第28話 そして、剣は振り下ろされた 10
魔物は基本的に、通常の動物よりも強靭だ。
野犬型であれば、通常の野犬よりも動きが機敏で、牙が鋭く、的確に急所を狙う知性と、どれだけ攻撃を受けても命を失わない限り、人間を殺そうとする殺意がある。
魔猿型であれば、通常の猿よりも機敏に木々の間を飛び回り、知性が高い。中には、目くらまし程度の物であるが、魔術のような物を使う個体も存在する。
野犬型、魔猿型、この二つのように、そこまで体格の大きな姿でなければ、冒険者ではない一般人でも辛うじて対処可能だ。農具を携えて大人数で囲んだり、何かしらの罠を作れば、相応に対処可能である。
だが、それ以上となると、途端に難しくなっていく。
『ごるるるる……』
例えば、熊型の魔物なんかはそういう傾向が顕著だ。
全長三メートルほどの体躯に、分厚い毛皮。無意識に魔力を肉体に漲らせているので、当然、農具程度では怯みすらしない。大口径の猟銃を使っても、魔力が込められていなければ、精々、毛皮の一部にめり込むだけ。致命傷などには程遠く、むしろ、余計に怒らせて狂暴性を増してしまうだろう。
加えて、鼻も利く上に、そこそこ機敏な動きをするので、見つかったらまず逃げられない。背中を向けたら体当たりで背骨が砕けるし、立ち向かおうとしても、前足で頭を潰されてお終いである。
なので、この熊型の魔物を単独で討伐出来るか出来ないのかが、冒険者として一人前かどうかを量る目安にもなっているのだ。
「…………ふー、ふー」
では、どうやって討伐するのか?
己の力に自信がある物ならば、単純に防御をぶち破って、真正面から倒せばいい。
己の財産に余裕があるのならば、相応の魔導具を購入すればいい。上手くやれば、低位、安全に行くならば中位程度の魔導具でも、熊型を屠るのに十分な力を得られる。
「…………よし」
だが、もちろん、そのどちらも無い者だって存在する。むしろ、全長三メートルレベルの熊を真正面からぶち殺せる猛者や、半年は遊んで暮らせるレベルの料金を払って魔導具を購入する余裕のある者なんて稀だ。
であるならば、大多数の冒険者はどのようにして熊型の魔物を狩っているのか?
決まっている。
手間暇をかけて、工夫するのだ。
弱い力でも格上の敵を屠るために。少ない資金で、強者を倒すために。
「――――今だぁ!」
『ごぁっ!!?』
そう、このカインズのように。
「お、おぉおおおおおおっ! くたばれ、くたばれ、くたばれぇ!」
『ご、がっ、ご、があああ……』
視界がまともに効かない夜の森の中、カインズが熊型の魔物を屠るために使った作戦は、実にシンプルだ。
まず、光石の入ったランタンを囮として、魔物の行動範囲に置いておく。人間の匂いが染みついた衣類を近くに置いておけば、まず、ヘイトを集めることが可能である。囮を仕掛けたのであれば、近くの茂みの中や、大きな幹の影に隠れて気配を殺す。もちろん、きちんと己の服に獣の血肉を塗りつけて、匂いをきちんと消すことも忘れずに。
次に、熊型の魔物や、その他たくさんの魔物が集まって来たのならば、予め用意していたトラップを発動。魔物たちの足元を――落とし穴の上に蓋をしていた分厚い板を、遠隔操作で叩き割る。火薬の扱いと、導火線の作り方を学んでいれば、子供でも作ることが可能な簡単なトラップだ。板に予め軽い亀裂を入れて、その隙間に火薬を詰めておくと、誘爆してやり易い。
そして、落とし穴に落ちた魔物たちを待つのだが、たっぷり毒が塗り込まれた鋭い杭である。重力に従い、落ちて来た魔物たちは次々と杭に串刺しになり、辛うじて生き残った魔物も、毒を塗った槍を携えたカインズによって、あっという間に止めを刺された。
この通り、知恵を絞って工夫を重ねれば、意外と倒せたりもできるのだ、強大な獣でも。
ただし、気配の消し方を覚えていない素人がやると魔物を罠にかけるよりも前に、魔物に集られて死ぬので、誰でも出来る殺し方、というわけではない、その点も含めて、熊型の魔物を倒せれば『冒険者として一人前』という扱いになるのだ。
「勝った、勝った……勝った?」
「ああ、お前の勝ちだ、カインズ。まぁ、点数で言えば五十点ぐらいだけどな、百点満点中」
俺は見事に熊型魔物を倒したカインズの背を叩き、賞賛する。
ただし、褒め過ぎない。今回のトラップは色々難点も大きいので、まずはそれについての反省会だ。
「減点の理由は分かるか? カインズ」
「は、はい……その、火薬に点火した時の音が、うるさ過ぎる?」
「そうだ。それによって、他の魔物が集まってくる可能性もある。今回は俺が集まって来た魔物を皆殺しにしたからよかったものの。下手をすれば大ピンチになるからな」
「はい! 肝に銘じます! そして、ミサキ師匠の後ろが死屍累々だぁ!」
「まともな知性も無い獣風情では、この俺に傷一つ付けることも出来んよ。ああ、知性と言えば、知性がもっとあった場合、土を被せてカモフラージュした火薬の匂いに気付かれるかもしれんから、そこは注意。や、それ以前に囮に引っかからないか」
「ですね。知性がある敵を狙う時は、もっと囮に工夫を重ねます」
「あー、いや、囮を判別する知性がある魔物の場合、一定範囲、丸ごと魔術で消し飛ばされるから素直に逃げておきなさい」
「え? 強くないですか?」
「強いよ。それくらいの知性があると、中位から上位の魔物になるからな」
そのレベルの魔物となると、冒険者の中でも選りすぐりを選ばなければならない。そして、それでも駄目だった場合、光臨兵士が派遣されるのだ。
「でもまぁ、お前が戦う必要は無い。復讐に必要なのは、強い魔物を倒す力じゃない。自分よりも巨大な相手を殺したという実績だ。それも、今日、お前はきっちりと積んだ。自分よりも上の存在だろうとも、工夫次第で殺せると理解したな?」
「はい、ミサキ師匠!」
「ならば、いざという時は躊躇う必要は無い。殺せると思った時に殺せ。もったいぶるな。自分の手札以上の事をやろうとするな。己よりも強い奴を殺す時は、特に最善最速を意識しろ」
「はい、迷わずぶち殺します!」
「よろしい」
にかっ、と大きな笑みを浮かべて俺の教えに頷くカインズ。
こいつの長所は素直な事だ。素直でいて、なおかつ、きちんと己で考える習慣を身に着けていることだ。
盲目的に従うのではなく、まず素直に受け入れて試してみて、なおかつ、己で噛み砕いて理解するので、こちらがどのような意図でそれを教えたのかを察してくれる。
一を聞いて十を知るとまではいかないが、三や四ぐらい理解してくれているので、師匠としてはとても鼻が高い。
「んじゃあ、近くの川でお前を洗ってから街に戻るぞ。街に戻ったら、何か食いたい物を言え。特別にこの師匠が手作りしてやろう」
「ええっ! こんな夜中にご飯を食べていいのですか!?」
「馬鹿野郎、動いた分は食わないといけないんだぞ? それに、だ」
俺は仮面の下でくすりと笑った後、愉快な気分でカインズへ告げる。
「一番弟子が、初めて冒険者として依頼をこなしたんだ。師匠としては、祝ってやりたいじゃないか」
「わぁい! ありがとうございます、ミサキ師匠!」
「はっはっは、獣臭いまま近づくんじゃない、馬鹿弟子」
もっとも、その後結局、カインズが執拗に、前に食べさせたカップラーメンをリクエストしてきたので、俺の手料理はまたの機会に延期することになってしまったという。
「わぁい、ミサキ師匠の手料理美味しいです!」
「だから、手料理じゃねぇ! インスタントだ! お湯を入れるだけの動作を料理とは呼ばんわい!」
ただ、街の宿屋で、こっそり男二人で食べるカップラーメンの味は、確かに、美味かった。
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「ほわー、ほ、本当に貴方がたった一人で魔物を倒しましたの?」
「もちろんですとも、シスター! このオレが罠を仕掛けて倒したのです!」
「ほわわわ、こんな子供が……わ、私はてっきり、もっと屈強な大人の方がやってくださるものだと……」
「あれ、師匠。オレ、褒められているの? 心配されているの?」
「恐らく後者だが、外見的に諦めろ。後、数年の辛抱だ」
「……はーい」
熊型の魔物の討伐を依頼したのは、レイネという女性だ。
レイネは修道服を身に纏った、眼鏡姿の女性である。もっとも、女性と言っても姿形は若く、控えめに言っても十代後半程度にしか見えない。これでも、自称二十八歳なのだから驚きだ。
彼女は孤児院を営むシスターであり、今回の依頼は、熊型という下位では比較的強力な魔物を討伐し、そこから精製した魔結晶を納品することである。なお、カインズはまだ魔結晶の精製が出来ないらしいので、俺が代わりに精製してやった。
基本的に、太陽樹の加護が残っている限り、俺は大半の魔術を行使可能だったりする。
「し、失礼しましたの。けれど、その、大丈夫ですか? その年で冒険者なんて。危なくありませんの?」
「むむう、失礼な!」
「こらこら、妥当な心配されているんだから、怒るなよ、カインズ」
「…………でも、師匠」
「俺はお前の奮闘を知っている。それだけでいいだろ?」
「……はいっ」
拗ねかけているカインズの頭を撫でて、機嫌を取ってやる俺。
やれ、こういう所はまだまだ子供だな、我が弟子よ。
「アンタも、あまり言ってやらないでくれ。これでも理由があってこいつは冒険者をしているんだ」
「あ、あのぉ、差し出がましいかもしれませんが、生活面での苦境であれば、ワタクシがなんとか…………」
「違うよ、シスター・レイネ。やむを得ない事情では無くて、望んで、自ら選んでこいつは剣を取ったんだ。そこだけは否定しないでやってくれ」
「…………すみませんでしたわ、カインズさん、ミサキさん」
綺麗な動きで頭を下げた後、レイネは改めて微笑んで見せる。
「お詫びと言っては何ですが、これから孤児院の皆でおやつの時間ですの。もし、よろしければ、一緒にいかか? 今日のおやつは、ワタシクシ特製のフルーツケーキですわよ」
「ミサキ師匠! フルーツケーキだって!」
「はいはい、しょうがない奴だよ、お前は」
俺とカインズはしばしの間、孤児院で休息を取ることにした。
《ミサキ、よろしいのですか?》
『俺が居る。何も問題は無い……そうだろ?』
《貴方の思考回路に問題がありそうですが》
『それはいつものことさ、気にするな』




