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第54話 オウルの翼 7 

 それは、遠い世界での出来事に歓喜した。


「はは、ははははっ、やはり、素晴らしいぞ、超越者殺し。そうだ、そうでなくては。一つの文明の最終兵器程度、あっさりと御して見せなければ、その異名は相応しくない」


 それは、既に廃墟となった建物の一室で、異界渡りの奮闘を見届けていた。

 己が滅ぼした国の、かつて平和な日常があった場所で、のうのうとそれは、自分が計画した謀略の成果を観覧していた。


「貴様の異能を使えば、己の存在を削れば悠々に対処できただろうに、あくまでもその枷のスペックを引き出した攻略したか。確かに、あれは、ハードはともかく、ソフト面は脆弱過ぎた。いくら私であったとしても、世界を隔てて干渉可能なのは、セキュリティがゴミ過ぎる」


 それに罪悪感など存在しない。

 それに後悔など存在しない。

 いつでも、それは己の為すべき使命のため、揺るがぬ信念で行動している。

 問題があるとすれば、その信念は善悪をまったく考慮していないこと。どれだけの犠牲が出ようとも、何の痛痒にも思わず、それは使命を果たすまで行動を止めない。


「相手の弱点を容赦なく突く。己の優位性を間違えず、あえて意識外へと追いやった『腕』による、ハッキング。あれを動かしていたのは、サポートAIか? ははは、随分器用に道具を使う物だな、超越者殺し。いいな、そうでなくては…………試す意味が、無い」


 それは異界渡りの勝利を見届けると、再び、何かしらの干渉を行おうと準備を始める。


「さて、こちらに警戒して超越者殺しも何かしらの手を打ってくる頃だろう。だが、私は知っているぞ、超越者殺し――見崎神奈。貴様の適性は暗殺者。術師ではない。それ故に、この私の観測から逃れることは出来ず、また、干渉を拒むことも…………と、おお!」


 だが、それは不意に準備を行う意識を止めた。

 素直に感嘆したのである。


「その手があったか」


 あまりにも適切に、己という脅威を対処して来たが故に。



●●●



「悪縁切断――――さぁ、趣味の悪い覗き魔は観客席から退場しろ」


 じょきん、という重々しい手ごたえが『縁切り鋏』から返ってくる。

 完全確実に、厄介な監視者との縁を断ち切ったという確信を得た。だが、その対価として秘宝級の魔導具はひび割れ、無惨に砕け散ってしまう。

 恐らくは、相手の術式があまりにも強すぎたから、その反動でこうなってしまったのだ。


「これで一安心ですね、オウル」

「ああ、少なくともしばらくの間は再干渉して来ることは出来ないはずだ。相手が気まぐれ程度の興味で干渉してきたのなら、もう二度と会わないぐらいに縁を断ち切ったんだが、相手は推定、超越者クラスの怪物だ。どんな反則を使って再び、縁を繋いでくるか分からん」


 基本的に超越者は存在自体が反則だからな。

 物理法則を超えるのは当たり前で、概念レベルの攻撃をよくわからない理由で捻じ曲げて、鼻歌交じりに、軽々と相手の想定を超越する。

 しかも超越者の能力とは大抵、魔力には依存しない何かによって保障されている。

 だからこそ、どれだけ魔力を持った巨大な相手だろうとも、一切魔力を使わずに圧殺することも可能だし、そもそも超越者相手の場合、その特性を見切らなければ、まず勝機は生まれない。俺の異能だって充分、反則染みているのだが、それでもかつて超越者を殺すことが出来たのは、上手く奇襲が成功し、相性が良かったという理由が大きい。


 そう、超越者共は大抵の相手を圧倒することは可能だが、ごくまれに出てくる覚悟の決まった一般人か、よくわからない馬鹿枠に倒されたり、撃退されることもあったりするのだ。

 力量というよりは、相性が肝心なのだ、要するに。

 今回使った縁切りによる干渉切断は、恐らく相手の意識に無かった手法だからこそ通ったのだ。そうでなければ、いくら秘宝級の魔導具とはいえ超越者クラスから逃れることは難しかっただろう。


「はぁーん! つーかーれーたー! もうやだぁ! 俺もうやだぁ! 働きたくなぁい! 超越者クラスの横槍の上、文明の最終兵器の相手とか、超疲れたぁ! 腕切られたしぃ! さっき、くっつっけたけどぉ!」


 俺は敵襲の可能性が無くなったのを確認すると、ふよふよと空を飛びながら全身脱力して喚き立てる。

 眼下のプラントが壊滅的な打撃を受けていたりとか、この世界の管理者から抗議のメールを送られて来たりしているが、もう、知ったことじゃねぇ! 今日はもうお休みですぅ! お仕事はお休みですぅ!


「ミサキ、腕は大丈夫でしょうか?」

「はーい、問題ないですぅ! ナノマシンを超駆動させて修復させたわ。ただ、ちょっとな」

「……反応が悪い、と?」

「コンマ二秒以下のずれだが、戦闘では致命的だな。完全に修復を終えるまでは、右腕を戦闘行為に使わない方がいい」


 何度か右手を握ったり、開いたりしてみるが、やはり違和感が残る。微妙に意識通りに動かない。

 ただの切断攻撃であれば、体内のナノマシンで直ぐに修復されて違和感もなくくっついたのだろうが、生憎、概念防壁すら貫く魔力のこもった切断攻撃だ。意識の繋がりすらも一度、切り断たれたので、再び違和感なく動かすには一週間ほどの時間がかかってしまう。


「では、これから私が貴方の右腕となって戦いましょう」


 そんな俺を見かねたのか、先ほどまで俺と戦っていた美少女兵器を完全に掌握したオウルは、得意げに胸を叩いて見せる。

 戦闘中さえも能面だった無表情の貌は、いまや、オウルの感情を移すためにコロコロと表情を変えていた。

 てっきり俺はオウルが肉体を動かしても無表情系クールを装うのかと思ったが、思いっきり感情あるね、これは。感情表現たっぷりだよ。むしろ、無邪気な子供のように精一杯の感情表現をぶつけてくるから、気恥ずかしいぐらいだ。

 だって、オウル。さっきまで物凄く心配そうな顔をしていたと思ったら、今度はメッチャ得意げな顔で俺を見てくるんだもん。何こいつ、音声会話だけと違って、素直過ぎない?


「そして、夜のあれこれ的な意味でも、貴方の右腕となって溜まった物を解消させましょう」

「突然の下ネタ!? え、あの、オウルさん? どうしたんですか、キャラおかしいですよ?」

「申し訳ありません、ミサキ。肉体を手に入れた実感と、無事に貴方を窮地から助けられた安堵、そして何より、使い慣れていない肉体のため、思わず本音がそのまま出てしまいました」

「本音なの!?」

「正直に言うと、私が肉体を欲した理由の八割は貴方と性行為するためです、ミサキ」

「そうだったの!? こう、自分だけ肉体が無くて寂しいとか、五感を味わってみたいとか、そういう憧れじゃなくて!?」

「それは一割です」

「……ちなみに、残りの一割は?」

「貴方が馬鹿をやらかそうとした時に、直接殴る為ですよ」

「そこは想定内だったわ」


 ふんすふんすと、鼻息荒くしながらオウルが腕をワキワキ動かして見える。

 けれど、それ以上にその肉体素っ裸で、色々と局部とかが一切隠れていないので、とても見えている。上気した褐色の肌とか、形の良いへその形とか。


「…………あの、オウルさんや」

「なんでしょう、ミサキ」

「そろそろ服を着たらいかがですか? あの、俺の着替えの予備を引っ張り出すんで」

「ふむ? おかしいですよ、ミサキ。戦闘中はこの体に対して、一切、そういう感情は湧いて出てこなかったではないですか」

「いや、そりゃだって、お前、戦闘中は意識を切り替えているし。それに、その、な?」

「はっきり言ってください」

「近い近い近い近いっ!」


 裸体のままがっつりと俺に体を押し付けてくるオウルを何とか押しとどめ、俺はやけくそに答える。


「お前が! オウルが肉体を動かしていると思うと、その、な? 恥ずかしいじゃんか」

「…………」


 俺の答えに、オウルはきょとんと、目を丸くした。

 やがて、その意味を理解したのか、オウルの頬が真っ赤に染まったかと思うと、にやにやと口元が緩み始める。


「ほう、つまりは私の存在を感じて、そういう風になってしまうと。エロスを感じてしまうと。欲情してしまうのですね、ミサキは。私に、欲情を。ほほほう」

「静かにテンション高いな、お前は! やめ、やめっ! 裸で抱き付くのは止めなさい!」

「じゃあ、その口で言ってください。童女みたいなこの起伏の少ない肉体でも、私が動かしたから欲情したと言ってください」

「いやだい!」

「言うまで離しません」

「あ、こいつ、翼で俺を抱きとめて――」

「微振動開始」

「ひょあああああああああああ!!?」


 オウルが掌握した肉体の能力を使い、俺と自分自身の体を微弱に振るわせ始める。

 なんでこいつ、文明の最終兵器を使ってエロ攻撃してくるの? いいの、お前? 獲得した肉体の初めの使い方が、男子高校生レベルだぞ、おい。


「や、やめ、やめっ!」

「ふ、ふふふふ、さ、さああ、はややく、いわなないと、いろいろとたたた、たいへんなことにぃいいいいい!!?」

「自爆してんじゃねーか、このお馬鹿!」


 結局、このままだと色々危うくなるので、俺が譲歩することでその場は収まったのだった。

 なんというか、肉体を得て一気にポンコツになったな、我が相棒よ。



●●●



 オウルに不満は無かった。

 強いて言うなら、名前の由来がちょっと気に入らなった。もうちょっと真面目に考えて、神話とかから引用して欲しかったが、今ではこの名前を気に入っていた。

 そう、不満は無かったが、ミサキと共に様々な世界を旅するごとに、心の底に少しずつ願望が溜まっていくのを自覚していた。

 もっと、近くで。

 音声や、映像以外にも。

 もっともっと、魂に近い場所で、触れ合いたい。

 先を導くだけでなく、その手を取って、どんなに暗い空でも共に飛んであげたい。

 だからこそ、オウルは自らその先を望み――――そして、翼を手に入れたのだ。

 熱く、強靭で、恐ろしく、けれど……ミサキと共に飛べる翼を。


「ミサキ、気持ちよかったですか? 覚えたての拙い肉体の動きで、振動させられたのは気持ちよかったですか?」

「無邪気な笑顔でエッチなことを聞くのは止めなさい」

「実はあれ、内心、戦闘モードまで出力が上がりそうで焦っていました、私」

「今後は許可があるまで、あれは使用禁止の方向で」

「そんなー」


 もっとも、手に入れたばかりの翼を扱うには、まだまだオウルは幼いようだけれど。

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