第23話 そして、剣は振り下ろされた 5
強さとは、何だろうか?
きっと誰しも、この疑問を考えたことがあるだろう。具体的に言えば、少年漫画を読み終えたばかりでテンションの高い深夜とか、拳を握りしめて、布団の中で蹲った朝とか。
強いという言葉を聞くと、まずイメージするのが腕力だ。武力だ。純粋な戦力としての評価だ。他者を害するための力だ。何かを捻じ伏せるための力だ。
だがしかし、果たして武力を持っている人間だけが強いのだろうか?
様々な知識を蓄えて、あらゆる状況を冷静に分析できる賢者。
どれだけの困難があろうとも、他者を救い続けた聖人。
どんな状況でも諦めず、解決への道を探る凡人。
武力以外にも、知力、精神力、あるいは運の良さなど、様々な要素に長けている人間は、『強い』と評価されることが多い。
強さとは『力がある状態』を示す言葉だ。
鍛える、というのはその力を生み出す行為を示す言葉だ。
故に、間違えてはいけない。
求める力の種類を。
復讐を遂げるために必要なのは、必ずしも武力だけでは無いのだから。
そして、必ずしも――――強い人間が、復讐を遂げられる人間とは限らないのだから。
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「ぜぇ、ぜぇっ……お、おまたせ、しましたぁ、ミサキ師匠」
農作業を終えたカインズは疲労困憊といった様子だった。どうやら、おばちゃんに食らいつこうと頑張って、気合いを入れ過ぎたらしい。
やれ、男の子ってのはどうしてこうも単純なのかねぇ? ああ、うん。もちろん、その答えは異世界であっても割と共通で、男の子は格好付けたがりだからだ。うん、本能レベルで刻まれているのだから、仕方ない、仕方ない。
「疲れているようだけど、大丈夫か、カインズ? 少し休んでからやるか?」
「い、いいえっ! 今すぐにでも!」
「はっはー、気合充分って感じだな。けどな?」
俺は別空間から取り出したタオルをカインズに頭から被せて、その隙に、首筋へよく冷やしたスポーツドリンク入りのペットボトルを当てる。
「わひゃっ!?」
「休息も大事だ。休める時に休めなければ、いつかきっと後悔する」
「は、はひ、ミサキ師匠! それでその、これは一体?」
「飲み物だ。さぁて、どうやって開けて飲むと思う?」
カインズは一瞬、馬鹿にしているのだろうか? みたいな顔をこちらに向けるが、与えられたペットボトルを受け取った瞬間、未知の感触に目を丸くする。
「と、透明な容器……ガラス、じゃない? ええと、妙に柔らかい? 柔らかいのかな、これ? でも、うねうねしているし……と、今はそうじゃなくて、ええと」
人間、どれだけの知性があったとしても結局は、肉体のコンディションに性能が左右されてしまう。なので、疲れている時に未知の物質を与えられて、そこに何かしらの課題を加えられれば、かなりの確率で思考が鈍り、時には停止してしまうのだ。
「ここかな? うん、ここだよ、絶対、ここを捻って……ひゃああ! ぺききって! ぺききって鳴りましたよ、ミサキ師匠ぉ!」
「はっは、そうだなぁ」
「このまま、このまま回してもいいんですか!? この蓋を取ってもよろしいのです!?」
「逆に、蓋を取らずにどうやって飲むんだ?」
「あうあうあ……」
だが、疲れている時に未知へ挑戦するという行為は、緊急時における対処の素早さを鍛える訓練にもなる。また、何物かが未知の攻撃をした際、あるいは環境自体が突然訳の分からない状況に陥った時、思考停止の時間を短くすることも可能……だと思う。まぁ、とりあえず色々試しながらやっていく方針で。
ころころ表情が変わる弟子の姿を見るのも、割と楽しいし。
「取れた!」
「はい、良く出来ました。ご褒美として、それは飲んでいいぞ。霊薬じゃないけど、俺の故郷では疲れた時に水分を補給するための飲み物だ」
「うわぁい!」
カインズは恐る恐る口を付けて味を見ると、直ぐに、ペットボトルを傾けてごくごくと喉を鳴らして飲み始めた。そして、それほど量は多くないものの、そのまま全てを飲み切ってしまう。どうやら、気に入ったらしい。
「ぷはぁ! ミサキ師匠! これ、美味しいですね!」
「そうか、そうか。そりゃあ、良かった。んじゃあ、水分補給も取ったことだし、十分ほど休んだらいよいよ修業を始めるぞ」
「――――はいっ!」
スポーツドリンクを飲み終わったカインズは、容器を俺に返すと、そのまま、だらりと地面に転がって休み始めた。手足がうずうずと待ちきれずに、ぴくぴく動いてはいるものの、中々大胆な休憩だ。そういう思い切りの良さは悪くない。どんどん伸ばしていこうと思う。
『オウル、トレーニングルームの準備を。ステージは草原。対戦相手のレベルは最弱よりも下のレクリエーションで』
《了解しました、ミサキ。それで、本当に彼を鍛えるのですか? 正直、貴方が代わりに彼の復讐を代行してあげた方がよろしいのでは?》
『まぁ、そういう選択肢もあるさ、当然な。だけど、それはまだ先の話だ。何かを選ぶにも相応の準備が必要なんだよ、俺達人間にはさ』
《非効率的ですね、人間は》
『ああ、そうだとも。失望したかい?』
《どれだけ愚かだったとしても、貴方の相棒は私ですよ、ミサキ》
『…………最近、俺への言葉責めの趣向を変えてきてない?』
《貴方にとってはこちらの方が効果的ですので》
しれっと俺に告げるオウル。
まずいな、順調に俺の弱点を学習してきやがるぜ、このサポートAI。その内何か打開策を考えなければ、このまま軽口のやり取りで負け続けてしまう。
…………ふっ、なるほど。つまり、この俺も成長すべきなのかもしれないな。折角弟子を取ったのだから、弟子を育てると共に、俺も弟子から何かを学び取ろう。
「休んだら俺の魔術でちょっと移動するから、驚き過ぎないように覚悟しておくように」
「はいっ!」
お互いに成長できる関係であるということが、良い師弟の条件だと、確か、前に何かの漫画で呼んだことがある。
俺とカインズも、そう在れればいいと思えた。
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トレーニングルームは空間支配の権能で作り上げられた仮想空間だ。
現実と現の狭間に位置しており、物凄く簡単に言えば、非常に鮮明な夢を見ることが出来る空間だ。夢の中なのに痛みや疲労を現実のように感じ、されど、空間の支配者である俺が望めば、大抵の出来事は再現可能である。
蒼天の下、果てが見えないほど広大な草原を再現することも。
『くまぁあああああ! 僕はべあっち! よろしくね! よろしくねぇ!』
あるいは、遊園地のマスコットキャラクターみたいな着ぐるみに、『設定』を与えて、NPCとして勝手に動くようにすることも可能だ。
「あの、ミサキ師匠?」
「なんだ、カインズ?」
「あのでっかい熊の人形は何ですか?」
「何だと思う?」
「…………修業相手、ですか? あれを、倒すんですか?」
「そうだよ」
「オレが?」
「うん」
「どうやって?」
「とりあえず、素手で行ってこい。大丈夫、あいつの中身はほとんど綿だから、攻撃されてもほとんど痛くないから」
「えぇ……」
カインズは釈然としない様子で、とりあえず、着ぐるみの近くへ歩いていく。
確かにまぁ、いよいよこれから『修行だぁ!』という時に、ビジュアルが如何にもゆるキャラみたいな着ぐるみと戦ってこいと言われたら、出鼻を挫かれた気分になるだろうさ。
もっとも、その油断が命取りになるということを教えるために、あえてそのビジュアルを選んだんだけどな?
『隙ありくまぁあああああああ!!』
「え、あ、ちょ――」
『くまくまくまくまぁ!!!』
明らかに無警戒で近づいたカインズの顔面を、着ぐるみの両手が高速で叩く。勿論、中身が綿なのでそんなに痛くないが、かなりうざったい。
「こ、このぉ!」
カインズも何度もぺしぺしやられれば、着ぐるみの敵意に気付くらしく、ここでようやく反撃の拳を繰り出す。
『…………今、何かしたくまぁ?』
「うそぉ!? 効いてない!?」
当たり前だ。
何せ、中身が綿である。打撃系の攻撃は、内臓のある奴や痛覚のある奴には有効かもしれないが、こういう魔力仕掛けで動く無機物系には大して意味を為さない。一撃で着ぐるみを消し飛ばせるほどの打撃ならばともかく、少々鍛えた程度の子供の腕力では無意味だ。例え、陽光の加護を受けている状態であったとしても。
『くまくまくまぁー♪』
「やめ、やめろ、このぉ!? ミサキ師匠、こいつ、執拗に口に手を突っ込もうともがぁっ!?」
『くまままままま』
「――――っ!」
ちなみに、そいつは的確に対象の呼吸器官を狙って自分の体の一部を捩じりこもうとする。あらゆる手段を使って、常に思考を巡らせて。
もちろん、この空間でカインズが窒息死することは無い。だが、その恐怖と苦しみの一部を味わうことにはなるだろう。
「カインズ、お前の敵はお前よりも弱い、最弱だ。けれど、馬鹿でもないし、意外と気合いもある奴だぜ?」
未知なる相手。
通じない攻撃。
けれど、打開策はきっと山ほど存在するだろう。
「だからまぁ、お前も気合いを入れて頑張ってみろ。立ち向かう意思を見せてみろ。例え、その行いが愚かだったとしても、間違えていたとしても――――踏み出さなきゃ、何も始まらないんだからな」
さて、我が一番弟子よ。
お前はどうやって、その最弱を攻略する?




