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第66話 初心はダンジョンアタックと共に 1

 転生。

 生まれ変わるための儀式。

 本来の意味では、魂が輪廻によって新たな肉体を得ることだ。

 人は死ぬと、魂が肉体から離れる。個人差にもよるが、肉体から大きく離れてしまえば、魂は現実とは違う次元へと移動する。いわゆる、あの世と呼ばれるような次元だ。魂はそこで一度、何かしらの処置を受けて、また、現実世界へと返される。

 ただし、余分な物は全て洗い流し、輝ける物だけを刻んで。

 だから、人は生まれ変わると何も覚えていない。

 転生の結果によって、人は違う生物に生まれ変わるケースもあるが、大抵、知性を得た生物は再び、知性を持つ存在へと転生する。詳しい理由は知らないが、どういう仕組みになっているらしい。


 死んだ人間は生き返らない、という原則は、この輪廻の仕組みによる物が大きい。

 まず、肉体が大きく半損して、魂が分離した程度であるのならば、肉体を速やかに修復、あるいは別の物を用意してぶちこめば、大抵の場合はあっさりと蘇生する。この程度の蘇生ならば、割と実現可能な技術を持つ物は多い。

 けれど、肉体がそもそも消し飛んでいる場合の蘇生は難しい。別の肉体を用意したとしても、不思議なことに元に肉体が大きく破損すればするほど、蘇生の可能性は下がって行くのだ。肉体が完全に消滅した物は、より強く違う次元に引っ張られるらしいので、それが原因なのかもしれないけれど。でも、数は少ないが、この状態からでも蘇生を実現させることが可能な存在は要る。大抵の場合、所属する世界ではとても高い地位にあるが、誰も知らない秘境で隠者として暮らしているかのどちらかだが。

 そして、肉体が完全に別次元へと移動してしまった場合。

 これはとても蘇生が難しいケースだ。ほぼ完全に死んでいると言っても良いので、この状態から魂を引きずり出して、蘇生させるのはもはや、管理者か、それより上位の超越者による能力が必要になるだろう。

 あるいは、生前から何らかの取引や契約があった場合ならば、あの世へ魂が移動してしまった場合でも、輪廻の働きを利用して、手元に魂を引き寄せることは可能かもしれない。

 では、本当に本当の、例え超越者であったとしても、超越することが不可能で、どうしようもない死のケースは何だろうか?

 それはつまり、既に転生を終らせてしまったケースだ。

 そうなってしまえばもう、死者は蘇らない。

 何があったとしても、絶対に。


「ええと、つまりどういうことですかね、ミサキさん」

「慎重にやれってことだよ、弟君。いくらその肉体に転生用の術式が刻んであったとしても、一度、死を迎えることは変わりないんだ。強く、生存のイメージを持たなければ、違う次元に魂がひきずられるぜ?」

「ああ、それなら大丈夫ですよ。アドバイス通り、確固たる信念って奴をちゃんと自覚しましたんで」

「ほう、聞いても?」

「……んー、いいですけど、姉さんには言わないでくださいよ、恥ずかしいから」


 だからこそ、ひょっとすれば、肉体を移し替えるだけのこの儀式も、一度、死を挟むのかもしれない。

 記憶も、経験も引き継ぐけれど、それでも、生まれ変わる過程で何かが死ぬのだ。

 俺がこの肉体を使うようになった時、確かに何かを失ったのと同じように。


「姉さんを助けたい。姉さんの力になりたい……これが、俺の確固たる信念って奴です。ははは、シスコンって笑ってもいいですよ?」

「いや、笑わねぇよ。うん、誰も笑わない……笑わせない」

「そっすか。んじゃ、胸張って死んできます」

「おう。んでもって、生まれ直してこい」


 しかし、例え何かが死んだとしても。

 変わる部分があったとしても。

 己の中に揺るがない物があるのならば、きっと。


「また会おう、弟君」

「次会う時までには、名前を考えて置いてくださいね? ミサキさん」


 死を超えた先で、もう一度会えるだろう。



●●●



 この感覚に一番近いのは何だろう? と考えて、何故だか最初に思いついた言葉が『受験の結果発表』だと思った。

 全力は尽くした。

 万難を排した。

 やれるだけの事は既に終わり、後は結果を待つばかり。

 大体大丈夫。ほとんど大丈夫。けれど、どの世界でも突拍子もない悲劇というのは、僅かな可能性をすり抜けてやってくる物だから、油断は出来ない。

 ありとあらゆることを想定して、けれども悲観になり過ぎず。

 表面上は取り繕って、いつも通りに過ごそうとしているのが、今の俺だ。


「うがあああああ! うががががああああああ!」


 そして、あまりの緊張に野生化しているのが、ミユキである。

 つい先日、具体的に言うのであれば二日前。俺とミユキはきちんとした手順を踏み、なおかつ、考えらえる限り最善の方法で弟君の魂を新しい肉体へ移した。

 周囲の空間を隔絶し、何かの不確定要素が入る余地もなく、きちんとした結界を張って魂を入れ替えて。完全と完璧に最も近い手ごたえで、儀式を終えたと思う。

 しかし、だからと言ってすぐ弟君が目覚めるのかと言えば、それは違うのだ。

 俺も経験があるから分かるのだが、初めて魂を入れ替えた時には、覚醒するまで結構な時間がかかったりする。俺の場合は、丸一日ずっと寝込んでいたらしい。その時の記憶はないのだけれど、なんとなくだが、夢の中で今までの自分の人生を追体験していたような気がするから、不思議だ。これから生まれ変わるのに、走馬燈みたいな体験をするなんてまったくおかしな話であるが、ひょっとしたら弟君も俺と似たような体験をしているのかもしれない。


「な、なぁ、ミサキ! 大丈夫かな!? 弟の奴、ちゃんと起きるかな?」

「起きるって。今の所心拍も呼吸も落ち着いているし、念のために元の肉体もきっちり保存してあるし」

「だ、だよなぁ! もう二度と起きないとか、無いよな! な!?」

「近い近い、落ち着け」


 似たような体験を経ている上に、付き合いが短いので、白状かもしれないが俺はそこまで動揺していない。丈夫であると確信している。胸の奥に不安が燻っているが、それを出さない程度には取り繕えている。

 しかし、転生の体験も無く、生まれたからずっと弟君と付き合っていたミユキからすれば気が気では無いのだろう。転生の儀式を終えた二日前から、ずっとミユキは情緒不安定だった。どれだけ情緒不安定かと言えば、シェムが施設の子供たちに『危ないから今のミユキに近づかないように』と真剣に言い含めるほどだ。

 うん、確かに今のミユキは危ない、とても危ない。

 常にうろうろ動いているし、急に叫び出して、暴れ出すし、時折、ボロボロ涙を流して蹲るし、もう大変だ。


「あ、あああうああうあうあうあ」

「ほら、ゆっくり落ち着け。慌てすぎると過呼吸になるぞ」

「す、すぅ、はぁ、すぅ、はぁー、うううう」

「しんどかったら、上手く意識を刈り取ってやるぞ? 弟君が起きるまでお前も寝かせてやるぞ? つーか、そうした方がいいんじゃないか?」

「…………」

「無言で拒否るな、はいはい、わかったよ、やらないよ」


 大変ではあるが、ここまで付き合ったのだから今更だ。

 どれだけ面倒であったとしても、最後まで付き合うとしよう。白状な神父さんは、どうやらミユキの事を俺に任せて、自分は子供たちの名前を考えこんでいるようだが。

 そんなわけで、俺はミユキと一緒に施設の部屋の一部に隔離され、ミユキが落ち着くか、弟君が起き上がってくるまで一緒に過ごすことになったのである。


「ミユキ、ご飯の時間だ。さっさと座って食え」

「……いや、アタシは良い。食べる気分じゃない」

「じゃあ、せめて、こっちのクソ不味い栄養剤を飲みなさい。水に溶かして飲む奴なんだが、栄養面を重視しすぎて、生臭いジャガイモみたいな不愉快な匂いがするけど」

「その不愉快な物体を今すぐ処分しやがれ、飯は、飯はちゃんと食うから」


 時に、食事を疎かにしそうなミユキに飯を食わせて。


「ミユキ、風呂の時間だ。さっさと入れ」

「…………別に、一日ぐらい入らなくても」

「凄いな、生まれ変わった弟君に、自分の濃厚な匂いを嗅がせるなんて。そんな特殊性癖が君にあったなんて」

「入ってくる! ちゃんと洗ってくる!」


 入浴を面倒がるミユキを上手く言いくるめて、浴場にぶち込んで。


「ミユキ、消灯の時間だ。さっさと寝るぞ」

「…………わりぃ、眠れねぇ。全然、眠れる気がしない」

「ベッドで横になるだけでも体が休まるぞ?」

「何かをしてないと、とてもじゃないが、気が狂いそうなんだ」

「そうか。んじゃ、そうだな。俺が一緒に寝てやろうか?」

「……は?」

「不安でしょうがないんだろ? だったら、お前が落ち着くまで俺が抱き枕になってやるぞ? ははは、安心しろ、この肉体の抱き心地は良いらしいからな。きっちり洗浄しているから、なんかいい匂いするらしいし」

「…………」

「なーんて、冗談だよ。悪い、悪い、だからそんな咎めるような目は――」

「わかった」

「おう?」

「落ち着くまで、アタシはアンタに抱き付くことにする」

「……お、おう」


 意外だったのは、ミユキが俺に対して素直に甘えてきたことだった。

 夜。暗いのが怖いからと、薄明かりの照明の中で、無言のまま俺に抱き付いて来たミユキの姿はとても弱々しい物だった。年相応の、いや、それよりも幼い少女を抱きしめているようで、自然と俺は彼女の背中を優しく抱いていた。

 今だけは、この肉体に感謝しよう。

 忌々しい奴の肉体ではあるが、この体温は人が抱き付くと心地良い温度になっているはずだから。


「落ち着いたか?」

「…………まだ、ちょっと」

「別に、誰が見ているわけでもないし。もう少し抱き付いておけ」

「…………ん」


 奇妙な気分だった。

 獰猛な獣がなぜか、牙を収めて腕の中で眠っている気分。

 多分、縋られているだけだろうけれど。こういう触れ合いも、まぁ、悪くはないはずさ。

 そうとも、狂犬であっても可愛らしい女の子には変わりないし。

 何より、不安を抱える女の子を支えるのが良い男の義務という奴だ。

 今は、美少女の体だけど。


「おい、たった今連絡があった。会いに行くぞ」

「…………本当?」

「嘘ついてどうするんだよ、行くぞ、おら」

「ん、わかった」


 そして、ついにその時がやって来た。

 時間にして三日間、眠り続けた末に、ようやく起きて来たのである。

 転生前の肉体よりも、より美しい肉体を携えて。

 透き通ったような銀髪と、人形染みて整った容姿の美少年。

 そんな肉体で、けれども、浮かべる照れくさそうな表情は、どうしてか、一目であの弟君だと理解することが出来た。


「…………あ、あの、その」


 ミユキは、あれほど待望していたというのに、生まれ変わった弟君の姿を見て感極まったらしく、上手く言葉が出てこないらしい。

 そんなミユキの姿を見て、弟君は思わず吹き出して、喉を震わせて笑い出した。


「く、くくくっ、なんて顔しているんだよ、姉さん」

「う、うるさいぞ、弟ぉ! 人がせっかく心配してやったのに!」

「へぇ、そうだったんだ。それじゃあ、お礼を言わないとね」

「……いや、お礼よりも先に言うことがあるだろうが」

「ん、ああ、そうだったね」


 やがて、二人の姉弟は顔を見合わせて、揃って言葉を紡いだ。


「おはよう、姉さん」

「おはよう、弟」


 二人が浮かべた微笑は、姉弟であることを証明するには充分過ぎるほどに、似ていたと思う。

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