第24話 そして、剣は振り下ろされた 6
「ふんがぁああああああああ!!」
『くまぁああああああ!!?』
「よいしょぉおおおおおお!」
『くままままっま!?』
魔力で動く着ぐるみ、べあっち。
打撃が通じず、執拗に呼吸器官を狙う、無駄にガッツにある相手。
そいつに対して、カインズが行った第一の対策は、簡単だ。
「思った通りだ、こいつは軽い! 物凄く、軽い!」
掴んで、投げる。
掴んで、地面に叩き付ける。
即ち、相手を体ごと動かして翻弄すること。
あの着ぐるみは打撃攻撃が通じない代わりに、中身が綿なのでとても軽いのだ。そう、カインズの腕力であれば充分、振り回せるほどに。
『く、くまぁあああ! 諦めないくまぁあああああ! 必ず殺す!』
「うわぁ、殺意高い!」
されど、それでも着ぐるみの敵意は衰えること無いだろう。相手の行動は封じられるが、それだけならば、決定打に欠ける。決定打に欠けるが……相手が行動できないということは即ち、時間に余裕が出来るということ。時間に余裕が出来たのならば当然、やることは一つだ。
「どうする? 力任せに破る? でも、それでも動いたら? 中の綿がこっちの口に中に入って、窒息して来たら? どうする? どうやって、倒す――燃やす? 燃やすのが一番。うん、多分。でも、今は素手だから……だから、出来ることをやるんだ!」
考えるのだ、対策を。
今の自分の状況を、出来る限り冷静に客観視して。己の手札を確認して。どれが一番効果を及ぼすのか判断し、そして、決断する。
「お前なんか! こうしてやるぅううううううううう!!」
『くまっ!? ちょ、やめっ、それはちょ――』
「うぉらあああああああああああ!!」
カインズは躊躇わず己の服を脱いだ。
下着一枚残して、年齢の割に鍛え上げられた肉体を躊躇うことなく曝け出した。そして、脱いだ服を使い、着ぐるみを縛り上げた。
そう、それでいい、それが正解の一つだ。
「お前は! 力が弱い! だから、こうされると何も出来ないだろ!?」
『く、くままままま、屈辱くまぁ!』
現状で倒せないのならば、相手を拘束すればいい。身動きを封じて、行動を制限すればいい。何も必ず、無理やり相手を倒す必要は無い。一旦動きを止めたり、あるいはこの場から逃げるのも正解だ。倒せないと判断したのならば、素直に退く。そして、次の機会に確実に倒す準備をすればいい。
思考を転換させれば、簡単に出てくる答えだ。
だがしかし、冷静さを失って混乱していれば、こういう答えを出すのは難しい。
よくぞ、冷静さを取り戻し、ちゃんと考えて戦ったな、カインズ。
「あははははは! やーい、やーい!」
『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね』
「こわっ!?」
着ぐるみの殺意にビビるカインズの姿に苦笑した後、俺は軽快に指を鳴らす。スイッチを切り替えるように、ぱちんっ、と。
『…………状況終了。沈黙します』
「あ、あれ? 動かなくなった?」
すると、着ぐるみは魔力を失い、また設定も消え去り、光の粒子となって消え去っていく。
「えーっと、これは、どうなるのですか? ミサキ師匠」
「――――もちろん、お前の勝ちだ! よくやったな、カインズ」
「わ、わふっ!?」
戸惑うカインズの頭を、俺はわしわしと撫でた。
あっはっは、結構汗だらけだけど、まぁ、いいさ。こういうのはちゃんとその時々に褒めてやらないといけないからな。それを思えば、全然不快じゃない。
「ああいう場面で、冷静に判断を下せるのは中々出来ることじゃない。よくぞ、ちゃんと考えて戦い方を選んだな。いいか? まず、何事もこれが基本だ。ちゃんと考えろ。感情に飲み込まれるな、一時の衝動に体を任せるな。そうすればきっと、お前は今よりもずっと強くなれるはずさ」
「ミサキ師匠…………そ、その、恥ずかしいのですが!」
「あっはっは、下着姿ぐらいで別にそんな恥ずかしがるなよぉ!」
「そっちもありますけど! 頭を撫でられるのは恥ずかしいです! オレはそんなに、子供ではないですよ!」
「んじゃ、やめるわ」
「あっ……」
「なんか寂しそうな顔したから、撫でるのを続行するぜ」
「してません! そんな顔! しーてーまーせーんっ!」
むくれるカインズの顔を見て、俺はついつい笑ってしまい、さらにカインズが拗ねてしまう。
ああ、これじゃあまるで、親戚の子供と楽しく遊んでいるみたいじゃないか。
――――俺たちは二人とも、復讐者だってのにさ。
●●●
カインズの修業は順調に進んでいた。
「今日の対戦相手は最下級の魔物である野犬タイプだぞ、心して戦え。ああ、今回は特別に加護ありの状態で戦えるように――」
『ガルゥ!』
「う、ひっ、こ、んんおぉ!」
「聞く余裕は無い、か。とりあえず、この空間じゃ死なないし、負傷もすぐに無くなるから、安心して戦えよ?」
自画自賛であるが、俺が作り上げたトレーニングルームという仮想空間は割と凄い。
俺の記憶にある限りの、あらゆる環境、物質、人物さえもある程度再現可能。加えて、夢と現の狭間であるので魔力の消費は最小限で済み、極めて経済的である。
制約があるとすれば、トレーニングルームで再現した物を現実に持ち込むことは出来ないことと、トレーニングルームでどれだけ体を鍛えようとも、現実その成果が反映されることは無いということ。その代わり、得た経験や知識は劣化することなく現実の精神と同化する。
つまり、どれだけ無茶をやろうが現実の肉体は傷一つ付かない。現実世界では危なっかしくてとても出来やしない修業でも、何の躊躇いも無くやらせることが可能になるのだ。
「ああああっ! あああっ! ああああああああっ!」
「おっと、カインズが己の左腕を犠牲にして、右腕で野犬の腹を滅多打ち……ううむ、ナイスガッツだけど、ちょっとやり過ぎたか」
「勝ったぞ、おらぁああああああああ!」
ただ、あまり無茶振りをやり過ぎると、弟子が狂暴化することを発見したので、やり過ぎには気を付けることにした。何より、カインズが傷を受けても躊躇わないという癖を付けてしまうのはよろしくない。問題点を発見した時から、修業の方向性をシフト。難易度をある程度調整し、傷を負わずに修業を終えれば、その分だけ、ご褒美を与えることにした。
「ミサキ師匠! このお菓子物凄く美味しいですね!」
「あっはっは、だろう? ちょっと依存するレベルで美味しいよな!」
お菓子類。
男の子が好きそうな格好いいアクセサリー。
ちょっとだけ実用性のある魔導具。
これらのように、ご褒美は出来るだけカインズが喜びそうな物を与えた。もっとも、カインズは最初の頃、「そんな、修業を付けてくれるだけでありがたいのに。これ以上……」などと遠慮していたが、「受け取るまで後ろから抱き付いて頭を撫でるぞ」と軽く脅してからは、素直に喜んで受け取るようになっていた。
ふふふ、所詮、こやつも子供よのぉ。
「さぁ、お前が安全に強くなればなるほど、良いご褒美をあげるぞぉ! 頑張って、たくさんご褒美をもらうがいい!」
「う、うう……ミサキ師匠は色々とずるいです」
「はっはー、当たり前だ。だって、俺はお前の偉大なる師匠だからな」
修業は常に試行錯誤の連続だった。
俺はいかにも『全て最初から知っていたぜ』みたいな顔をカインズの前でしているのだけれど、割とその場の思い付きでやり方を変えていたりもしたし、もちろん、失敗だと思うこともそれなりに多くあった。
けれど、失敗だと思っていたことが、後で思わぬ成功に繋がっていたり、成功だと思ったことが続いても、成功の体験が原因で、先に進めず、ドツボに嵌ることもあった。
俺がカインズの師匠をやって、一番学んだことがあるとすれば、人は自分の思い通りに動かないし、成長しないということ。
そして、時に、自分が予想していた物を遥かに凌ぐ成果を出すこともある、ということ。
「剣を振るう時は一撃で殺せ! 実戦的な剣術なんて上等な物がすぐに身に付くと思うな! とにかく、思い切り振り下ろして、一撃で殺すことだけを考えろ! 外したら? 大人しく死ね! それが嫌なら外すな!」
「はいっ!」
相手を殺す手段を教えた。
一番、手っ取り早く殺す方法を教えた。
意外と才能があった。剣士の才能ではない。俺と同じく、暗殺者としての才能が。
「戦う力だけあっても、自分の飯を自分で作れなきゃ意味は無い! そして、自分で食う物を自分で取れなきゃまるで無意味だ!」
「はい、頑張ります! よぉし、まずはこのキノコと香草と、後は大きな石の下には食べられる虫が結構――」
「あれ? 俺よりも逞しくない?」
どんな状況でも生き残るために、サバイバル術を教えた。
一部の知識や、虫まで食べるバイタリティでは、俺を凌ぐ部分もあって驚いた。俺は、虫は絶対に食いたくない、生理的に無理。
「いいか? 馬鹿というのは物を知らないことじゃない。物を知ろうとしない奴が馬鹿なんだ。そんな訳で、軽くお勉強の時間だ。テスト結果が悪いと罰ゲームです」
「うへぇ、勉強かぁ」
出来る限り、この世界でも活用可能な知識を教えた。
四則演算などは既に習得していたが、計算速度はお世辞に言っても早いとは言えなかった。どうやら、この手の問題は苦手なようだ。
代わりに、理科関係の実験には目を輝かせて意欲的に取り組んでいたが。
「カインズ、失敗を恐れるな。間違いから目を背けるな。失敗しても、間違えてもいい。だけど、それを己で省みることが出来る奴になれ。そうすれば、お前はもっと強くなれる」
「――――はいっ! オレ、もっと強くなります!」
共に学んで、共に失敗して、共に笑い合って。
――――――――俺とカインズが出会ってから、瞬く間に二週間の時が流れた。




