第37話 異界渡りの休暇 2
仕事には必ず休暇が付き物だ。
適度な休暇があるからこそ、日々の仕事を頑張れる。休暇無き仕事は即ち、仕事ではない。それはただの労役だ。世界が崩壊する前に、俺の故郷で蔓延していたブラック企業など、その最たるものだろう。大抵の場合、ブラックな会社というのはその時点で何か致命的な欠陥を抱えており、その欠陥を誤魔化すためにマンパワーに頼るのだ。そして、マンパワーを合法的に補える資金が無いからこそ、違法に超過労働を行わせる。まさに、悪しき文化、悪しき文明。俺が学生時代の時は、大人になるまでには労働環境がもっと改善されていればいいなぁ、と人ごとのように考えていた物だ。
まぁ、大人になる前に改善どころか、世界がほぼ崩壊して、現存人類が残り一億人も居ないんですけどね、ガチで。ブラック企業は絶えたけど、そもそも人類自体が滅びかけである。加えて、現在、まともに仕事に就けている人間などほとんどなく、現存人類の約八割近く、つまり八千万人が難民で待機状態にある。当然、食料を賄いきれないので、空間ごと時間を凍結させて、移民先が決まるまで保管するようにしているらしい。
それを思えば、新進気鋭の異界渡りとして、数多の異世界を騒がせている俺の現状というのは中々に充実しているのではないだろうか? 本当にもう、クソッタレな仕事はしたくなくて、面白い仕事しかしない、という制限と信念を設けているものの、今の所、そこそこ繁盛させてもらっている。
さらには、異界渡りとして働く原因となった、移民問題に関しても一定の成果を上げているので、社会の歯車どころか屋台骨レベルの活躍はしているはず。
うむ、今の所、俺の生活は充実している。
社会人としても、個人としても、概ね。
ただ、強いて文句を言うのならば、一つだけ。
《ミサキ。まとまった休暇の度に、肉体を交換するのは面倒だから、もういっそ一生その肉体で過ごせ、とのマスターからの提案が》
「そんなんだから、未だにあいつへ告白もできないんだよ、この恋愛弱者が、と言ってやれ」
《ミサキ。マスターがかつてないレベルで怒っています。具体的には、貴方の本来の肉体を幼女化させると、叫んでいます》
「オウル。その場合、あいつからの異性としての親密度の高いランキングが、大幅に更新されることになるな、と言ってやれ。多分、泣くから」
《…………ミサキ。マスターが泣きながら不貞腐れました》
「そこでガチ凹みするから、駄目なんだよ、博士は」
異界渡りとして活動する際、かつて鹵獲した機械天使の肉体を使わなければいけないという制約が、唯一にして最大の不満だ。
いや、理屈は分かるんだ。何せ、俺の本来の肉体は大戦の影響でズタボロ。異世界を渡る仕事には耐えられない。加えて、何かと仕事環境が変わり易い異界渡りの仕事では、どんな環境にも適応可能であり、ある程度の損傷は体内のナノマシンを消費して自己修復可能な機械天使の肉体を使った方が、断然良い。
その上、【黒色殲滅】として、かつて猛威を振るった機械天使の権能を扱えるのは、現状、俺だけだ。そのため、必然と俺は、機械天使の肉体を――かつての怨敵の肉体を使い、異界渡りとして仕事をしなければならない。
「大体、こんなもんはただの冗談だろうが。半笑いして流すぐらいの器量を見せて欲しいもんだねぇ、レディとしてさ」
《仕方ありませんよ、ミサキ。ここ最近のミサキは精神の変容が進んで、かなり女性っぽくなっていましたし》
「え、そんなに?」
《はい。以前は「化粧水とか、めんどーい」とぼやいていたのが、今では積極的に使うようになりましたし、何より、オフで街を回る時には簡単な化粧もするようになって。しかも、カインズが弟子になってからは、あの子の顔が汚れていたらすぐに冷たいタオルで拭ってあげたり、ちょっとした手作りお菓子を差し入れするようになったり…………もう、本当にそろそろアウトです》
「マジかー。自覚はあったけど、そんなにとは思ってなかったわ。そうだな、元々、そんな気の利く人間じゃないからなぁ、俺は」
《そうですね、本当に。貴方の弟子のカインズが将来、性癖を拗らせたらどうするんですか? まだ、貴方の正体を伝えてないのでしょう?》
「はっはっは、俺とあいつは師弟としての絆で強く結ばれているから大丈夫さ! なんだかんだで受け入れてくれるとも」
《受け入れた結果、性癖を拗らせると忠告しているのです》
もちろん、本来の性別と違う肉体を使えば、当然、人格や思考も肉体の方に引っ張られていく。変容していく。そのため、俺は定期的に元の肉体に戻らなければ、女性人格へと変わり果ててしまう危険性があるのだ。
同業者や、昔からの知り合いからは、『どんどん変われ、むしろ戻るな』などの戯言をほざかれるか、『絶対にやめて』という拒絶を受けるかのどちらかだが、個人的には、まだまだ男のままで居たい。なので、オウルに観測を頼み、精神が変容してきたのを目安に、まとまった休暇を取るようにしている。
こういう、こまめな精神メンテナンスこそが、異界渡りを……いいや、あらゆる仕事を長く続けるコツだと思うぜ。
「別に大丈夫だと思うけどなー。あいつは心の強い奴だよ。一応、あの世界から離れる時は心配だから、俺の情報をコピーした端末人形を渡してフォローしておいたけど」
《また高価な物をぽんぽんと……というか、あれも女性体では?》
「男性体の人形及び、アンドロイドの需要がいまいちの所為か、どの世界を巡っても全然見つからないんだよね」
《美少女のタイプは多いのですけどね》
「そこら辺は仕方ないさ、人間種族の性だよ」
メイドロボを実現させている世界でも、性能よりも外観重視の所が多いしなぁ。
「ともあれ、そろそろ休息が必要なのは事実だ。最近の俺は仕事を頑張り過ぎたからな」
《仕事ではなくて、弟子の手助けでしょう? 孤児院のあの時だって、自ら悪辣に振舞っている癖に、最初から子供たちを殺させるつもりなんて――》
「オウル、一つ教えてやろう。そういうの、口に出すのは野暮ってもんだぜ?」
《…………格好つけのヘタレ男》
「おうとも、そろそろ名実共に男に戻るなぁ」
そんなわけで、俺は久しぶりの休暇に入ったわけなのである。
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素敵な休日に必要なのは、美味しい朝食だ。
まず、一日の始まりでクソ不味い飯を、仕方なくもそもそ食べるようなことがあれば、それはもう最初から躓いている。素敵な一日にはならない。
だから、休日の朝こそ、人は気合いを入れて飯を作るべきなのだ。
「ふふふーん♪ ふふふふー♪」
そんなわけで俺は現在、久しぶりにハムエッグを作っている。
熱したフライパンに油を敷いて、そこに厚めに切ったハムをぶち込む。じゅうじゅう、と良い感じに音を立てて焼けてきたら、そこに卵を割って投入。この時、卵の黄身が割れないように、ある程度固まるまで下手に動かさないことがポイント。
「ふふふー、ふふふふー♪」
ここでさらに、チーズを投入。溶けやすいチーズだから、直ぐに固まって卵の白身にくっつきやすいのだ。ただ、油断するとフライパンにくっ付くから注意。
おっと、折角だからウィンナーも投入。完成したハムエッグは避けといて、残った油で遠慮なく炒める。痛めている途中に、市販のケチャップをぶち込むと良い感じ。そう、炒めたケチャップはマジで美味なのだ。
「はい、完成。そっちの味噌汁は出来たー?」
ハムエッグが完成したので、俺は隣で味噌汁を作っている、上下スウェット姿の童女へ声をかける。
「任せておくといい、カンナ君。この私にかかれば、美味しい味噌汁など造作も無い。何故なら、近頃良い感じの出汁パックを手に入れたからね」
「わぁい、堂々とした手抜き宣言」
「料理は愛情じゃなくて、味だよ、味」
「身も蓋もねぇ」
「まー、ちゃんと具材は切って煮込んで味噌を溶かしたのだから、良かろうじゃないか。ちなみに、君が久しぶりの肉体との結合で眠っている中、炊飯ジャーにご飯をセットしたのはこの私なのだけれど?」
「はいはい、ありがとうなー」
「もっと愛を込めて。そして、名前を呼びなさい。君が付けた、私の為の名前だろうが」
むむぅ、と拗ねたように唇を尖らせる同居人。
一昔前からだと信じられないリアクションであるが、これも俺がこの戦いを生き抜くことになった原因というか、一助というかなので、仕方ない。責任は取らねば。
「……ありがとう、クロエ。お前が留守番してくれているおかげで、いつ帰ってきても、美味しいご飯が食べられるよ」
「くふふ、どういたしまして。でも、気にしなくていいとも。これから先、ずっと長い間付き合うことになる相方なのだからね、これくらいはしてあげるさ」
嘲りと親愛の混じった微笑みを浮かべるクロエ。
やれ、俺とこいつがこういう関係になるとはな。こういうこともあるから、本当に人生というのも分からない。いや、ある意味、必然だったのかもしれないけれど。
うん、とりあえず今は深いことは考えずに、ご飯を食べるか。
「「いただきまーす」」
俺とクロエは、声を揃えて朝食を食べ始める。
朝食を食べる場所は、キッチンにテーブルだ。俺の住まいは、とある高級マンションの一室なので、広々とした調理場に、テーブルを置いて悠々と飯を食えるぐらいのペースは確保できるのだ。しかも、家具とかも予め実用的かつ、高級志向の物が用意されているので、気分はさながら、ちょっとした資産家という感じだ。
…………欠点が一つあるとすれば、高級マンションの結構高い階層なので、ここからだと街の外の荒廃具合が良く窓から見えてしまうことだろうか。
「いやぁ、外の良い景色を見ながら、相方と楽しいご飯。素晴らしい朝だね」
「ソウデスネー」
なお、同居人のクロエはこの光景を大層気に入っている模様。
俺への対応が変わっただけで、本質的には何も変わってねぇもんな。
…………今日は、良い朝だなぁ。




