表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/185

第22話 そして、剣は振り下ろされた 4

 思えば、数年前の俺はどこにでもいるような男子高校生だった。

 特に美形でもなく、何か特技があるわけでもなく、美少女との交流があるわけでもなく、何か一つの事に打ち込むような情熱も持っていなかった。

 昨日と同じような今日がやってきて。

 今日と同じような明日が続いていく。

 平和で、退屈な日常に上手く溶け込んで、流されるまま生きているような奴だった。

 日々の楽しみなんて、漫画やライトノベルと、コンビニのちょっとお高いスイーツや肉まんがあれば、それで事足りた。


「人生って奴はきっと、死ぬまでの暇つぶしなんだ」


 周囲に流されながら、一歩だけ引いて、俯瞰したようなつもりで傍観者を気取って。何かを悟ったようなつもりで、退屈に埋もれていくようなモブ。

 凡庸にして、凡人。

 どのような物語でも端役の一人に過ぎない、エキストラ。

 要するに俺は、見崎神奈は、つまらない人間だったのだ。小説にしてみたら、きっと短編にもならないようなちっぽけな人生。あるいは、一ページ、もしくは三行ぐらいで説明できてしまう、薄っぺらな人間だったのである。

 だから、今でもふとした瞬間思う。

 あの日、あの時、強烈な夏の日差しに目を細めながら、見上げたあの空が――――あの空が、『割れていなかったら』、今頃、どんな人生を送っていたのだろう、と。

 多分、そのままつまらない人間として生きていたはずだ。

 普通に大学に行って、そのまま何となく就職して。

 面白くも無い仕事をやりながら、うだうだ愚痴を呟いて。

 冴えない面構えだからきっと、伴侶も得られずに独身のままで。

 つまらない人生を送っていたはずだ。

 腐っているのか、燻っているのかわからないが、とにかく、物語の主役になれるような人生は送っていないと思う。

 ああ、けれど、けれど、さぁ。


「神奈、たまには父さんと飯でも食いに行くか? 母さんには内緒で、良い肉でも食いに行こうぜ。裏切るなよ? 絶対だからな?」

「神奈。素直に、私に黙って父さんとステーキを食べに行ったことを白状するのなら、貴方だけは許してあげましょう。そう、良い判断ね。流石、私の息子」


 つまらない人生でも、愉快で陽気で、ちょっと変わっているあの両親が居てくれれば。


「いよう、神奈! 学校帰りにファミレス寄ろうぜ!」

「あのファミレスに眼鏡の似合う可愛い大学生のお姉さんが居てなぁ!」

「じゃんけんで負けた方がナンパするんだぞ!」

「負けた方とか言っている時点で、俺達既になんか負けてない? 色々と」


 他愛ない日常を、馬鹿みたいなことで彩ってくれる友達が居てくれれば。

 きっと、そんな人生も悪くないと思えたんだ。

 例え、俺の人生が死ぬまでの暇つぶしだったとしても、それはきっと、それなりに楽しくて、そこそこ満足できる暇つぶしになれたと思うから。

 だから俺は――――――それを奪った奴を、許さない。

 機械神を許さない。

 機械天使を許さない。

 機械眷属を許さない。

 そう、全ての戦いが終わった今でもなお、俺は許していない。

 許すことが、出来なかったんだ。



●●●



「へぇ、うちのカインズがお前さんに弟子入りねぇ。大丈夫かい? 無理を言ってないかい?」

「いやいや、全然構わないよ、おばちゃん。ちょうど仕事が終わって一区切りしていた所だったからね。まー、ただ優先的に農作業が終わってから色々教えるっていう形になるけど」

「なるほどねぇ。とりあえず、アタシはカインズが無茶して、大きな怪我を負わなきゃそれでいいよ」

「はっはー、流石おばちゃん、心が大らかだ!」


 カインズに住居を聞いてみたところ、なんと、俺が朝食をご馳走になったおばちゃんの所に居候していることが発覚。

 図らずとも、おばちゃんには師弟が共にお世話になっていたということだ。ならば当然、俺が師匠になったからには朝食のお礼も含めて、たっぷりと手土産を持ち帰らなければなるまい。

 そんなわけで俺は、鹿三頭分の肉をきっちり解体処理して、おばちゃんにプレゼント。おばちゃんからは「多い!」と苦笑しながらのお叱りを受けました。

 ちょっと張り切り過ぎちゃったかぁ。


「んもう、おばちゃん! そんなに心配しなくてもオレは大丈夫だよ!」

「ほっぺにソースを付けて馬鹿面晒しているアンタじゃ、説得力皆無だわ」

「う、うぐっ。おばちゃんはすぐにそうやって人の弱みを指摘するぅ」

「あっはっは! 指摘されるような弱みを見せているようじゃ、まだまだアンタは子供だねぇ、カインズ」

「むむう」


 カインズは頬に付いたソースを手で拭うと、恥ずかしそうにそっぽを向く。

 やれ、まだまだ子供だな、カインズは。うん、本当に子供なんだよな。なんと十一歳らしい。ギリギリ小学生とか、そういう年齢である。

 そりゃあ、おばちゃんと口論になれば為す術もなく負けるしかない。


「カインズ、師匠である俺からの最初の試練だ。まずはしっかり昼食をよく噛んで食べること。食べられる時にきっちり食べられることは、優秀な戦士として必要な技能だぞ?」

「あっ……はいっ! わかりました、ミサキ師匠」


 しかし、俺の言葉を受けて、真面目に肉をがっつき始めたあたり、やはりカインズは素直である。素直なことは、誰かの教えを受ける時にプラスになる。うん、実に良いことだ。


「がつがつがつがつがつ、もぐもぐもぐ」

「こらこら、そんな高速で顎を動かそうとするな。しっかり味わって食べなさい。俺が獲った鹿で、おばちゃんが調理してくれたステーキだぞ?」

「も、もぐぐ!」


 ちなみに、今日の昼食は鹿肉のステーキである。

 俺があらかじめ下処理をして、寄生虫予防や感染症対策をしておいたので、遠慮なく食べることが可能な鹿肉だ。もちろん、健康面での心配だけでもなく、味の心配もする必要は無い。

 このステーキに使われているソースは、おばちゃんが野菜や果物、調味料をもろもろぶち込紺で予め熟成させておいた秘伝のソースらしい。しかも、おばちゃんはこの手のジビエ肉の調理のやり方を熟知しており、どのように肉の臭みを取るのか、どの程度、肉の歯ごたえを残せばいいのかを完全に見切っている。それは、度々猟師からのおすそ分けでジビエ肉を調理して来た歴戦のおばちゃんだからこそ出来る技。

 一口噛めば、じゅう、と肉汁が舌の上に溢れる。

 脂分の甘さでは無く、赤身の多い鹿肉だからこそわかる肉の旨み。その中で仄かに感じる粗野な匂いは、食欲を失わせるほどではなく、むしろワイルドな気分にさせてくれるスパイスだ。きっちり調理すれば、ジビエ肉特有のクセも、このように活かせる物なのか。


「ううむ、やっぱり、おばちゃんの料理は美味いなぁ」

「あっはっは、そりゃどうもありがとう! ところでアンタはなんで、食事中でも仮面を被っているんだい? 朝は素顔だったのに」

「や、俺の顔は弟子の教育上、あまりよろしくないので」

「あぁ……」

「お、おばちゃんが物凄く納得している!? ミサキ師匠! 教育上、よろしくない顔って何ですか!? そ、そのお怪我をなされているのですか!?」

「怪我はしていない。ただし、お前の心に甚大な傷を残す可能性がある」

「そんな! 俺は師匠がどんな顔でも、敬意を失ったりしません!」

「そうかもしれないが、余計な感情が生まれるかもしれなくてなぁ」

「……?」


 首を傾げるカインズであるが、こればかりは譲れない。

 この機械天使の顔は恐ろしく美形なのだ。というか、美形とである上に、人を無意識レベルで魅了する感じの細工もされていて、しかも、存在レベルでくっついていて解除も出来ないという始末。

 そんなわけで、まだまだ子供であるカインズの前で素顔を晒した場合、こう、ね? 男としての目覚めを悪い方向に促進させてしまう可能性があるのだ。その場合、中身が男である俺では責任など取れないし、取りたくない。


《可愛い女の子は呼吸レベルで口説く癖に》

『でも、最終的にヘタレるからいいじゃん!』

《ついに認めて、開き直りましたね、貴方》


 オウルから冷たい言葉が飛んでくるが、何時もの事である。

 最近、オウルは自我がなんかこう、面白い具合に発達しているので罵倒のバリエーションや日常会話での遠回しな皮肉も覚え始める始末。まったく、AIの可能性を軽々と凌駕していくなんて、流石俺の相棒だぜ。いやほんと、明らかにスペック以上の性能を出しているんだけど、何があったの、お前に。


「そういえば、おばちゃん。この後のカインズの予定とか聞いてもいいかい?」

「うーんとねぇ。確か、今日は特にやることはないねぇ。畑の水やりはアタシ一人で充分だし、草取りは昨日終わったし」

「お、おばちゃん! オレも水やりやるよ! 手伝うよ!」

「おっと、今日は張り切りさんだねぇ、アンタ。この人に良いところを見せたいのかい? はは、でも駄目さ。水やり素人のお前ではかえって足手纏いだよ」

「むむぅ」


 水やりに足手纏いとかあるのか。水の入った桶をぶちまけるとか? でも、カインズはそこまで不器用だったり、要領が悪いとは思えないんだが。


「た、確かに、オレはおばちゃんみたいに、巨大桶三号に水をなみなみと入れて、それを上空で回転させながら畑に万遍なく水を撒くみたいな芸当は出来ないけど! 如雨露を使っていいなら、足手纏いにはならないもん!」


 違っていた。予想の斜め上を良くレベルの話だった。


「言ったね、ガキが。じゃあ、食べ終わったら腹ごなしがてらに付き合ってもらおうかい。ああ、悪いね、アンタ。ちょいと待ってくれないかい? 水やりを終えたら、カインズは自由になるからさ」

「お、おう」


 俺は昼食後、身の丈以上の大きさの桶から、自在に水を降らせるおばちゃんの姿や、必死に如雨露を振り回して、畑の周りを高速移動するカインズを見ながらふと納得した。

 そりゃあ、鍛えられているはずだ、と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ