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第25話 そして、剣は振り下ろされた 7

 復讐は何も生まない、とはさて、誰の台詞だっただろうか?

 なんというか、こう。子供向けの漫画やアニメでは、こういう台詞が良く使われていた気がする…………いや、子供向けでも意外と展開がシビアな奴が多かったな、俺の学生時代では。

 まぁ、いいや、話を戻そう。

 復讐は何も生まない……なんて言葉を聞くと、俺たちの世代の若者は『いやいや、今時、そんなの綺麗事にもならない』と半笑いで否定するはずだ。

 不当な扱いを受けたら、やり返すべき。

 理不尽な行いを為した者には、しかるべき罰を。

 裏切りには、制裁を。

 屑は、死ね。

 色々な意見はあるが、一貫して『何か悪いことした奴が罰を受けずにのうのうと生きている』ことを許せる人間はほとんど居ないだろう。仮にそいつが改心したとしても、お咎め無しで生きていくのは釈然としない。

 これに関して、俺は全くその通りだと思う。

 そもそもの話、こういう『何の憂いも無くすっきりできる復讐劇』が成り立つのは、復讐すべき相手が悪党や外道であることが多い。

 許せない悪に対して、復讐の刃で容赦なく、凄惨に殺す。

 ストレスからの、カタルシス。

 復讐モノと呼ばれる、ある種の物語の定番だ。それこそ、古典と呼ばれる物語にも多々存在するほどに。

 

 ――――では、そうでない場合は?

 どうしようもない理由があった場合は?

 一つ、例を上げよう。どこかの誰かが考えた、性質の悪い例を上げよう。

 例えば、一つしかない薬を巡り、病気の妻を持つ男たちが争ったとする。相手を殺さなければ、自分の愛する者を救えない。そういう状況下で、『父親』が殺され、『母親』が病気で死に…………遺された子供が、復讐を誓うのだ。

 善良で、幸福な家庭をとことん壊して、全員を絶望させてから殺す、と。

 このような場合だったのならば、こういう台詞も言いたくなるのではないだろうか?

 やり過ぎだ。

相手にも理由があったんだ。

 殺してどうなる? お前の両親が生き返るのか? お前の両親は、もっと真っ当に生きて欲しいと願っているんじゃないのか?

 そう、『復讐は何も生まない』と。

 要するにバランスだと思う。与えられた理不尽に対して、人それぞれ納得できる復讐の許容量が違うのだ。

 先ほどの話でも、ピカレスクロマンの主人公ならばもしかしたら、認められるかもしれない。その手の破滅的で背徳的な欲望を好む側面も、人間にはあるのだから。

 同時に、その手の破滅的行為を何とか堪えて欲しいと思う側面も人間にあるので、やはり、『復讐は何も生まない』という台詞は、きっと、何処かで誰かが使っているのだろう。

 ああ、けれど、この例え話を考えた道化なら、こう言っていたな。


「復讐は何も生み出さないというのは間違っているのだと、私は愚考するよ、カンナ。人の行いに、真の意味での無為など存在しない。蝶の羽ばたきが、惑星の裏側で竜巻を起こすように、何かしらの意味を持つ物さ。そうだね、あの例え話でも……そう、例え話だとも、実話じゃないよ。うん、きっと」


 俺は思い出す。

 道化の少女が、俺に語った、あの物語の結末を。


「幸福な家庭に復讐を誓った男にはね、実は愛する存在が居たんだ。そう、孤児院の時からずっと手紙でやり取りを続けて来た麗しき少女の存在が。お互い、直接顔を合わせた時は無いのだけれどね、少女はずっと孤児の少年を影ながら励まし、時には手作りのお菓子や、手編みの手袋などを差し入れて励まし続けた物だよ。きっと愛し合っていたのだろうね? ふふ、そうさ、そうだとも、カンナ。君の予想通りの結末さ」


 誰も幸せになれなかった、クソッタレの例え話の末路を。


「男は復讐を終えたよ。家族全員を惨殺した。拷問した上で、バラバラにして、ぐちゃぐちゃにして、殺したんだ。そして、復讐を終えた後、ようやく気付いたんだ。散々苦しめて殺した家族の一人――娘の机から、見覚えのある便箋と、書きかけの手紙が入っていることに。とても、良く見覚えのある筆跡が、そこにあったことに。愚かだよねぇ、素敵だよねぇ。まさしく人間的って感じ。復讐相手だという事にも気づかず相手を愛して、しかも、それに気付かず殺すんだもの。ちなみに、気付いた後は自ら暖炉の中に頭を突っ込んで焼身自殺。やぁやぁ愉快な死に様だ。はは、今思い出しても、本当に笑える度し難さだったとも」


 道化が見守り、嘲り、最後まで観覧した物語の終わりを。


「復讐は何も生まないなんて嘘さ。少なくとも、私は知っている。復讐が、こんなに素敵な悲劇……いいや、喜劇を生んでくれることを」


 全てを嘲笑う超越者は、俺に何を伝えたかったのだろうか?

 ただの皮肉だろうか? それとも、世間話? 俺の復讐は割ときっちり、理不尽な悪をぶち殺すスタイルであり、何の憂いも無く完遂したのだから、多分、嫌がらせ半分の世間話だったのだろう。

 そんな世間話を今、俺は何故か、思い出していた。

 カインズに渡す剣を選んでいる時に、何故か。



●●●



 二週間でカインズの動きは大分見違えるようになったと思う。

 いや、なった。成長した、確実に。


「チェストォ!!」


 トレーニングルーム。ステージ、夜の森。

 闇に潜み、木々を飛び移り、人間の首を狩り取らんとする鋭い爪の持ち主、魔猿型の魔物。

 カインズはそれを、一刀で叩き伏せた。

 気配をあえて曝し、魔物が嬉々として近づいたところで上手く『意識からずらす』隠れ方をしたのである。そのため、一瞬、魔物はカインズを見失い、戸惑い、動きが止まる。止まった瞬間、木の影に潜んでいたカインズが容赦なく攻撃した、という流れだ。


『ギ、ガァ』

「チェスト! チェスト! チェストォ!!」


 カインズに持たせているのは練習用の木刀だけれども、芯に重しを入れているので、魔猿型程度の防御力ならば、簡単に貫通する。カインズは子供であるが、ただの子供ではない。相応に農夫として鍛えられた腕力を持つ子供だ。そんな子供が、躊躇わず、思いっきり重し入りの木刀を何度も振り回せば、当然、魔物は死ぬ。

 特別な技術も、魔術だって要らない。

 単純な物理的な話として、重い物を思い切り振り下ろせば、大抵の死ぬのだから。


「うむ、中々の仕上がりだ」

《というか、言動が薩摩……》

「あの掛け声の方が気合い入るらしいんだよね、カインズ」


 俺は示現流についてのあれこれなんて、詳しく知らない。

 大戦の時、そういう剣術を使う剣士が居たらしいという話は聞いた時はあるが、面識は無かった。だから、精々、書物で簡単に調べられるようなことしか知らない。

 だが、一撃に全てを込めてぶち殺す、という理念はとても気に入っている。

 気合いを込めて、躊躇わす剣を振るえば、大抵の人間をぶち殺せるのは事実だからだ。短期間でそれなりの戦い方を身に着けるのならば、ちょうどいい。無論、本場の技術を習った剣士に比べればお粗末極まりない有様かもしれないが、構わない。

 極論を言えば、剣を思い切り振り下ろせれば、それだけでいいのだ。


「ミサキ師匠、終わりました」

「うむ、よくやったな、カインズ。ほら、近くに寄れ、褒めてやろう」

「頭を撫でるのは、やめてください! オレはもう一端の男です」

「あっはっは、そうかそうか」

「わ、わふっ!?」


 俺は見事、魔物を打ち倒した弟子の頭を容赦なく撫でる。

 何やら恥ずかしがって遠慮しているようだが、構いやしない。こういうスキンシップこそが、師弟の中を深めるのだ。


《精神の変容が進んでいますね、自覚はありますか?》

『実は多少』

《そろそろ、本気で帰還してはいかがです?》

『…………もう少し後で、な』


 充分頭を撫でると、今度は、カインズの背中をばしりと叩く。

 褒める時間は終わり。ここからは切り替えて、真面目に話そうか。


「よし、お前も強くなってきたことだし。一つの区切りとして、お前にやる物がある」

「ええと、ご褒美ですか?」

「いや、違う」


 俺は別空間から、一振りの剣を召喚した。

 形状としては、ショートソードとなる。知り合いの鍛冶師に頼んで、カインズでも取り扱える刃渡りの武器として選んだ貰ったものだ。そのため、従来の物よりも刀身がさらに短い物となっているが、しかし、金属の塊なのできちんと重みがある。人を殺せる重みが。今はきちんと鞘に刃が収められているが、抜き放てば、鈍く光る両刃の刀身が確認できるだろう。


「一応、簡易的にエンチャントを施している。この剣をどれだけ乱暴に扱っても、刃が欠けることは無い」

「魔法の剣だ……い、いいんですか、貰っても!?」

「これに相応しいだけの強さは手に入れたと思っているから、やるのさ。ほら、持ってみろ」

「お、おぉ……」


 剣を恭しく両手で受け取るカインズ。

 その体は歓喜に震えていた……無理もない。ずっと、ずっとカインズは棒切れを削って作った、歪な木刀を振って、毎日を過ごしていたらしい。ずっと、ずっと、子供では剣など到底、手に入れられないから。だから、こうして本物が手に入って、嬉しいのだろう。真剣を使った練習もやったが、あくまでそれは借り物という意識があった。

 けれど、今は違う。

 カインズは今、本物の剣を所有している。

 そう、人を殺せる武器を――――凶器を。


「さて、これを渡したからには問わないといけないな」

「えっ、あの、ミサキ師匠?」

「…………カインズ」


 故に、今、俺は弟子に問うのだ。


「お前に何があって、復讐を望むようになったのか、その経緯をきっちりと話しなさい。知りうる限り、仇の情報も全て」


 普段は深く、心の根底に近い部分に沈めてある、カインズの憎悪の理由を。


「…………」


 問われて、しばし、カインズは無言だった。

 そこにはもう、先ほどまで歓喜に震えていた少年の姿は無い。どろりと、重く淀んだ憎悪を発露させる、復讐者の姿になっていた。

 目つきも荒み、剣を握る手に力が入っている。

 凶器を持てば、狂気が呼び覚まされる。

 力があれば、振いたくなる。

 感情が暴走し易くなる。

 そんな時に、己の心に巣食う憎悪の理由を訊ねられれば、荒ぶるまま、猛りと共に言葉を叫びたくなるのが人の心理だ。


「…………すぅー、はぁー」


 しかし、カインズはそれに抗った。

 大きく息を吸い、ゆっくりと瞼を閉じて長く息を吐いたのだ。

 それを数度、剣を持つ手の震えが止まるまで、カインズは繰り返した。


「わかりました、お話します、ミサキ師匠。あの日、何があって、オレが復讐を望むようになったのかを」


 そして、落ち着いた声で語り出す。

 憎悪の理由。

 殺すべき相手の事と、どうにもならなかった悲劇について。

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