぞ、こいつ!」

「彼女たちが僕の事を好きなのはわかるけど、それで僕が彼女たちを好きになるのはまた別の話じゃない?」

「主人公に見せかけて、鬼畜外道なの、お前!?」

「人は誰しも、自分の物語の主人公だよ。最初は誰しもそうなのに、自分から舞台を降りてしまう人が多い事、多い事」

「良いことを言っている所悪いが、そろそろ後ろがヤバいから、気合い入れて逃げるぞぉ!」

「あははは、あいさー!」


 何度思い出しても、クソみたいな思い出だと思う。

 似合わない女装姿で、男子と手を繋いだ状態で、必死の形相で学校中を逃げ回る。後ろから追いかけてくる美少女たちの迫力は凄まじく、捕まったら何をされるか分からない。

 普通に生きていれば、あんまり経験することのないイベントだ。

 だからだろうか? クソみたいな思い出だと記憶しているけれど、確かに、ほんの一握りぐらいは楽しかった覚えがある。


「うわあああああ!? なんで、竹刀を振り回してんの!? 普通に傷害事件じゃん、これ!?」

「あははは、権力って怖いよねー?」

「生徒会長がガチの権力者とか、どんなラノベだよぉ!?」


 それはまるで、漫画やアニメの青春コメディのワンシーンのようで。

 ひょっとしたら、俺はその時、あいつと、ハルと一緒に馬鹿みたいに笑っていたのかもしれない。

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