第47話 異界渡りの休暇 12
最終決戦前というのは、大概、他愛ない話や、お互いの将来について語り合うのが定番だ。
かく言う、三大英雄と称された俺たちも同じような物だった。
「いやぁ、懐かしいね、二人とも。あの時もこの教室が始まりだった」
「懐かしいというか、忌まわしいというか。ここ以外の教室、ほとんど血塗れでボロボロになっていたからな」
「機械眷属共と、初めて私たちが戦った場所だものね。そりゃあ、今まで何の訓練も受けていない平和ボケした学生たちなのだから、虐殺されるのが必然よ」
天井が崩れ落ち、窓が割れて、床はひび割れている。
机と椅子はバラバラに放置され、びりびりに破れたカーテンは夕陽を遮ることすらできない。
俺たち三人は、そんな廃墟同然の場所に集まり、最終決戦前の他愛ない話をするところだった。
何故ならば、ここは俺たちの原点であり、長い戦いの始まりの場所なのだから。
「あっはっは、あの時は死ぬかと思ったね。というか、カンナが助けてくれなかったら、僕は確実に死んでいたと思うよ」
「お前は自分よりも先に幼馴染を庇っていたからな。それがなければ、普通にどうにでもなったさ。仮に死んだとしても、死んだ瞬間に異能に覚醒しただろうしな」
「異能者の九割ほどが死の瞬間に覚醒するのよ。それがセオリー。死ぬ前に機械眷属の一体を壊したり、その場の気合いで異能に覚醒するような訳わからない存在とは違うのよ、私たちは」
「何を自分だけ真っ当な振りをしてやがんだよ、チヒロ。お前だって、大概おかしいぞ? というか、俺たちの中で頭おかしい勢トップだぞ? どうして、機械眷属の残骸を繋ぎ合わせて、人型ロボットを作ったの? なんで無駄に複雑な操作性にしたの? 人形師の異能者が居なければ粗大ゴミだったじゃん、あれ」
「黙れ! ロマンを解さぬ死神風情が!」
「死神言うな! 痛々しくて嫌なんだよ、その二つ名!」
「まぁまぁ、カンナもチヒロも落ち着いて」
学生服を着た男子が二人。
セーラー服の女子が一人。
壊れた教室で、大戦中でなければきっと、他愛もない日常の風景のように見えたかもしれない。少なくとも、これから世界を救いに行く面子にはとても見えなかっただろう。
「仲良くしようよー、最終決戦前だよ? これから【レッドドラゴン】と【魔剣士】、二体の超越者との最終決戦だよ? もうちょっとさ、というか、いい加減、仲良くならないかな、君たち二人は」
「ちょっと生理的に無理だわ、こいつ。だって、前に見た時、自分が作った機械に欲情して、息を荒くしてたんだぜ?」
「同じく、無理ね。だってこいつ、童女をハニトラで陥落させた上、美少年に突然キスしたと思ったら、誘拐してからの監禁コンボよ? 控えめに言っても、最低の犯罪者だわ」
「どっちも、超越者相手だっただろうが! 極力、被害を出さずにどうにか出来た稀有なケースだっただろうが! むしろ、偉業として誇るぞ、俺は!」
「この戦いが終わったら、貴方を独房にぶち込んで隔離するわ」
「上等だ、この拗らせ処女マッドサイエンティストが!」
「なによ、この童貞死神」
俺とチヒロは大抵、何時もこんな感じだった。
大戦以前では会話したことすら碌にない。大戦中は、この通り、犬猿の仲という奴だ。どうにも、世の中には気に入らない奴が一人二人居るという話を聞いたことがあるが、まさしく、俺にとってのそれが、チヒロという存在だった。
「はいはい、そこまで、そこまで。いつもだったら放置しているけど、今日はもうちょっと建設的なことを話そうよ。ほら、この戦いが終わった後の話とかさ」
そして、そんな俺たち二人を仲裁して、なんとか宥めるのはいつもあいつだ。
まるで、物語の主役みたいなあいつ。
絶望に沈む学校の生徒たちを束ね、いつの間にか、超越者たちに抗うレジスタンスとしてまとめ上げて、数多の強敵を倒して来たあいつ。ついでに、美少女にモテモテだったあいつ。
「ちなみに、僕は旅に出たいなぁ。ほら、折角この世界以外にもいろんな世界があるってわかっただろ? だから、色んな場所や色んな人を見て歩きたいと思うんだ。あ、そうそう、美味しいご飯を楽しむことも忘れずにね」
「…………ふん、どうせ、その世界でも美少女を引っかけるわよ、貴方は」
「そこで『一緒に連れて行って』と言えないからお前は駄目なんだよ。他のフラグが立っている女どもは付いていく気満々だぞ、多分」
「はははは、皆と旅も楽しそうだけど、しばらくは一人で旅がしたいかな? ほら、色々と、うん、色々とあったし」
「…………ごめんなさい」
「…………悪かったよ」
ただ、物語の主人公には苦難が付き物だった。
あいつは良く強敵に目を付けられる上に、善良な美少女だけでなく、邪悪な美少女にも好かれて、その結果、女子同士の生々しい暗闘や蹴落としなどが水面下で繰り広げて、最終的にはフラグが立ったその半数があいつを籠絡するために敵に寝返ったというエピソードもあるほど。
人間関係に疲れ果てていたあいつが、一人で旅をしたいと呟いたのは、ある意味、俺たちだからこそ漏らした弱音だったのかもしれない。
「あはは、別に大丈夫だよ、僕は。それより、チヒロは何をしたいの? 戦後に」
「……そ、その、私は……研究を、しようかしら。折角得た異能ですもの。存分に使って、色んな発明をし続けるわ」
「へぇ、じゃあ、その時は『博士』って呼ばないとね」
「ふ、ふん。好きに呼べばいいじゃない」
最終決戦前という絶好のタイミングだというのに、あいつへ告白できないチヒロは本当に駄目駄目だなぁ、と思っていた。
なんで、大抵の物事では雑に前向きなのに、恋愛に関しては物凄く奥手で臆病なんだよ。
「多分こいつ、一日中面倒臭がって白衣で過ごすぞ」
「一日中、学生服姿のアンタに言われたくない。というか、どうせアンタのやりたいことなんて決まっているでしょ? 当ててあげるわ。『一日中、寝ていたい』もしくは、『だらだら読書』とか、そういうの」
「ご名答。この大戦中、俺はいい加減働き過ぎたと思うんだよな。一年間ぐらい、ずっと上下寝間着で過ごしたい」
「あははは、カンナらしいなぁ、それ」
俺達三人は、かつての教室で将来について無責任に語り合った。
好き勝手に、己の望む未来を。
まるで、年頃の学生のように。
「じゃあ、大戦が終わった後はこうしよう。俺が色んな世界を回って旅をするから、チヒロが、旅先からでもお土産がダイレクトに送れる装置を開発して。そんでもって、旅に疲れた時は、カンナの家に遊びに行くから、もてなして欲しい」
「わ、私は、別に良いけれど。どうしても、私の力が必要だというのなら、その」
「俺も別に構わないぜ。インスタントのラーメンぐらいだったら出してやるよ。ああ、お湯は自分で沸かしてくれ」
どれだけの間、話していただろうか?
陽が沈むほどには話していなかったと思う。
長いような、短いような、そんな奇妙なモラトリアムだった。
「じゃあ、そろそろ最終決戦前のイベントも消化したということで、行こうか、二人とも。いいや、『形無き死神』カンナ。『冒涜叡智』チヒロ――――世界を救いに行くぞ」
「了解だ」
「もちろん、そのつもり」
こうして、俺たちは世界を救う戦いに挑んだ。
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休暇の終わりにはいつも、同じ夢を見る。
見崎神奈本来の肉体から、忌まわしくも美しい機械天使の肉体へと魂を入れ替える時。
俺は決まって、黄昏の夢を見る。
世界を救えるのだと、本気で信じていた、あの時の夢を。
「三分四十五秒。前回よりも十二秒ほど早い覚醒ね。段々と、その肉体にも馴染んてきたみたいだわ」
質素なベッドの上で目を覚ますと、傍には不機嫌そうな顔つきの白衣の少女が居た。
「かもな。以前よりも拒絶反応が少なくて、実にやり易いよ、『博士』」
「それは何より。何処かの馬鹿がナンパをするために、異能を使った所為でしょうねぇ。存在が曖昧になって不確かになれば、その分、確かな器に嵌ろうとするのは当然よ」
「はいはい、今度使う時はもうちょっと注意するって」
「嘘つき。必要があれば、深度2以上も使うでしょう、貴方は。そういう愚か者よね、昔から」
白衣の少女――『博士』は隈がくっきりと付いた不健康そうな目つきで俺を睨んだ。
相変わらずの貧相な体型であるが、以前よりもさらに痩せたように見える。まったく、仕事のし過ぎだぜ、このワーカーホリックめ。
「かもな? でも、当分は自重するつもりだぜ。そもそも、俺が次に元の肉体に戻るのは、一体、何時になることやら」
「そうね。怠け者だった貴方からは信じられないほどの勤勉さだわ……ねぇ、今回は会いに行かなくていいの? 彼に――――ハルに、会わずに、行くの?」
ハル。
親しい者が、あいつを呼ぶ時に使うあだ名。
俺も、『博士』も、あいつのことをそう呼んでいた。
他の奴らは、あいつのことを『不屈の勇者』と呼んでいたけれど。『救世主』とも呼ぶ奴らもいたけれど。
やはり、ハルというあだ名の方が、呼びやすくて良い。
「今は眠っている周期だろ? 今度は、起きている時に来るさ。いいや、その内、自由にしてやるから、その時にでもゆっくり話す」
「…………そう。じゃあ、期待しているわ、カンナ」
「ああ、俺に任せておけよ、チヒロ」
だから、俺はまた異世界へと渡る。
早々に移民問題など、解決させてしまって。
再び、あいつの――――友達のあだ名を、気軽に呼べるようにするために。




