第70話 初心はダンジョンアタックと共に 5
なんかいつもよりもストック多いなー、とか思ってたら10日の更新を忘れていた件について。
なので、今日は忘れていた分も含めて二回投稿します。次の投稿は23時です。
閉空塔は第100階層――上層からが本番であると、熟練の探索者たちは言う。
第100階層まではいわゆる、チュートリアルだ。旧人類に対する、長い長いチュートリアルなのだ。
元々、閉空塔というダンジョンは旧人類を鍛え上げ、新人類たる己たちを超えさせるために用意した舞台装置。だから、第100階層からは探索者のパーティごとに、専用のダンジョンが用意される。それは、一階層ごとにがらりと環境が変わる閉空塔従来の物ではなく、たった一つのダンジョンを攻略すれば、上層は――いや、閉空塔というダンジョンは完全攻略されたということになるらしい。
そのダンジョン内には、共通階層とは比べものにならないほどのアイテムが用意されており、また、新人類が手塩にかけて作り上げたとっておきの武具や魔導具、あるいは転生用の肉体が隠されているのだとか。
ただし、その分、難易度は桁違いに跳ね上がる。
理不尽なほどに跳ね上がるらしい。
「上層はクソ。安定を目指すなら、上層以外の方が断然良い」
「いきなり装備を全て没収された」
「呪いの武器を強制的に渡された」
「強制的に美少女の肉体に押し込まれた」
「なんか、よくわからない美少女を押し付けられた」
上層にまで到達可能な熟練の探索者が、無料で情報を公開するほど、上層の難易度は理不尽だ。何せ、共通階層までは自重して、良きダンジョンマスターであろうとする新人類たちの努力が見えるのだが、上層からはそれが取り払われてしまうらしい。
そう、漫画やアニメの内容を本気として受け取り、旧人類に対してガチのダンジョン攻略を強制してしまう馬鹿共が、自重を取り払って自前のダンジョンを作り上げてくるのだ。しかも、大抵の上層は、共通ダンジョンとは違い、難易度を調整しようという気概が見られない者が多く、ドラマチック優先で人命を考慮していない場合もあるらしい。
例えるのならば、動画サイトでTRPGのリプレイだけを見ていた初心者ゲーマーが、深夜テンションで作り上げるシナリオのような物だ。翌日、覚醒した頭で見直すと、無言で廃棄したくなるような代物を、自信満々の顔で出してくるのが新人類なのだ。
だから、上層に到達する能力を持った探索者でも、上層に挑むことをせずに中階層辺りでちまちま稼ぎつつ、安全に生きていくことを選ぶ者が続出するんだよ。
ただ、対処法が全く無いわけではない。
「ルームキーは必須だ」
「ルームキーだけは、取られなかった」
「挑むか、帰るか、その二択ぐらいは選択する自由はあったな」
「問答無用で死ね! というパターンは少ないらしいぞ」
経験者曰く、難易度が理不尽である分、撤退手段は探索者の手元に残すようにしているらしい。例え、装備を全て奪われた探索者でも、脱出用のアイテムだけは没収されず、また、きちんと機能したらしいのだ。
閉空塔の脱出アイテム、それはルームキーと呼ばれている一枚のカードキーだ。
使用方法は簡単。カードキーに書かれた番号を読み上げながら、帰還の意思を示すだけ。それだけで、閉空塔内に用意された自分の居住区に変えることが出来る代物である。しかも、使い捨てでは無く、再びダンジョンに挑む時、ルームキーに再開の意思を示せば、途中で帰還した階層からの攻略が可能な優れ物なのだ。
だから、想定しきれなかったのかもしれない。
奇襲は警戒していた。
突然の環境変化による分断や、行動に対する制限を強いてくるのも考えていた。
何が起きても即時対応し、命の危機にあると感じたのならば、覚悟を決めて奥の手を使おうという覚悟も決めていた。
「「「「ようこそ、我らが領域へ! 歓迎しよう、盛大にな!!」」」」
だが、まさか新人類が四体、ダンジョンマスターとしての権限を使い、俺達をそれぞれ違う空間に転移させるとは思わなかったのである。
そう、まさか、ここまで理不尽――――というか、大人げない真似をしてくるなんて。
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仮に、あの忌々しい黒色殲滅の肉体を使っていれば、このような失態は踏まなかったはずだ。新人類が四人がかりでダンジョンマスターとしての権限を行使したとしても、空間支配の権能はそれすら上回る。即座に反撃し、瞬く間に他のメンバーを連れて離脱出来たに違いない。
しかし、現在の俺の肉体はあくまでも量産型の代物。素のスペックはそこそこ、特別な能力など付与されておらず、ある程度、どの環境にも適応できるように耐性を備えているだけの代物。だから、俺はその転移に抵抗することが出来ずに、分断されてしまったというわけだ。
「それで、どんな歓迎会を開いてくれるんだ? なぁ、新人類のダンジョンマスター。まさか、こんな場所で七面鳥を焼いて、シャンパンを片手に乾杯するわけでもないだろう?」
「無論。貴様に対する歓迎など、我々は用意していないぞ、異界渡り」
転移された場所は、一面の荒野だった。
見渡す限り、何の遮蔽物も無い灰色の地面が続いており、空を見上げていても、雲一つない快晴があるのみ。
つまり、利用できそうなオブジェクトは何も用意されていない。
オウルとの連絡も途絶えている。
この場所は恐らく、隔離用に造られた閉鎖空間だ。
「さて、どうして貴様がここに隔離されたのか、理解できるか? 異界渡り」
そして、俺と相対しているのは、スキンヘッドの偉丈夫だ。
上半身が裸であり、鍛え上げられた肉体を惜しみなく晒している。下履きは空手や柔道などで使われる道着の奴だ。晒されている肉体には、ドラゴンを模した刺青が、胸から顔にかけて途切れることなく刻まれている。
なるほど、如何にもなキャラクター性じゃあないか、新人類。
「ミサキ。俺の名前はミサキだ。覚えておけよ、新人類。ああ、それでなんだっけかな? そうそう、ここに隔離された理由? さっぱり見当もつかないぜ。何せ、今の俺はこうしてお前らの理不尽を甘んじて受けなければならないほどに、自分の力を制限している。まさか、この制限された条件でも異議があるってのか?」
「当然だ」
「当然なのかよ」
「本来であれば、旧人類に干渉するだけでも許しがたい」
即答されて戸惑う俺である。
いや、異議があるにせよ、もうちょっと遠回しに抗議して来ると思ったんだが、うん、しかも思ったよりも抗議の内容が酷いぜ。
「このダンジョン、閉空塔は旧人類のために造り上げた試練だ。異物である貴様に渡す物など、一つもありはしない。だが、異なる世界からの来訪者を無下にしてなならないと、管理者から制限を受けたが故に、今までは我慢していた…………その我慢を良いことに、貴様がここまで好き勝手しなければな」
「ほう、何が気に食わないんだよ?」
「無論、旧人類の希望である彼女たちを惑わし、弱くしたことだ」
「…………ほう」
スキンヘッドの新人類は、強面の表情をさらに不機嫌に歪めて、俺に言う。
「彼女たちは本来、誰の手助けも受けず、困難を打倒して我々の下に来るはずだった。弟の肉体も、彼女が命を削りながら獲得するべきだった。誰かに、飴玉のようにあっさりと渡されていい物ではない。貴様の行為は、彼女のこれまでの努力を無碍にする最低の物だ」
「まぁ、否定はしないけど、オウカが助かったのなら別に良くない?」
「良いわけがない。そのような反則、許されるべきではない」
忌々しげに、憎しみすら込めて、スキンヘッドの新人類は俺を睨みつけている。
「これが旧人類同士の交流で生まれた結果ならば、我々も認められただろう。素直に認めていただろう、美談であると。だが、異世界からやって来た貴様が、旧人類よりも優れた能力で、あっさりと問題を解決する? なんだぞれは、馬鹿にしているのか、貴様は」
「馬鹿にはしてないけどさぁ。俺と出会って上手いこと俺を利用したミユキの勝利! とかでいいんじゃないの? 運も実力の内だろうが」
「いいや、駄目だ。我々は貴様という異物の存在を許容できない。貴様が関わって救われるぐらいならば――――救われない方が、余程マシな結末だった」
「…………あぁ?」
その言葉に、俺は思わず苛立ちが口から洩れてしまった。
ついつい、錬金刀に手をかけて、即座に魔力で刃を物質化させてしまう。
「おいこら、もう一度言ってみろ、ハゲ」
「ハゲではない、スキンヘッドだ。そして、何度でも言おう。貴様らに干渉されるぐらいであれば、報わらず、共に朽ち果てた方がまだ美しい終わり方だと言ったのだ、異界渡り。無論、救われるに越したことは無いし、困難は打破されるべきである。だが、旧人類の環境を、己のエゴで勝手に変えてしまうことを、我々は認めない」
憎悪と共に紡がれるハゲの言葉に、俺は新人類と旧人類の隔意の正体を、何となく理解した。
そう、そもそも新人類は――――旧人類に対して『共感』が欠如している。旧人類を尊い存在として見ている癖に、近しい物としては感じていない。さながら、漫画の中の登場キャラクターを想うファンのように。TRPGのゲームマスターがプレイヤーキャラクターに対して向ける愛情のように。
個人の身命よりも、物語を優先しているのだ、こいつらは。
俺にも似通っている部分があるからこそ、分かる。
新人類の目的は、面白く、美しい物語を見ることであり、その重要なファクターが旧人類という登場人物なのだ。そして、己自身という悪を打破させることで、旧人類たちの物語に殉死したい。
けれど、その過程で、どれだけの悲劇が旧人類を襲おうとも、それもまた物語のスパイスであると考えているのだろう。もちろん、全ての新人類がこのような考えであるとは決めつけない。このハゲだけは、その傾向が顕著なだけかもしれない。
「そうか。んじゃあ、俺から一つアドバイスをやろう、愚かなる新人類よ」
「なんだ? 無粋な異界渡り」
だから、だからこそ、似通っている部分がある俺だからこそ、まずは眼前の醜悪を排除してやろう。
別に、俺は今まで新人類に対して嫌悪は抱いてなかったのだけれども、流石に、仲間を害そうとする存在を許すことは出来そうにもない。
あの姉弟の幸いを、嗤うような言葉を、許すことは出来ない。
「突然現れたラスボスの一人が、あっさり殺されたらギャグにもならねぇぞ? 来世ではきっちりマスタリングを勉強しておけよ、ハゲ」
「貴様の忠告、有難くうけとってやろう。貴様を排除した後で、参考にさせてもらう。それと」
俺が錬金刀を構えると同時に、ハゲもまた拳を作り、構えを取った。
「ハゲではない、スキンヘッドだ」
強い踏み込みの音が、荒涼とした大地に響き――――俺達は己の意見を通すための、殺し合いを始めた。
恐らくは、殺し合うにはもっとも愚かしく、譲り合えない理由で、戦い始めた。




