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第50話 オウルの翼 3

 インスタントのラーメンが美味しく感じる時は色々ある。

 例えば、一週間の仕事を終えて、休日を控えた深夜。体調的にちょっと無理しても心配なく、深夜の一時を回る前ぐらいの時間帯。

 袋タイプのインスタントはちょっと手間もかかって、洗い物も面倒だから、やはり、お湯を注ぐだけで出来上がるタイプのカップ麺が望ましい。インスタントの夜食という大罪を少しでも誤魔化したい気分があるのならば、野菜ジュースを片手に、適当な野菜スティックでも齧ればいいだろう。

 平穏の価値も分からず、それを享受していた俺は、そういう食べ方を好んでいた。


 ただし、現在の俺の楽しみ方はちょっと違う。

 大戦中、インスタント麺は俺にとってささやかな楽しみだった。戦場での殺し合いに疲れた時、俺はかつての日常の残滓を感じるため、インスタント麺を作っていた。ただ、戦場で休む時は大抵、誰かとセットになる機会が多かったので、そいつらの分まで作るために、カップ麺よりも袋ラーメンの方を好んで使っていたと思う。

 カップ麺よりも手間がかかったが、その時々の相方と共に雑談を交わしながら作ると、不思議と面倒に思わない。むしろ、雑談のついでにラーメンを作っているような感覚だったのかもしれない。

 そういう、作る時間が面倒だと思わなかった時のインスタントラーメンほど、俺は美味く感じる。まったく同じ製品を使っていても、隣にいる奴が楽しくないと、さほど美味しくならないのだから、やはり、食事の時のメンタルと言うのは大切だ。

 そうだな、メンタルを整えるには綺麗な景色を見ると良い。

 廃墟を覆いつくす、一面の雪原などを眺めながら食べれば、きっとそのインスタントラーメンはとても美味しく感じるだろう。


「そんな訳だから、しっかり食べて情報を吐き出していいんだぜ?」

「…………」


 などとということを、俺は襲って来た襲撃者相手へ、ラーメンを作りながらにこやかに説明していた。まぁ、仮面だから表情は見せられないんだけど。

 襲撃者は銀行強盗などが好んで使う、目出し帽の上から、口元に真っ赤なマフラーを巻いている。服装は主に厳重な防寒着であるが、その下には銃器やら、何やら特殊なコーティングのされていある大型ナイフ、ピッキングツールなどがどんどん出て来た。途中、無断で使用者意外が触れると、対象を捕縛する魔術が仕込まれた物もあったのだが、その程度の魔術で拘束されるほど弱くないので、力づくで解除。

 空間に重圧をかけて拘束していた状態なので、何かできるとは思っていないが、そういう油断が思わぬ命とりになることを良く知っているので、俺は念入りにボディチェックを行い、武装解除を行った。


「…………ぐすっ」

「悪かったって、もう。ほら、ラーメン食えよ? な?」


 念入りなボディチェックを行った結果、この襲撃者が女性だということが分かった。

 行う前に気付けという話かもしれないが、体の起伏が平坦で、しかも、服越しだから少し見ただけでは分からなかったのである。一応、この人は遠距離から俺の頭を狙撃して来た、ガチの襲撃者なので、抵抗があったら殺せばいいと思っていたし。

 ただ、流石に相手が女性となると、まるで襲ってきたことを口実に散々嬲った上に証拠隠滅としてぶち殺すという、最低最悪の鬼畜コンボになってしまう。それは人としていけない。例え、法や倫理が働いていない世界だとしても、周囲の空気に流されてそういうことをしてしまうと、他の世界に行ったときにギャップで苦しんでしまうのだ。

 ちなみに、男だった場合は容赦なく殺す場合が結構ある。まぁ、女でも、この状態でなおも命を狙ってくる相手は殺さざるを得ないので、ケースバイケースよ。


「ほうら、美味しいラーメンだぞぉ? とても美味しいラーメンだぞぉ? 毎日のように新作が出てくる狂った商売戦争の中で、古くから生き残り続けて来た一品だぞぉ? 今なら、天然もの野菜とか、肉も付けちゃう」

「……天然物」

「お、食いついた」

「…………っ!」


 なので、俺は自分の倫理観や道徳をすり減らしたくないために、この襲撃者を食べ物で籠絡しようとしていた。

 フシとツクモ曰く、この世界では既にまともな食品などほとんど存在せず、ダンジョン内に自生している野草や、一見、野生の動物に見えるあれやこれやも、全部、新人類の技術で作り上げた模造品である。

 もちろん、模造品だからと言って不味いとは限らない。食肉などは、山奥に住まう野生動物を食べるよりも遥に肉の臭みが少なく、食べやすいのだが、それでもどこか、『足りない』と感じてしまう人は少なくないらしい。

 魂の本能というか、人としての遺伝子というか、そういう何か根本的な物が『本物』を、あるいは、魂の残滓を含む食物を望むのかもしれない。

 …………などと大仰に語ってみたものの、今回のメインはむしろその偽物系のインスタントラーメンなんだけどね! 野菜と肉はぶっちゃけ、おまけである。


「あー、もったいないなぁ。こんなに良い匂いなのになぁ。折角、二人分用意したのになぁ。誰かと食べる食事は美味しいのになぁ……まー、食べないなら仕方ないか。この俺が二人分全部食べちゃおうっと」

「…………うう」

「おっと、肩を震わせてどうしたんだい、お嬢さん。何か言いたいことがあれば、言ってもいいんだよ? 俺としては、どちらでもいいよ。こうやって君と話しているのも、趣味みたいなもんさ。そう、別に――――君を生かす手間も、殺す手間も、あんまり変わらない」

「…………」


 襲撃者は委縮したように頭を項垂れさせた。

 なお、手間が変わらないというのは嘘である。生かす手間の方がとても面倒だ。殺す場合、俺は空間ごと『ガォン』と潰すので死体も残らず手間暇要らず、である。ただ、その場合、俺の心がしばらく荒むことになるが。


「…………はぁ、わかった。食べさせてくれ。抵抗はしない。アタシが知っていることは、可能な限り、教える」

「よろしい。では、楽しいご飯の時間だ」


 ぱちんっ、と俺は指を鳴らして空間の重圧を解除する。

 こんな動作をやらなくとも解除は出来るが、演出の問題だ。こういう如何にもな演出でも、実際に目のあたりにすると場の空気というものが出来上がる。そういう空気を作っておくと、余計な抵抗を少なくさせる効果もあるのだ。

 要するに、美味しくご飯を食べるための準備みたいな物だ。


「ふんふんふふふーん」


 俺は小鍋の中から、味噌スープ味のインスタントラーメンを器によそう。器はもちろん、いかにもなラーメンどんぶりだ。どんぶりの中に、まずは麺を入れて、その後に、ざくぎりにしたキャベツ、玉ねぎ、長ネギなどを入れて、その後、スープを入れる。スープで麺を浸すぐらいに入れたら、後はタッパーから用意していた味付け卵をどーん。最後の仕上げに、胡椒を適当にぶち込んだら、完成!


「ほら、お食べ。あ、食器は何を使う? やっぱり、フォークか?」

「…………箸、ある?」

「あるけど、使えるの?」

「使える、馬鹿にするな」


 器を受け取りつつも、むっとした襲撃者の声に俺は苦笑した。

 そういえば、フシやツクモは普通に使っていたな、箸。異世界でも、島国で木々が沢山ある場所だと箸を使う文化が生まれやすいのだが、ふむ、そうか。考えてみれば、ここは文明の果てである終末世界。一通り、あらゆる食器の原型は既に発明され終っているのかもしれない。


「…………なに?」

「いいや、別に。野良犬みたいな目をしているなって」

「ふん」


 食事時なので、襲撃者はちゃんと帽子とマフラーを外した。もこもこの防寒具の中から出て来たのは、くすんだ銀食器みたいな、あるいは、不機嫌な曇り空みたいなベリーショートの髪。群青色の瞳は、腹を腹を空かせた野良犬の如く飢えていて、外見だけなら十代半ばぐらいだというのに、青春の匂いは欠片も感じられなかった。

 感じるのはただ、硝煙とすえた肉の匂い。

 戦場の匂いを持つ、野良犬の如き少女だった――――のだが、今は食事時だ。深く考えるのは止めて、さっさとご飯を食べようっと!


「いただきます」


 俺は手を合わせた後、箸を取って食事を始めた。


「アンタは仮面、外さないの?」

「口の部分を取り外ししただろ?」

「……別に、いいけど」


 食事中でも、誰かといる時は仮面を外さない。気心の知れた仲でも、割と外さない。無駄に誰から構わず魅力する趣味なんて無いからだ。


「んんー、まずまずの出来栄え」


 そんなわけで俺は仮面を付けながらラーメンの面を啜る。

インスタントでありながら、適度なコシを兼ね備えた麺に、味噌味のスープが良く絡む。ただ、がっつり味わうなんて真似はしない。むしろ、勢いのままに啜って、啜って、後はトッピングの野菜をむしゃむしゃ。しゃっきりしたキャベツと、玉ねぎの歯ごたえ。長ネギの香り。後は味噌の風味に混じって、より一層食欲を掻き立てる、胡椒の風味。

 ああ、これだ、これこそが、インスタントラーメン。ちょっと手間暇かけたけど、でもやっぱり手抜きの味だ。手抜きだけれど、どこか安心感を覚える美味さだ。毎日は食べたくないけど、一週間に一度ぐらいならば、とても美味しく食べられる味だ。


「うん、味付け卵は正解だったな」


 味付け卵はいいよな、タッパーにタレと一緒にゆで卵を入れておくだけでオッケーなのだもの。簡単でお手軽で、それでいて美味しい。うん、半熟よりもちょっと固めになったけれども、それもまたグッドで…………って、え?


「……ぐずっ」

「あの、何で泣きながら食べているの? 泣くほど不味かった? それとも、泣くほど美味しかった?」

「はぐっ、ずずずずっ! もぐもぐもぐ! ま、まじゅ、不味い!」

「お、おう、とりあえず、食べるか話すか、どっちかにしようぜ?」

「…………」

「泣きながら無言で食べ始めた」


 襲撃者が何故か、涙をぼろぼろ流しながらラーメンを食べていた。

 意味不明で、理解できない。美味しいのか? と聞くと不味いと答えるし、その癖、食べるのを止めようとしないし、まったく。


『乙女心は難しいな、オウル』

《命を狙った襲撃者と、平然と食事と共にしている貴方の精神性の方が難解なのでは?》

『戦場ではわりとよくることだぜ。勿論、食事を終えた後に、殺し合いを再開することも』


 ただ、インスタントラーメン一つで、誰かの想いが動くのならば。

 きっと、それは悪くないコストパフォーマンスだ。

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