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第65話 未来の値段 11 

 管理者に対しての天敵は超越者だ。

 彼らは、管理者が敷いたルールの中で生まれ、そして、そのルールに抗い、超越するように覚醒するので、管理者はどうしても相性が悪くなってしまうのだ。

 特に、自らが管理する世界で覚醒した超越者相手では、管理者は無力に等しい。


「私が敷いた法は『自由』でした。私も含めて、出来る限り束縛したくなかったのです。だから、私は神の座を、管理室を捨てて、一個人として生誕から終末に至るまで、流浪を続ける者でした。流浪を続けながら、人類の可能性を最後まで見届けたかったのです。愚かしく滅びるのか、賢明な進化を選ぶのか。ずっと、ずっと見守っていたのです」


 管理者はその気になれば、世界全てを使う権限が存在する。

 管理者権限。

 万能の極みの如き、管理者の特権。

 さながら、オープンワールドのゲームをデバックモードでプレイするが如き、絶対の権利。本来であれば、抗える者など皆無であるはずの、神の力。

 けれど、それを超えるのが、世界にとっての『チート』である超越者だ。


「様々な歴史を見ました。虐殺も、慈愛も、戦争も、平和も。愚かしい理由で尊い者を汚し、けれど、恐ろしき悪を、些細な正義が打ち破る。まるで堂々巡りのようにも見える人類の歴史ですが、傍観を続けていた私には分かりました。少しずつ、少しずつではあるが、人類は進化していると。愚かなことを繰り返すけれど、その度に学び、輝ける物を学んでいく。私は、三度目の世界大戦を人々が乗り切った時、確かに人類の中に希望の光を見たのです。この者であればきっと、人類をよりよい形で『解脱』させるか、あるいは『完結』させるだろうと。だから、ああ、だから――――彼女の物語に関わってしまった、それが私の間違いです」


 管理者が万能であるのならば、超越者は特化だ。

 何か一つに特化し過ぎて、世界のルールすらも凌駕する己の法を強制させる。だからこそ、管理者はそれに弱い。人よりも高みに位置する存在だからこそ、人と同じ位置に強制的に貶められれば、途端に強みを失ってしまうからだ。


「当時の私が、何を考えていたのか、今の私では推測することしかできません。あらゆる権限を奪われた今の私は、高次の視点を持ちませんからね。ですが、恐らくは吟遊詩人でも気取っていたのでしょう。主役の物語の節目に現れて、意味深な言葉で勝手なアドバイスをするあれですよ。あれに憧れていたのでしょうね。ずっとずっと傍観していたから、今こそ誰かと物語を共有したいと思ったのかもしれません。ああ、意外に見えますか? けれど、そんな物ですよ。管理者なんて、ちょっと視点が高みにあるだけの凡人なのです。貴方たちからすれば、はた迷惑なことにね。最後まで超然としていればよかったのに……我ながら、神の権限を奪われた当時の混乱具合は笑えましたよ」


 だからこそ、自嘲しながら語るこの神父さんもまた、そうだったのだろう。


「彼女が扱う超越者としての能力は『束縛』でした。呪術から派生し、進化して、そして超越した能力でした」


 語り口調は柔らかであるが、言葉の端々に後悔の痛みを感じる。かつての、苦悩と絶叫、理不尽に対する嘆きすらも、胸の奥で木霊するような言葉の羅列だ。


「何故、彼女はそんな力を求めたのでしょうね? いえ、理由は分かるのです。彼女は愛を欲していた。だから、絶対に裏切らない他者が欲しかった。そのための束縛であると。けれど、私から見れば、彼女にはたくさんの機会があった。彼女は確かに、美人と呼べる容姿ではなかったが、何を諦めなければいけないような容姿でも無かった。手を出して、求めて、前に進む意思を持ち続ければ、誰かと触れ合て、愛を手に入れられたはずなのです。吟遊詩人ぶって、彼女の物語を見ていたから、私には分かっていたと思うのです。けれど、必要以上の助言を与えることは過干渉だと思い、彼女が本当に苦しい時にのみ現れて、再び立ち上がるための言葉を与えたのです。でも、彼女は、それでも彼女は――――愛を手に入れられなかった。愛を求めて伸ばした手はすり抜けて、時には友情の為に、己の愛を殺した。尊い選択のために、己の愛欲を殺した。その、その果てが…………」


 ぎゅう、と神父さんは己の胸を掻き毟るように掴む。

 心臓に杭を打ち付けられた咎人の如く、表情を歪めた――ほんの数秒間だけ。


「己を愛するように他者を縛り付けるだなんて、笑ってしまいますよね? しかも、その相手が、管理者だなんて、本当に……どうして、こうも間違えてしまったのか。私を束縛し、無理やり権限を奪い取った結果として、私が管理していた世界の機能は壊れ、暴走し、滅んでしまいました。私と彼女は、それよりも前にこの世界に、まだ平和という時代が存在ていた頃に、移住したのです。罪も後悔も忘れるようにして、仮初の幸せに浸るために。まったく、愚かだ。愚か過ぎる。けれども、ミサキさん、彼女が本当に愚かだったのはこれからなのです」


 神父さんは――堕落者シェムは、一人の超越者の没落を語る。

 朗らかに。

 罪人の咎を洗う、聖人の如く。


「彼女が私に強制したのは、父性としての親愛だったのです。しかも、それは他者に優しくあれ、聖人であれ、と彼女だけを特別とした物ではありませんでした。この後に及んで彼女は、まだ、自らを特別に愛してくれる他者を望んでいたのです。恋愛漫画のように、運命的な出会いが自分にあって、誰かが、とても素敵な誰かが、自分をこの苦境から救ってくれるのだと、そんな希望……いいえ、妄想に逃げ込んだのです」


 やがて、シェムは語りを終えた。

 長い長い語りを、罪状を読み上げるかの如き過去語りを。


「そして、妄想に逃げ込んでいた彼女は結局、己の愚かさと為した罪に耐えきれず、最後の最後で己の首を縛って自害しました。この私に、シェムという名前と、『神父』としての役割だけを、呪いとして遺して――――以上で、愚か者共の懺悔はお終いです。ご清聴、ありがとうございました」


 表情には相変わらず、朗らかな笑み。

 けれど、俺にはそれが、強制された道化の仮面にも見えた。



●●●



 俺は少なからず動揺していた。

 シェムの話の内容に、ではない。

 異界渡りとして数多の世界を渡り歩いてきた俺にとっては、その程度の滑稽劇は同様に値しない。ただ、無様で憐れだと思うだけだ。

 シェムが元管理者であったことは、確かに驚くべきことだ。だが、俺の心を動かすには足りない。事実として驚くだけであって、そこに何の感情も湧かない。


「いいのか? そういうことを話して。それが、今のアンタの核だろう?」


 だから、俺が驚いたのはシェムという男が、あっさりと己の核たる部分を曝け出したことについてだった。

 世の中には、己の核を曝け出すから強い者も居るが、このシェムは明らかにそのタイプではない。真意を悟られず、己の核たる部分を隠すことによって不敵さを演出し、相手を惑わすタイプだ。間違っても、己の核たる部分をほぼ初対面の相手に曝け出すべきじゃない。

 流石の俺でも、ここまでされればもう、シェムに得体の知れなさは感じないのだ。

 事情をぼやかして置けば、元管理者の得体の知れない神父として俺との交渉で優位に立てたはずなのに、今や、脅威に感じるには値しなくなっている。


「はい、これ今の私に出来る精一杯の誠意ですので。貴方も、得体の知れない相手を部下にはしたくないでしょう?」

「…………そこまでするぐらいなら、最初から助けてくれと俺に頼めばいいだろうが。無理に商売の形にあてはめなくても」

「ははは、残念ながら私にかけられた束縛(呪い)がそれを許さないのですよ。ええ、自らの責任を誰かに押し付ける行為なんて。ならば、あらゆる責任を全部背負った上で、貴方と取引することが神父としての最上であると考えました」

「子供を売ることが最上であるとか、世も末だな」

「ええ、何せ、世紀末を過ぎてしまった終末世界ですので、ここは」


 俺は大きくため息を吐いた後、冷え切ったお茶を飲み干した。

 考えよう。

 利益はある。シェムの話が本当であれば、数百の異世界への伝手は異界渡りとして、実に有益だ。いや、元が付くとは言え、管理者の知識量と、経験はあらゆる面で非常に役に立つ。

 例え、この施設の子供たち数十人の生活の当てを作るという面倒くささと引き換えにしてでも、手に入れたい。手に入れたいが、ここで安易に頷いてもいいのか? 本当に?


《ミサキ。難しく考えすぎでは? いつもの貴方ならば、ここら辺でもうちょっと馬鹿になるところですよ?》

『…………おう。サンキューな、オウル』


 ――――ああ、そうだよな、うん。

 俺は相棒からの助言を受けて、ようやく何をするべきかが見えた。そうだ、難しく考えすぎなんだ、要するに。

 相手が誰でだろうが、仕事の内容が困難だろうが、俺がやるかやらないかの基準は一つ。


「まず、前提として互いの信用するために確認し合いたい。俺が子供たちの将来を保証できるのか? そして、アンタが本当に伝手を持っているのか。それを証明し合ってから、契約を結ぼう。そうでなければ、詐欺になるからな、どちらにせよ」

「つまり、前向きに考えてもよろしいので?」

「おう。終わりかけた世界で、最後の希望を別の世界に移してやることも、堕ちた神を部下にすることも、考えてみれば中々悪くない」


 そう、面白いか、面白くないか、だ。

 そして、この取引は中々面白い。面白いから、もっと面白くなるように手を加えよう。どうせなら、涙と後悔の別離よりも、笑みと誓いの旅立ちにするために。


「ただし、条件が一つだけある。これを飲まなければ、取引は成立しないと思え」

「ええ、私が出来ることならば、なんでもいたしましょう」

「そうか、そうか、なら――――」


 堕落した神様に向かって、少しばかりの嫌味と、最初の命令を告げよう。


「ガキどもの名前は、アンタが考えろ。アンタがあえて付けていないのか。それとも、この世界だと出来ないのかは分からないが、どの道、別の世界に行くのなら問題ないだろ? だから、アンタがきっちりと人数分の名前を考えるんだ。わかったな?」

「――――っ」


 俺の言葉を受けたシェムは、目を丸くしてとても面白いリアクションをしてくれた。

 ふむ、何もかもこいつの想定通りに進んでいたから、最後の最後に、意趣返し出来たのはとても気分が良い。


「わかり、ました、ええ。確かに、値札を付けるよりも前に、商品名は考えないといけませんでしたね」


 大仰に肩を竦めて悪ぶるシェムへ、俺は生暖かい笑みを向けることで合意を示した。

 そういう台詞は、アンタにゃ似合わないぜ、神父さん。

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