第68話 初心はダンジョンアタックと共に 3
異能を得た人間は大体、誰しも思う事なのだが、この異能という奴はとても把握しづらい。
ステータスオープンと叫んで、自らの異能に名前とか、効果とか、ランクとか、そういうのが具体的に説明されるのであれば、どれだけ便利だろう? などと思ったこともある。
もちろん、異能を得た者の中には『鑑定』系統の能力の持ち主も居たので、数値化やランクでの区別、簡単な看破などは可能と言えば可能なのだが、基本的に異能は安定しておらず、その時の気分によって出力やランクも変わったりすることが多い。なので、ランクEの異能者が、土壇場になってランクAの異能者を凌駕する強度の力を発揮する、なんてことは割と日常茶飯事だ。
そう、この異能という奴は精神と綿密に連動する能力なので、体力測定みたいな要領で測ることは難しい。
なので、己の異能を知るために必要な事は、ひたすらに試行回数を重ねることだ。
何度も何度も、状況を変えて、精魂尽き果てるまで異能を使い続ける。
そうすることで、やっと己の中の異能の正体が掴めてくるのだ。
もっとも、そうだと思っていた異能の正体が全く違う者だったり、精神の変化と共に、まったく違う物へと変質することもあったりするので、それでも確実な安定を求めるのはとても難しいのだけれども。
――――特に、この俺が所持する異能は――『マクガフィン』と名付けられた異能は、変化、変質するという点においては群を抜いている。
「存在の濃淡を操るのかな? ともかく、いつの間にか敵を倒していたり、会話の途中に敵の幹部を暗殺する君の存在はマジで助かっているよ」
最初は、己の気配を薄める能力だと思っていた。隠密系の、暗殺者向けの異能だと思っていた。戦前の俺はとても地味な男子高校生だったし。
だが、機械眷属を屠り続けていく内に、上位眷属の一体からこう言われたことをきっかけに、その解釈に疑問を持つことになる。
「馬鹿な! この何重にも張り巡らされた感知センサーをどうやって潜り抜けた!? 意識に左右されぬ、自動式のトラップだというのに!?」
当時、俺はその疑問に対してニヒルな笑みを浮かべた後、刀を一閃して答えとした。
自分自身でも、何が起こったのか、まるでさっぱりと理解できていなかったのである。普通に、なにそれあっぶねー! とか考えていた。
けれども、俺が異能を使えば、誰にも気づかれずに敵を攻撃できるという点は何も変わらないので、特に悩むことなく使っていたのだが、ある日、一つの転機が訪れる。
「くそっ! 誰か、治癒系の異能か魔術を持っている奴はいないか!? 見崎さんが! 見崎さんが重傷を!」
上位眷属三体と、機械天使の幹部クラスを相手取り、死闘を繰り広げた俺は、何とか、上位眷属を全て抹殺。機械天使を退却にまで追い込んだ。しかし、その代償は高く、下腹部が敵の放った槍に貫かれて、致命傷を負ってしまったのである。
絶体絶命の窮地だった。
死の気配がすぐ近くにまで迫っているのを確認できるほど、俺に死にかけていた。
その時、無意識に異能を発動し続けていたのは、幸運だったのか、それとも、俺の生存本能が無意識に正解を選んだのか、どちらだったのかは分からない。
「よかった……奇跡的に重要な部分を全て避けて刺さっている。これなら、私の異能でも、直ぐに完治させられます」
気づくと、俺の傷はいつの間にか仲間が異能で治してくれていた。
明らかに致命傷であり、一分も持たないだろうと思っていた傷が、そうでは無くなっていた。十分後に駆け付けた仲間が直してくれても、完治する程度にまで改ざんされていた。
だから、俺は試すことにしたのである。
できれば、試したくは無かったのだが、決めていたから。再び、絶体絶命の窮地に陥ったのならば、もしくは、仲間を助ける為にやむを得ない場合ならば、そうしようと。
「君の異能の本質は『変化』であり、『代入』だ。求める結果を得るために、君自身の存在を変化させる。不確定で曖昧なブラックボックスに、必要な存在を代入する。ある意味、無敵であり、何物にもなれる異能だろうね。なるほど、なら納得だ。本来、凡骨であるはずの君が、こうして黒色殲滅たる機械天使を討ち取って見せたことも」
無茶をした。
馬鹿をやった。
覚醒した。
仲間を守るために。
許せない仇敵を殺すために。
そして、俺は成功した。殺した。恐るべき性能を誇る機械天使を、俺の家族と友達を殺した殺戮機械の首を、切り落としてやったのである。
「おめでとう。これで、今日から君はこちら側の存在だよ、カンナ君。どれだけ拒んでも、どれだけ否定しても、もう落ちてしまったのだから、どうにもならないさ。そうだね、『生誕祝い』として、この私が君に名前を上げよう。二番目の名前だ。うん――――マクガフィンなんてどうたい? 代替可能な可変存在である君にとっては、ぴったりだと思うんだけど?」
そして、俺は踏み外してしまった。
人間として、有り得ざる領域まで踏み込んでしまった。
…………俺の異能はほぼ無敵だ。超越者に並ぶほどの強度で、チートだ。けれど、チートをすれば当然、何かしらの罰が与えられる。対価無き力など無いように。
だから、俺はいずれ、本来の肉体を失うのだろう。
本来の肉体を失って、代替の肉体で過ごして。
やがて、何かが原因であっさりくたばって。
いつか――――道化師との契約を果たすべき時が、来るのだろうさ。
●●●
まぁ、つまり、俺の異能を使えば俺は自身の存在を『分割』することも可能だ。分割した二つの主観をコントロールして、死角無き完全なるコンビネーションを実現することだってできるのだ。
もちろん、本体や分身の概念はあるし、分身が死ねば、俺にも死の衝撃や、経験がフィードバックするのでとても辛い。距離があまり離れすぎていると、主観のリンクが途切れるので、情報の共有も出来なくなってしまう。加えて、肉体ごと存在を異能で曖昧にして、分割するのはとても反動がでかい事なので、出来ればやりたくはない。
だが、逆に言うのならば、肉体の準備さえあれば、分身を準備するのは難しくないし、もしも何かがあったとしても反動は少なくて済むのである。
そんなわけで、本来の方の俺は、先輩を探すために異世界を転々と巡る旅へ。
そして、分身であるこの主観の俺は現在、ミユキをリーダーとした探索者パーティに加入し、閉空塔の攻略に挑んでいるのだった。
「ミサキ、コンビネーションで決めましょう」
「んじゃ、俺が右で、お前が左で」
「了解」
黄昏の空。
白い石材が辺りに散らばる、廃墟。
かつて、神殿だった場所の名残りか、女神像のような物が、顔の大部分がかけた状態でそこら辺に安置されていた。
『グルゥオオオオオオオオッ!』
そのかつての神殿を根城にしているのが、ここら一帯を支配する双頭の悪竜である。なんでも、設定によれば、ここら辺の村々の領域を守護する代わりに、毎年、清らかな乙女を生贄として要求するらしい。そして、とても残酷な殺し方をして楽しむのだとか。
この第32階層は、そういうファンタジーの王道設定を踏襲しているようで、近くの村を聞き込みすれば、この双頭の悪竜に関して色々な情報が分かったりするのだ。
例えば、双頭はそれぞれ、異なる思考と異なる視点を持ち、炎と氷のブレスを吐くとか。
例えば、その緑色の鱗はとても固く、黄昏時以外では碌に刃も通らないのだとか。
例えば、生贄予定の少女と恋仲の男が、実家の酒蔵で特別な毒酒を造っているので、それを予めの飲ませれば弱体化できるとか。
きちんと探索すれば、そういう情報がもらえる階層なのだ、ここは。
俺とオウルとミユキの三人は以前にも攻略したことがあるし、この階層のボスである双頭の悪竜もさほど強くないので、本来であれば用事など無い階層なのだが、今回は別だ。
何せ、今回は期待の新人が居るのだから、きちんと経験を積ませてやらないといけない。
「しゃおら、首切断っ!」
「左頭部破壊――――後方射撃、今っ!」
というわけで、きちんと順序良く弱体化させた双頭の悪竜へ、まず前衛の俺とオウルが突撃。ブレスをそれぞれの属性の護符を使って防御。ブレスを吐いた後の硬直を狙い、双頭の部位を同時に破壊。
「気を抜くなよ、弟ぉ! ありゃ、胴体にコアがある! だから、頭部を壊しても普通に動き回るぜ!」
「了解だよ、姉さん! 要するに、跡形残らずブッ飛ばせばいいんだね!?」
「おうよ、その通りぃ!」
次いで、ミユキの魔導銃器による射撃で悪竜の四肢を打ち抜き、完全に動きを止める。そして、最後の最後に、弟君が準備していた青白い炎――『氷炎の魔術』を放った結果、悪竜の体は、見事に凍り付き、やがて粉々に砕け散った。悪竜が砕け散った、がしゃん、という陶器が割れたような音が廃墟に響くと、壊れた女神像の前に白い光の柱が出現する。それは、攻略の証でもあり、次の階層へのゲートだ。
「よくやったな、弟!」
「ふん、これくらい当然だよ、姉さん」
「中々の魔術です、弟さん」
「……あ、うん、ありがとうございます?」
「はっはっは、新しい肉体の調子は良い様だな、弟君」
「…………うぃっす」
俺達、既に攻略していた組は三者三様の言葉で弟君を褒めるのだが、どうにも反応が鈍い。
新しい肉体ということもあるのだろうが、どうにも笑顔がぎこちない。何か原因はあるだろうか? と考えた結果、わりとすぐに思い至った。
そういえば、そうだったな、うん。
「これからも魔術での援護を頼むぜ、『オウカ』」
「――――はいっ! もちろんですよ、ミサキさん!」
俺は改めて、弟君の名前を呼びつつ、成果をねぎらった。
オウカ。
桜花と、謳歌。
美雪の弟であるから、春の花の名前を。
そして、願わくば、新しい人生を『謳歌』するようにと、俺が考えた名前である。
…………あとはまぁ、深い意味は無いけど、ミユキの大切な存在に付ける名前だから、俺の大切な相棒との一文字違いにしておいた。うん、深い意味は無いのだ。
「魔術を使って、どんどん階層を攻略しちゃうので、ご期待ください」
弟君――オウカは名前を呼ばれると、花咲くような笑顔でやる気を出すので、多分、気に入ってくれているのだろう。
思えば、姉であるミユキも名付けられた時は、妙にソワソワしていたことを思い出したので、やはり、名づけとはこの世界で特別な意味を持つことなのかもしれない。
「弟……オウカには手を出すなよ、ミサキぃ」
「わかった。お前にしか手を出さないよ、ミユキ」
「手を出す前提の話をやめろぉ!」
オウカの名前を呼ぶ度に、ミユキからきつい視線が飛んでくるが、まぁ、そこはご愛敬ということで。
今後も、自ら名付けた姉弟のリアクションを楽しみながら、ダンジョンアタックに励むとしようか。




