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第62話 未来の値段 8

「うちの姉が大変申し訳ありませんでした」


 取っ組み合いの喧嘩を終えた弟君が、ベッドの上で俺に土下座をしてきた。

 いやいや、君が謝るようなことじゃないぜ、気になさらず……と言いたいところだけどな、関係性が姉弟となるなら、関係性を試みて素直に謝罪を受け取っておいた方が良いか。


「この姉は変なところで意地っ張りで、頑固で、きっと碌に謝罪もしていないでしょう。代わりに、弟である俺が頭を下げますので、どうか怒りを収めていただけますか?」

「……あー、うん、わかった。弟君、君の礼儀正しい態度に免じて、心の底で抱えていた釈然としない怒りは捨てることにしよう。今後は、君のお姉さんに対する態度をもうちょっと柔らかくさせてもらうよ」

「ありがとうございます」

「ははは、君はミユキの弟にしては礼儀正しいけど、もう頭を上げて良いんだぜ? 元々、糾弾するために俺はここに来たわけじゃないんだし」


 俺は弟君の頭を上げさせて、これ以上の謝罪は不要だと意思を示す。

 ちなみに、この会話の当事者であるミユキは、さっきから不貞腐れてそっぽを向いている。どうやら、弟君にガチ説教されたのが気に食わないらしい。


「それでは、お言葉に甘えて…………本当だったら、もっと頭を下げていたい気分なのですけれどね。何せ、貴方は俺達姉弟の恩人ですから」

「いいって。それじゃあ、君と楽しくお話が出来ないからね。折角だから、目と目を合わせて会話しようぜ?」

「ええと、ミサキさんは仮面なのですが?」

「おっと、これは一本取られたな」


 あはははは、と俺と弟君が和やかに談笑していると、「ちっ!」という憎々しげな舌打ちが一つ。加えて、どんどん、というわざとらしい足踏み。

 もちろん、その音の主は不機嫌な顔をしたミユキだ。


「弟君、君のお姉さんが不機嫌なんだが、どうしたのかね?」

「はい。姉は不貞腐れている時、声を掛けられるのも嫌なのですが、それはそれとして、話題に混じれずに放っておかれるのも嫌な人間なのです」

「うわぁ、我侭ガール」

「姉は実技も成績も優秀なんですが、その分、コミュニケーション能力が絶望的なのです」

「おいこら、弟。誰が精神年齢八歳児だ、ごらぁ!」

「自覚してるじゃん!」


 再び、姉弟が取っ組み合いの喧嘩を始めそうになったので、姉の方を抱きしめて行動を制止する。

 よーしよしよし、良い子ですねぇ。


「やめ、やめろぉ! 頭を撫でるな、ばかぁ! くそ、こいつの場合、アタシの全力の抵抗をきっちり抑えつけてから頭を撫でるから性質が悪い!」

「おお、あの暴れ馬の方がまだマシと言われていた姉をここまで大人しくさせるなんて! やはり、ミサキさんこそ姉の飼い主に相応しいです!」

「弟ぉ! 姉の人権を率先して売り払うなぁ!」


 腕の中でじたばた暴れるミユキを、俺は適度に抑えつける。

 既に弟君から謝罪を受け取ったので、出来るだけセクハラはしない方向性で。


「こらこら、ミユキ。いつまでもじゃれてないで、そろそろ本題に移ろうぜ? 転生の為の日時を決めておくんだろう?」

「そ、そうだった。おい、弟。さっきの説明の通りだから、きっちりと体調を整えて準備をしておけよ? ああ、あと、自分の大切な物を見つめなおして、確固たる信念とやらを持って置け。いいな?」

「確固たる信念は、そんなぽこぽこ作れるものじゃないと思うよ、姉さん」

「うるせぇ、やれ。そっちの方が、お前が安全に転生できんだよ」

「はいはい。まったく、姉さんはいつも唐突に理不尽だなぁ」

「当たり前だろ? それが姉だ。弟は姉に無条件で忠誠を誓う物だって、最終戦争前から決まってんだよ」

「ははは、何て悪しき風習――――ご、ごほっ」


 言葉の途中で、弟君が急に咳き込み、やがて体をくの字に折って蹲った。


「ごほごほっ、ひゅ、ぜひゅ、ごほっ」

「お、おい、弟っ!」


 咳き込む弟君の背中を、ミユキが血相を変えてさすり始める。

 やれ、まるで良いお姉さんみたいじゃないか、ミユキ。


『オウル。簡易診断の後、適切な薬剤を在庫から検索』

《了解しました…………検索完了。三件該当しましたが、対象の虚弱具合により、安定性を重視した『仙境朝霧の雫』の投与を提案します》

『よし、それで行くぞ』


 俺はアイテムボックスから該当する薬品を取り出す。

 ガラスの容器に入っている、とある特殊な異界の朝霧を集めた雫。こいつを飲ませれば、大抵の症状は子守歌に微睡む幼子のように沈静化するのだが……予想以上に咳き込みが酷くて、とてもじゃないが、これを容器から飲ませてやる余裕はなさそうだ。


「やれ、仕方ないな。ミユキ、ちょっと退いてろ」

「ミサキっ! お願い、弟を――――おおう!?」


 俺は仮面を外して、ガラスの容器に入ってある雫を口に含む。

 そして、そのまま弟君の頭を掴み、思いっきり口づけしてやった。


「――――っ!!!!?」


 口が開いている間に、無理やり舌を捻じ込ませて、雫が上手く食道を通るように調整。途中う、何回か咳き込む挙動を見せたが、その度に微弱な電気信号を舌先で伝えて行動を制止。

 やがて、俺の口内から雫が消え、弟君の喉を鳴らして通過した段階になると、少しずつ動きが落ち着いてくる。

 ふむ、なんとかなったみたいだな。


「…………ぷはぁ。よし、施術完了。後は、しばらくの間は安静にしているといい。そうすれば、口移しした薬液の効果で、君の体調は安定するはずだからな」

「は、はひ……っ」

「ああ、後――――この肉体は美少女だが、俺の精神は男なので、今日の事はさっさと忘れることをお勧めするぜ?」

「――――!!!!??」


 状況の推移について行けない弟君を、俺は優しくベッドに寝かせてあげた。

 今はゆっくりとお休み。

 君を弄るのは、君が転生して新しい肉体を得てからさ。


「…………」

「おっと、なんだよ、ミユキ。その顔は。言っておくが今回はガチで医療行為だぞ、おい。付け加えるのなら、薬液の口移しに興奮するほどマニアックじゃないし、どうせだったら可愛い女の子が良かったっての」

「そう、だよな……あ、あり、ありがと、う」

「なんで下唇を噛みながらお礼を言うんだ、このブラコンめ」

「うっさい、この変態!」


 涙目で絡んでくるミユキを宥めつつ、俺は密かに安堵した。

 何かトラブルがあるかと心配していたが、このぐらいだったら何とでもなる。後は本人の意志次第だが、きっとうまくやれるだろう。

 となると、当面の問題は後一つだけ。



●●●



「ミサキー! かくれんぼしよう、かくれんぼ!」

「おにごっこ!」

「何か美味しい物を出して!」

「絵本! 新しい絵本!」

「TRPGの新しいシナリオ作って! 二時間で! その後のセッションでのGMもお願い!」


施設に泊まった翌日、俺は瞬く間に子供たちに取り囲まれて、構え、構え、と引っ付かれてしまった。

 おいおい、仮面を被った不審者相手に対して、警戒心が足りないんじゃないのか? ここのガキどもはまったく。


「かくれんぼと鬼ごっこは合わせて隠れ鬼をやるぞ! ルールは俺が説明するから、ちゃんと聞いておくように! 美味しい物はおやつの時まで待ちなさい! 新しい絵本は……ほら、そこの年兆が読んでやれ! TRPGのシナリオはルールブックに付いてあるサンプルシナリオを遊び終わってからでもいいだろうが! 焦んな! GMはやってやるから!」


 ぎゃあぎゃあとまとわりつくガキどもを、俺は慣れた手つきであしらっていった。

 これでも大戦時は、孤児院を回ってイメージアップ活動を行っていた時もあったからな。この手のガキの扱いにはちょっと慣れている…………のだが、どうにも、ううむ。


「みさきー!」

「ミサキ! えへへ、良い匂い!」

「わふー!」

「ええい、無駄に図体がでっかいから鬱陶しいぞ、お前ら」


 そう、こいつらは言動こそは子供であるのだが、図体は結構でかい。基本的に小学校高学年ぐらいの奴らがほとんどなのだが、精神的に園児か、小学校低学年レベル。また、俺と同じぐらいの外見年齢の奴も少数居て、無邪気な振る舞いとして俺に抱き付いて来たりもするのだ、男女問わずに。

 うーん、何となく予想は付くが、やはり違和感だよなぁ。


「こらこら、皆さん。ミサキさんが困っているでしょう? それに、もう授業の時間ですよ。ほら、各自の教室に急ぐ」

「「「はぁーい」」」


 そんな風に俺が子供たちに絡まれながら悩んでいると、神父さんが助け舟を出してくれる。

 精神年齢がかなり幼い彼らでも、きちんとここの指導者である神父さんの言うことは聞くようで、皆、素直にそれぞれの教室へと駆け足で向かっていく。


「すみません、ミサキさん。子供たちのお世話をしてもらって」

「いやいや、居候の身の上なんで、このぐらいは。それより、神父さんは教室に向かわなくていいんですか?」

「ええ。授業はほとんど、映像データをプログラムが動かしているだけなので。私が受け持つ授業は主に実技だけです。もっとも、その実技が一番授業の中で嫌いだという子供が多いんですけどね」

「なるほど、意外と厳しいですね、神父さんは」

「これも、子供たちの為ですので……もうちょっと私が上手に指導してあげられればいいのですけれど」


 己の不徳を恥じるように、苦笑を浮かべる神父さん。

 その姿はまさしく凡庸の一言に尽きるが、俺の精神は油断を許さない。


「ところで、ミサキさん。この後に予定が無ければ、一緒にお茶でもいかがでしょうか? 接客のお客人ですので、色々とお話を聞きたいのです……そう、貴方のお話を」

「ああ、八割方武勇伝になるが、それでも良ければ」


 だからこそ、俺はあえて見え見えの誘いに乗った。

 害意と悪意はなくとも、善意で動く曲者の存在を知っているが故に、あえて。

 何故なら、この手の輩は逃げれば逃げるほど、嬉しそうにこちらへ搦め手を伸ばしてくるものだのだから。

 ――――かつて、そういう曲者と共に動いていた俺だからこそ、知っている。

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