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第49話 オウルの翼 2

 この世界の人類は、大雑把に言えば失敗したらしい。

 何に失敗したのか? もちろん、それは『繁栄』だ。この世界の人類は繁栄の仕方を間違えてしまったらしい。

 この世界は、他の世界に比べても圧倒的に文明レベルが高かった。

 科学によって、世界構造の仕組みを解明して。

 魔術によって、意思による世界干渉の法則を発見して。

 それこそ、管理者の存在すらも全世界が知り得るほどのレベルにまで、あと一歩という所まで迫っていた。人類が神と呼ぶ者の領域に、片足を踏み込む程度まで。

 だが、この世界の人類はあまりにも文明の発展に力を注ぎ過ぎた。

 芸術。道徳。恋愛。娯楽。

 それらの、人の心を成長させるあらゆる要素を次々と切り捨てて行き、本来、それらに当てられる分のエネルギーを全て文明の発展へと注ぎ込んだのである。

 結果、この世界の人類は『まるでお手本のようなポストアポカリプスへの導入』の如く、互いを殺し尽すまで止められない最終戦争を始めたのであった。


 戦争の始まりが何だったのか、覚えている人間は居ない。

何処かの国境を巡る争いだったのか。

 どこかの国の長が、狂って大量破壊兵器で殺戮を開始したのか。

 あるいは、終末思想に憑りつかれた宗教団体が、人類を煽って殺し合わせたのか。

 何にせよ、人類が馬鹿をやらかして、引っ込みがつかなくなったということには変わらない。人類はその精神性が、文明の発展に付いて行けなかったのだ。

 幼い子供がナイフを握ってしまったように。

 分別を弁えない物が、銃を手に入れてしまったように。

 小市民が突然、大金を与えられて破滅してしまうように。

 人類は文明の発展と共に手に入れた力に溺れ、そのまま破滅の道を選んでしまったのである。精神性が成長しておらず、所属する国家の違い、言語の違い、肌の違いで殺し合ってしまった人類は、もはや、互いへの憎悪を抑えきれなかった。

 殺して、殺して、殺して、優れた文明から生み出された悍ましい破壊兵器で、殺して、殺して、やがて、全てを滅ぼし尽す――――その寸前に、奇跡は起きた。


「これより、我々新人類が正統なる万物の霊長として、君臨する。生き残った旧人類は全て、我々の監視下で衰退を全うするように」


 即ち、新人類の誕生である。

 彼らは元々、旧人類が開発していた大量生産の人型兵器だったのであるが、度重なる戦乱の中で過ごしていく内に、少しずつ、感情が芽生え始めて、そして、かつての旧人類が失ったまともな精神性を獲得したのだった。

 本来、感情の無い生物兵器たちの反乱に、当然ながら旧人類も対抗したのだが、元々、新人類は旧人類を効率的に殺戮するために、旧人類自身が造り出した兵器。その上、確固たる意志を持つ個体の出現により、旧人類を凌駕する魔術を扱い始めたのだから、勝てる理由がない。

 何せ、団結して戦う新人類とは裏腹に、旧人類は最後の最後まで、些細な違いで内部抗争を繰り返していたのだから、勝てるはずが無かった。

 そして、本来、旧人類を世界環境と共に管理すべき管理者は、とっくの昔に旧人類を見限って新人類へと観察対象を移したので、救済という名のテコ入れが入るわけがない。

 旧人類はとことん牙を抜かれ、名前すらも簒奪されて、後は新人類の監視下で緩やかな滅びを待つだけの存在になった。


「――――何故、我々に反抗しないのだ?」


 だが、旧人類を完全に支配下に置いた新人類は唐突にキレた。

 旧人類も、管理者ですらも戸惑うほど、いきなり新人類はキレた。

 新人類が旧人類を支配下に置き、三百年ほどかけて緩やかに、平和で怠惰に、人口を減少さえていき、いよいよ総人類が残り十万人程度になった頃合いだったらしい。


「我々は油断してなかった。貴方たち旧人類はいつか、抜かれた牙を取り戻し、我々への反逆の意思を日々研いでいるのだと、信じていた。だが、何時まで経っても反逆してこない。一体、これはどういうことだ? 人類とは、人とは、共通の強大な敵が現れた時こそ、団結して、反逆を始めるのではないのか?」


 新人類の代表はある日、真顔でガチギレしながら旧人類たちに演説した。

 演説の最中に手に持っていた物は、かつて、旧人類が造り出したサブカルチャーの中の一つ。いわゆる王道の中の王道、ど真ん中を歩く異能バトル系の少年漫画だった。

 どうやら、新人類は概ね、旧人類の中には窮地に陥った際、今までとは異なる進化、即ち、覚醒を遂げる個体が現れるのだと警戒し、そして、期待し続けていたらしい。

 なのに、実際は大人しく自分たちの言いなりになる、かつての創造主たち。旧人類。まったく反逆の意思を示さず、このままでは本当に衰退し、ただ、安らかな家畜として死ぬであろう旧人類たちに対して、新人類は怒りを示したのだ。

 もっと本気になって反逆してこい。

 こっちは、何時まで待てばいいのだ? と。


「…………あの、すみません。まずは、フィクションは現実ではないと理解してください」


 旧人類たちは大いに戸惑った。

 何故ならば、最終戦争を行っていた者たちは既に寿命で死に絶えて、現在、生きている人類たちはすっかり、管理されながら安全に生きる生活に慣れ切っていたのだから。

 ただ、新人類は基本的にテンションが上がると人の話を聞かない傾向が強い種族だった。元々、生物兵器だったが故の弊害である。


「なるほど、試練が足りないのか。危機感が足りないのか。力を振るう機会が、場所が足りないのか。ならば、我々は喜んでそれを用意しよう。なぜならば、我々新人類の目標は、貴方たち旧人類が我々の位置まで辿り着くことなのだから」


 こうして、新人類は旧人類の監視……否、保護を打ち切った。半年分の食糧、生活用品の備蓄はあったが、いずれ無くなることは目に見えていた。新人類が用意した『監獄街』の外側には荒廃した大地が広がっており、自然から恵みを得ることも、大地を耕すことも不可能。

 けれど、代わりに新人類は旧人類へ一つの道を残した。

 それは、空を覆うように縦横無尽に張り巡らされた蜘蛛の巣状の建物。あらゆる物理法則を無視しして、悠然と空に留まるその建物から、旧人類たちが住まう『監獄街』に幾つもの塔が落とされた。

 その塔は、空を覆う建物へと続いていた。

 ――――『閉空塔』。

 それが、塔から続く建物の名称であり、新人類から旧人類へと化せられた試練だった。

 塔の内部は、空間を弄る魔術によって別空間に繋がっており、新人類が作り上げたダンジョンが待ち構えていた。

 ダンジョンの中には、全てがあった。

 食料も、娯楽も、宝も、知識も、成長も、勝利も、敗北も、死も。

 何もかもを用意した上で、新人類は旧人類に対して告げたのである。


「さぁ、再び戦おうではないか、『旧人類マスター』。何度も、何度でも、互いの魂が輝くその時まで!」


 戦いの時が来た、と。


 新人類が作り上げた試練の塔を、旧人類たちは『探索者』として攻略していく。

 各々が持つ理由を胸に秘めて、お膳立てされた試練を乗り越え、その先に待つ物を確かめるために。

 それが、この[ろ:123番]世界。

 極まった文明の果て。

黙示録のポストアポカリプスに存在する、終末世界である。



●●●



「というわけで、この間、俺がナンパした新人異界渡りというのが、この『閉空塔』を最上階まで攻略して、新人類の内の一体をぶち殺した探索者な訳だ」

《ナンパする相手の力量が高すぎませんか? ミサキ。貴方はどうして、無駄に高みを目指そうとするんですか?》

「無駄って言うなよ! ちゃんとナンパ成功して、エッチなことも出来ました!」

《本番行為はしなかったヘタレ野郎が何か言っていますね?》

「くっ、この……実体を持たないサポートAIには分からぬ悩みという奴さ」

《実体を持ったところで、理解できそうにありません》

「言ったな!? 絶対、オウルに似合う素体を見つけてやるから、さっきのログをしっかり保存しておくように!」


 フシとツクモのホーム、[ろ:123番]世界。

 彼女たち曰く、『既に終わった世界』らしい。自然環境は既に破壊しつくされて、唯一、まともな生活環境があるのは、新人類が住まう天上の街と、『閉空塔』というダンジョンの内部のみ。かつて、旧人類が住んでいた『監獄街』は治安の悪化が重なり、今ではもうスラム化していて、治安は最悪そのものだとか。


 ……まぁ、確かに。ダンジョンの外は空気が汚染されていて不愉快だし、空は蜘蛛の巣状の建物に閉ざされて、景色もよろしくない。終末感を味わう観光スポットとしては完璧だが、現在進行形でホームが滅びかけている俺にとってはときめく物は感じなかった。

 それに、何より、エントランスホールで受け付けの人から貰った栄養剤がクソ不味かったので、俺はとても不機嫌である。あの二人のホームを悪く言いたいわけじゃないが、この低評価は何かこの世界で良い物を見つけられなければ解消しないだろう。

 いや、『良い物』は何としてでも見つけなければならない。

 具体的に言うならば、相棒の端末にして、美少女ボディを。


「この世界は新人類が旧人類のために、様々な『器』を用意しているらしいからな。階層を進めていくと、新しい肉体に自分の魂を入れ替えて、より強く転生する機械もあるらしいぞ」

《アンドロイドタイプだったら、自力で操作可能なのでご心配なく》

「そういうのも第80階層以上に存在するらしいから、さっさと探索していこうぜ」

《ですね。ところで、ミサキ――――そこのカプセルに入っている美少年タイプの素体は要らないので、放置してください》

「…………」


 現在、第64階層。

 氷河期によってあらゆる建物が雪に埋もれた白銀の廃墟街を探索していた俺たちは、とある壊れかけの教会に居た。未だ、雪に埋もれていない建物ということで、何かしら特別な意味があるのではないかとウロウロ探し回った結果、教会の地下室を発見。そこには、銀髪の美少年が、ぷかぷかと謎の液体が詰まったカプセルの中に浮いていた。

 これもまた、肉体換装――転生用に新人類が用意した素体である。


「いや、元の肉体がヤバそうな時、保険の肉体として持って行こうかと」

《似合っていません》

「肉体が似合ってないって表現新しいな、おい」

《もっと冴えなくて情けなくて、ヘタレっぽい素体なら許しますが、それ以外は駄目です。最低でも美少女タイプでないと相棒たる私は認めません》

「なんで美少女へのTSを認めて、美少年は駄目なんだよ!?」

《私の好みです》

「業が深くね!?」

《相棒に影響された結果かと》


 ただ、オウルからの評価がやけに厳しいので、これは泣く泣く放置することに。

 …………まぁ、どの道、この肉体をフリーにしておけない以上、暫定的に俺のTSは決まったような物で、むしろ、男の体がサブとして扱われる予定らしいんだけどさー。


「あーあ、男らしくなりたい」

《私が肉体を手に入れたら、男にしてあげますよ》

「はいはい、ありがとうね、オウル」


 相棒からの慰めを受けつつ、俺は探索を再開する。

 新人類の試練を鼻歌交じりに踏破して、相棒に最高の肉体をプレゼントしてやるために。

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