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第45話 異界渡りの休暇 10

 俺が美少女姉妹と別れ、ラブホテルを後にしたのは深夜二時を過ぎた頃だった。

 別に、昼頃から夜遅くまでずっとエロエロしていたわけじゃない。一回戦は大体、晩御飯前には終わったのだ。

 しかし、終わったは良かったものの、俺の心は美少女姉妹によっていろいろと弄ばれたままったのである。や、確か気持ちの良い思いはさせてもらった。本番は無しにせよ、人生で初めてのそういう体験が、美少女姉妹に色々してもらうという男は中々居ないだろう。その点に関しては全く文句が無い。

 ただ、文句があるとすれば己の情けなさだ。


「へぇ、こういうことをされるのが好きなんだ、お兄さん」

「すきなこといっていいんですよー? はずかしがらずー」


 あの姉妹はどうやら、己が優位な立場になると調子に乗り出す悪癖があるらしい。俺のそういう経験が浅いと分かってからはもう、そりゃあ、こちらに対してノリノリに挑発して来るし、明らかにこちらの反応を楽しんでいた。

 それもいい。

 泣かれるよりは、楽しまれる方がまだマシだ。

 けれども、もうちょっと俺としては男らしく反撃したかったのである。だって、これでも俺は成人した男だ。もうちょっとさ、年下の女の子に弄ばれるのではなく、こう、男らしく導くぐらいの真似はしてみたかったのだ。

 そのようなことを、晩御飯を共にした美少女姉妹に愚痴ってみると、『じゃあ、二回戦をやりましょう』という流れになって、そこから先が大変だった。

 何しろ、あの姉妹は賢明であるが、変なところで頑固で、妙なスイッチが入ると止まらなくなってしまう気性の持ち主だったようで、しかも、あちらも初めての体験だったものだから、興奮してブレーキがなっていたのだと思う。


「お兄さん、メイドプレイがしたいと言っていたけれど、具体的にどんな服装? メイド服にも色々あるわよね? この世界のメイドは元々、女性の従事者という意味合いがあったわよね? それは即ち、お兄さんの大戦前で言う所のオフィスガールのような物だったの? いえ、アニメーションの内容から察するに、メイド服とはそういう仕事服から、別の、愛でる対象として変わったわけなのね?」

「スカートは、ロングですかー? ミニですかー? マスターよび? ごしゅじん? だんなさまー? どれいいー? そのおくちで、ちゃーんとつたえてください」


 大変だった、本当に。

 軽い気持ちでメイドさんプレイやりたいなー、とは呟いたけれども、そこからあんな研究会にまで発展するとは思わなかった。

 フシは怪力で脳筋プレイを好む癖に、世界の歴史や、風俗、文化的活動などに興味を示す研究者体質だったのである。対して、ツクモはそういう物よりも、生の人間の観察や分析、あるいは対話を好むタイプの研究者だった。研究者でありながら、優しいサディストだった。


「なるほど、メイドプレイとは上位の立場から、下位の立場であるメイドに対しての命令という、優越感が肝なのね。いえ、もしくは逆? メイド服を着ている、本来下の立場の人間から、されるがままにされるという行為に興奮するのかしら? ねぇ、お兄さんはどっち?」

「おにいさんは、されるがままがいいですよねー? やさしいからー。こわいからー。でも、おとこらしく、おしたおしてくれても、うれしいのですよー?」


 人生であそこまで羞恥を感じたことは中々無かったかもしれない。

 何せ、年下の美少女が、自分の性癖を徹底的に解析しながら、耳元で嬲ってくるのだ。優しく、艶やかな声で色々言ってくるのだ。俺は、心を蕩かされて、されるがままにエロエロすることしかできなかった。

 正直に言おう、気持ちよかったです。

 でも、心の中で悔しさが生まれたのも確かだ。次の機会があるのならば、もうちょっと逆襲してやりたいという気持ちが、強くある。

 俺は己の弱点をそのままにするほど、愚かではない。

 幸いなことに、俺は異界渡りとして様々な世界を渡る機会を得ている、だからこそ、これまで以上に可愛い女の子に声をかけたり、その手の風俗店に出入りしようと、心に強く誓ったのだった。

 ただ、問題点が一つ。


《…………ミサキ》

「はい」

《女の子とエロエロするのもよろしい。休日を満喫するのもよろしい。ですが、異能だけは緊急時以外、使わない約束でしたね?》

「はい」

《約束を破りましたね?》

「……はい」

《約束を破った上で、あの提案なのですね》

「すみません」

《よろしい、ならば、明日の午前十時に博士のラボに来てください。説教の後、愚かな貴方に言うことがあります》

「りょ、了解しました」

《逃げたら嫌いになるので、絶対に来なさい》


 かつてない勢いで不機嫌なオウルに対して、どのように許しを請うのか。

 そのたった一つの問題点が、美少女姉妹との甘い時間の余韻すら完全に凌駕していた。



●●●



「ただいまー」

「おかえり」


 帰宅と共に、返ってくると思わなかった言葉が返って来た。

 もう時刻は深夜の二時半を過ぎているというのに、まだクロエは起きていたらしい。いつもであれば、俺の就寝時間である深夜十一時頃を目途に、俺のベッドに潜り込むはずなのに。

 と、ここまで考えて俺は己の誤りを自覚した。

 そう、あれは超越者だ。

 見た目こそ人間の童女を装っているが、中身は全く違う。あの存在は既に肉体的な生理作用に捕らわれない。飲まず食わずだろうとも、不眠不休であろうとも、平然と、何一つ変わらずに日常を過ごしていくだろう。

 クロエが人間の真似事をしているのは、あくまで俺への配慮に過ぎないのだ。


「やぁ、色男。今日は大分、男らしかったじゃないか」

「口元がにやけているぞ、おい」

「おおっと、これは失礼」


 リビングでは、クロエがソファーに寝そべりながら俺の帰宅を歓迎していた。ただし、口元には嘲りと、親愛が混ざったような奇妙な笑みが浮かんでいたが。

 覗いていたのか? とか、どうやって? とか、そういう質問は無意味だ。何せ、こいつと俺は繋がっている。繋がっている以上、何を隠そうとも無駄であるし、否応にでも色々伝わってしまうのだから。。


「可愛らし姉妹だったねぇ。愚かしくも、愛おしい存在だよ。それに、実力も将来性もある。君が異能を使ってまで手に入れる価値はある縁だと言えるよ」

「そうかい、お前が言うならお墨付きだな」

「くくっ、君と契約する前の私だったら、ちょっかいをかけていたかもしれないね。ああいう、強くて脆い美少女は、どちらにせよ、絵になるんだ」


 クロエがくくくくっ、と喉を鳴らして愉快そうに笑う。

 こいつからすれば、神羅万象、全て嘲笑の対象であるが、それでも好みというのがあるらしい。良くも悪くも、クロエは己の予測を超えてくれる相手を好む。己の予想以上の力を発揮して、苦境を跳ね除けるヒーロー。逆に、クロエすら予測できなかった愚かさで、勝手に自滅する愚者。そういうのを、クロエは好む。

 だからこそ、きっと、クロエは俺を好んでいるのだろう。


「出すなよ、ちょっかい。あいつらは将来、俺たちの同僚になってくれたらいいな、と思っている相手なんだからな」

「出さないとも。君が体を使って手に入れた縁だよ? この私が台無しにするわけがないじゃないか」

「…………体を使ってとか、厭らしい表現は止めてくれない?」

「事実だろう? 君の寿命を削って、その上、君が体を使って繋ぎとめて、好感度を上げたんだ。いやはや、まるで国家に殉ずる工作員だね?」

「は、馬鹿らしい。俺は俺のやりたいようにやっているだけだぜ?」

「そうとも、だから、尚更愛おしい」


 ソファーに寝そべったまま、クロエが俺を手招く。

 面倒だから無視してもいいのだけれど、無視したらしたで、拗ねて今まで以上に面倒になるので、仕方なく俺はクロエの下へ体を寄せる。


「えいっ」


 すると、クロエは妙に可愛らしい声と共に、俺にしがみ付いてきた。ぎゅう、と柔らかくも細く両腕を俺の背中に回して、俺の胸元に顔をうずめて深呼吸している。


「すーはー。んんー、他の女の匂いー」

「嬉しそうに言うのを止めろ」

「んじゃあ、妬ましそうに言うかい? ヤンデレっぽく演技しようか?」

「うざいから、いいや」

「そうかい、そうかい。あー、でも、やっぱり、良い匂いがするなぁ、君は。特に、異能を使った後の君は、素晴らしいよ」


 クロエが嗅ぐのは、俺の体臭ではない。

 クロエが感知しているのは、俺の肉体の損傷と、魂の変質だ。


「少しずつ、化物になっていく匂いがする」


 そして、クロエが望むことはただ一つ。

 俺が人間を超越し、クロエと同じ位置にまで到達すること。

 それが、クロエが俺と共に在る、唯一無二の理由にして、契約だった。

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