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第6話 黒竜よ、眠れ 4

 くうううう、という小動物の鳴き声のような腹の音が食堂内に響き渡った。


「…………う、ううう」


 その音の主の少女は現在、俺の隣で恨めしそうに俺が食べているシチューを見つめている。野菜と鶏もも肉がたっぷり入った栄養満点の代物だ。加えて、野菜はほろほろと口内で崩れるほど柔らかく煮込まれ、鶏肉は程よい歯ごたえを残すという、絶妙な火加減。そこに、この食堂特製の香辛料を振りかければ……当然の如く、美味い。


「はふ、はふっ……美味い! いやぁ、こんなに美味いシチューは久しぶりに食べたよ、店員さん!」

「あらやだ、そう? うふふふ」


 俺は恰幅の良い中年のおばさん店員に対して、爽やかな笑みを向けて敬意を示す。誰であれ、美味しい料理を作る相手には敬意を払うのが俺だ。本当だったら素顔でお礼を言いたいところだが、どの道、この肉体で居る限り素顔にはなれないので口元を露出した食事用の狐面フェイスで我慢である。


「…………う、うううう」


 我慢と言えば、先ほどからお腹を空かしているであろう奴も我慢の限界が近い様だ。

 赤く短い髪に、そばかすの残る頬。

 年齢は大体、十後半ぐらいに見える。

 恨みがましそうにしても、幼さが抜けきれない、どこか間の抜けた可愛らしさ。

 本来であれば、エプロン姿が一番似合う少女なのだろうけど、今は焦げ茶色のマントや丈夫そうな生地のパンツなど、長い旅路に備えた旅装になっている。

 そして、何より、一番目につくのが――――その背に背負った、大剣だ。身の丈に近しいほどの大剣を、背負うようにして身に着けている。


「あ、あのぉ、店員さん。そ、その、このお金でどれだけのご飯が食べられますか?」


 そんな、ある種違和感の塊のような少女は現在、ひもじさのあまりおばさん店員に縋っていた。控えめに言っても、とても惨めな姿だろう。


「んんー、なんだい、嬢ちゃん! 金欠かい!? なぁに、うちの食堂は安くて美味いがモットーだからね! 安心して食べても…………うん、その、ね? とりあえず、お水はタダにしておいてあげるよ」

「…………し、塩も、お願いしても?」

「あー、その、あれだ。今回限りの特別で、後で皿洗いしてもらうから、その分なら、ご飯を食べさせてあげてもいいよ!」

「…………すみません。私はその、馬鹿力でして……返って皿を割って、ご迷惑をおかけするんじゃないかと」

「そっかぁ。んじゃあ、ちょっと難しいね、ごめんよ」

「……いいえー」


 少女はカウンターに頭を突っ伏して、「ヴぁー」とよくわからない呻き声を上げる。軽く心が折れているのかもしれない。

 …………よし、このタイミングだな。


「やれ、見てられないな。店員さん、俺の隣で突っ伏している可哀そうな奴に、腹が膨れる美味しい奴を幾つか。ああ、もちろん、お代は全部俺が持つぜ」

「うちは全部美味しいよ」

「あっはっは、そうだった。じゃあ、俺と同じシチューに、パンとがっつり食える肉を」

「あいあい。アンタさん、お人よしだねぇ!」

「いやいや、店員さんも相当なもんだよ」


 俺は当社比二倍ぐらいのイケメンボイスで、格好良い奢り方を披露する。

 いや、この肉体本当に無駄に多機能というか、気合いを入れるとハスキーボイスも出るから、割とガチでイケメンボイスになるのだ。え? 元々の俺のボイス? 格好付けると、無駄にラップの効いた震え声になっていた記憶があるよ、学生時代とか。


「え? あ、えっと、え?」


 なお、奢られた本人は奢られ慣れてないのか、展開に思考が付いていかずに戸惑っている。きょろきょろと視線をあっちこっちに動かして、うんうんと唸った後、恐る恐るその少女は俺に言った。


「い、いいんですか?」

「男に二言はねぇよ」

「す、凄い美人そうな女の人ですが!」

「おっと間違えた。でもまぁ、女であったとしても二言は無い。隣で腹を空かせている女の子が居たら、俺は迷わず助けてやるぜ。今みたいにな?」

「ほ、ほわぁ! な、なんという……男の人だったら、正直、惚れていたかもしれません!」

「あっはっは、冗談じゃなかったら、ちょろすぎて心配だぞ、おまえー」


 一瞬で懐いてきた赤毛の少女の頭を、わしわしと撫でる俺。

 気分は完全に、首輪の付いた脱走柴犬を餌付けしたような物である。野良犬ですらねぇよ、こいつ。ちょっと遠出した座敷犬だよ。


《ミサキ。所かまわずナンパするのは止めてください。その肉体に生殖器は無いのですよ? 相手の性癖を拗らせるだけの罪な行為なのですよ?》

『今回はナンパじゃないっての! ちゃんとした仕事のための行動なの! というか、ナンパ成功したとしても軽くお茶会してバイバイじゃん、いつも! この体で百合百合するような趣味は無いって、もう!』

《では、男の肉体だったら色々やっていたのですか?》

『いやいや、美少女の肉体だから軽々と冗談交じりにナンパできるわけで。男子の肉体だったら、逆に何も出来ないよ、俺』

《ヘタレ》

『はい』



 オウルに毎度の如く釘を刺される俺である。

 もっとも、釘を刺されようが元々、そういう女の子遊びをするような気概など俺には存在しない。精々、この美少女ボディで格好いいお姉さんブームするのが関の山なのだ。


「はふはふっ、おいひい! おひいよぉ! がつがつがつ、がつがつが――うっ!?」

「急いで食べ過ぎだよ、馬鹿。ほら、お水を飲んで?」

「んぐんぐんぐ……ぷはぁ! ありがとうございます! 命の恩人! どうしましょう!? ちょっと本格的に惚れて来ました!」

「あっはっは、色んな意味で落ち着きなさい」


 そうでなくとも、ご飯をのどに詰まらせて窒息仕掛けるお馬鹿娘相手に、そういう気は起きない。なんというか、庇護欲というか、母性が湧き出てくるんですけど?

 俺はとりあえず、この赤毛の少女が落ち着くまで隣で見守りつつ、途中で頬についたソースなどや零れたパンくずなどを拾ってあげたりなどをして待つことに。


《ミサキお母さーん》

『お母さん言うなぁ! というか、オウル。本当に罵倒のバリエーション増えたね!?』

《はい、ミサキから頂いた漫画やアニメのデータを参考にしました。大変興味深かったです》

『そっか、そりゃよかったよ』

《…………ひょっとして、マゾヒズムですか?》

『素直に成長を喜んでいるだけだっての、もう』


 やれやれ、今よりももっと機械的だった頃が懐かしいぜ。最初は本当に、こういう世間話も出来なかったからなぁ……ま、それを思えばこの程度の毒舌はむしろ愛おしいということで。


「ぷはぁ! ご馳走様でした! お腹いっぱいです!」

「お、そりゃよかったな」

「ありがとうございます、お姉さん! 本当にもう、今日からどうやって生きて行けばいいのか、真剣に悩んでいた所だったので!」


 満面の笑みを浮かべて、俺の腕を取る赤毛の少女。

 ううむ、こういう姿を見ていると本当にその背中に大剣を背負っているのか、疑いたくなるな。戦うよりも、田舎で農業とかパン屋とかしているのが似合っている笑顔だ。


「ええと、お嬢さん? どうしてそんなに困窮する羽目に? 盗人にでも荷物を盗られたのかい?」

「いえいえ、そうではなくてですね? 私、これでも冒険者なんですよ、結構強い! だけど、そのですね。修業のために、魔物とずーっと戦っていたら、その、防具が壊れてしまって。冒険者や兵士じゃないとわからないかもですけど、防具ってとても重要なんです。それが無いと、命に係わるんです。多少歪んだだけでも動きづらくなりますし」

「なるほど。壊れた防具を直してもらったら、思ったよりも金がかかって今日の飯にも困っていた、というわけか」

「…………は、はい。最悪、野宿して狩りをしようと思っていたのですが、その、私の武器はこれでして」


 赤毛の少女はしょんぼりとした顔つきで背中の大剣を指差す。

 確かに、それを噂通りの怪力で振り回せば、魔物ならばともかく、野生動物はぐちゃぐちゃの肉塊になってしまうだろうさ。


「大変だったなぁ。そんな大変な思いをしてまで、一体、何をそんなに修業しているんだい? この太平の世の中で、剣の腕で立身出世は難しいと思うぜ? 冒険者として宝物を見つけて、一発大当たりってのなら、話は別だが」

「ふふん、よくぞ聞いてくれました!」


 俺が尋ねると、赤髪の少女はどん、と薄い胸を叩いて得意げな笑みを作る。


「私が修業している理由! それはですね、約束を果たすためなのです!」

「約束?」

「はい! 三百年前、私の祖先……『黒剣のヴァイス』が、相棒である『黒竜アーグ』と交わした約束を、子孫である私が果たしに行くんです!」


 だが、その得意げな笑みの中には、小さな迷いが見えた。

 本当にこれでいいのか? という、瞬くほどの僅かな間に見せた、小さな迷い。けれど、赤髪の少女は己の迷いを振り払うように、より力強く俺へ宣言する。


「この命を賭けて、過去の過ちを正さなければいけないのです――絶対に。この、『黒剣背負いのリズ』が」


 決意に満ちた言葉だった。

 だが、同時に、追い詰められた言葉でもあった。

 そして、どちらにせよ、この少女――『黒剣背負いのリズ』は、もう退くことが出来ない所まで来ているのだと、俺は理解出来てしまった。

 時に、使命感とは己を殺す刃であると、知っていたから。

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