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第52話 オウルの翼 5

 それは、いわゆる秘密兵器という存在だった。

 旧人類が作り上げた決戦兵器。

 数多の生物兵器――新人類を作り上げた上で、なおも、先を目指した末の終着点。

 加えて、新人類のように反逆を起こさないため、徹底的に感情を排して、人型なれど、機械よりも冷徹に殺戮を完遂するプログラムを電脳に組み込んだ。

 ありとあらゆる技術を詰め込んだ。

 科学も。

 魔術も。

 科学と魔術を汲みわせた、魔導科学も、全て。

 そう、それは新人類に対する滅びの炎となるべき存在だった。創造主足る旧人類たちが、神罰と称して作り上げた最高傑作であった。

 この世界の旧人類は、精神性は他の世界の人類よりも劣るかもしれないが、ただ一点、破壊に特化した兵器を作るという点では群を抜いていたのである。

 きっと、その兵器は新人類を殺戮しただろう。

 そればかりでなく、違う派閥の旧人類も駆逐しただろう。

 その兵器に命令を下す者は、世界最高の軍事力を保持して、世界の支配者となるはずだったのである。少なくとも、作り上げた旧人類たちの脳内では。


「――――了解。命令を受諾しました。これより、世界焼却を開始します」


 ただ、旧人類は過去の失敗から学んでいなかった。

 感情を排して、徹底的に機械の如く命令を受けている破壊兵器に対して、試運転の際に『お前の全力を試してみろ』と言ってしまったのである。

 破壊人形の前には、巨大な立方体が置かれていた。発展した文明が生み出した、あらゆる衝撃と劣化に強い超合金の塊だ。命じた物は恐らく、これをどうにかして壊してみろ、みたいなニュアンスで命令を告げたのだろう。

 けれども、細かいニュアンスを理解できなかった破壊兵器は文字通り、己の出来るスペックで最善を目指した。

 感知できる限りで、最大の物質――人類が住まう惑星を破壊しようとしたのだ。

 その結果、当然、無謀な稼働をした代償として、破壊兵器は一分も経たずに自己崩壊。かくして、旧人類が作り上げた最終兵器は僅かな時間を稼働したのみで、新人類を殺戮することは敵わず、あっさり自壊したのだった。

 合金どころではなく、破壊兵器を作り上げた施設すら瞬く間に消し飛ばし、最終的には一つの島国を滅ぼして。


「なんで旧人類は戦う前に自滅しているパターンが多いの?」


 新人類は旧人類の自滅芸に対して、疑問しか覚えなかった。

 何故、自らが制御できる力以上の兵器を作り上げて、勝手に自滅するのか。それが分からない。だが、きっと旧人類は我々、新人類とは異なり、浪漫とかそういうものを重視する人種が多いので、そこら辺が関係しているのではないかと推測した。


「かつての戦争で猛威を振るうはずだったが、暴走したため、封印された旧時代のオーバーテクノロジー。なるほど、これが浪漫か。よし、そういう事なら」


 なので、新人類は旧人類が作り上げた破壊兵器を回収し、勝手に修復、改良を重ねて、来たるべき時のために封印しておくことにした。

 あえて、殺戮機械の如き電脳はそのままにしておいて。

 外見のビジュアルは新人類の趣味として美少女に改変して。

 いずれ作り上げるダンジョンの隠しイベント用に取っておくことにしたのである。

 破壊兵器として生まれて、戦うことを知る前に封印された美少女。

 何かしらの大志を抱き、ダンジョンを昇る少年……少女でも可。

 感情の無い美少女と、未熟な探索者との出会いが、さながら少年漫画の如き素晴らしい物語を生み出してくれると信じたのだった。

 ただまぁ、実力の無い探索者に渡してもよろしくないことが起きる未来しかないので、上層付近で最難関の階層の奥の奥に隠し、幸運を持った者ならば見つけられるぐらいに発見難易度にしておくことに。


「…………誰も見つけないなぁ、あれ」


 しかし、そもそもその手前のダンジョンですらかなりの難易度が高く、上層付近まで到達した探索者は不用意なリスクを冒すほど馬鹿ではない。

 なので、用意された破壊兵器は誰一人として触れることなく眠りに付き、このままかつての歴史の汚点として隠され続ける……そのはずだった。

 あえて、最難関ルートを望んで進む馬鹿な異界渡りが出現しなければ。



●●●



 探索は順調に進んでいた。


《ミサキ。通路の先から、球型のドローンと警備ロボットが多数出現。引き返しますか?》

「オウル。種別は今まであった青色の球体と、いかつい等身大ロボットか?」

《はい。今まで対処して来た物と同種です》

「なら、分かった。このあたりの機械系の敵のセンサーは大体把握した。これから、深度1の異能を使う。存在を薄めて、感知をすり抜けて最上階まで進むぞ」

《了解しました》


 元々、俺の異能は隠密向きの物である。

 加えて、この肉体ならば足音などを立てる必要もなく、己の移動を周囲に悟らせないよう、空間の微弱な揺れも制御して動くことが出来る。

 あるいは、重力を制御して、悠々と通路の天井に足を付けて逆様に歩いていくことすらも可能だ。どれだけ警備ロボットの質が高かろうとも、侵入者を見つけ出すためのセンサーが張り巡らされていようとも、それを誤魔化すことが出来れば侵入は容易い。


『異常無シ』

『侵入者ノ痕跡無シ』

『下層ノ警備ヘ、再探索ヲ願イマス』


 するりと、警備のロボットやドローン群に触れることなく、俺はどんどんと通路の先へ進んでいく。

 この第89階層は、旧人類に存在した巨大カンパニーが所有するプラントをモデルにしたらしく、どこもかしこも、厳重な警備が行われている建物ばかり。本来のルートはこれらの警備を掻い潜り、プラントの中央に存在する巨大なビルディングの地下から、次の階層へとワープするためのボス部屋が存在する様だ。その過程で、様々な工場があるので、そこを上手く探索出来れば多くの部品、あるいは完成したロボット、転生するためのアンドロイドタイプの肉体、などが手に入るかもしれない。


 しかし、それらに手を出そうとすれば当然、警報が鳴るし、直ぐにロボットが殺到し、何かしらの対策が無ければあっという間にハチの巣になるだろう。ちなみに、魔術的防護を行っても、余程に強固な護り出ない限り、魔導銃器による斉射でミンチになってしまう。

 ここの階層のコンセプトは恐らく、『欲を出さないこと』だ。下手に欲をかいてしまえば、瞬く間に命を落とすが、己を律してさえいれば、進むこと自体は難しくない。

 もっとも、この俺は最初から欲望全開で進んでいるのだがね。


《ミサキ、何故、この建物を昇っているのですか? この高層ビルは周囲に点在する工場と違い、製造ラインなどは存在しません。アンドロイドの肉体を探すのには不適切かと》

『かもな? でも、ちょっと俺の勘が疼くんだよ。地下が最短の出口。なら、この建物の最上階には、一番、警備が厳重な部屋には、一体、何があるのか気にならないか?』


 俺は工場のプラントに潜入することはせず、あえて中央の高層ビルを昇っている。

 設定では、プラントの職員たちがオフィスワークするための建物であり、俺が探している要素など、皆無であるはずなのに。

 無意味な徒労かもしれない。

 阿呆の所業かもしれない。

 だが、何かがあると俺の勘は囁いているのだ。


『薄々感じていたんだが、このダンジョンを管理する新人類ってのはどうにも、お約束や浪漫ってのを分かっている。まるで、その手のフィクション漫画を参考にして作ったみたいに。今まで見つけた肉体も、大抵、そういう物語性のある場所じゃなかったか? 教会の地下に、銀髪の美少年とか、如何にもなシチュエーションだ』

《では、ミサキはこの建物に何が隠されていると思うのですか?》

『ずばり、かつての最終戦争に備えて作っていた、美少女兵器とか』

《…………ミサキの推測を否定するつもりはありませんが、私、別に性能は求めていませんけれど?》

『いいじゃん、なんか凄い方が格好良くて』

《どちらかと言えば、可愛らしい素体を希望です》


 非音声で会話を交わしつつ、俺たちはどんどん高層ビルを昇っていく。

 警備をすり抜けて。

 セキュリティをオウルの演算能力でハッキングして。

 用意されたメモや、これ見よがしに配置されたパソコンから情報を抜き取っていく。

 その結果、どうやらこの建物のどこかにマジで『秘密兵器』が封印されているらしいことが分かった。しかも情報の近くには、『あれだけは起動させてはならない……』とか『神よ、あの悪魔を作り出した我々をお許しください』などのコメントが書かれた手記が落ちていたりしたので、これは中々期待できるな。


《露骨すぎませんか?》

『あくまでも設定だからなぁ。何かの小説か、漫画の一説でも引用したんじゃ――ん?』


 と、ここで俺の勘がかつてないほど騒ぎ出す。

 今まで多くの窮地で、俺の命を救って来た、直感が、何かがヤバいと告げている。

 だが、それは、その予感の原因は――――ここじゃない。



●●●



「さぁ、お手並み拝見だ、超越者殺し」



●●●



 干渉。遠い。別世界。見られていた。いつから? 超越者クラスの魔術師? 駄目だ、切り捨てろ、今はただ、斬れ。


「だ、らぁああああっ!」


 最善最速の速度で、アイテムボックスから黒羽を抜刀。

 俺は今の今まで巧みに俺を観察していた、恐るべき魔術師の『目』を切り裂く。

 不可視かつ、空間の狭間に潜み、こちらへ気配も感じさせない卓越した観測魔術。何を目的として、それを行っていたのか、分からない。

 ただ、それを看破出来た理由はただ一つ、相手側が何かしらを仕掛けて、痕跡を残してしまったからに決まっている。それは即ち、意図的であれ、相手側のミスであったとしても、この状況は『嵌められて』いる!


《ミサ【ザザザザザザッ】、上で【ザザザッ】て!》

「――――ちぃっ!」


 雑音交じりのオウルからの通信。

 僅かに伝わる音声の端から滲む、焦燥。

 既に振り切ってしまった、黒羽。

 それを引き戻して、構えるのに使うほんの僅かな間隙。


「――――対象を発見。全力で排除します」


 今度の襲撃者は、その間隙を見逃すことなく突いてきた。

 上層から降って来た破壊の塊。

 環境をまるで考慮せず、到来の衝撃と共に、あらゆる瓦礫や破片舞い散って、そして、


「ブレード展開。対象の概念防壁を突破。切断します」


 俺の右腕が、宙を舞った。

 黒羽を握った形のまま、紅蓮の何かによって切り飛ばされて。

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