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第29話 そして、剣は振り下ろされた 11

 この[に:11番]世界では、聖職者とは即ち『火の管理』に長けた人物の事を指す。

 街を覆う篝火の管理。

 衣食住の際に使われる火の使い方の指導から、火種の提供。

 魔結晶を用いた、火に関する魔術の知識提供。

 その他、生活における様々な問題点の解消や、孤児院や銀行、湯屋などといった公共施設の管理を幅広く行う者たちが、聖職者と呼ばれている。

 聖職者は大抵、教会という組織に属しているのだが、これは文字通りの『教えを導くための会』という意味合いであり、言ってしまえば学校における先生の役割すらも担っていたりするのだから、本当にご苦労様な事だ。

 俺の故郷の人間に説明するのならば、この世界における聖職者とはつまり、公務員なのだ。

 光主の管理下で、人々を健やかな生活へと導くための役人。

 それが、『聖なる職務を為す者』と呼ばれる所以である。


「皆さん、おやつの時間ですよぉー! ちゃんと、お手洗いとうがいしてきた良い子たちは、静かに、優しく席に座ること!」

『はぁーい!』

「それと、今日はお客さんが来ていますの! 皆さん、ちゃんと良い子に出来ますかー?」

『はぁーい!』

「たった今、元気よく返事をしながらお客さんに絡んでいる子供たちは、悪い子だからおやつの量を減らしますの」

「「「ごめんなさぁーい!!」」」


 なので、孤児院の子供たちを叱りつけている様子のレイネなどは、本当に小学校の先生のような雰囲気だった。

 シスターと聞くと、俺の故郷ではやはり『宗教にまつわる人』というイメージが先行して、中々近寄りがたいものがあったのだが、この場ではどうもそうではないらしい。いや、確か、中世の時代の聖職者たちも、この世界と似たような教導という立場を持っていたような? んまぁ、どうでもいいか。俺の故郷ではもう既に、管理者が死んでいるんだし。あの時は本当に、神に祈る猶予すらもなかったからなぁ。


「どうしたんですか、ミサキ師匠。遠い目をして」

「ちょっと昔を思い出してなー」

「へぇ、どんなことを思い出していたんですか?」

「最前線…………いや、食事の前に言うことじゃないな、やめよう。前に酒飲み話として、冒険者仲間に語っていたら、瞬く間にテンション、ガタ落ちしていたからな、話を聞いていた奴」

「た、確かに、食事前にする話じゃないですね!」

「お前にはその内話してやるから、楽しみにしておくがいい」

「ワーイ、タノシミダナァー」


 カインズが露骨にこちらから目を逸らしてやがる。

 ……ま、無理して語る話でもないし、気が向いたら嫌がらせに最前線の悲惨な有り様とか、教えてやろう。三日間栄養剤と塩だけで糊口を凌いだ体験談とか。


「おまたせしましたのー、これが今日のおやつのフルーツケーキですのー! ちゃーんと、味わって食べましょうねー」

『わぁい!』


 などと昔の事を思い出していると、いつの間にかフルールケーキが切り分けられていた。真っ白な皿の上に乗っているのは、切り分けられたフルーツケーキの六分の一である。見ると、レイネは次から次へとキッチンからフルールケーキを持って来ている。合わせて4ホールぐらいあるだろうか? 孤児院の子供たちを何が何でも満足させてやろうという気概が感じられる量である。


「さて、と」


 このフルーツケーキはどうやら、ケーキの生地に果実を混ぜて焼いた物らしい。さくり、とフォークを生地に通すと、干しブドウや、木苺などの果実が心地良い抵抗を残して、ぷつりと切断される感触が指先に伝わってくる。


「ふむふむ、これは」


 そして、生地の中から香ってくるのは果実の甘酸っぱい匂い。生地の柔らかな甘い匂い。それと、ちょっとだけ酒気が帯びた上等な匂い。

 口内に入れて咀嚼すると、果実の甘みと生地の甘みが強い。ほとんど酒の苦みは感じない。恐らく、フルーツケーキの隠し味として使った度数の高い酒を、さらに何かしらで割って、子供でも食べやすい口当たりの柔らかな物へ仕上げているのだろう。

 子供向け。されど、ちょっと背伸びしたい子供たちに贈る、ほんの少しだけお酒の匂いを香らせたフルーツケーキ。

 なるほど、悪くないな。


「ミサキ師匠、とっても美味しいですよ、これ!」

「そうかそうか、よかったなぁ、カインズ」

「カップラーメンと同じぐらい美味しいです!」

「美味しさの基準をせめて、甘味で揃えなさいよ、お前は」


 カインズなんかはもう、単純にすっかりこのフルーツケーキを気に入っていた。

 孤児院の子供たちも同じく、皆一様に笑みを浮かべてフルーツケーキを頬張っている。十数人ばかりの子供たちが皆、真剣にフルーツケーキを食べている姿は微笑ましい。

 恐らく、平穏とはこのような光景の事を言うのだろう。


「はいはい、食べ終わった人はちゃんとお皿とフォークを洗い場まで持ってくるのですのよ! サボった人は、晩御飯のおかずを一品減らしますわ!」


 俺が味わってフルーツケーキを食べていると、既に孤児院の子供たちの何人かは食べ終わっていて、手持ち無沙汰にしていた。そこに、すかさずレイネはてきぱきと指示を与えて、「終わったら、外で遊んで良し」と告げている。

 …………ふむ。ちゃんと飴と鞭を使い分けて、きちんと子供を指導しているな、流石はシスター。罰だけでは人は動かず、拗ねてしまう。けれど、どんな些細な事でもやり遂げたことを認めてやれば、『悪いことをすれば罰が、良いことをすればご褒美が』という分かり易い世間のルールを受け入れることが出来るのだ。

 もっとも、世間とやらはそんなに単純ではないのだが、そこまで難しいことは今は教える必要は無いのだろう。子供時代に必要なのは捻くれた理屈や、拗ねた達観などではなく、誰かに認められることと、精一杯、己の世界を愛することだ。


「カインズ、師匠命令だ。食べ終わったら、孤児院のガキどもと遊んできなさい」

「えぇ……子供の相手ですかぁ?」

「お前も子供だから、ちょうどいいだろう?」

「むぅ、オレはあんなにお子様ではありません!」

「んじゃ、お兄さんとしてちゃんと年下のガキの世話が出来るな?」

「…………ミサキ師匠と話すと、いつの間にか丸め込まれている気がします」

「ほら、返事」

「はぁーい、分かりましたよぉ! 不肖カインズ、気合いを入れてガキどもを世話して来ます!」

「よろしい」


 カインズは不服ながらも、しっかりと洗い場に食器を置いてから、孤児院の庭先へと駆けていく。


「お前は、そうやっているのがお似合いなんだがなぁ」


 俺はカインズの背中を見送りながら、ぽつりと小さく呟いた。

 復讐者なんて、お前には似合わないよ、カインズ。

 でも、けれど……わかっているさ。復讐者は、己の復讐にけりを付けなければ先に進めない。そう、だからさ、カインズ。

 お前の復讐はそろそろ、終わりにしようぜ。



●●●



「申し訳ありませんのー、お客様にお手伝いしていただくなんて」

「いやいや、元々、体調が優れなくて冒険者の宿に依頼を頼んでいたんだろ? 確か、普段は自分で魔物を狩って、魔結晶を取りに行くんだとか」

「お、お恥ずかしい限りですの」


 俺とレイネは共に洗い場に立ち、子供たちが運んだ食器を洗っていた。

 基本、この世界は俺の故郷に比べても、生活水準が高いので、既に洗剤のような物が開発されている。灰のような粉であり、これを軽く水洗いした食器に塗して、しばらく放置した後、水で洗うと汚れが落ちやすくなるという代物だ。その上、上下水道がきちんと整備されている世界なので、汚れた水はこのまま下水を通って浄水場へ運ばれるので、環境破壊の心配は無いので安心だ。

いやほんと、この世界はとても住みやすい環境が整っている―――闇の勢力の襲撃を考えなければ、だけれど。


「ワタクシ、たまに貧血で体調を崩してしまう悪癖がありますの。うう、自己管理の出来ない未熟な自分を恥じますわ」

「そうか? でも、俺は凄いと思う、自分で魔物を狩って、魔結晶を取りに行くなんてさ。聖職者ってのは、戦闘技術も教えているのかい?」

「いえいえ、基本的にそういうのは冒険者の方々の担当ですの。護身術ぐらいは指南することはありますけれど、魔物狩りなんて、とても」

「じゃあ、アンタが魔物を狩るのは昔取った杵柄ってところか?」

「ふふっ、はしたないのですけれども、ね」


 はにかむように、憂うように、レイネは視線を伏せた。

 じゃぶ、じゃぶ、と食器を洗っていた手が、止まる。


「本来であれば、教会から支給された魔結晶で慎ましく生きるのが幸いなのでしょうけれども、子供たちにはせめて、良い暮らしをして欲しいのですわ」

「なるほど。だから、やけにこの孤児院の設備が最先端な訳だ」

「魔術師の友達に頼み込んで、全自動魔力設備ですの」

「はは、そりゃ凄い。見た目は質素だが、平均的な一般家庭よりも諸々の経費が掛かっているだろ? それも、アンタが狩りをして稼いでいるのか?」

「もちろん。よりよい生活を望むのならば、まず自らが動かないといけませんの」


 強気な言葉とは裏腹に、レイネは儚げな笑みを浮かべていた。

 夜色の髪。病的なまでに白い肌。素朴だが、野花の如き可憐な容姿。ちょっと垂れ目がちな目は、晴れ渡る蒼穹の如き青。黒縁の野暮ったい眼鏡は、そんな女らしさを隠すために最適だったようだが、今みたいに、儚げな笑みを浮かべていれば、そんな野暮ったさも貫通して、誰かをときめかせてしまうかもしれない。

 シスター・レイネとは、そういう女性であった。

 僅かな時間の邂逅でもわかるほど、はっきりと光と影がある人物。


「大変じゃないのか? もうちょっと生活のグレードを落とせば、アンタが危険を冒さずに暮らしていけるだろ」

「…………子供たちが、身寄りを亡くした子供たちが、この上、他の家庭よりも惨めに暮らして生きなければならないなんて、そんなの間違っていますもの」


 されど、その根底には確かな善意があった。

 過去がどうあれ、今のレイネはどうしようもないお人よしのようだ。


「立派な志だ」

「いえ、ただ我侭なだけですの」

「いいや、謙遜することは無い。そういうことを真っ直ぐ言えるのは、誰にでも出来ることではないし、ましてやそれを実践する人間は少ない。胸を張っても良いぜ、アンタのその行動は自己満足かもしれないが、間違いなく子供たちを思いやっての行動だ」

「そ、そんな……褒め過ぎですわ」


 あわあわと、洗剤の付いた手をぱたぱた動かすレイネ。

 その動きはとても微笑ましく、人の心を和やかにさせる物だった。

 だからこそ、惜しい。


「俺はてっきり、両親を殺してしまった子供に対する贖罪だと思っていたんだがな。うん、誇っても良いぜ。アンタのそれは、罪悪感を持ちながらも、ちゃんと善意で構成されている」


 俺は、今からそれを台無しにするために、この場所に来たのだから。

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