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第75話 初心はダンジョンアタックと共に 10

 イグニスという新人類は、戦時中、常々疑問に思っていた。

 何故、人間同士で殺し合わなければならないのかと?

 新人類と旧人類。

 あるいは、旧人類と旧人類。

 能力や思想の違いで、どうしてここまで殺し合わなければいけないのかと、常々疑問に思っていたのである。

 だが、それは哲学的な意味での疑問ではない。

 もっと純粋な、好奇心から発露した疑問だ。


 ――――どうして、己の住む世界すら滅ぼすほどの争いをしているのだ?


 どこかで、生物としてブレーキがかかるはずだと。確かに、旧人類は愚かしいのかもしれないが、その全てが愚かであるはずがない。否、常識的に考えれば、世界が滅ぶほどお互いを殺し合ったところで、その果てにあるのは栄光では無く、ただの滅びであると気づくはずだ。

 それが、どうして止まれなくなった?

 憎しみ? 復讐の連鎖? 確かに、そのような要素もあったのだろう。けれども、いくら何でもどちらが勝っても、お互いが滅ぶだけの未来しか待っていない最終戦争など、誰も望んでいないはずではないのか?


「旧人類は愚かで、幼かったのだ。退化したのか、進化の果ての弱体化なのかは分からないが、賢明な判断が出来るようになるまで、我々が管理しなければ」


 戦後、新人類の誰かがそう呟いた。

 その呟きは、概ね、新人類たちの総意であったと言える。自らを作り出した創造主たちは、争いに狂い、幼い精神性で自らの力に振り回されてしまったのだと。

 確かに、確かに、そうだったのかもしれない。

 旧人類たちは、文明ばかりが発達して、己の心を成長させる進化を選ばなかったツケを受けているのかもしれない。

 けれど、もしも――――世界を滅びに向かうように仕向けている悪意があったとしたら?


「馬鹿馬鹿しい。そんなのはただの陰謀論だ」

「物凄く悪い奴が居て、そいつを倒せばハッピーエンド! そんなのは残念ながら、物語の中でしか見つからないんだよねぇ!」

「誰かが悪かったのではなく、誰しも悪かったのでは?」


 イグニスの言葉を、戦友たちは真剣に受け取らなかった。

 何故ならば、既に最終戦争は終わっていたからである。新人類側が、旧人類の体制をを打ち倒して、世界の滅びは防がれたのだから。

 終わったことを話していても、意味など無い。

 仮に黒幕が旧人類の中に存在したとしても、既に新人類の管理下。牙も爪も取り上げて、平穏に暮らせる環境に閉じ込めてある。

 何を心配しようが、所詮は通り越し苦労なのだと思っていたのだ。


 ――――本当に大丈夫なのか? 何か、嫌な予感がする。


 しかし、イグニスはそれでも安心できなかった。

 何か、何か、途轍もない悪意を見逃してしまっているのような、巨大な檻の中に閉じ込められているような感覚が、常にあった。

 だから、イグニスは戦友たちが平穏を楽しみ、また、違う世界に旅立ったとしても、一人だけで何かを探し続けた。


 最終戦争が起こった原因。

 その発端。

 さらに、発端を引き起こした些細な事件。

 本当に、それらの事件は『偶然』で起こったのか? 

 イグニスはあらゆる角度から、時としては過去を映像として再現する魔術を行使して、地道な調査を続けていた。

 それは、誰からも理解されない孤独な探索だった。

 調べても、調べても、出てくるのは旧人類の愚かさばかり。

 些細なすれ違いで殺し合って。

 小さな問題に意地になって、やがて、引っ込みがつかなくなって殺し合い。

 間違いを正そうとした少数派は異端として排除され、大多数に流されるだけの群衆は無価値に生存を甘受する。

 嫌気がするほどの、愚かさの連鎖。

 まるで、性質の悪い戯曲の中で狂い踊っているかのような歴史の流れ。

 イグニスはそんな歴史ばかりを手繰って何かを探し続け、しかし、当然ながら精神はどんどん摩耗していった。無為に他者の愚かしさを読み解くだけの日々は、確実にイグニスの気力を削ぎ、長い長い時間の中で、『旧人類は愚かで間が悪かったから滅びかけた』という結論を出しかけていた――――その時だった。

 イグニスは、それを観測した。


 愚かしさの根源。

 首を吊った少女。

 束縛の果てに、破滅してしまった超越者の残滓を。

 たった一人の少女が首を吊って死んだ時から、世界全体が段々と狂い始めて言ったという事実を、イグニスは見つけ出すことに成功したのである。

 少女は己の愚かさに絶望して、首を吊った。

 自殺した。

 愚かしい自分を殺した。

 けれど、少女は死の間際、世界を呪ったのである。

 それは人間であれば、誰しも呟いてしまう破滅願望の現れ。


「こんな世界なんて、滅んでしまえばいいのに」


 少女自身、本当に世界を滅ぼそうとは思っていなかっただろう。

 そもそも、その気になれば世界なんて、鼻歌交じりに滅ぼすことが可能なのが超越者だ。だから、少女の言葉はもっと大きくて、けれど小さい、『少女を取り巻く環境』を指して、自らの愚かさごと、世界に悪態を吐いたのだろう。

 だが、その言葉が呪いとなって、世界に残ってしまった。

 少女の怨嗟が、己の魂さえも縛ってしまったのだ。

 つまりは、それが全ての始まりだった。


 ――――なんと、恐ろしい。超越者の末期の言葉が、世界を滅ぼす呪いとなるとは。


 その呪いの効力自体は、『些細な間違いを重ねる』という、とてもささやかな物だ。管理者ですら見逃してしまうほど弱々しく、意思の強い者に対してはまるで無意味な呪いだった。

 しかし、その分、呪いはほぼ永続的に続き、世界全てに効果を及ぼす規格外だった。

 そして大抵の場合、強い人間よりも、弱い人間の方が多い。

 だから、段々と旧人類は狂っていってしまったのだ。無意識に、呪いに縛られていることなど気付くことも無く。

 人々は間違いを重ねる。

 最初は些細な事から、けれど、それが積み重なって段々と雪だるま式に呪いが増幅されていく。人々の弱さに付け込み、愚かさを束ねる呪いは、ゆっくりと、しかし確実に、世界を滅ぼすために弱き人々を誘っていた。

 その結果が、互いを絶滅させるまで止まらない最終戦争だった。


 ――――止めなければならない、この呪いを。


 イグニスは呪いを解く方法を探し続けた。

 その呪いが再び、世界を終末に誘う前に、解除することこそが己の使命だと信じて。例え、周囲からの理解が得られなくとも、己一人だけでもやり遂げて見せると決意して。

 偽物の不老不死を手に入れて。

 世界中のあらゆる文献を漁り、呪術を研究して。

 もはや、かつての自分の人格すらも思い出せなくなるまで休むことなく探し続けて。

 同胞たちが徐々に狂いだしている状況にも脇目を振ることなく、没頭し続けた。

 そして、イグニスは呪いの仕組みを解明した。

 その呪いは、世界全体に蔓延しているのだが、術式を固定させている核となる部分が存在するのだと、突き止めたのである。

 恐らく、呪いを遺した超越者自身の魂もこの世界に捕らわれており、輪廻を何度巡っても、必ずこの世界に再誕してしまうように『束縛』されている。何度も何度も、世界を滅ぼすまで、この世界から魂が離れられなくなってしまっているのだ。

 その魂を受け継いでしまった超越者の転生体。

 そいつを見つけ出して、封印処理を施すことによって、ようやく呪いを止められるとイグニスは研究の果てに解呪法を見つけ出した。

 犠牲として、封印処理を施した魂は輪廻に変えることも無く永遠に制止した空間の中で眠り続けることになるのだが、もはや、手法の善悪を判断する正気はイグニスには残されていなかった。


 ――――遂に見つけた、ああ、私は、この時のために生きて来たのだ。


 かくして、狂気に侵された探索者は己の本懐に辿り着く。

 長年、研鑽し尽した呪術の叡智と、対超越者用に作り上げた莫大な封印術式を携えて。

 今こそ、狂人は己の世界を救わんと、呪いに挑む。



●●●



「馬鹿、な」


 鎖が、鈍色の鎖が幾本もイグニスの体を貫き、通路の壁に縛り付けていた。


「あはっ、あははははふひふふへへふぁああああああ」


 呂律の回っていない哄笑が、通路に響く。


「これほど、とは」


 イグニスは油断していなかった。

 最初から出し惜しみなく、全力で超越者の残滓と相対し、漏れる限りの全てで封印しようと挑んだのである。

 あらゆる方法で呪詛を退けて。

 幾千もの封印術式で、魂を捕らえようと挑んだ。

 けれど、それは届かなかった。

 イグニスの長年の研鑽は確かに、超越者の残滓を捕らえて、封印処理を施すのには充分な物だったかもしれない。何せ、狂うほどの時間をずっと超越者の解析に使っていたのだ。超越者本人ではなく、その残滓であったのならば、充分封印可能な実力は持っていただろう。

 しかし、だからこそ、イグニスは見逃してしまったのである。

 超越者の残滓を宿らせた転生体が、上層まで辿り着くほどの実力を持ち合わせた存在であるということを。


「――――アァ、よワい、ナァ」


 イグニスの敗因はたった一つ。

 超越者の残滓に気を取られ過ぎて、ミユキの存在を軽視してしまった。

 残滓とはいえ、超越者の力の一端を扱える、凄腕の探索者という化物が誕生することを理解できていなかった。

 そう、個人を軽視するという――――初心を忘れ、皮肉にも、かつての旧人類と同じ過ちを犯してしまったことこそが、イグニスの敗因だった。

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