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第33話 そして、剣は振り下ろされた 15

 シスター・レイネへの事実上の死刑宣告をした後、俺は二日かけてじっくりと準備を重ねた。これで、いかなる不測の事態にも対処可能だと思うが、やはり、不安は残る。


《よろしいのですか? ミサキ。下手をすれば大惨事ですが》

『下手を打たなければいいだけだよ、オウル。だから、俺がやばい時はガチでフォローをお願いします』

《仕方ありませんが、私は貴方の相棒ですからね》


 念のためにオウルにも最大限の協力を要請しておいた。

 大丈夫、これで最悪に最悪が重なってもどうにかリカバリー可能な状態だ。何とかなる。何とかなると信じて、俺はまず、カインズへ仇の正体を教えてやることにした。


「そういえばな、カインズ。前に行った孤児院あるだろ? あそこの院長をやっているシスター・レイネがお前の仇だぞ」

「…………はい?」


 トレーニングルームで、カインズが日課である魔物との一騎打ちを終えた後の事だった。

 俺はスポーツドリンクを手渡しつつ、軽い口調でカインズに告げる。


「俺が独自の調査網を使った結果、それが判明した」

「あ、あの、ミサキ師匠? 今回の冗談はとてもつまらないのですが?」

「あの眼鏡は魔導具でな、姿形をある程度誤魔化せる。つまり、赤い瞳を青く見せることぐらい、簡単だろうな」

「…………いや、だって」

「信じられないのならば、別に良いぞ? 俺は何も困らない。精々、ちょっとした徒労を感じる程度だ」

「…………」

「そして、そもそも俺にはお前を騙す動機が無い。加えて、大切な一番弟子に対して、悪質な冗談を言うような不謹慎な真似をやらかすほど、外道であるつもりもないぜ?」


 俺が調べ上げた事実を伝えると、カインズは困惑した。

 それも当然だろう。こんなに唐突に、人生を賭けてでも追い詰めようとした復讐の矛先を教えられたのだ。上手く情報を飲み込めないのも無理はない。


「ミサキ師匠」

「何だ?」

「あの人は、悪人だったんですか? オレには、オレの目には、孤児のガキどもを精一杯愛している、底抜けの善人のように見えました。それが、嘘だったんですか? 相手の偽装が上手くて、俺が騙されていただけなんですか?」


 カインズの灰色の瞳が、じっと俺を見つめる。

 糾弾では無く、まるで、支えを失った子供が縋りつくように。


「さぁてね? 俺も相手の心を読めるわけじゃないからな。善人面して、何かを企んでいるのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。ただな? カインズ」


 だから俺は、肩を竦めてお道化て見せた。

 何もかもを教えてやるほど、俺は弟子を甘やかすつもりは無いから。


「お前は、復讐の相手が善人になっていた場合、許すのか?」

「――――は、ははっ」


 だから、お前の復讐は、お前が見定めろ。

 善悪の彼岸に、お前の求める答えを見つけ出せ。

 そのための手助けだったら、やってやろう。


「そんなわけないでしょう? ぶち殺しますよ、普通に。殺しますよ、もちろん。殺しますとも、善人だろうが、悪人だろうが。絶対に、何があっても、殺します。だけど、すっきりしないのは嫌だから、全てを問いただしてから、殺します。納得してから、殺します」

「そうか、そうか」


 覚悟を決めたカインズの視線を受けて、俺は満足げに頷く。

 かつての、荒んだ野良犬の如き目ではない。

 感情のままに暴れるケダモノでは無く、己の刃として憎悪を鍛え上げた戦士の目をしている。

 そうだ、それでこそ、復讐者だ。


「じゃあ、今からそれを確かめに行こうぜ、カインズ。なぁに、俺の力を使えば、ここから孤児院までほんの一瞬だ」

「ミサキ師匠。今は夜で、オレに加護が働いていない状態なのですが? 相手は推定、夜だろうがコンディションが変わらない黄昏の民なのですが?」

「はっはっは、復讐の前に、復習の時間だ、我が弟子よ。奇襲の際、最も効果を発揮する時間帯は?」

「…………相手が、予想していない時間帯です」

「はい、正解。そんなわけで、今から向かいます。どうせ、孤児院のガキどもは寝静まっているころだから面倒が無いし」

「ああ、なるほど。本命はそっちですか。やっぱり、優しいですね、ミサキ師匠」

「さぁてね」


 カインズから向けられる尊敬の視線を曖昧に誤魔化して、俺は転移の準備をする。

 目的地は孤児院――その中の、書斎。唯一、孤児院で暮らすレイネが、一人で長い時間を過ごす場所。子供たちが寝静まった後、本を一冊読み終えるまで、書斎から離れないという習慣、それを利用するとしよう。


「それより、剣はちゃんと鞘から抜いておけよ? 転移した直後に、お前は何も考えずにレイネへ剣を突きつけろ。フォローは俺がやる」

「了解です」


 例えそれが、復讐を望む彼女が無意識に作った隙であると、知っていたとしても。



●●●



「動くな」


 我が弟子ながら、カインズの動きは迅速で的確だった。

 転移の直後、誰しも戸惑う瞬時の環境の変化に、覚悟があったとはいえ、一秒にも満たない間に完全対応。素早く対象を見つけたかと思うと、疾風を思わせる速さで三歩、呼吸すら不要の短い移動と共に、剣の切っ先を対象の首元へ突きつけた。


「話すな。オレの質問にだけ答えろ。それ以外の事を言えば、即座に殺す」


 対象――レイネは目を丸くして驚いていたが、やがて、全てを悟ったように体の力を抜いた。手元に持った本も動かさず、ただ、カインズの言葉を待つのみ。

 ふむ、転移からの奇襲だったとしても、相応に経験を詰んだ相手に対してこの状況まで詰められるのは中々見事な手並みだ。

 まー、あちらはやろうと思えばこの状況からの逆襲も可能だろうが、やらないだろう。もしも、やろうとしたら俺が妨害するので、無意味だし。


「……オレを、この傷を、覚えているか?」


 剣を突きつけたまま、油断なくカインズはレイネへ問いかける。

 レイネは、特に迷うことも無く即答した。


「覚えていますわ」

「あの夜、殺した夫婦の事を……オレの両親を覚えているか?」

「覚えていますわ」

「どうして、あの時、殺した?」

「怖かったからですわ。あの時の私は、他者の善意が怖くて、訳が分からなくて、だから、殺しました」

「………………なんで、孤児院の院長なんかやっている? 何を、企んでいる?」

「それが、ワタクシの仕事だからです。企むことなど、何もありませんわ」

「嘘を言えば、殺す。次の言葉は絶対に真実を言え…………お前は、何の目的で、孤児の世話をしている?」

「生憎、貴方を満足させる理由などはありませんわ。先ほど言った通り、それがワタクシの仕事であり、為すべき役目だから、そうしているまでです」

「…………っ」


 ぎりぃ、という歯ぎしりの音が聞こえた。

 音の主はもちろん、カインズだ。烈火の如く、心中で渦巻く憎悪を抑えつけながら、何度も問いを重ねるカインズが、口の端を噛み切るほど己を自制しているのだ。


「これから、オレは、お前を殺す。そのことについて、どう思う?」

「当然の報いだと」

「……オレの両親を殺したことを、後悔しているのか?」

「していますわ、愚かなことだと」

「命乞いはしないのか?」

「無意味なことは、しませんわ」

「…………………………最後に、最後に、何か、言い残すことは?」


 首の皮に剣の切っ先が刺さり、軽く血が流れているというのに、レイネは微笑みを浮かべて、カインズの問いに答えた。

 これが、最後の答えであると言わんばかりに、救われた表情で。


「子供たちには、ワタクシは遠くの街へ行ったと、お伝えください」

「――――わかったよ、ちくしょうが」


 カインズはきっと、レイネの態度が何もかも気に入らないのだろう。気に入らないが、もはや止まることも出来ないし、それを変えろと命令することの無意味さも知っている。だから、カインズに出来るのはもう、レイネの首へ剣を突き刺すのみ。


「伝えてやるから、お前はもう、死ね」


 もう、殺すことしか残っていない。

 何もすっきりしていないし、何も満足していないだろうに。

 だからこそ、俺が介入するのは、この時がベストなのだ。


「おいおい、カインズ。何を生温いことを言っているんだよ、お前は。そいつを殺す前に、もちろんやるべきことがあるだろう? なぁ?」

「――――っ、ミサキ師匠!?」


 剣を動かそうとするカインズの腕を掴み、俺は行動を制止した。

 戸惑うカインズに、何かを感じ取ったのか、こちらを見開いた目で見るレイネ。

 俺は、その二人に良く聞こえるように、そう、出来る限り悪辣に聞こえるように声を作って、語り掛けた。


「やられた事はやり返せ。あ? ここまで言ってまだ分からないのか? んじゃあ、ストレートに教えてやる――――孤児院のガキどもを皆殺しにしろ、カインズ」


 さぁ、三文役者の道化芝居を始めよう。

 観覧料金は、クソッタレな宿命をぶち壊すための、覚悟が一つ、あればいい。

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