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第60話 未来の値段 6

 人生色々あると思っていたが、まさか、脱衣所で正座をしながら、涙目の少女に叱られるとは思っていなかった。


「変態」

「はい」

「ド変態!」

「はい」

「あの後、アタシが気を失った後、アンタは何をやらかしたんだよ?」

「きっちり隅々まで体を洗った後、一緒に湯船に浸かったよ。体を温めた後は、ちゃんと清潔なタオルで体を拭いて、君が用意していた着換えを全部着させた」

「どおりでいつの間にかきっちり新しい服を着ていると思ったら! ご丁寧に下着から全部、きっちり付けやがって…………起こそうとは、しなかったのか? ああん?」

「いや、何度も起こそうとしたけど、全然起きないんだもん、君。なんか、物凄く気持ちよさそうな顔で涎を垂らしていたし」

「気持ちよくなかった!」

「え? マジで、ごめん。次はもっと頑張るわ」

「次なんてねぇよ! ばぁーか!」


 ミユキは顔を真っ赤にして、ばしばしと俺の体を叩いてくる。

 おいおい、素人だと内臓を痛めるレベルの打撃を打ち込んでくるんじゃないよ、まったく。流石に今回は俺が全面的に悪いから、大人しく受けるけどさ。



「う、うう、舐められた上に、見られた……全部見られた上に、し、下着まできっちりと着させられて……陵辱だ、陵辱された……」

「待て。直接的なそういうことはしていないぞ、誇りに誓って」

「そういうんじゃねーよ! あんな、あんな、無防備な所、アンタに弄ばれるなんて。ど、どうするんだよ、おい! 別に『幸せなお嫁さんになるんだ!』みたいな頭花畑の乙女じゃねーけど、ここまでされたら、何かしらの責任を要求するぞ!」

「え? 責任を持って、ミユキを俺の物にすればいいの?」

「――――っ! ちが、違う!」


 涙目になりながら、ミユキは俺への打撃を強くした。

 おいおい、照れ隠しには凶悪すぎるぜ、この打撃は。


「じゃあ、今回のも含めて前の貸し借りはチャラということで」

「それは駄目だ! アホみたいな理由で、命を見逃され、宿願を叶えさせられた借りをチャラにされてたまるか! 今回のは別枠だ! 別枠ぅ!」

「なら、俺は何をして責任を取ればいいんだよ?」


 俺が尋ねると、ミユキの打撃がぴたりと止む。

 そして、むぅうううう、とミユキが俺の背中に顔をくっ付けて唸っている。

 なんだよ、なんなんだよ、その謎の行動。


「足を舐めろ」

「その場合、浴場での二の舞になるけど、大丈夫?」

「…………う、ううう! んじゃあ! 後で私に恥ずかしい姿を見せろ! その姿を、アタシが弄ってやる!」

「全裸をじろじろ見て置いて何を今更」

「と、とにかく! その内、その内恥ずかしい姿を見せろ! 絶対に!」

「あー、はいはい、内容は考えておきますよ」

「絶対だからな!?」


 こうして、俺は何とかミユキに許してもらい、思ったよりも長くなってしまった入浴時間を終えたのだった。


「A67番……いいえ、ミユキ。いくらなんでも信頼できる人を連れて帰省したからといって、はしゃぎすぎですよ? 私は、そういう意味で仲良く体を洗って来いとは言っていません」


 ただ、当然の如く、結構長くかかってしまった入浴時間と、頬を朱に染めたミユキがもじもじ居ているので、神父さんには色々と察されてしまったのだけれども。


「ん、んだよ! ちげーよ! 何を勘違いしているんですかぁ!? このスケベ神父ぅ!」

「勘違いも何も、入浴する前と後では貴方とミサキさんの親密度がまるで違いますし」

「一目見ただけで、人間関係を把握するその観察眼! 前から思ってたけど、気持ち悪いんだよ! 胡散臭いし! 絶対こいつ、何かろくでもないたくらみを隠しながら生きているって思ってからな、出会った時から!」

「私が望むのは貴方たちの幸せだけですよ、ミユキ」

「気持ちわりぃ!」

「それは申し訳ありません。貴方の気持ちよく出来るのは、隣にいるミサキさんだけですもんね? 何せ、いつも要求不満で不機嫌そうな顔の貴方が、色々と解消されたみたいに――」

「ぶち殺す!!」


 茹で上がったみたいに真っ赤な顔で、ミユキは神父さんに殴り掛かる。

 神父さんはそれを易々と受け流して、平然と、投げ飛ばす。

 随分と物騒なやり取りだけれども、間違いなく、子供と親のコミュニケーションだった。


「やれ、騒がしいなぁ、まったく」


 既に親を亡くした俺には、そのやり取りはちょっとだけ懐かしくて、眩しかった。



●●●



 少ない食材では、どうしてもレパートリーは限られる。

 かつて、豊富に食材のあった我がホームでは考えにくいことであるが、この終末世界では、この手の悩みは尽きない物らしい。いっそのこと、食事をただの栄養補給と言い切るぐらいの気概があれば別だろうが、そこまで振り切れてしまえば、人間として大切な要素の一つや二つぐらい、切り捨ててしまうかもしれない。

 そういう訳で、少ない食材でどのように日々のレパートリーを作っていくか?

 栄養だけでなく、味の面でも食べる者たちを満たしていけるか?

 その一つの答えが、俺の目の前に置いてあった。


「…………これは、豪快だな」


 底の深い皿の中にあるのは、琥珀色のスープに浸された丸ごとのトマト。それに類似した野菜だ。綺麗にヘタや皮は処理されているのだが、それが皿の真ん中にどんんと陣取ってあるのは中々見ていて気持ちが良い。

 しかも、何やらトマトの上部分が蓋のように外せるようになっていて、この中には何があるのだろうと、わくわく感を刺激される。


「アンタが良い野菜と調味料を提供して来たからな、はりきってんだろうよ、あの神父。ここの食事はどうしても内容が限られているからな。だから、同じ食材でも飽きないように、まず『見た目』と『食べ方』を工夫するのが得意なんだよ」


 テーブルを隔てて、俺の正面に座っているのは、どこか不機嫌そうなミユキ。頬には神父によって手痛く躾けられた結果として、ガーゼが張ってある。

 本気の殺意では無かったにしろ、馬鹿に出来ない練度のミユキを子供扱いして、一撃で倒したところを見ると、あの神父も相当に強いらしい。ただ、倒したミユキの手当てをしている様子はまるで、子供の悪戯に苦笑する教師のようで、朗らかだった。

 強さと纏う空気が一致しない、曲者。

 俺は、あの神父がどれだけ善行を見せようとも、最後の一線だけは心を許しきれない何かを感じていた。


「ミサキ。何を考え込んでいるのかは知らねーけど、さっさと食えよ。冷めるぜ?」

「ん、それもそうか」


 まぁ、そんなことは食事の後でいいよね!

 美味しそうなご飯を目の前にして、他の事を考えるのは野暮ってもんだ。


「いただきます」


 用意された銀のスプーンで、ゆっくりとトマトの蓋を外す。

 すると、そこにあったのは多種多様な具材が綺麗に詰め込まれた、小さな鍋のような物だった。トマトの果肉、玉ねぎ、ニンジンなどの他にも、ひき肉や鶏肉の欠片などが入っている。

 俺はそれらをスプーンで掬い、口の中へと運ぶ。

 まず、最初に感じるのは野菜と香辛料の優しくも芳醇な香り。その後に、野菜と肉の甘さ、噛めば優しく舌の上で解ける心地良い感触。野菜と肉の調和。

 多種多様な食材が入っているというのに、まったく味が喧嘩していない。


「これは、ちょっとしたものだな」

「まー、料理の腕だけは認めているからな、このアタシでも」


 どこか得意げに言うミユキだったが、確かに、こんなのを作れる親代わりが居たら、俺も自慢したくなるかもしれないな。

 レストランで出されるような上品な味わいであるのに、どこか心が落ち着く。

 外行ではない、懐かしさを覚える家の味だ。


『うわぁあああ! 今日は豪勢だぞぉ!? 神父様、ついに誰か殺した!?』

『わぁい、神父様が探索者を殺して手に入れたご馳走だぁ!』

『誰かの血肉が僕らの糧に!』

『こら、食事時にブラックなジョークは止めなさい!』


 部屋の外から聞こえてくる、子供たちの声もまた、微笑ましい。

 聞こえてくる内容はともかく、子供たちに賑やかさを聞きながら飯を食うなど、随分久しぶりのような気がする。


「騒がしいだろ? でも、これでもマシな方だ。多分、アンタと顔を合わせたら絶対、ガキどもが纏わりついて食事どころじゃなくなるからな」

「ああ、だから、態々別の部屋で食事しているのか、俺たちは」

「すっげーぞ、ガキどもの遠慮の無さは。人がまだ飯を食ってんのに、自分が食い終わったら即座に遊べと強請ってきやがるんだ」

「へぇ、それで遊んでやってんの?」

「…………たまに、だけどな。そもそも、ここに戻ってきてもそんなに長居はしねぇよ。アタシにはやるべきことが、うん、あったからな」

「過去形になったな、おめでとう。俺の命を狙ったおかげだ」

「口元だけでも笑っているってわかんだぞ、おい」

「はっはっは、いいじゃねーか。結果的に君の望みが叶ったんだから」

「ついでに、とんだ変態野郎との縁も出来たけどな」


 俺とミユキは思いのほか、和やかに雑談を挟みながら食事を進めていく。

 美味しい食事がそうさせるのか。それとも、この場所がミユキにとって安心できる場所だからなのか。ミユキの刺々しさは大分収まっており、時折、捻くれた笑みを見せることもあった。


「なぁ、ミサキ。異界渡りのミサキ」

「なんだよ、探索者のミユキ」


 そして、互いに食事が終わる頃、ミユキは意を決したように俺を見据えた。


「手伝って欲しいことが、あるんだ」


 ミサキから向けられる視線の中には、確かに、覚悟があった。

 だが、それは己自身の為では無く、誰かのために己を削れる人間の覚悟だったと思う。

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