第67話 初心はダンジョンアタックと共に 2
やるべきことは山済みだ。
けれど、それはつまり指針が決まっているということなので、意外と悪くはない。昔のように追い詰められた忙しさでは無く、充実を感じる忙しさは結構好きだ。
「それじゃあ、俺のホームの管理者になって、世界の管理をやり直すことは出来ないんだな?」
「そうですね、残念ながら。私にはもう、管理者となる資格はありません。いえ、あったとしても、既に人間として長い時間を生き過ぎましたから、適格と呼べないでしょう。仮にその資格があったとしても、恐らく、一年も持ちません」
俺はまず、シェムが持つ能力について詳しく知ることにした。
部下を運用する時に必要なのは、部下の能力を正しく知ることだと、昔、先生から習ったからである。当時は、殺し合いのためにしか使わなかったこの教えだが、まさか、このような形で活かせるとは思わなかった。
「わかった。んじゃあ、数百の異世界への伝手というが、実際に話が通じそうなのはその中で幾つだ? 具体的な数字はあえて聞いてなかったが、今は正直に言って欲しい」
「ふむ……私が人間として流浪していた時間の内に滅んでいなければ、五百六十七個の異世界との交流が可能ですね。しかし、現実的に考えてその内の百から二百は滅んでいると考えると、三百五十近くの異世界と交流が可能でしょう」
「俺が超越者殺しであるという情報を明かして、その交渉可能な異世界の内、ある程度の移民権を獲得できそうなのは?」
「うーん、申し訳ありません。流石に、そこまでは実際に交渉してみなければ、分かりません。ですが、超越者対策は管理者にとって永遠の課題。情報を惜しまず、なおかつ、ミサキさんの人柄であれば、中には『特区』を作り上げて優遇する管理者も居るかもしれません」
「そうか、じゃあ、期待しておくとしよう」
シェムが持つ異世界への伝手。
それを確認しなければ、今後の動きが取れない。とりあえず、シェムが伝手を持つ異世界の中で、俺が行ったことがある世界、または、俺のホームから出向している異界渡り達が仕事をしている世界は無いか、確かめた。
すると、確かに九つほどシェムが知っている管理者の情報と、俺達異界渡りが知っている管理者の情報と一致したのである。
「ああ、あそこの世界の管理者は強者の因子を求める傾向にありますからね。難民という側面を出すのではなく、超越者が会堂した窮地を乗り越え、克服した世界の一族というアプローチとして交渉してみればいいのではないでしょうか? なぁに、武勇伝の一つでも語ってあげれば、すぐに態度は軟化するでしょう。ただし、虚飾だけはしないように」
そして、その内の一体との交渉に成功した。
俺がシェムから受け取ったアドバイスを、そのままオウルを経由して現地の異界渡りに伝えたところ、たった数日で、千人程度であるが移民の許可を得られたのである。
これにより、シェムの情報が確かであるという確証は得られた。
加えて、シェムが管理者に対する有効な交渉手段の持ち主であるということも。
「私は価値を証明しました。次は、貴方の番ですよ、ミサキさん」
「はっ、任せておけよ、シェム。アンタが文句を付ける隙も無いほどに、ガキどもに、素敵な未来を保証してやるぜ」
「ふふふ、それはそれは、楽しみにしておきます、ええ。何せ、私が信頼したのは、貴方の向こう見ずな癖に、有言実行な所ですから」
シェムは己の価値を証明すると、俺の準備が整うまで子供たちといつも通りに過ごすことにしたらしい。あくまでも、移住の可能性を伝えるのはこちらの保証を得られてから、というスタンスだ。
「あ、そうそう、ミサキさん。そちらの世界の色々な文献ってありますかね? こちらの世界だけでなく、貴方のホームにも由来する名前を付けたくて」
「……大体、翻訳が間に挟まるから別にいいじゃん」
「いえいえ、いけませんよ、ミサキさん。こういう細かいところにこそこだわって、工夫を凝らし、けれど、派手過ぎず、なおかつ、本人がしっくりと来る名前を考えてあげないと」
「ちなみに今、何人分の名前を考えたの?」
「悩み過ぎて、まだ一人分も考えられていません」
「えぇ……」
ただ、授業や家事の間、あるいは開いた時間を全て子供たちの名前を考えることに使っているらしく、常に何かしらの本を手に携えている。
気のせいかもしれないが、シェムは出会った時よりも明るい表情が増えた気がした。もっとも、出会って一週間も経っていない間柄での観察なので、間違っているかもしれないが。
「いや、合っているぜ、ミサキ。あのうさん臭いイケメン神父がさ、妙に毎日嬉しそうなんだよな。何か良いことでもあったのか?」
ミユキに訊ねてみたところ、間違ってはいないらしい。
よかった。少なからず、俺との取引に期待していることは本当のようだ。ならば、その期待に応えないといけないな。
《しかし、ミサキ。あれだけの数の子供たちを受け入れてくれるコミュニティを知っているのですか? 我々のホームで預かる事だけは出来ますが、それも一時しのぎ。根本的な解決にはならないので、保証と呼ぶには苦しい物がありますが》
『そうだな。一つの世界に根を張っている異界渡りならともかく、俺は結構忙しく世界を回るからな。そういうコミュニティに心当たりはない……俺には、だが』
《ほうほう、何か策があるのですね?》
『んんー、策と呼べるほどの物じゃないというか、困ったときの当たり前の行動というか』
自分一人の力では難しい問題に直面したと時、人はどうするべきなのか?
例えば、もっと自分を研鑽して、改めて問題に取り組む。いっそ諦めて、別の事をやる。
うん、間違いじゃない。間違いではないが、もっと簡単な方法がある。そう、それは他の人間に頼るということだ。人間、問題に直面すると、どうしても自分一人で解決しなければならない使命感に駆られる時があるが、こういう時は素直に出来る人間に頼った方がいい。そう、頼れる相手が居るのなら、素直に頼った方がいいだが……ううむ。
『オウルには言ってなかったが、俺には恩師であり、先輩がいるんだ、異界渡りのな』
《それは確かに初耳ですね、どうしてもっと早く教えてくれなかったのですか? 私はちょっとショックを受けているので、謝ってください》
『え? そんなに?』
《肉体があったら涙目になっています。謝ってください》
『え、えっと、ごめんなさい』
《よろしい、許しましょう。では、そういうミサキのパーソナリティに関わる大切な事柄を、私に隠していた理由を速やかに述べてください。恐らく、その理由がシェムとの交渉の場で、貴方の伝手を明かさなかった理由でもあるのでしょうから》
言葉で許すと言っても、声で明らかに怒っていることが丸わかりのオウルである。
俺はこれ以上怒らせないように、速やかに理由を答えることにした。
『まず、理由の一つは探すのに時間がかかること。見つけられれば、ほぼ確実にこの問題を解決できるスペシャリストなんだが、忙しい人でね』
《具体的にはどれだけ時間がかかるのでしょう?》
『最低でも一週間。最長で二週間ぐらい。んでもって、もう一つの理由なんだが、その、えっと、だな……言いにくいんだが、その』
《なんですか? はっきり言ってください》
『………………恩師なんだけど、その、な? イケメンで、とっても強くで、物凄い人格者で、それでいてちょっと馬鹿な所もある人なんだけど、出会ったら、その』
《さっさと言え、ウスノロ》
『俺に求婚してくるんだよ、その人。割と真剣に』
《球根?》
『求婚。アイラブユーって言われている。貴方を嫁にしたいって言われている』
《精神が男なのに?》
『そこが難しいところでなぁ』
何はともあれ、あの先輩を探し出さなければ話にならない。色々と恥ずかしい気持ちはあるが、会いたくないのか? と問われるとやはり会いたい気持ちが強いのでソワソワしてしまう。
だが、探しに行くとなるとそれなりに時間が経つことになるのだが、その間、ミユキと弟君を放置しておくのも忍びない。
あの二人には移住の事は伝えていないため、弟君の調整が済み次第、閉空塔に挑むようだし。かといって、伝えたからといって『危ないことはしないで大人しくていてね?』なんて言葉が通じる相手でもない。いや、今まで頑張って来たミユキに対して、そんな安っぽい言葉を使いたくはない。
貸し借りのある相手だ、出来るだけ誠意を尽くしたい。
「――――よし、決めた」
なので、俺はちょっとだけズルをすることにした。
ズル(チート)をして、二つとも同時に進めるとしよう。
●●●
初心を思い出そう。
最初の武器は、家庭科室にあった肉切り包丁。
次の武器は、ホームセンターから調達した工具。
まともな武器を手に入れられたのは、機械眷属の一部を改造するようになってから。
一番信頼している武器は、かつての怨敵の一部を加工した刀。黒塗りの刀身が奇麗な、黒羽という、なんでも切断し、ある程度の物に干渉する権限を持つ媒体だ。
けれど、今、俺の手元にはその武器は存在しない。
なので、俺が次善の武器として選んだのは、己の魔力を消費することによってある程度、刃を自在に生み出す『錬成刀』と呼ばれる武具だ。見た目は刀身が抜いてある刀の残骸なのだが、規格外の相手を除き、どのような相手にもダメージを与えられる使い勝手の良い武器だ。
「うん。これは腰のホルターに提げられるし、動きを邪魔しないから良い」
防具は簡単な概念防御が込められたジャケットで良い。物理的防御に不安が残るが、防御するよりも避ける方向で行こう。
足元を守る靴は、頑丈で、多少の破片なら踏み潰せる安全靴。これはいつも通り。特別な物では無いのだが、いくらでも予備があり、こういう時、直ぐに馴染むから気に入っている。
「おっと、これを忘れちゃいけない」
そして、最後に狐の仮面を被って、準備は完了。
本来の意味合いとしては、今は使う必要は無いのだけれど、ずっと使い続けていた所為か、顔を晒していると落ち着かなくなってしまったのだ。
ただまぁ、知覚範囲を広げる効果もあるし、オウルとの通信精度も良くなるので、付けておいた方が良い装備だろう。
「おい、もう準備は終わったか? ミサキ」
「ああ、もうすぐ行く」
俺は急かすミユキの声に肩を竦めつつ、自室から出る。
すると、部屋の外では他の三人……ミユキ、弟君、オウルはもう準備を終えていたらしく、俺の登場をソワソワと落ち着かない様子で待っていた。
「遅いですよ、ミサキ。どうせ、在りし日の回想に浸っていたのでしょうけれど、その緊張感の無さは愚かとしか言いようがありません」
「まぁまぁ、オウルさん。ミサキさんも色々準備が……って、んん?」
「…………おい、ミサキ」
事情を知っているオウル以外の二人は、準備を終えた俺の姿を見ると眉をひそめて、訝しげに俺へ視線を向けて来た。
うんうん、実に想定通りで何よりだぜ。
「アンタ、どうして前よりも大きく……というか、『大人になっている』んだよ?」
俺は、ミユキの問いに、仮面の下で笑みを浮かべてから答えた。
「――――イメチェン」
そう、普段よりも成長した、美しき女性の肉体で。




