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第53話 オウルの翼 6

 オウルは、生まれながらにして感情を持ち合わせているAIではない。

 元々、機械天使の電脳などを研究して『博士』に生み出されたサポートAIなのだが、『博士』を含めたホームの研究者たちは経験上、感情を持ち合わせた機械という相手に苦手意識を持っていた。

 なので、オウルはあくまでも機械的にミサキをサポートするために造られた。

 必要以上の事は言わずに。

 最低限の仕事を済ませるための、道具として。


「いや、それだと旅をしている最中に寂しくなるから、せめて会話機能は付けよう、絶対に」


 だが、肝心のミサキがそれを良しとしなかった。

 その理由は簡単だ。一人だと寂しいから、話し相手が欲しかったのである。

 このように言うと、ミサキがとても情けない人間だと思われてしまうかもしれないが、実際、情けない部分は多々ある。多々あるが、会話する相手が――『意思疎通可能な絶対的な味方』が居るという状態は、馬鹿にできないほど心理的負荷を軽くするものだ。

 よって、ミサキは己の精神衛生の向上を目指して、あらゆる世界から、あらゆる部品をかき集めて、『博士』にオウルの改良を願った。

 材料を集められてしまっては、『博士』も願いを断るわけにはいかず、渋々オウル――かつての『サポートAI3号』へ、自己進化する感情回路を取り付けることになる。

 だが、オウルはその時のログこそ保存してあれど、生まれたばかりの自分が、現在の自分と同一であるという自覚は無かった。感情回路を取りつけられたところで、機械は機械。そこから成長して、一つの人格を得るまでには遠い道のりがあった。

 なので、オウルの人格が定まったのは、人間のように言うのであれば物心がついたのは、改良されてから、しばらく後の事である。


「んー、しっかし、3号と呼ぶのあれだな。味気ないな……よし、これからお前はオウルだ。俺の旅を導く賢者となれ。どれだけ暗い夜が来ようとも、歩むべき道を見失わないように」


 機械としての名称ではなく、人格に対する名前。

 それを得た瞬間、オウルははっきりと己の存在を自覚した。

 同時に、己が為すべき役割も。


《了解しました、ミサキ。私は、貴方を導くオウルとなります》


 ただ、一つだけオウルがその時から不満に思っていることがあるとすれば、一つだけ。

 名づけは、ミサキがフクロウ喫茶で癒されている最中の出来事だったので、絶対にそれが名前の少なくない由来であるということだ。



●●●



「権能解放」


 俺は右腕が切り飛ばされた瞬間、即座に権能を解放した。

 ここら一帯の空間の管理権限を全て、新人類から強奪。同時に、掌握。この建物のフロアごと、眼前に降り立った紅蓮の襲撃者へ、空間破砕を打ち出す。

 がしゃん、というガラスが割れる音が多重に響き、眼前の空間が次々と、ひび割れ、歪み、それに追従出来ない建物は矛盾を受け入れることなく自壊する。

 俺はその崩壊を建物から少し離れた空中で、虚空を足場にしながら観察していた。


「外したか」


 当たれば即座に勝負が決まる必殺の一撃。

 けれど、それを俺が打ち出した時には既に、相手は効果範囲から離脱していた。そう、防御も回避でもなく、離脱。正体不明の攻撃に対して、決して己の性能に驕らず、安全策を取る対応が随分と的確であり、憎らしい。


《ミサキ! 緊急転移を! 相手は極めて巨大な魔力反応を所有しているばかりではなく、こちらの概念防壁を突破して来ます。右腕と最良の武器を失っている時点で、不利は免れません》


 良いことがあるとすれば、それはオウルからの通信が回復したことだろうか?

 謎の魔術師からの監視は即座に切り捨てて、思いっきり呪詛返しを決めてやったので、しばらく、ジャミングなどの露骨に妨害は出来まい。

 …………まぁ、監視の『目』が一つだけとは限らないので、油断は禁物であるが。


「駄目だ、オウル。逃走は難しい。相手は一旦、離脱したが、それは一瞬での移動距離だ。こちらが転移をしようとすれば、恐らく、その隙を逃さず、一瞬で距離を詰めてくるだろう」

《多少その肉体が傷つこうとも、後で修復可能です。ですが、貴方の命は一つだけ。撤退を推奨します》

「却下する。そちらの方が、危険性が高い。そして、なにより――――」


 背後。

 ちょうど視覚からの突撃を感知。

 転移は使わず、空間を歪曲させることによって、直線的な突撃の軌道を逸らす。


「こいつの攻撃は、一撃だろうとも、まともにくらったらお終いだ」


 逸らした先で、建物のフロアが幾重にも貫かれ、その後には赤熱した恐ろしい攻撃の爪痕が残っている。

 速い。

 移動速度がほとんど音速だ。

 加えて、熱でも操る機能でも持っているのか? 紅蓮の襲撃者が突進した後の空間は、異常な熱量の痕跡が。


「空間の歪曲を確認。通常攻撃の有効性に疑問」


 何処からか、機械と人の中間の如き少女の音声が響く。

 既に、建物が半壊している所為で、空中に瓦礫が多く散乱し、敵対者の姿が見えない。こちらはオウルが探査を行っているようだが、恐らく、相手の行動はそれよりも早い。


「よって、最大火力による広範囲殲滅を行います」


 言葉と共に行われたのは、文字通りの殲滅攻撃だった。

 建物が……いや、空気そのものが震え始めたかと思うと、急速に周囲の熱量が急上昇。瞬く間に、人が生存可能なラインは超えて、建物は崩壊を超えて融解を始めていた。


「空間隔離ぃ!」

《魔力を最大まで補充。現状、最大限のレベルまで空間支配を高めます》



 このまま相手に攻撃を続けさせるのは不味い。

 素早くその結論に達した俺は、オウルと共に連携を取り、なんとか割り出した襲撃者の居場所へ、空間の隔離を仕掛ける。

 それだけの熱量を持とうとも、空間自体が遮断されてしまえば、意味は為さない……のだが、どうにもこれは厄介だな。


「空間隔離、後、どれだけ持つ?」

《……十五分持てば良い方でしょう。相手の内臓魔力が規格外です。このままであれば、我々の空間支配を突破して来ます》

「相手の能力、それは『振動』か? 振動を操るからこそ、俺の腕を簡単に切り飛ばして、周囲の空気を振動させて、温度を急上昇させた」

《恐らくは。そして、このまま放置した場合、最悪、このダンジョンそのものに壊滅的な破壊をもたらす可能性があります。ただの破壊では無く、魔力による破壊現象ですので》

「隔離した空間ごと、破壊することは?」

《不可能です。魔力が多すぎて、抵抗されます》

「世界の狭間に追放するのも、不可能か?」

《世界間の移動は不可能です。隔離を保ったままの三次元的な移動でも、転移させることが可能な距離は半径一キロ以内に限定されます》

「なるほどな、ふん」


 控えめに言っても、とてつもなくヤバい。窮地だ。俺達だけで逃げ出すのは可能かもしれないが、その場合、確実に――――ミユキは死ぬ。恐らく、まだこのダンジョン内に残っているであろう、あいつは死ぬ。それだけでなく、逃げ出すのも可能というだけで最悪の場合、隔離を解いた瞬間、こちらの予測よりも素早く俺を破壊するかもしれない。

 かといって、空間隔離を保持したままでも、襲撃者を破壊すれば魔力と熱量が暴走して、やはりこのダンジョンがヤバい。

 控えめに言っても詰んでいる状況かもしれないが、なぁに、今までこれくらいの窮地は散々乗り越えてきたこの俺である。いつだってクールに解決策を思いつくはず。思いつけ。思考を回せ、考えろ、即座に最善の策を見つけ出せ! 

 …………はい、思いついた、俺天才ぃ!


「オウル、俺の眼前に襲撃者を転移させろ。その後、プランBを行う」

《ミサキ、ふざけていないで真面目に説明を》

「出来ない、理解しろ」

《…………了解》



 策は思いついたのだが、再び、外部からの妨害が無いとも限らない。

 最悪、この回線すらも傍受されている可能性がある。

 というか、仮に相手が超越者クラスの技量の持ち主ならば、絶対に事の経緯を見届けるために監視の目は何処かに残していく。

 だから、最後の最後まで何をさせるか察させることなく、問題を解決するのだ。こういう手法であれば、観察者は観察者のまま、妨害に走らない。なぜならば、相手は俺たちが何をやらかすのかを見届けたいからこそ、こんな回りくどい罠を仕掛けて来た手合いなのだろうから。


「やるぞ、オウル。いいか、どんな時でも諦めるな。必ず、手は残っているんだ。諦めずに、最後までもがき続けろ、この手で勝利を掴むために!」


 ならば、見せてやるぜ、俺たちのプランBを!


《――――了解っ! 転移を、始めます》


 きぃん、という甲高い金属音と共に、俺の眼前に白色の立方体が召喚される。

 極限にまで振動を続けた結果、もはや、赤色を通り越して白色の熱を帯びたのだ。


「お、おぉおおおおおおおおっ!」


 俺は雄たけびを上げながら、その極限にまで高まった振動を抑える。熱を抑え込み、強制的に冷やしていく。

 莫大な魔力と引き換えに。


「ちぃ! やっぱり、ごり押しは燃費が悪いぜ!」


 空間支配の権能は万能だ。

 だが、万能ゆえに燃費が悪い。特に、『振動』に特化した能力を抑え込み、逆に熱量を下げようとするのであれば、あっという間に俺達の魔力は底を尽きてしまうだろう。

 もっとも、それでもやらなければならない、この後の秘策の為に。


『――――っ』


 空間を冷やしていくと、段々と白色が紅蓮の色に抑えられ、最終的には発熱していた襲撃者の姿が完全に晒されることになった。

 襲撃者は、大鷲の翼を持つ、美しき炎髪褐色の美少女だった。

 燃え盛る炎の如き、紅蓮の長髪。

 獲物を決して逃がさない、猛禽が如き金色の瞳。

 起伏が少なく、まだ幼さの残る、けれど、上質な蜂蜜で浸したがような一糸纏わぬ蠱惑的な裸体。能面を被ったが如き、感情の無い人形のかお

 そして、美しきその背から生えるのは一対の翼だ。

 天使では無く、異形の狩人たる証明だ。


『■■――――っ!』


 隔離された空間の中でなお、炎髪の美少女はもがき、口を動かし、突破を試みる。

 無駄な足掻きとは言わない。

 実際、後二分もすれば、空間支配を突破し、俺を跡形残らずに焼き尽くすことも可能だろう。それだけの魔力は確かに、所有しているのだから。

 けれども……ああ、すまない、正確に言い直そうか。


《強制接続完了――――ブレインハック、開始》


 可能だった。

 そう、切り飛ばされた俺の右腕を、オウルが遠隔操作で転移させ、その炎髪ごと頭を鷲掴みにしなければ。

 さぁ、ここまで来れば俺のやりたかったことは分かるだろう。

 何、元々、そのつもりでこのダンジョンを攻略していたのだから、当然の帰結さ。


《…………掌握、完了。これより、この肉体は、私の、私たちの所有物となりました》

「つまり?」

《ええ、いわゆる一つの完全勝利という奴です、ミサキ》


 俺は空間の隔離を解除。

 そして、頭に切り飛ばされた右腕をくっ付けたままの美少女と、新たなるオウルの肉体とハイタッチを交わす。

 プランB――――『何やかんや、うまくやれ』はこうして完遂したのだった。

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