第51話 オウルの翼 4
「美少女でアンドロイドタイプの素体? それなら、第89階層の巨大プラントを探してみればいいんじゃないか?」
食事を終えた後、襲撃者はぽつぽつと情報を話し始めた。
目が若干充血しているが、もう頬は濡れておらず、涙は拭き取られている。この寒さだと、涙はすぐに拭わないと凍傷の危険が出てくるので、いつまでも泣いている暇などは無いのだ。
「第89階層か。そこは基本的に機械系の相手か?」
「機械系だ。けど、弱点の電撃は当然対策しているし、何より、数が多い。質が高い。まともな探索者なら、あそこに長居する奴は居ない。噂によれば、『アンドロイドを作り出すプラントがあるなら、安定して新しい肉体を得られるんじゃないか?』なんて考えて、複数のチームが組んで攻略に乗り出した時もあるらしいが、結果はたった一人を残して壊滅。そのたった一人も、凄惨な蹂躙劇を報告した後、テメェの弾丸で脳漿ぶちまけて地獄への直行便に乗ったんだとよ」
「ほうほう、なるほどねぇ」
この第64階層に来るまでに、幾つか機械系の敵が跋扈する階層は通って来た。
確かに、階層が上がるにつれて機械の敵たちは電撃や、弱点に対する改良が見られており、ついこの間戦った機械……いや、半機械の生物兵器は、移動音を極力抑えて行動する隠密性を得ていたようだったし。
ここからさらに上の階層。
しかも、話の感じ、89階層以上に到達している探索者でも、手を出せないエリアになっているらしい。
――――ああ、ようやく良い物を見つけられた気分だ。
「面白いな、それ」
「…………この話を聞いて、笑う奴を見るのは三人目だ、クソッタレ」
「ほう? その前の二人はどうなった?」
「知らん。二人組のコンビだったが、世界の天辺を目指して、最上階まで上り詰めたという噂もあるが、どこかでくたばったから、見なくなったって噂の方が真実味あるね」
「へぇ、それは、それは」
にやにやと、俺は口元を晒した状態で笑う。
その二人組のコンビは、俺の知っている奴かもしれない。あるいは、まったく見当違いかもしれない。でも、そうかもしれないと思いながら動くのは結構楽しい。
「有益な情報提供をありがとう、ええと……君、名前は?」
「見て、わからねぇのかよ? アタシはこの通り、まだ『転生』しちゃいねぇよ。ただの名無しだ。製造番号A67番だ。優秀な遺伝子を組み合わせて作られたエリート様だよ。はは、そのエリート様が、Aシリーズ様が、今ではこんな有様だけどな?」
「そうか、じゃあ『ミユキ』って呼ぶわ。名前がついてないと面倒だし」
「……………………ん、んんんん?」
襲撃者改め、ミユキは物凄く不可解な現象に立ち会ったかのように、首を傾げている。
なんだよ、雪が綺麗だったから、美雪って名前じゃ駄目なのかよ? 別に、子供に名前を付けるわけでもなく、適当な呼び名だからいいと思ったんだけどな。確かに、野良犬に名前を付けるが如き適当があることは認めざるを得ないが。
「あ、ああー、ミユキ。うん、アタシは、ミユキ?」
「なんだよ、生まれて初めて自分の名前を持ったみたいなリアクションしやがって」
「大体、アンタが言っている通りの感じだよ、クソッタレ。くそ、くそっ、何だってんだ、くそが。旧人類の人間にゃ、名づけも、名乗りも、新しく肉体を得られなきゃ、転生しなきゃ、できないんじゃなかったのかよ!?」
「ああ、そうだったのか。なら、理由は簡単だな、俺は旧人類じゃねーし……っと、殺意飛ばすな、馬鹿。危うく殺しかけたぞ、もう。ちげーよ、新人類でもねーよ」
「だったら、だったら、アンタは一体、何物なんだよ?」
おいおい、まるで新種の生命体でも見るような目じゃねーか、おい。
敵意よりも殺意よりも、訳の分からなさで、ついつい尋ねてしまった、みたいな顔だな。だが、尋ねられたのならば、良いぜ、快く答えてやろう。
「異界渡り。俺は、この世界とは異なる世界からやって来た、異界渡りのミサキだ。よろしくな、ミユキ」
ただ、信じるかどうかはお前次第だけど。
●●●
《よろしかったのですか? ミサキ》
「んー、何が?」
《あの襲撃者を殺さずに、放置したことです。しかも、どうして態々見つけていた素体を譲ったのですか? 確かに、確保する必要はありませんでしたが、譲る必要も無かったかと》
「そうだな、譲る必要も無かったよ。でも、どうせ、あれは俺たちにとっては不要だった。なら、不要な物を渡すことで、相手の好感度が稼げるのならば、そりゃ最上だろう」
《…………相手が女の子だったからですか?》
「いいや、こちらに有益な情報をくれたから、だよ。後は、うーん、そうだなぁ」
思い出すのは、涙。
インスタントラーメンを食べた時に、ボロボロ零した涙。
あれは、こちらの油断を誘う演技じゃないだろうし、多分、不味かったからでも、美味かったからでも、無い。
あいつが泣いたのは、多分、シチュエーションだ。
誰かと飯を食う、という状況に対して、あいつは涙を流したんだ。後悔の涙では無く、懐旧と焦燥の涙で。
だから、多分、あいつは、俺がミユキと名付けた少女は、自分自身の為だけに戦っている存在じゃない。
「ミユキが、誰かのために戦っている奴に見えたからな。そういう奴に、俺は弱いんだよ。男女問わず、さ」
《でも、美少女だったらちょっと有利に働きますよね? その判定》
「好みの美少女だったら、有利に働くさ、当然」
《なるほど。それでは、私の端末を探す際には、その好みとやらを存分に発揮させてください。一番好みの外見の奴を献上してください》
「性能じゃなくて!?」
《外見も重要な性能の一つでしょう?》
「そうだけどさー」
俺とオウルは雑談を交わしながら、どんどんと階層を攻略していく。
基本的に、この肉体の時の俺は概念干渉レベルの攻撃ではないと傷つけられないので、雑に動いても問題ない。
地下に潜む、盲目なる奇人花を討ち。
数多の生物と共生する、島の如き巨大な亀の怪物を砕き。
動脈のようにパイプが巡らされた、蒸気の街を影のように歩いた。
一つ一つの階層が、それぞれ独立した世界観になっているので、さながら、異界渡り入門編みたいな気分を味わえるダンジョンだ。
ふむ、これは将来、カインズの修業に使えるのかもしれない。
《そういえば、ミサキは意外とあの少女の事を気に入っていましたね?》
「ん、そうか?」
《気に入らない相手か、どうでもいい相手は殺すかどうかは別として、早々に意識を刈り取って放置しますよね? 何が琴線に触れたので?》
「んー、狙撃のタイミングとか、正確さとかが、将来有望だなぁ、とは思ったな。特に意識してなかったかもしれないが、俺は成長率の高い相手は見逃す傾向にあるのかも? なんだろうな。やはり、才能を惜しむ気持ちがあるということは、それなりに俺も心の余裕が出来て来たってことかね?」
《ただ単に、女の子にフラグを立てたいだけなのでは?》
「カインズの! カインズの件もあるだろうが! 確かに、可愛い美少女とか、綺麗なお姉さんとかは優先的に助けますが!? でも、野郎でも面白そうな奴は、見込みがある奴は勝手に助けますぅー! 後、男の場合はこの肉体で魅了される可能性が高いから、ちょっと尻込みしているのは認めよう」
《ならば尚更、貴方はあの少女の事を気に入っていたのでしょうね》
「おおう、そう?」
《ええ、そうですよ、だって》
オウルは少しだけ言葉を溜めると、苦笑交じりに俺へ告げた。
《美しい幸があれ、と。貴方は祈っていたじゃないですか》
「いや、でも、どちらかといえば、雪景色だったから付けた名前なんだけど?」
《ふむ、そうだったのですか。いやはや、てっきりあの少女に対してミユキなんて、自分の名前と一文字違いで、五感も似通った名前を付けたので、美雪と美幸という、ダブルミーイングだと勝手ながら推測していたのですが。そうですか、私の勘違いでしたか》
「…………そう、だな。勘違いだよ、オウル。俺はそこまで考えちゃいない」
あれはただの直感であって、そういうのじゃない。
そりゃ、言葉の感じは似ているけどさ。うん、よしんば、そうだっとしても、完全に無意識、無意識の行動だったわー。そう、無意識、だったけどさ。
「だけど、何となく放っておけなかったんだよ、殺されかけたし、殺しかけたけどな? それにさ、案外、あいつは律儀な奴だったから、また今度会うかもしれないし……だから、呼びやすい名前で呼んだ方がいいだろう?」
《なるほど、それは道理ですね》
「だろう?」
俺は有象無象の骨兵士を蹴散らしながら、思い出し笑いをした。
あの時、白銀の階層での別れ際。
俺の申し出に戸惑い、驚き、疑い、それでも、最後に俺が立ち去る時に、ミユキは言ったのだ。ほとんど、自棄みたいなノリだったけれど。
『この借りはいずれ、ちゃんと返す! それまで死ぬなよ、異界渡りのミサキ! いつか、アンタの度肝を抜くぐらいに、利子を付けて返してやる!』
そういう貸し借りを大切にする奴は、嫌いじゃない。
荒んだ目つきをしていても、命を狙った襲撃者であっても、そいつが面白ければ、付き合ってみるのも悪くないだろう。
なんて、俺は階層のボスである死霊魔術師を空間ごと『グシャ』した後、感傷に浸ってみた。
「さて、そろそろ目的の階層だ、オウル。準備は良いか?」
《もちろん。探査や補佐は私にいつも通り、お任せを》
「よし。それじゃあ、オウルの端末探し、本番と行くぜ」
呼吸を三度ほど意識して繰り返し、気分を切り替える。
意識を探索に集中させて、体の隅々まで十全に魔力を行き渡らせる。
さぁ、準備運動はもう充分に済ませたし――――本気の全力で、挑戦してみようか。




