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第8話 黒竜よ、眠れ 6

「せぃやーっ!」


 気合いの入った掛け声と共に、黒く、巨大な刀身が横薙ぎに振るわれる。

 ごう、と対象を空気ごと切り裂く、豪快な一撃。それを食らわされた熊型の魔物は、耐えることなく真っ二つに分かれた。上下に別れたそれは、鮮血を撒き散らし、しばらくのたうち回っていたが、やがて絶命して動かなくなった。


「いよっし!」


 それを為した赤髪の少女――リズは、笑みを浮かべると一端、大剣を地面に突き立てる。突き立てて、周囲に魔物の気配が無いことを確認すると、腰から小柄のランタンを取り出す。

 リズが取り出したランタンは本来、灯火が置かれている場所に、力強く、けれど目を害するほどではない優しい光を放つ、小石が置かれていた。

 それは光石と呼ばれる、太陽の加護が保存してある特殊な鉱石だ。

 陽の出ている間は光を帯びず、陽が落ちてから光を帯びる性質を持っている。恐らく、日中に加護と、加護に付随する魔力をため込んでおくことによって、夜でも人類が動けるようにと配慮して造られた物質だろう。


「光主様の御力、その僅かな一端を私にお貸しください……『変換の奇跡』」


 リズは光石が入ったランタンを魔物の死体の上に掲げると、小さく祈りを捧げる。

 精神集中を伴う、光主への祈り。

 即ち、それは光主の加護を用いた、人類の魔術である。


「ふむふむ、こうなるのか」


 祈りが唱えられると、ランタンの光に当てられた魔物の死体は、瞬く間に姿を変えた。

 先ほどまで熊の死体にしか見えなかった物が、墨汁のような液体に変わり、その後、液体が凝縮して、こぶし大ほどの大きさの結晶へ姿を変えた。

 形状は石炭にも似ているが、出来上がった結晶は僅かに透明性がある。

 これが魔結晶と呼ばれる物質だ。

 これがあるからこそ、冒険者は積極的に魔物を狩ろうとするし、絶えず街の周囲を篝火で囲むことが出来るのである。


「ふふふ、魔結晶の精製を見るのは初めてでしたか? ミサキさん」

「ああ、俺はちょっとした外様だからな。こういうのは初めてなんだ」

「そーなのですか! んじゃあ、夜の間は私から離れないようにしてくださいね! ご飯のお礼で、私が貴方を絶対に守り通して見せますから!」

「あっはっは、そりゃ頼もしい」


 リズは得意げな笑みを浮かべて、魔結晶を布袋へと放り込んだ。

 魔結晶。

 それを簡単に説明するのならば、『物質化』した魔力の塊という表現が分かり易いだろう。元々、魔力とは固体、気体、液体、エーテル体など、多種多様な姿へと形を変える非常に変化が起こり易いエネルギーだ。なので、技法さえあれば、こうして魔力を物質化して保存しておくことも可能である。

 では、この魔結晶は何に使われるのか?

 答えは簡単だ…………篝火の燃料として、使われるのだ。さながら、石炭の如く、篝火を絶やさぬよう燃料として扱われる。

 つまり、この世界の人類が夜を越すのに必要不可欠な代物なのだ。

 だからこそ、冒険者たちが命がけで集めて来た魔結晶は相応の値段で取引がされる。しかも、光主からの直々の命として取引価格は世界中、常に一定を保たれていて、市場に左右されることはない。

 まさしく、冒険者が日銭を稼ぐための恰好の代物だと言えるだろう。


「今日はたくさん魔物を倒して、奢ってもらった分もすぐにお返しするのです!」

「んー、俺としてはこうして護衛してもらえるだけでいいんだけどな?」

「いいえ! 大婆様が言ってました! 『返せる借りはすぐに返せ』と! だから、今日はいつもの三倍は働くのです!」

「はいはい、じゃあ、怪我に気を付けてね?」

「ありがとうございます、頑張ります!」


 気力充分といった様子のリズは、次の獲物を求めて夜の平原を歩き始めた。

 どうやら、森の中や、狭い洞窟の中など、遮蔽物や動きづらい場所でなければ、低位から中位の魔物程度には後れを取らない実力がある様子。

 凄腕や達人とは呼べないが、まったくの素人とも呼べない腕だ。


『さて、オウル。こんな感じなんだけど、どう思う?』

《何がでしょうか? ミサキ、質問は具体的にお願いします》

『この子は、リズはあの黒竜に勝てると思う?』

《高層ビルの屋上から生卵を落として、殻が割れないかどうかと問うような物ですね。答えるだけ無為です》

『まぁ、だよね』


 リズは弱くない。

 人並み外れた怪力と、気合い、魔物を恐れぬ度胸も持っている。複数の魔物と相対する時も、位置取りを気にして、常に自分が有利になる様に立ち回っているし、無謀な戦いは決してしない賢明さも持ち合わせている。冒険者としては、それなりに優秀な方なのだろう。まぁ、たまに馬鹿をやらかして、周囲から『お前、どうしてそうなったんだよ?』とドン引きされることはあるらしいが、それでも、生きているなら勝ちだ。

 ただ、問題は――――あの黒竜の前では、その程度の力、賢明さなど、塵芥に等しいということだろうか。


《周囲の空間を改変し、己の有利な要素を持つ異界を構築する能力。低度の空間遮断ならば、貫通するほどの魔力密度のドラゴンブレス。狂ってもなお、衰えることの無き本能レベルの戦闘センス。このどれか一つでも『黒剣背負いのリズ』をゴミのように殺すのには充分です。いいえ、我々レベルで脅威に思っていない程度の事でも……例えば、ドラゴンの鱗を徹すことでさえも、彼女に出来るかどうか分かりません》

『ううん、俺がちょっと手助けとして属性付与や、障壁展開で援護しようという考えもあったんだけど。それでも辛い戦力差だな』

《というよりも何故、彼女に付き合っているのです? 『黒竜アーグ』の情報は手に入れたのですよね? ならば、攻略法を考えた後、もっとも効率の良い手段でさっさと駆除すべきです》

『そうだねぇ、仕事はきちんとやらないと駄目だからね。そこはちゃんとする』


 依頼主――光主からのオーダーは黒竜の対処だ。

 詳しい理由は聞いていない。ただ、何となく推察することは可能である。

 恐らく、あの黒竜は現在、三百年前とは比べ物にならないほどの力を得ている。そして、三百年間発狂し続けることによって、ついに、何かしらの限界点を超えたのだろう。

 この世界の、理を超える力の一端を掴んだのだろう。

 だからこそ、本来、常闇が管理しているはずの黒竜への対処を依頼してきたのだ。これ以上、あの黒竜が力を付けない内に、あの場所から退かせ、と。

 何故ならば、黒竜はあの場所に居るからこそ強い存在であり、あの場所から移動してしまったら、急激に弱体化するだろうから。そうなれば、光臨兵士や、闇の眷属の群れでも十分排除可能になる。

 いいや、あるいは、あの場所から退いた瞬間、あの黒竜はきっと。


「ミサキさん! 安全確保はできましたぁ! さぁ、一緒に行きましょう!」

「おや、もう? へぇ、中々見事な手際だ」

「えへへへへ! 頑張りましたので!」

「じゃあ、ボーナスだ。クッキーを上げよう」

「わぁい!」


 満面の笑みで、クッキーを頬張るリズの姿を見る。強く黒剣を振い過ぎて、手のひらかがボロボロになっている、細く、小さな手の動きを見る…………震えていた。


《無自覚な痙攣症状が見られます。あまり、よろしくない精神状態かと》

『そうだね、俺もそう思う』


 オウルからの観察結果と、俺の意見は一致していた。

 この状態は長くはもたない―――どちらとも、だ。



●●●



 俺が光使であることは、リズに話していない。俺は現在、商人として街を回っていると身分を偽装してリズと共に行動をしているのだ。

とある街に急いでいかなければならないので、夜間でも道を急いで護衛を頼みたい、という理由でリズの動きを観察してきたのだが、どうにも、少し雲行きがよろしくない。もしも、リズが黒竜に迫る実力者であれば、軽い手助けだけして、後はことの成り行きを見守ろうと思っていたのだが、どうにもそうはいかなくなったみたいだ。

 このままであれば、近いうち……リズは黒竜と戦う前に命を落とすだろう。無自覚の緊張から、些細なミスを多発して、ただの魔物に命を奪われる。

 あの笑顔と、無駄に空回りしている元気は、焦燥感を誤魔化しているだけ。

 元々の気性が明るいのか、それに関して己が勘付いていないのが不味い。

 だからこそ、俺はここで少しだけ情報を開示して、リズとの関係を変化させることにした。


「……えっと、魔術師だったんですか、ミサキさんって」

「ああ、アンタの所の大婆様とは比べるのがおこがましい新米だが、一応な。といっても、魔術師だけで食っていくのも大変なんで、商人をやっているのも本当だが」

「え、ええと、それで、その? な、なんで秘密にしていたんです?」

「……俺にもちょっとした因縁があるんだよ、あの黒竜には。だから、同じく、黒竜を討伐しようとするアンタの動きを観察したかったのが理由だ」


 リズが驚いたように目を丸めている。

 唐突であるが、別に嘘を言っているわけじゃない。ちょっとした因縁(仕事)だ。


「俺は黒竜の居場所を知っているんだが、生憎、共に挑む仲間がいなくてな? だから、誰か志を同じくする仲間を探していたんだ。そして、やっと見つけたのが、アンタってわけさ」

「わ、私ですか!? それに、黒竜の居場所って!」

「ああ、本当だ。目撃者の情報だ、嘘は無かった」

「…………私はまだ、ミサキさんの実力も、素性も、何もかも、全然知りません。けれど、貴方に事情があってそれらを隠しているというのは、なんとなくわかっています」


 赤毛よりもさらに鮮やかな赤い瞳で、リズは俺をじっと見つめて来た。


「だから、私と一緒に戦いたいというのなら――――そのお面を外して、私を見つめてください。目を逸らさずに。そうすれば、信頼できる人かどうか、何となくわかるので」

「…………わかった」


 本当であれば、出来る限り狐面を外したくなかったのだが、仕方ない。

 俺はゆっくりと狐面を外して、素顔をリズへ晒した。何も隠さぬ素顔で、じぃっと、その赤い瞳を見つめ返す。

 目を逸らさず、真っ直ぐに。


「これで、どうだ?」

「……………………わ、わかりました。認めましょう」


 しばしの間見つめ合った後、そっぽを向くように目を逸らしたのはリズだった。

 リズはこちらに背を向けて、そのまま話を続ける。


「何か隠しているのはわかります。けれど、私を害そうとしているわけではないようですね」

「これでも誠実な人間として通っているからね」

「そ、そうですか……ううむ」


 唸り声を上げた後、わきわきと両腕を蟹のように動かすリズ。そんなあからさまな挙動不審の後に、再びこちらに顔を向けた。


「あの、どうしましょう、ミサキさん。わ、私ですね、その」

「え?」


 その顔は真っ赤に染まっていて、瞳が潤んでいた。

 なんぞなんぞ? と俺が戸惑う間に、さらにリズは言葉を重ねる。


「――――――貴方に、惚れてしまったかもしれません……っ!」

「よぉし、ちょっと落ち着こうか、リズ」


 俺は即座に狐面を被って、リズを宥め始めた。

 その後、リズが正気を取り戻すのにたっぷり三十分かかったという。

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