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第72話 初心はダンジョンアタックと共に 7

 現在、この世界に残っている新人類は基本的に、精神が未発達の者が多い。

 極端な環境下にて製造され、闘争に次ぐ闘争を経験し、旧人類の業に絶望して、世界を救うための戦いを挑んだ種族。それが新人類だ。

 本来、彼らに感情などは備わっていなかったのだが、少年漫画のような覚醒イベントを経て、感情が生まれた。そして、その感情の発露が段々と周囲に伝播していったことが、新人類という種族が本当の意味で生まれた経緯である。

 彼らは旧人類に抗うため、意思を統一し、感情を束ねて、遂には打倒することに成功した。

 この時はまだ、彼らに、己自身を試練とするような思想は見られない。

 終戦直後はむしろ、『旧人類を試す』という思想よりも、この平和を堪能しよう、あるいは、ここではない世界で生活をやり直そうという考えが主流だった。

 だからこそ、生存戦争に敗北した旧人類が緩やかに、けれど、歴史上でも最も平穏に近しい時代を送ることが出来たのだ。

 だが、長い時間の中で段々と新人類の思想が移ろいで行く。

 戦争を体験した物から、戦争を体験していない世代へ。

 愛し合い、性行為を行うことによって子供を作っていた世代から、効率を重視し、遺伝子を掛け合わせるだけで、即座に次世代の優秀なる個体を作り上げられる世代へ。


 新人類は新興種族であるが故に、間違えた。

 社会というシステムの作り方を間違えてしまったのである。

 かつて、自分たちが感情を抑制され、行動を制限され、自由を奪われていたが故に、過剰に自由という物を尊重し、束縛を嫌ったのだ。

 その結果、個人主義とも呼べる思想が蔓延し、また、個々の危険な思想を取り締まる法も生まれることが無く――――その果てに、かつて獲得した感情を、愛を歪めてしまった。


「自由を愛する我々が、旧人類を縛るのは傲慢では?」

「解放しなければならないのでは?」

「だが、資源の供給を止めれば、彼らは全滅してしまう」

「旧人類に自由を与えなければ。だが、自由に振舞うには力が必要だ」

「力を与えなければ。抗う意思を育まなければ。真なる自由を教えるために」

「ならば、我々が試練となろう」

「かつての旧人類のように、今度は我々が彼らにとっての不倶戴天の仇となって」

「今こそ、我々が生まれた意味を果たそう。旧人類の乗り越えるべき障害となろう」


 平穏が。

 自由が。

 持て余した力が。

 彼らの愛を歪ませてしまった。

 それこそ、かつて旧人類が好んだサブカルチャーを参考にして、『苦境を与えればきっと、旧人類は覚醒する』などと言う思考が生まれてしまうほどに。

 無論、新人類全てがそのような人種ではない。

 中にはまともな精神性を持った者も生まれてくることがあるのだが、大抵、そういう者たちは、あっさりと終末世界を見限って他の世界に移住してしまうので、思想を改善する者など居なかった。

 

「さぁ、この空を閉す試練を乗り越えて、自らの可能性を証明するがいい。真なる空を取り戻した時、貴方たち旧人類こそが、我々を乗り越えて新たなる万物の霊長として返り咲くのだ」


 こうして、旧人類を試すダンジョンが生まれてしまった。

 不幸中の幸いは、この閉空塔を作り上げる際、比較的まともな部類の新人類たちの協力があり、完全ある無茶振りだったダンジョンから、比較的攻略が可能なダンジョンへと改善されたことである。

 きちんと道中にヒントを残して。

 ダンジョンを攻略しながらでも、探索者が成長できるように考慮して。

 無論、挑む者が居なくては成り立たないので、きちんと報酬も豊富に取り揃えて。

 そして、一番の改善は、転生用の肉体を各地に配置するように指導したことである。

 生まれながらに強く、ある程度の知識もインプットされている新人類は弱さに対して共感しづらい。気合いを込めれば、魔力の関係でなんやかんやパワーアップするだろうと信じている者が結構多いので、旧人類の肉体の脆さを知ろうとしないのだ。

 この転生による強化は、当時、新人類の大半が『安易なパワーアップなんてどうかと思う』と不評だったのだが、やがて上層にやってくる探索者たちに、思う存分試練を課すためには必要だという意見によって、説得されてようやく認められたのである。


 だからこそ、新人類たちは異界渡りへ不信感を抱くのも仕方なかったのかもしれない。

 旧人類のために与えられたダンジョンを悠々と踏破して、とっておきの秘密兵器を獲得してしまう。挙句の果てには、目をかけていた探索者に対して、あっさりと転生用の肉体まで渡してしまう始末。

 例えそれが、正統なる権利の下に取得した物であったとしても。

 例えそれが、探索者の弟を救うための最善だったとしても。

 新人類はこの異界渡りを認めたくは無かった。

 だからこそ、新人類四人がかりで、ルームキーを使わせる暇もなく、ダンジョンマスターの権限を使った強制転移などという理不尽を仕掛けたのだ。

 あまりにもひどい、暴挙にも等しいダンジョンマスターの権限の乱用。

 ダンジョンを管理する者としては、間違いなく失格である横暴な行為。

 それを受けて、異界渡りがどのように反応するかも、予想せずに。



●●●



 その新人類は魔術に特化した存在だった。

 生まれた時から魔術師として適性があったため、己の進路をそう定めて、それ以外の不要な要素を排除して来た。

 だから、その新人類の肉体はほとんど皮と骨しかない、枯れ木のような細身の体だ。

 肉体を鍛える時間が惜しい。

 それよりも、己の精神を鍛え上げて、魔術を極めたい。さながら、アニメに出てくる大魔術師のように。屈強な戦士たちを、鼻歌交じりに殺してやりたい。

 その上で、その虐殺を為せる存在に立ち向かう、愛と勇気を携えた主人公が己を討つ。邪悪である己を討つ。それこそが、その新人類にとっての本懐だった。

 だからこそ、新人類にとって、異界渡りの存在は邪魔で仕方が無かった。

 上層にやって来た時のために、排除の役割を進んで買ったのもそのためである。

 そして、その新人類が担当したのは異界渡りの『道具』であるオウルの排除。旧人類の遺産を無神経に使う、悍ましくも意志ある機械を壊すことこそ、その新人類の役割だった。


「機械の類は概念系統の魔術に弱い。なぜならば、本質的に機械は意思を持たない存在だからだ。そのため、物理的な物とは異なる法則を展開する魔術に弱い。お伽噺の中で最新式の銃器を乱射しようが、悪い魔女は殺せない。なぜならば、悪い魔女は鉛玉では無く、勇気ある若者が手にした特別な剣でしか、殺せないからだ。そういう風に、物語が定めているからだ」


 だから、その新人類がやったのは精神感応の混じった概念系統の魔術だった。

 転移の直後、『悪い狼』へと変貌させるための魔術をオウルに放った。オウルの周囲の空間は歪み、自意識ある者でも数秒で己の獣性を発露させて、ケダモノの如き本能で動く怪物へと変貌してしまうのだ。脆弱なる意思しか持たない機械では、抗うことは到底不可能。後は、『かつての仲間が変貌してしまい、殺さなければいけないイベント』用にでも何処かの空間に隔離すれば、仕事はお終い。

 実に簡単で、やりがいの無い害虫駆除のような雑用。

 その新人類の目論見では、そうであるだったのだ。


「抗うことは出来ないはずだ」


 破砕音が響く。

 何かが燃える音が、隔離された空間に満ちていく。

 その新人類がオウルを転移させたのは、自らの魔術の特性を高めるために用意した、結界の内部だった。新人類が手ずから育てた木々で森を作り、自らが造り上げた特別製の魔獣が闊歩する、侵入者にとっては最悪となるはずの領域。


「出来るはずが、無いのだ!」


 だが、その領域は今や、見る影もない。

 一瞬、ほんの一瞬だった。

 その新人類がオウルに対して魔術を発動し、己の勝利を確信した瞬間、それは起こった。


「緊急事態に付き、制限を全て解除――――障害を排除します」


 眩い閃光が新人類の視界を焼いたかと思うと、灼熱の地獄が領域に顕現した。

 超振動による、周囲の瞬間加熱。

 超振動に耐えきれない空間の破壊と、それに伴う爆発的なエネルギーの散乱。

 周囲の環境をまるで省みない、殲滅的な戦法。

 その新人類は常に、己が纏うローブに幾重の概念防御を付与しているのだが、その地獄の熱は容易くそれを突破して、新人類の肉体を瀕死に追いやった。

 保険はかけていたはずだった。

 何らかの要素で即死した場合に備えて、蘇生の魔術を九つストックしていたはずだった。

 それが、オウルの超振動(羽ばたき)によって、一瞬で無に帰したのである。


「何故だ、何故、機械風情が、我が概念幻術を破れたのだ……」


 今、その新人類が辛うじて生きているのは、オウルが殺害よりも脱出を優先していたという理由だけだ。

 そして、その理由ももうじき終わる。

 空間を精査していたオウルが、術者である新人類を殺さなければ脱出するのに少なくない魔力を消費するという結論に至ったが故に。


「私は、私の判断は、間違えてなど――――」


 その新人類は結局、何を間違えていたのか知ることも無く、超振動によって消し飛ばされた。敗北を受け入れることの出来ない精神では、音速を超えるオウルの突進を受け止めることなどできなかったのだ。いや、それ以前に、オウルの攻撃を感知していたかも怪しかっただろう。


「障害の排除を完了…………」


 新人類という障害を排除し終えたオウルであったが、転移を始める前に、初めて新人類に、既に死体すらなくなった敗者に対して意識を向けた。


「敗因は、私の愛を甘く見た貴方の愚かさです」


 そして、己の相棒ならばこう言うだろうという台詞を残して、オウルは羽ばたいた。窮地に陥っているであろう相棒の下に駆け付けるために。

 愛する者の意志が歪まぬよう、共に戦うために。

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