第71話 初心はダンジョンアタックと共に 6
本日二回目の投稿です。こ、これで毎日更新をうっかり忘れてしまった分はなんとか取り戻したはず。
次からは、忘れずに予約投稿しておこう、うん。
俺にとっての天敵は、武術を扱う物だ。
それも、生半可な技術の持ち主では無く、いわゆる達人と呼ばれる者。
人を活かすために武を鍛える者では無く、人を殺すために武術を極めた者が俺にとっての天敵だ。
理由は簡単にして、明白。
俺には才能が無いからだ。
異能を使い、機械眷属を屠る才能があったとしても、人型通しで技術を競う戦いでは、圧倒的に不利なのだ。
何故なら、俺は技術を習ったプロではない。
やむを得ない理由で戦場に出て、主に人外を殺し続けて来た英雄なのだ。
それ故に、俺の弱点は人型であり、人型を殺すために研究され続けて来た武術という技術が、苦手なのである。
だから、俺が最初に取った戦法は『空に退く』ことだった。
「ほう、威勢の良い言葉とは裏腹に、逃げるか。だが、賢い――」
「錬金刀、多重展開」
踏み込みと同時に、俺はその場で高く飛翔。
魔力を推進力に変えた、翼無き飛翔だ。
音速に等しい速度での急上昇。常人の肉体であれば、気圧の差によって内臓に致命的な悪影響を与えるほどの急上昇。されど、この身は機械天使。空を飛ぶことに関して、この肉体は優れた能力を有する。
「刻まれて、死ね」
上空五百メートルからの惜しみない、斬撃の投下。
この錬金刀は、いくらでも魔力で刃を物質化させられるので、こうして幾重にも刃を振り下ろし、斬撃を飛ばすことが可能なのだ。
そう、短く、薄く、雨のように幾千もの刃を降り注がせることさえも。
加えて、その刃には全て切断属性を付与している。この肉体では空間を支配するほどの権能は無いが、対象の防御力を貫通して、切断を与える能力ぐらいは行使可能だ。
…………これで、死ぬ相手なら楽でいいのだけれど。
「賢い選択、と言おうと思ったのだがな。どうやら、貴様は愚かだったらしい」
声が聞こえたのは、刃を振り下ろした眼下では無く、背後。
仮面の視覚補助でも届かない、絶妙な死角。
「――――っ!」
「遅い」
どん、という踏み込みと衝撃の音が二重に聞こえた。
咄嗟に衝撃方向に推進力を合わせて、飛んだのは我ながら良い判断力だったと思う。
背後から脇腹に叩き込まれた肘鉄の一撃は、概念防御を易々と突破し、俺の内臓を余すことなく破壊しようと衝撃を放った。その衝撃を逃がすように飛ばなけば、数百メートルもの距離を跳び続けなければ、今頃は一撃で破壊されていただろう。
ただ、それでも、ここまでしてなお、直撃を受けた脇腹の肉は潰れ、内臓にも少ないダメージを負ってしまったが。
「空に逃げたのは、良い判断だった。あのまま切り合えば、己はお前を瞬時に潰していただろう。己の戦闘スタイルが拳闘だと気づいたのも良い観察眼だ。大抵の武術は、大地に立つことを前提として作られている。そのため、空中では技術の大半が無意味であることが多い」
声が近い。
あれだけの勢いで、結構な距離を跳んだというのに、まるで離せていない。その上、距離が近い癖に、こちらの知覚範囲を見極めて、常に死角を位置に潜んでいる。
尊大な口調とは裏腹に、堅実で油断無き戦闘の立ち回り。
まずいな。弱くはないと思っていたが……予想よりも強すぎる。
「だが、異界渡り。貴様は知らないかもしれないが、武というは日々進歩する物だ。古代から現代まで、幾度の断絶を経ようとも、人々の意思が、強さを求める心が、武を繋ぎ、進歩させてきたのだ。ならば、こうして空中戦を行える武術を己が扱えてもおかしくはあるまい?」
どん、という再び響く踏み込みと衝撃の二重音。
今度は音が響く前にとっさに反応して、相手の打撃を受けたのだが――――受けた衝撃で、左腕が潰れた。頭上から、重力などまるで感じさせぬ動きで、虚空を踏み、そのまま放たれたのは、中国拳法にも似た打撃。そして、打撃から派生する、途切れぬ連続の崩し、打撃、組みなどの『相手を殺すまで止まらない』ことを前提とする武術の技。
そこから逃れるには必然と、相手と逆方向……即ち、地面の方へ退くしかない。
「貴様が武を扱う者であれば、己の動きを見失うことは無かった。貴様が一角の剣士であれば、己の拳を避けつつ、間合いの有利で己を切り裂くことも可能だっただろう。貴様が扱うその武器は、それだけの可能性を秘めている。だが、あまりにも、貴様自身が未熟だ。まるで、戦闘の経験だけは豊富な素人。戦闘勘は良くとも、それ以外はプロ以下。あまりにもなっていない」
言葉と共に振るわれるのは、一撃でこちらの命を刈り取れる威力を秘めた魔拳だ。
錬金刀を振るい、けん制を仕掛けるも、太刀筋を完全に見切られてしまっている。
ああ、くそ、これだから達人系は面倒なんだ。
「貴様は逃げるべきだった、それが一番賢明な判断だった。なぜならば」
迫る地面。
焦りによって乱れる呼吸、太刀筋。
その隙を突くはきっと、このハゲにとってはいともたやすいことだっただろう。
「貴様程度の未熟者では、己には勝てないからだ」
なので、打ち下ろされた拳が、残された俺の右腕を砕くのは、当然の結果だった。
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反省点はいくらでも考えられるが、結局のところは覚悟が足りなかった、というのが主な敗因だろう。
普段の肉体ならばともかく、使い慣れていない予備の肉体で曲がりなりにも研鑽を続けた相手に勝とうと思うのが、そもそもの間違いだったのである。
やれ、やはりオウルが傍に居ないと駄目かもしれんね、俺は。
オウルが傍に居れば、少なくとももうちょっとマシな判断が出来たかもしれないのに。
「これで終わりだ、異界渡り。空中ですら勝てなかった貴様が、地面の上でこの己に勝てる道理などありはしない」
俺は荒涼とした大地に打ち落とされて、利き腕を砕かれた。
ナノマシンによる自動再生能力はあるものの、それは即座に回復できるものではない。つまり、得物を持つ手を俺は完全に失ってしまっているというわけだ。
しかも、俺の眼前に降り立った相手は今の所無傷で、万全の状態。
まさしく、絶体絶命のピンチという言葉に相応しい状況かもしれない。
「最後だ。貴様に何か言い残すことがあるのならば、聞いてやろう。無念の言葉でも、仲間である彼女たちに伝える言葉でも構わん」
「ほう、随分親切だな?」
「貴様の死をきっかけに、彼女たちの物語は更なる美しさを帯びるだろう。そのためならば、我々新人類は手間を惜しまない」
「ふぅん、そうか、そうか」
武術の方は、達人クラスぐらいはあるかもしれないが、それ以外の観察力はいまいちだな、このハゲ。
分身であるこの俺が消えようとも、本体は消えない。
ただ、死を経験するので途中で別次元を通って、本体の方にフィードバックするからきついことにはきついのだが。異能を使ってしまった精神を元に戻すよりは、マシな反動で済むだろうさ。
そう、マシな反動で済んだかもしれない。
今となってはもう、無意味な仮定だが。
「じゃあ、その親切心に免じて、俺も無礼を謝ろう、スキンヘッドの新人類よ」
「ゼルネアだ。貴様を殺す者の名前ぐらい、覚えていくがいい」
「そうかい、じゃあ、ゼルネア」
何故ならばもう、俺は既に――――異能を使ってしまっているのだから。
「悪かったな、今まで手抜きをしていて」
自分の姿が揺らぐ。
自身の存在が揺らぐ、
傷ついた肉体が煙の如く揺らめき、非実体へと遷ろう。
しかし、眼球すらも既に煙へ変化した中で、視界と主観だけは揺らぐことだけ変わらない、この矛盾、不可思議。
矛盾を矛盾のまま、受け入れることこそ俺の異能の本領である。
これが深度3だ。
「――んなっ!? 何処だ!? 何処に消えた!? まさか、転移か? この己にも理解できない術による逃走か?」
「別に逃げてねぇよ。言っただろ、手抜きして悪かったって。だから、ここからは本気の本気だ。何せ、今の俺は自分の異能の浸食を抑えることすらできない分身だからな」
異能は使わなかったのではない、使えなかったのだ。
深度1であっても、使えば戦いはきっと有利に動かすことは出来ただろう。けれど、本体ではないこの俺が異能を使えば、異能の浸食に抗うことが出来ず、そのまま深度3まで達してしまう。
そう、分身であるこの俺では戻ることのできない、深度まで。
だから、今までは使わなかった。
手抜きをしていたと言われても、否定できない。完全に俺の想定の甘さだったし、覚悟が足りなかった。反省も後悔もしよう。
――――さて、それはそれとして、手早く終わらせようか。
「声、声だけが……どこだ? なぜ、なぜ、声があらゆる方向、あらゆる距離から聞こえる? そもそも、なぜ、この空間で己が貴様の存在を把握できない!?」
「武術。それは確かに素晴らしい物だ。極めたのならば、いずれ、超越して世界すらも砕く拳を手に入れる者も現れるかもしれない。管理者に届く者も現れるかもしれない。けれど、残念がながら、その程度では駄目だ。その程度では、この俺の異能を覆せない。捕らえることも不可能だ」
「どこだ!? どこにいる!?」
虚空に向かって拳を振るう音が、幾重にも荒野に響く。
けれど、そこに俺は居ない。
現在の俺は『何処にでも居て、何処にでも居ない』から、届かない。
深度3にまで達した俺を捕らえたいのならば、せめて管理者レベルでなければ無意味だ。どれだけ魔力を込めて拳を振るったところで、何の意味も為さない。
ある一定以上に届かない攻撃は、全て無意味となる。
「再度、謝ろう。悪かったな。本来であれば、最初からこうするべきだった。お前が強すぎて、俺が弱すぎた結果。このような悪趣味な結末になったことを深く詫びよう」
「ふざ、ふざけるな! こんなもの、こんなもの戦いでは――――」
「じゃあな、ゼルネア。殺す前に、お前の名前を知れて、よかったよ」
花を手折るような気分で手を伸ばす。
それだけの動作を意識するだけで、俺の手は黒い刃へと変化して、ゼルネアの首を狩り取った。胴体を三つに分けた。下半身を四つに刻んだ。
「来世では、もうちょっと上手くマスタリングするといい。祈ってやるさ、輪廻に」
そして、最後にぱちん、と指を鳴らす音を一つ。
ばらばらに分けられた肉体が、大地に落ちる前に、紅蓮の炎に巻かれて、落ちるよりも先に灰になって、荒野の風に攫われていく。
「……まったく、だから嫌なんだ、この深度3は。反動が強すぎる上に――――なにもかもが虚しくなるほど、世界を脆く感じてしまう」
俺は実体と非実体の間を彷徨う、煙の如き存在を携えて、この閉鎖空間から転移した。
早く、三人を助けた上で、己の存在を『停止』しなければならない。
深度4という手遅れの状態まで、異能が進行しない内に。




