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第56話 未来の値段 2

 新人類の管理下から離れた旧人類たちを待っていたのは、無秩序という名の地獄だった。

 絶対的な支配者である新人類の欠如。

 それは、今まで欲望を抑えつけていた者にとって絶好のチャンスとなった。

 彼らは存分に殺し、存分に奪い、存分に犯し、そして――――大抵の場合、あっけなく死んだ。秩序を失うということはつまり、庇護を失うということに等しい。考えなしに力を振るう者は当然、力によって駆逐されるのが定めだ。

 何せ、一般的な人間がたった一人で粋がったところで、数で囲んで棒で殴ればお終い。それ以前に、奇襲で石でも投げ付ければ呆気なく殺せる。

 故に、旧人類の中で徒党を組む者たちが出現し、その中でも多くの徒党を集められるカリスマと智謀を兼ね備えた者がリーダーになっていった。

 ただし、そんな世紀末無法地帯も長くは続かない。根本的に物資が足りないので、どれだけ嫌であろうとも、命を繋ぐためには『閉空塔』に挑まなければならない。

 だから、旧人類たちは最初、『閉空塔』に挑む際に出来る限りの数を集めて挑むことにした。


「団体様をごあんなーい。あ、一人一人別空間に転移されますから、狭さとかの心配はしなくていいですよ?」


 その挑戦は失敗した。

 数で攻めるはずの作戦だったのだが、そもそも、開始時点でバラバラにされてしまうので、どうしても個々人の力量で挑まなくてはいけなくなってしまったのだ。

 そして、そもそも質が低いから数を集めた挑戦であったので、最初の挑戦者たちのほとんどは殺されてしまい、旧人類初のダンジョンアタックは無惨な結果となってしまった。

 なお、新人類側からすれば、別に罠などでは無く、むしろ、旧人類に対しての準備運動みたいなノリで態々一人ずつ別空間を生成するシステムを作り上げたというのに、最初の挑戦者たちが全滅しかけたのは予想外の出来事だったという。


「おい、ヤバくね?」

「ガチでやばいんじゃない?」

「このままだと餓死して終了じゃね?」

「流石に、争っている場合じゃねーな、おい」


 最初の挑戦者たちが全滅したことで、旧人類の一部はやっと本気を出した。

 そう、新人類たちが管理し、育てていた旧人類の中にはちゃんと天才や有能な人材も居た。突然、野生を得た動物たちの如く同士討ちを始める人間だけでは無かったのである。

 彼らはファーストペンギンたちが色々やらかすのを、そっと後方で観察しながら、どうすれば今後の情勢の中を生き残れるのか、きっちりと対策を考えていた。

 考えていた……のだけれども、予想以上に新人類からの無茶振りが酷いので、大体の考えが無に帰した。まさか、数百年間、絶対管理の下で平和を享受していた人類に対して、ガチのダンジョンを攻略させようとは思っていなかったのである。


「そもそも、旧人類のスペックからして無理だっての」

「新人類は、自分たちが素手で高鉄を捻じ曲げるから、そこら辺ちょっとなー」

「武器も置いてねぇし」

「武器の代わりに、いつの間にか新しいホームセンターが建っていて、その上、『これで安心! 身近な道具で作る、緊急時における武器の作り方! ゾンビだってイチコロだぞっ♪』という冊子がそこら辺に配布されてあったぞ」

「なんであいつらはフィクションを参考にするんだ……」


 考えてみて欲しい。

 ごく普通に暮らして来た一般人が、明日から『素手で熊を倒して来なよ、ユー!』と笑顔で、肩を叩かれる気分を。真顔で首を横に振ったら、『しょうがないなぁ! じゃあ、そこに大きな棍棒があるから、後は分かるな?』と妥協と期待が織り交ぜられた無茶振りをされた気分を。

 控えめに言っても、やってられない気分だろう。当然、多くの旧人類は安楽死という言葉を考えたし、実際、そうする者たちも少なくなかった。このまま、争い、心が荒み、無謀に死ぬぐらいであれば、自らの手で命を断とうという考え、それを異端と呼ぶにはあまりにも環境が過酷過ぎた。

 しかし、そんな環境であっても、旧人類の全てが諦めたわけでは無かった。


「武器が足りない……なら、ダンジョンから奪えばいい」


 新人類からの無茶振りに対して、そろそろブチ切れて来た旧人類の一部は、決死隊を結成。限られた時間の中で、出来る限りの戦闘訓練、探索のイロハなどを学び、まずはチュートリアルの攻略を目指した。

 チュートリアル、第5階層まで攻略出来れば、その先で探索者たちが合流できるからだ。


「スペックが足りない……なら、そういう肉体の人間を造り出せばいい」


 一方、運動に優れず、研究肌の旧人類たちはダンジョンを攻略させるための人材を作り出せばいいという結論に達した。過去の文献を漁り、管理下の中でも何故か、研究を進めることを推奨されていた『遺伝子強化』の技術も使った。

 幸いなことに、素材はどこにでもあった。

 新人類の管理下でなくなったが故に、そういう実験を止める者は居なかった。


「抗え、というのであれば、抗おう」

「やってみせろ、というのならば、やってやろうじゃないか」

「「ただし、その対価としてお前らの命は頂くぞ、新人類」」


 絶体絶命の窮地の中、旧人類は意地と狂気を持って、空を閉す塔に挑む。

 何度も。

 何度も、何度も。

 倫理と道徳と、血肉をすり減らして。

 その度に、新たなる探索者を生み出し続けて。

 やがて、旧人類は辿り着いた。

 遺伝子に改良を重ねて、生まれながらにして魔術の適正も高めて、彼の新人類のスペックまで極限まで近づけることを可能とした、Aシリーズと呼ばれる人造人間の誕生に。

 そして、そのAシリーズから、ついに『閉空塔』を天辺まで攻略し、新人類の一人をぶち殺すまで至る者も現れたのである。

 ただし、肝心の到達者二人組は、この終末世界に未練などは欠片も残っていなかったので、早々に別世界へと旅立ってしまい、その偉業を知る者は誰も居なくなってしまったのだが。

 そう、たった一人の異界渡り以外は。



●●●



 ミユキと名付けられた、人造人間――A67番は複雑な心境だった。


「…………ああ、もう」


 いらいらと、己の不機嫌を隠さぬまま、ミユキは監獄街の大通りを歩く。

 薄汚れた、灰色の空気。

 ひび割れた路面、

 銃器と刃物を携帯しなければ、道を歩くことも出来ない劣悪な治安。

 虚ろな目を向ける、襤褸切れを纏った乞食の列。

 路地裏から、ぎらぎらとした生存欲を伺わせる、やせ細った薄汚い子供。

 まるで、ここは掃き溜めのようだと、ミユキは自嘲する。

 ダンジョン内の居住区に住めるほどの力もなく、低階層をうろつき、何とか日銭を稼いで、糊口をしのいでいるだけの、屑どもの住処。

 製造ランクはほとんど、最底辺のFか、精々、D程度。Cランク以上の製造ランクを持つ者たちは大抵、ダンジョン内で一定以上の階層を攻略すると与えられる居住区に住み込み、より効率的に上を目指す。Cランク以上で、わざわざ、こんなスラムの如き監獄街に足を運ぶような探索者は、変人か狂人の類しかいない。

 だから、Aシリーズのエリートであるミユキは、主に前者であると自負している。

 狂ってはいない。

 ただ、ここに来る理由があるだけだと。


「ちっ、屑共が」


 間違っても、懐旧など覚えてはいない。

 諦観と停滞に沈むこの街を、ミユキは嫌っていた。反吐が出るほどに。

 いずれ来る死と滅びに怯えながら、それでも、探索者として上を目指すことをしない、敗北者の群れ。そのちっぽけな群れの中で、醜くも愚かな、縄張り争い、小金を奪い合って殺し合う。その日のパンすらも、争奪戦の対象。

 ミユキはこんなクソッタレの街が大嫌いだった。

 いや、ミユキはこの終わりかけた世界自体が、大嫌いだった。

 新人類も、旧人類も、探索者も、全部、クソッタレだ。何もかもを見ても、何もかもにイライラしてしまう。常に不機嫌だ。唯一、不機嫌にならない相手は、畏怖していた相手は、いつの間にか消えてしまった。

 だから――――現在、ミユキを不機嫌以外の理由で乱す存在が居るとすれば、それはたった一人の弟と、最近出会った異界渡りとかいう、仮面の女だった。


「なんなんだ、あいつは。なんで、アタシにあの肉体を……くそ、わけわかんねぇ」


 ミユキはとある理由のため、転生用の肉体を探していた。

 そのために、態々中層の中でも環境が劣悪で、防寒装備が無ければ十分そこらも滞在することが出来ない白銀の中を、探し回っていたのである。

 そんな時だった、ミユキが仮面の女――異界渡りのミサキと出会い、敗北したのは。


「…………っ」


 完敗だった。

 言い訳のしようが無いほどの力量差を見せつけれれて、完全に圧倒された。

 仮にも、上層まで攻略を進めているAシリーズの探索者であるというのに。まるで、赤子の手を捻るかの如く、あっさりと捕縛されてしまったのだ。

 そこまでなら、そこまでなら、まだ、ミユキは平静を保てていた。その後、思いっきり泣かされて、しかも、その場のノリで名づけまでされてしまわなければ。


「…………ううっ」


 その時のことを思い出し、ミユキは頭に被せているフードをさらに深く被る。

 赤面した顔など、この監獄街で見せれば、余計ないざこざを生みだけだからだ。いくら何でも、照れ隠しのような何かで、絡んで来た屑どもをぶち殺すのは、ミユキの荒んだ感性であっても躊躇われた。


「なんなんだ、あいつは」


 纏っている空気が違っていた。

 異界渡りのミサキは、色褪せた停滞が詰まっているようなこの世界の空気とは違う、もっと、心がむずむずするような空気を纏っていたと、ミユキは考える。

 己の必殺の狙撃を軽々と防いで。

 その上、転生用の肉体すらも犬の餌の如く渡してしまって。

 きっと、あの仮面の下には化物のような顔があるのだろうな、とミユキは思う。

 そうでなければ、ここまで自分が心乱されるはずがない、と。


「……んっ? なんだ、騒がしいな」


 そんな風にミユキが異界渡りに思いをはせている時だった。

 ふと、大通りの先から複数の悲鳴と、誰か一人の笑い声が聞こえたのである。しかも、悲鳴は野太く、笑い声はつい最近、どこかで聞いたような気がした。

 だからこそ、ミユキはそこへ足を進めたのだろう。

 本来であれば、そんな面倒事などさっさと無視して、己の目的を果たすために動くというのに。それが、幸運であったのか、不幸であったのかは、分からない。


「ぎゃぁあああああ!! やめてくれぇえええ!」

「胃が! 胃の中身がぁあああああ! おぶろろろろろ!」

「金なら出す! あるだけ出すからぁ!!」


 ただ、ミユキは先ほどまで頭の中で思い描いていた人物と、再開することになる。


「あーっはっはは! あーっはっはっは! ほうら! 人力絶叫マシーンだぞぉ! もっと喜べよぉ! ほら、笑顔! 笑顔!」


 その人物は仮面の下で高笑いしながら、数人のごろつき共を街の上空でぐるうると大きく回し続けていた。さながら、子供が玩具を手に、ぶんぶん振り回すかのように。


「はーっはっは! はーっは……ん、おお?」

「あっ」


 そして、しばし回して満足したのか、ごろつき共を地面に叩き付けて気絶させると、ミユキの方へ視線を向けた。

 ミユキはこの時点で嫌な予感がしたのだが、逃げるかどうか迷ってしまい、結果、その人物の言葉が先にやって来た。


「ミユキ、ミユキじゃないか! この間ぶりだなぁ、おい! ちょうどいいや、ダンジョンを出禁にされたから、どこかの良い感じの宿があったら教えてくれよ!」

「なんなんだ、アンタは!?」


 こうして、探索者ミユキと、異界渡りのミサキは再会したのである。

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