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第38話 異界渡りの休暇 3

 目玉焼きには何をかけるのか?

 塩コショウ。うむ、定番だ、素晴らしい。しっかりとした塩味と、スパイシーな胡椒の組み合わせは大抵の炒め物や焼き物で大活躍してくれる。

 ソース。うむ、中々良い選択だ。ソースの種類や、とろみの具合にもよるが、ソースと黄身が絡まった時の味わいというのは、中々に代えがたい。

 ケチャップ。悪くない。ただ、一工夫が必要かもしれない。フライパンでちょっと脂と一緒に炒めた奴ならば、酸味が柔らかくなり、旨みが強調されるので目玉焼きと一緒に、熱々のご飯に乗せるのも良いだろう。

 マヨネーズ。これは技量が試される選択だ。マヨネーズ単体でも悪くはないが、そこにさらにスパイスを加えると良い。ソルト系だ。そう、何かお洒落なソルト系をぶち込むと、上品な味になって、良い感じである。

 しかし、だ。

 異界渡りとして様々な世界で、様々な料理を食べて来た俺としては、ここら辺で一つ、基本に立ち戻って、日本人としての味わいを楽しみたいところ。


「そんなわけで、今日の味付けは醤油に決定だー」

「じゃあ、私は塩コショウとケチャップとマヨネーズと豆板醤と砂糖をぶち込もう」

「味オンチじゃない癖に、俺の戸惑った顔を見たいがために料理を無駄にしようとするんじゃねぇよ、まったく。ほら、一緒に醤油で味付けして食おうぜ?」

「あーん、は?」

「え? なに、新婚気取りなの? こいつ」

「愛する夫が単身赴任ばっかりだから、人恋しいのさ」

「食事中に、食欲が無くなるような戯言はおやめください」


 まるで愛妻の如きの発言であるが、騙されてはいけない。

 クロエという超越者の本質は嘲り。言葉で人を翻弄し、欺き、時に誘惑して楽しむのが目的のクソ外道である。

 前に一度、素直に「あーん」をしてやったことがあるが、しばらくの間、真顔で観察された上、口を一文字に結んで、決して開けないという天邪鬼なリアクションを返して来た時があるからな。まぁ、その時は無理やり口を開いて、ぶち込んでやったけど。


「さぁて、道化は放っておいて、ご飯だ、ご飯」

「つれないねぇ」

「後で構ってあげるから、ご飯食べる時は駄目です」

「はぁーい」


 なお、今日は注意して素直に諦めるので機嫌がよろしいようだ。機嫌が悪い時だと、飼い猫の如く俺の膝の上に乗っかって来たり、常に体にしがみ付いてくるので鬱陶しいことこの上ないのである。


「ふふふ、久しぶりの日本の朝食だ」


 クロエが素直に大人しくなったので、俺は今度こそ食事に集中する。

 今日のメニューはハムエッグに炊き立てのご飯、そして、味噌汁。後は口直し用の、白菜の浅漬け。ううむ、完璧じゃないか、この布陣は。


「まずは、味噌汁っと……ふはぁー」


 味噌汁をゆっくり啜ると、味噌の香りと共に、舌の上に優しい旨みが広がった。

 良い出汁パックを手に入れたというクロエの言葉は嘘じゃなかったらしい。この旨み、トビウオやシイタケ、その他出汁に使われそうな乾物を粉末にして、パックに入れているな、恐らくは。さらに、具材のジャガイモと玉ねぎの組み合わせも悪くない。ジャガイモのホクホク、玉ねぎのしんなり加減がさらに食欲を増加させてくれる。


「次は、メインのハムエッグを、んがうっ」


 味噌汁で食欲を増加させたら、後は本能のままに食らえばいい。

 熱く切られたハムを、その上に乗っている目玉焼きごと、がぶりと齧りつく。口の端に醤油やら脂やら付くが、関係ない。齧れ、噛み切れ、思う存分咀嚼しろ。肉の旨みと、卵のコク、それを調和する醤油の存在を確認したならば、後は白米を掻き込め。行儀? そんな物は要るか、遠慮はいらねぇ! 思う存分、白米を食べるのだ。

 そして、喉が詰まりそうになったら味噌汁を飲んで、ちょっとペースを落とす。後は漬物で口の中をリセット。付け合わせのウィンナーも齧って、ぱりっとした歯ごたえとハムとはまた違う肉汁のジューシィさを味わう。炒めたケチャップによる味付けも、最高だ。


「がつがつがつがつはんぐっ」

「落ち着いて食べなよ……」

「もぐもぐもぐ!」


 クロエが白い目で見てくるが、気にしない。

 そう、俺は、この休暇を使ってワイルドさを取り戻さなければならないのだ。いや、マジで。精神が変容しかけていたので、心持ち男っぽい言動をしなければやばいのだ。


「ぷはぁ、ご馳走さまぁ! さぁ、食べ終わったら即座に食器洗い! くくく、ワイルドな俺は細かい汚れなんか気にしなねぇ。大雑把に汚れを落としたら、食洗機にぶち込んで、それで終わりだぜ!」

「食洗機の正しい活用方法じゃないか、きっちり隅々まで汚れを落としているじゃないか」

「汚れの残った食器を食器棚に戻すなんてありえない」

「んんー、そもそも、家事をきっちりやるとか、やらないとかは男女というより、それぞれの几帳面さの違いじゃないかい?」

「……クロエに常識を説かれるとは」


 この道化の厄介な所は、時々常識人ぶった反応をすることである。

 まったく、これじゃあ、俺が頭のおかしい変人みたいじゃないか。


「カンナ君は大戦が終わってしばらくしてから、随分はっちゃけるようになったからねぇ。頭の螺子を数本ほど何処かに落として来たんじゃない?」

「恐らく、あの忌まわしき機械天使の肉体に毒されたんだろな、おのれ……」

「君はあれが関わると、呼吸をするように濡れ衣を被せていくよね?」

「できれば、顔面にどんどん重ねていきたいね、濡れ衣」

「カンナ君は殺意がストレートだねぇ」


 おっと、いけない、いけない。

 クロエと戯れていると時間がどれだけあっても足りないので、適当なところで切り上げなければ。何せ、クロエは寿命という概念が意味を為さないほど長くを生き、数多の世界を放浪して来た超越者だ。生きて来た経験値が違い過ぎる。なので、会話をしていてもいつの間にか相手の手玉に取られていることがほどんどなのだ。そして、クロエは可能な限り俺と……俺を使って戯れたいので、こっちから切り上げないといつまでも時間を浪費させられるという。


「ともかく、俺はこの休暇で男らしさを補充しなければならないのです。そういう訳で、この後、俺はちょっと出かけるから」

「ほう、何処に行くんだい?」

「すぐそこの市場まで。掘り出し物があるかもしれないからな。後は、ふふん」

「お、露骨に得意げ」


 俺は出来る限り格好良さげだと思う表情を作り、クロエに言ってやった。


「男らしく、ナンパして来るぜ、俺は」

「へぇ、それじゃあ、コンドームはちゃんと持ったかな?」

「…………」

「想定がヘタレ過ぎて中学生レベルぅ」


 クロエは、愚かな飼い主を眺める猫のような顔をした後、俺のポケットにコンドームの箱を捩じりこんできた。

 どうやら、決めて来いと仰せらしい。



●●●



 ナンパ。

 それはいわゆる、ガールズハント。

 男が女に声をかけて、まぁ、そこから一緒に遊んだり、お話したり、連絡先を交換したりして、挙句の果てにはこう、ね? 色々エロエロなこともやるらしい。

 無論、大戦前の俺はそのような行為に手を染めたことなどは無かった。

 何しろ、クラスカースト番外レベルの影の薄さで、顔つきも冴えない男子だったのだ。童貞だったのだ。自分から女子に声をかける時は、一呼吸を置いて、ちょっと気合いを入れなけばいけないほど、女子との接点が無かったのだ。


「だが、それも今日で終わりだ!」


 俺は全身鏡を使って、スタイルチェック。

 髪に寝癖は付いてない。ちゃんと清潔感のある格好。上着のシャツに皺は付いていない。下のジーンズだってきっちり体に合わせて、変に裾が余っている物ではない。アクセサリーは、異界渡りの仕事で手に入れた、小さめな琥珀のネックレスで。

 …………よし、大丈夫、大丈夫、少なくともマイナスイメージを感じさせないレベルの服装だ。大丈夫、攻めていく感じのファッションセンスは俺には不要。最優先するのは、清潔感と、マイナスイメージを与えない服装だ。


「フィードバックの所為で、『アイテムボックス』程度はこの肉体でも使えるから、荷物は基本、財布だけでオッケー。うん、いざという時のための瞬間武装と、下着に防護術式も仕込んであるし、完璧だな!」


 そして、いざという時の備えとして、即座に市街戦へ移れる用意もしておいて、と。


「いざ、出陣!」

「いってらっしゃい、カンナ君。心が辛くなったら、いつでも私が君を抱きしめてあげよう」

「要らんわ! 今日は帰ってこないから! 朝帰りしてやるから!」


 俺は、クロエの煽りを受けながら、玄関から飛び出していった。

 グッバイ、今までの俺。

 グッバイ、童貞の俺。

 今日こそ俺は、男らしく決めて見せるのだ。

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