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第43話 異界渡りの休暇 8

 勢いよく、熱いシャワーが、俺の裸体を洗い流していく。

 広々としたシャワールームに、備え付けのユニットバス。この場所だけで軽くマンションのワンルームぐらいの広さがある。備え付けのシャンプー、リンス、ボディーソープなどは全て高級品。けれど、自由に使っても構わないらしい。

 そういうのも含めて、最初の部屋代に入っているとは、面倒が無くて良い。消耗品の値段を気にしながら部屋を使うのは、俺はなんだか面倒臭いと感じるからだ。


「…………んんー」


 じゃぶじゃぶ、ごしごし。

 何度も、何度も、俺は己の体を洗う。普段以上に気を付けて。神経質と言われそうなほどに、丁寧に、きっちりと。


「引かれないかね、これ」


 俺は改めて自分の体を眺めて、今更な疑問を抱く。

 学生時代はぷにぷにだった俺の腹筋は、現在では、綺麗に割れている。無駄な脂肪は付いていない。いわゆる、細マッチョという奴だ。そこまでは良い。学生時代はぷにぷにボディだった俺が、よくもまぁ、ここまで鍛えたと思うが、それは置いておく。

 問題は、この肉体に刻まれた無数の傷痕だ。

 痛々しく、数々の敗北と共に刻まれたこの傷痕は、我ながらちょっと物騒だ。女の子の前に晒すような物じゃない。


「でもまぁ、相手も異界渡りだし、別に良いか」


 もちろん、この肌を晒すのがただの女の子だったらの場合であるが。

 相手が実力を伴った異界渡りであるのならば、この程度の傷痕、むしろファッションのような物だ。気にしなくていい、はず。


「…………ふぅ」


 ちょっと長めのシャワーを終える。

 水滴が残らないように、俺は頭から足の先までタオルケットでふき取った。その後は、少し迷った後、備え付けのバスローブを羽織った。大き目のサイズで、体をすっぽり覆うぐらいの大きさのものである。その下には、何も身に着けていない。素っ裸だ。


「よ、よし、お待たせ。上がったよ――」

「遅い! さっさとベッドの上で待っていなさい! 私が体を洗うまで、ちゃんと待っているのよ、お兄さん!」

「お、おう」


 俺がシャワーを終えると、入れ替わりにフシがシャワールームへと入っていった。

 フシは顔を真っ赤に染めて、口調もやや乱暴だったけれど、決して怒っているわけではないということを、俺は良く知っている。そう、彼女ただ、恥ずかしいだけなのだ、現在の俺と同様に。


「おにいさん、こっち、こっちー」

「あ、ああ、今行く…………あの、なんでその姿?」

「いいかんじかと、おもいましてー」


 シャワールームから出て、部屋に戻ると、キングサイズのベッドの上でツクモがこちらを手招きしていた。何故か、裸ワイシャツという際どい格好で。

 いや、際どいというか、ギリギリアウトというか、ちらちら見えそうというか、かなりやばい。金髪巨乳美少女が、裸ワイシャツでベッドの上に座っているという状況が、俺の人生で実現するとは夢にも思っていなかったぜ、マジで。


「さいしょは、これでー。つぎはメイドですー」

「に、二回戦を想定しているのか」

「んんー? ふあんなら、せいりょくざい、のみます?」

「大丈夫だ、飲まない……というか、そんなの、どこにあったんだよ?」

「れいぞうこのなかにー」

「サービスがいいなぁ、このホテルは! 流石、最高クラスの部屋だ、おのれ!」


 シャワーと美少女。

 でっかいベッドの上に座った、美少女。

 ラブホテルの、最高クラスの部屋。


「おにいさん」

「はい」

「これで、えっちなきぶん、なります?」

「はい、とても」

「…………どうなるのか、かんさつしてもー?」

「もうちょっと、心の準備をさせてください、お願いします」


 そう、これから俺は、この美少女姉妹とエロい事をするのであった。

 具体的に、偽りなく言うのであれば、性交を、姉妹丼を――――セックスを、するのだった。



●●●



 正直に言うと、こういう展開は予想していなかった。

 今日こそ、女の子をナンパして童貞卒業してやるぜ! みたいなノリでマンションを出て来たものの、俺の心中にはどこか諦めた部分があったのである。

 そもそも、女の子に声を掛けて一緒にデート出来るつもりすら無かった。何回か美少女に声を掛けて、手痛く振られて、後は適当に休日を満喫するつもりだったのだ。

 ぶっちゃけ、同居人に対する意地みたいなもので動いていたので、そこまで童貞を捨てることに本気じゃなかった。本気だったら、この体に戻った時に、風俗に行ってまずは素人童貞にランクアップ……ランクアップ? しているからな。

 だから、こういう展開は予想していなかったんだ。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

「……へ?」


 久しぶりに俺が全力を出した戦いも終わり、意識を失っていた美少女姉妹も無事に覚醒した、そういう頃合いだった。

 俺は、美少女姉妹へ自分の連絡先が書いてある名刺を渡して、格好良くその場を去ろうとしていたのである。出来る限り自然なイケメンボイスを出せればいいなぁ、と思いながら、「準備が出来たら、そこに連絡してくれ。仕事中じゃない限りは、俺が懇意にしている管理者に渡航許可を出してもらうように取り計らってやるぜ」と、先輩風を吹かしながらお道化たスマイル。

 異能を使ってしまった点は取り返しのつかないマイナスであるが、あくまでそれは俺個人へのダメージに過ぎない。そこを考慮しなければ、実力のある異界渡りの新人とのコネクションを得られたのは組織としてはプラス。

だから、いずれやってくる説教への言い訳を己の脳内で組み立てながら、颯爽とその場から立ち去ろうとしたのだ。折角、格好良く決めたのだから、ボロが出る前に早々に立ち去ろうとしていたのだ。

 しかし、そんな俺をフシが必死な声で呼び止めてくる。

 ええと、まだ何かあるだろうか? 一応、そちらの要望通りに全力で戦ったのだけれども。


「ま、まだよ! まだ、受け取ってないじゃない、貴方!」

「…………何を?」

「い、言わせるつもりなんだ、この私に言わせて辱めるつもりなんだ、この変態!」

「よくわからないけど、言いたくないなら言わなくても良いと思うぞ」

「――――っ、この! 言うわよ! 言えばいいんでしょ!?」


 何をそんなに顔を赤くしているのか、意味が分からない。

 俺は首を傾げながらも、そのままフシの言葉を待つことにした。


「わた、私の! 私の処女を! 受け取ってないじゃない! 賭けに負けたんだから、ちゃんと受け取りなさいよ! …………受け取ってください」


 そして、すぐに言葉を待ったことを後悔した。

 待たずにそのまま、颯爽に立ち去ればよかった。ニヒルな笑みでも浮かべながら、即座に転移すればよかったぜ。

 何せ、涙目の美少女にそんなことを言われてしまえば、性欲よりも先に戸惑いと心痛がやってくるのがこの俺である。

 いやはや、まさかこの俺が人生の中で、そんなことを言われる日が来ようとは。

 え? というか、それを蒸し返すの? いいじゃん、別に。なんかこう、流れた話じゃん、それは。最後まで俺たちの戦いを見守っていた観客も、『あれ、そういう流れになったの?』とちょっと混乱してんじゃん。


「あー、その、な? フシ。確かに、最初、俺は君たちにナンパするために声を掛けたし、正直、魅力的な賭けの対象に、色仕掛けに釣られたというのは本当だ。でも、俺が全力を出したのは、下心じゃない。君たちの戦意に敬意を表して、全力を出したんだ。だから、今更その、な? 無理してやらなくていいんだぞ?」

「無理なんてしてない!」

「もう涙目じゃん」

「寝起きだからよ!」

「言い切るなぁ、おい。あのさ、賭けを貰う対象が良いって言ってんだから、『ラッキー! こいつは馬鹿だなぁ!』と喜んでおけばいいんだよ」

「嫌よ! だって、それをしたら、今まで賭け試合で有り金を分捕った行為が、ただの強盗になるじゃない! 私は有言実行する女よ! 己の言葉と、約束は違えない!」

「…………あー、ツクモ。そこの妹さん。この頑固な姉に何か言ってやってくれ」


 滅茶苦茶むきになっているフシを説得するのは不可能だと判断。

 なので、その隣でふにゃふにゃの笑みを浮かべて俺たちのやり取りを眺めているツクモに、会話をパスする。舌足らずで、何も考えてい無さそうな顔をしているツクモであるが、こいつは意外と強かであることを俺は既に知っているのだ。ツクモであればきっと、フシを何とか宥めてこの場を収めてくれるはず。


「んもー、フシ。だめだよー、おにいさん、こまってるー」

「で、でも、ツクモ!」

「でもじゃないよ、もう。とりあえずー、おちつこー? ねー? おにいさんも、こんごのこととかー、おはなししたいのでー、おちつけるばしょで、おはなしをー」

「…………むぅ」

「ははは、そういう訳だ、フシ。とりあえず、落ち着こうじゃないか。さぁ、場所代は俺が持ってやるから、さっさと落ち着ける場所で理性的な話し合いをしようじゃないか」


 計画通りだった。

 ツクモは興奮しているフシを宥め、場の収拾を図った。フシも、妹であるツクモに宥められれば、渋々その場では矛を抑えて、大人しくツクモの誘導に従う。


「あ、おにいさん、ばしょは、ボクがきめてもー?」

「もちろん、いいぞ。お金はあるから、お高めの所でも問題無しだ」

「わぁい、それじゃあ、えんりょなくー。いちばんたかそうなところでー」

「ふふっ、そういう抜け目のないところ、嫌いじゃないぜ」


 そう、計画通りだったんだ、その時までは。


「…………あの、ツクモ。ツクモ、さん?」

「なんでしょー?」

「俺はてっきり、こう、喫茶店に行くのかと思ったのですが」

「おかね、だめそうですー?」

「いや、余裕よ? この程度、余裕よ、俺?」

「じゃあ。いきましょー」


 ツクモの案内で辿り着いたところは、中世の城をモデルにしたビルだった。俺が何も知らないガキであれば、『へぇ、こういうホテルもあるんだ! 高級そうな食事が出るのかな!?』と勘違いしていたかもしれない。

でも、俺はもう大人だから、はっきりとわかるんだ。

 ――――ここ、ラブホテルじゃねーか!


「ふ、フシ。なぁ、何だ涙目で震えながら俺の腕にしがみ付いているんだ? やめようよ、そういうの。我慢は良くないよ」

「が、我慢せずに、身を委ねろということ!? でも、残念! リードするのはこの私よ!」

「お前、処女じゃん」


 俺だって童貞だけどさ。

 とりあえず、フシががっちりを俺の腕を掴んでいるので逃げられねぇ。転移ですら逃げられない。俺は、戸惑いながらもツクモへ視線を向けて、その意図を探ろうとする。


「ツクモ、その、な? 話し合いをするなら、この場所じゃなくても――」

「したくないのですかー?」

「えっ?」

「ボクたちと、えっちなことをー、したくないのですかー?」


 妙に蠱惑的な笑みを浮かべて、フシとは反対側の腕に抱き付くツクモ。

 むにょん、という感触と、ふにふに、という異なる体の感触が俺の理性を惑わし、甘く蕩かしていく。

 もはや、意図など探るまでもなく分かり切っていた。

 そして、ここまでされて、今更逃げ出そうとするほど、俺はヘタレではない。むしろ、ここで逃げ出す奴は男じゃない。去勢されたヘタレ野郎だ。


「正直、めっちゃしたい」

「んじゃー、しましょー、そうしましょー」


 こうして、俺は美少女二人を左右の腕に抱き付かせたまま、ラブホテルへと突入したのだった。まだ陽も高いのに。

 うん、大戦前だと通報待ったなしだな、この状況。

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