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第30話 そして、剣は振り下ろされた 12

 とある少女の話をしよう。

 敵意と悪意の中で育った、無垢なる悪の話をしよう。

 その少女が生まれたのは、愛の結果では無かった。

 規模の大きな盗賊団の中で、攫って来た女を孕ませて、物の試しにと盗賊団の頭が産ませてみたのが原因である。

 女は黄昏の民であり、周囲から忌避される存在だった。そんな悍ましい存在から生まれてくる生命とは、さて、どれだけ悍ましい物だろうか? と頭が興味を持ったのだ。

 当然、盗賊たちは子育てなんてするわけがない。そんな面倒な真似はしない。攫って来た女に世話をさせて、その上、赤ん坊が泣けば『喧しい』と女を殴り、幼い少女が間違いを犯せば、容赦なく殴りつけるような、最悪の環境だった。

 先の見えない、最悪の環境だった。

 だから、少女の母親である女は、少女が十歳を超えるか超えないかの所で、自ら毒を飲んで自殺した。少女を遺して、たった一人だけ楽になった。

 母親が死に、少女は絶望していた。

 少女が生き延びていくには、あまりにも環境が悪い。

 役に立たない穀潰しを置いておくほど、盗賊団は優しい場所ではない。

 だからこそ、少女は必死に知恵を回して、あらゆる悪事を働いた。


 幼い少女の姿を使って、押し込み強盗をした。

 キャラバンや冒険者の前にボロボロの状態で姿を現して、油断を誘った。

 街の中で幼い子供をかどわかして、身代金を要求するのなんて日常茶飯事だ。

 少女にとって、今、生きることこそが全てだった。

 人の善なんて信じていない。

 そもそも、悪という概念すら少女の中には希薄だった。

 軽々しく他者を信じる生物は弱い。

 相手を殺してでも、生き延びた生物が強い。

 少女の中にあるのは、善悪では無く、強弱のみ。さながら、動物の如き倫理無き判断だった。なぜならば、誰もそれを教えてくれる人間など居なかったのだから。

 殺して、騙して、生き延びる。

 それが少女にとっての全てで、先のことなど考える余裕など無かった。

 だから、それがやって来た時、少女は何も考えることなどできなかったのである。


「ふふふっ、愚かで美しくない人間たちだ…………だが、許そう! 私はその愚かさを許そう! 慈悲深い私は君たちを許し――――この完全なる美を目にして、絶頂のまま死にゆく名誉を与えよう!」


 否、盗賊団に所属していた、ならず者は全て、その男の言っていることが理解できなかった。ただの全裸のマッチョマンが、くねくねと無駄に機敏な動きをしながら、盗賊団のアジトに単身突撃してきたのだから、理解できる者こそ、頭がおかしいだろう。


「私! 超ぉ! ビューティイイイイイイッ! フラーッシュ!!!」


 なので、理解できないまま盗賊団のほとんどは死滅した。

 死因は謎の全裸が放った、全裸光線である。意味不明であるが、恐らくは魔力を全身から漲らせて、何らかの魔術行使を行ったのだろう。

 光の奔流に飲まれて、盗賊団のほとんどは即死。あらゆる事態を想定して、ある程度の魔術を無効化するアミュレットを装備していた盗賊団の頭も、魔力の衝撃波に飲まれ、ごり押しで吹き飛ばされた。

 その盗賊団の中で、唯一生き残ったのは、体重が軽く、たまたま全裸の変態から一番距離を取っていた少女だけだった。


「う、げ、ぼっ……」


 少女は全裸光線の余波によって、数キロほど離れた森の中まで吹き飛ばされた。

 無論、無事であるはずがない。少女は浮遊感を察知した時、とっさに己の『能力』を使い、必死に己の身を守った。手足の一部を、自在に動かすことが可能な黒い塊に変えて、落下の衝撃から己を守ったのである。

 けれど、それでも、致命傷を奇跡的に避けられただけ、という有様だった。

 森に落下した時の衝撃で、森の木々にぶつかり、その際、何本もの鋭い枝によって体が傷つけられ、さらには腕や太ももなどは枝が刺さって重傷になっていた。


「う、うう、ううう……」


 少女は呻きながら、闇の中を彷徨った。

 遠くからでも見える、街の篝火を目指して。

 街の中に上手く潜り込めたところで、この瀕死の状態から助かるかはわからない。けれど、持して死を待つような殊勝さなど少女には無かった。

 ボロボロの体に、黒い塊を巻き付けて、即席の止血をして、ひたすら歩く。直ぐ傍にまで迫っている死から逃げるように。


「ひ、ひう、ひううああっ」


 手足を動かしながら、少女は引きつるような泣き声を上げていた。

 怖かったのである。

 これから死ぬことでは無くて、己の人生がよくわからない何かによって、瞬く間に消し飛ばされた現状が。


「うそだ、うそだ……こんなの、うそだ……」



 強いとか、弱いとか。

 善いとか、悪いとか。

 そういう次元を超越した変態によって、突然、訳の分からないままで死にかけたのである。それは、少女の荒んだ価値観を一瞬にして塗り替えていた。


「運が悪いだけ、なんて、うそだ……」


 結局のところ、全ては運次第であると、少女の考えは塗り替えられていた。

 今回、全裸の変態によって壊滅させられたということだけではない。そもそも、生まれからして少女は不運だった。運が良ければ、もっと裕福な家に生まれて、幸せに生きてくことも出来るはずだった。少女に騙され、殺された者たちも同様だ。運悪く、少女に目を付けられなければ、そんな目に遭うことも無かった。

 故に、少女は闇夜を歩く中で、少女なりに悟ったのである。

 この世界は結局、運次第なのだと。


「ちくしょう、ちくしょう……」


 世界を呪いながら、己の不運を呪いながら、少女は歩き続けた。

 結局のところ、このまま歩き続けても、『運が悪ければ』死ぬだけだと理解しきっていて。いや、それどころか、よっぽど運が良く無ければ死ぬだけだと、理解していながら、それでも少女は歩き続けた。

 少しでも長くの間、死から逃れ続けるように。


 ――――結果から言えば、少女は幸運だった。そう、『とても幸運』だった。



●●●



「姿形はその眼鏡の魔導具で誤魔化しているな? そうだよな、基本的に『赤い瞳』が黄昏の民の特徴だ。それさえ隠していれば、どうとでもなる。陽光の加護云々も、怪我や肉体労働を避ければいいだけの話だし、いざとなったら『貧弱』だからという言い訳でどうにでもなる。それぐらいは個体差の範疇だからな。ただ、もっとも」


 目を見開いた状態で固まるレイネへ、俺は言葉を続ける。


「自力で魔物を討伐して、魔結晶を集めるような猛者を疑おうとは思わないだろう。ましてや、それが教会に所属する聖職者だったら、尚更だ。まったく、随分と勝手の良い隠れ蓑を見つけられたもんだよ。そこに関しては、素直に賞賛するぜ」

「…………」


 俺の言葉を黙って聞いていたレイネであったが、次第と落ち着いてきたのか、目を細め、体の強張りを解く。

 そして、ゆっくりと己が欠けていた眼鏡を取り、偽装を解除。己の本当の姿を現した。

 鮮血よりも鮮やかで、宝石の如き赤き瞳を。


「いつか、こんな日が来ると思っていましたわ…………いえ、報いを必ず受ける時が来ると」


 こちらへ挑むように視線を向けて、けれど、そこに敵意は感じない。

 決して戦闘の素人ではないというのに、まるで隙だらけだ。いいや、まるででは無くて、本当に隙だらけなのだ。まったく、己の身を守ろうという意思を感じられない。


「ワタクシは逃げません。全ての報いは受けます。けれど、けれど、どうか、手をかけるのはワタクシだけにしてくださいませ。それを了承していただければ、ワタクシ、この命を如何様にでも捧げる所存ですわ」

「…………ふむ、嘘じゃないようだな」

「貴方のような強者に、何かを偽っても仕方ありませんわ」


 諦観? 潔い? どちらかと言えば、覚悟が決まっている、というわけか。罪と罰を受け入れている。過去を忘れたわけではなく、過去を受け入れていただけ、か。

 この様子ならば、手足を切り落としてカインズの下に届けなくていいか。

 いや、むしろ…………うん、そうだな。


「そうか、だが残念だな、レイネ。俺はお前の復讐者ではないよ。なぁ、分かるだろ? お前を本当に殺したい奴が、誰なのかを。ははは、まさか、忘れたとは言わないよな? お前が付けた、あの傷を」

「…………子供に、殺させるのですか?」


 咎めるようなレイネの視線を鼻で笑い、俺は言う。


「はっ、復讐者に大人も子供もあるものかよ。大人だろうが、子供だろうが、殺せる奴は殺せるし、殺せない奴は殺せない。んでもって、大抵の場合、復讐は自分の手で成し遂げた方がすっきりするんだよ」

「あの少年に、罪を負わせるのですか?」

「罪? 生憎だが、お前を殺すことは罪にはならない。そういう風に手配した」

「……違います。そういうことではありませんの。貴方も、わかっているのでしょう? 人を、人を殺すということはつまり――」

「お前、自分が真っ当な人間のつもりなのか? おいおい、思い上がるなよ、屑が」


 俺の罵倒に、レイネの表情に動揺が混じる。

 なるほど、なるほど。こういう方向性は有効なのか。


「お前程度の屑は、人間の範疇に入らないんだよ、弁えろ。誰の許可を得て、カインズを心配している? つーか、そんな資格があるとでも思ってんのか、お前に。お前が、あいつの両親を殺したから、今、こうなっているんだろうが」

「――――っ!」

「分かったなら、囀るなよ? 力量差が分かるなら、色々と『どうとでもなる』ことぐらい、お前なら分かるだろう?」

「…………はい」


 何かを噛み殺すように俯き、レイネはこちらの意図をくみ取った。

 よし、これでいい。これが、今の所、最善の展開だ。


「これからお前は今まで通りに暮らすんだ。カインズが、俺の弟子がお前を殺しに来るまで。ああ、逃げてもいいし、誰かを護衛に雇っても良いぜ? 全部無駄になるけどな」

「…………は、い」

「じゃあ、そういうことで、よろしく」


 俺は仮面の下で微笑み、優しい声でレイネに告げた。

 さぁ、ここまでは順調。

 下準備は万全だ。

 後は、良くも悪くもお前次第だぜ、カインズ。

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