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第21話 そして、剣は振り下ろされた 3

 俺に開幕土下座して来た少年の名前は、カインズと言う名前らしい。

 清潔ではあるものの、美容系の手入れはまったくしていない、ぼさぼさの茶髪の少年。服装は農家の居候として働いているので、大体ツナギのような仕事着で過ごしているようだ。


「あ、あの……」


 じぃ、と顔立ちを良く観察してみる。

 肌は日焼けの所為か、やや褐色気味。瞳の色は焼け残った灰のような色をしていた。

 そして、やはり特徴的なのはこめかみ辺りから頬にかけて付けられた、痛々しい二本の傷痕だろう。まるで、熊や虎などの鋭い爪に引っかかれたような傷痕が、カインズ少年の幼い顔立ちに険しさを加えていた。


「そ、その、一体、何をして……」


 次に、地面に着いていた手を見る。

 ぺたぺたと触って確認すると、やはり農作業をしているからか、筋張った指先だ。掌も分厚い皮が出来てる……いいや、これは農作業だけで付いた物じゃない。よくよく観察すると、剣を振う者特有のタコが幾つか見られる。


「あ、あう、あうううあ」


 服越しに肩や背中、腹筋なども触って確認してみるが、やはり、それなりに鍛えられている。無駄な脂肪がほとんど存在しない。それでいて、痩せこけているというわけでもなく、きっちりと豊富に栄養は取っているようだ。ぺしぺしと骨を叩いて密度を確認しても、申し分ない。

 …………よぉし、これで大体の情報は分かったな。


「カインズ少年」

「は、はいっ」


 何故か顔を真っ赤にしているカインズ少年へ、俺は問いかける。


「君の体の情報は大体分かった。結論から言えば、鍛えるための下地は出来ているので、君の要求を叶えるのは不可能じゃない。だが、不可能じゃないからと言って、それを俺が叶えてやる義理は今の所存在しない」

「お、お金なら――」

「金は関係ない。君を鍛えるかどうかは、完全に俺の気分次第だ。だから、そうだな、うん。まずはどうして、この俺に鍛えて欲しいと頼み込んだんだ?」

「んぐっ、それは…………それは、貴方が最近噂の『仮面の魔術師』様だからです!」


 言葉を遮るように問いかけてやると、カインズ少年は一瞬、言葉を詰まらせた。けれど、次の瞬間からはもう切り替えて、はきはきとした声で俺の問いかけに答え始めている。


「誰かが困難に陥っている時、誰かが涙を流している時、誰かが己の不足を嘆く時、『仮面の魔術師』様はやってくるって聞きました! 前に進むことを恐れず、チャンスを掴もうと手を伸ばす者を、狐の仮面を被った魔術師様は、決して見捨てないのだと!」

「ほうほう、そんな噂がねぇ」


 思えば色々と派手にやり過ぎたのかもしれない。

 世界各地で秘宝を消費する旅の時もそうだったが、基本的に俺は時間を持て余すと、面白そうな人を見つけては、意味深なことを言って手助けなんだか、邪魔をしているんだか、よくわからないことをしていたのだ。最終的に収支をプラスで収めたので、迷惑なだけの存在じゃなかったと自負しているのだが、まさかそんな噂が流れるほどになっていたとは。


「ふん。だが、この俺が魔術師である証拠がどこにあるかね?」

「あ、あの、先ほどから空中に解体途中の鹿を留めていますよね? 思いっきり、血の匂いのする手でオレを触っていましたよね?」

「…………なるほど、観察眼は悪くないらしい」

「あ、ありがとうございます?」


 カインズ少年は首を傾げなら俺にお礼を言う。

 うむ、まずいな。こんなこと言われるのは初めてだから、内心、焦っていることがバレてしまいそうだ。いやぁ、正直、こういうシチュエーションにはちょっと憧れを抱いていたので、こうね? 只者ではないオーラを出そうと頑張っているんだが、このままだと頭のおかしい人として印象が固定してしまう。

 なので、早々に本命の質問をさせてもらおう。


「では、次の質問だ、カインズ少年。君は、何のために力を欲するんだい?」

「それ、は……」

「はっきり言おう。力を授けるのだったら、簡単だ。とても簡単だ。安っぽいで良いのなら、人の命など簡単に奪える力を与えるのは、この俺にとってとても簡単だ。だが、それが君にとって最良の選択肢であるかどうか、俺には分からない。君の理由を訊ねなければ、どのような力を求めるのか、わからない。だから、俺は問おう、カインズ少年。君は、何のために、何をするために、力を求めるんだい?」


 数秒、カインズ少年は俯いた。俯いて、沈黙した。

 けれど、それは悪い意味の沈黙ではない。正しく、己の答えを伝えるための沈黙だ。

 即答せず、己の中に渦巻く何かを言葉にするために、必要な沈黙だったのだ。


「オレは」


 やがて、カインズ少年は俺に挑みかかるように視線を向けて、答えた。


「オレは、復讐のために力を求めます」


 どろりと、その目は憎悪で濁っていた。

 先ほどまで純朴な少年だった顔つきは、荒んだ野良犬の如き剣呑さを含んでいる。

 一呼吸、気を抜けば、こちらの首元に食らいつきそうな、飢えた目つき。

 ――――知っている。

 俺は、この目を知っている。


「両親を……父さんと、母さんを殺した奴を見つけ出して、ぶち殺すために。必ず、仇を討つために、俺は力を求めています」


 もっと装っても良いというのに。

 綺麗な言葉で飾っても良いというのに。

 隠さず、正直に、俺へ憎悪を伝えてくるその瞳に、俺は奇妙な懐かしさを覚えた。


「そうか、復讐。復讐、ねぇ」

「愚かなことだと、貴方は、オレを笑いますか?」

「さて、ね。じゃあ、次の質問だ。ああ、ちなみにこれが最後の質問になるから、心して聞くように」

「…………っ」


 カインズ少年の憎悪を、俺は肩を竦めてスルーする。

 肩透かしを食らって不服なのか、むっと怒りの表情を隠しきれない様子。

 ああ、そこら辺はちゃんと年相応に幼いんだとわかると、急におかしくなってきた。だが、流石に笑うのは失礼過ぎるので、真面目なトーンで最後の問いを投げかける。


「ぶっちゃけると俺は、誰かを弟子にした経験なんて無いから、君を上手に鍛えてやれるかどうかわからない。それでも、俺の下で鍛えたいと思うか?」

「…………えっ?」


 呆けたようなカインズ少年の声に、俺はついつい堪え切れず「くっくっく」と笑みを零してしまった。


「……あ、え、あっ」


 カインズ少年はしばしの間、口をぱくぱく動かして何かを言おうとするのだが、声が出ないという面白い狼狽ぶりを見せていた。しかし、段々と俺の言葉の意味を理解してきた様子で、先ほどまでのむっとした表情が嘘のように、ぱぁと満面の笑顔になる。


「――――ありがとうございますっ! 『仮面の魔術師』様っ!!」

「ミサキだ、俺の事はミサキと呼べ」

「はいっ、ミサキ師匠!」


 ミサキ師匠、か。

 ううむ、なんだか胸の奥がむずがゆくなる呼び方だ。だが、まぁ、うん、仕方ないか。他でもない一番弟子が、俺の事をそう呼んだのだから、しばらくはそう呼ばせておこう。


「はっはっは! よぉし、良い返事だ! 俺の修業は多分厳しいぞ! ここまで来たら、泣いて頼まないと弟子を辞めさせてやらないから、覚悟しておけ!」

「はいっ! でも、ミサキ師匠! オレが泣きながら土下座するのは、『辞めさせないでください!』と頼み込む時だけです!」

「はっはっは! 良い心がけだぁ!」


 俺はカインズ少年――カインズの頭を乱暴に撫でる。わしわしと、ぼさぼさの髪を撫でて、弟子を褒めてやる。カインズは「わふ、わふっ!?」と混乱しているようだが、こういうのは最初が肝心なのだ。

 良いことをしたら、きちんと褒められるということ。認められるということ。それをしっかりとカインズに伝えるように、精一杯の親しみを込めてスキンシップする。


「俺も初めての師匠だからわからない事だらけだが、一緒に頑張っていこうぜ、一番弟子」

「は、はいっ! ミサキ師匠!」


 元気いっぱいの返事で、俺に応えるカインズ。

 だが、その内側に潜む憎悪は決して、この程度では消えることは無いのだと、俺は当たり前の事実として知っていた。

 だからこそ、俺はこいつの師匠になると決めたのである。



●●●



《ミサキ。何故、彼を弟子にしたのですか?》

『そりゃあ、もちろん、カインズの奴を気に入ったからさ。あれは中々の逸材だぞ。きっと育てれば大物になる……はずだ、多分』

《教育者としての経験も無い癖に、また大見得を切りましたね? そろそろ、休息の予定だと思ったのですが》

『ちょっとくらい繰り越しても構わないだろう?』

《ええ、もちろん構いませんよ、ミサキ。ですが、代わりにこれだけは答えてください……貴方は、彼が復讐者だから弟子にしたのですか?》

『…………ああ、そうだよ』

《かつての貴方と同じだから?》

『そうだな、同じ目をしていたよ』

《…………これは、貴方にとって面白いことなのですか? ミサキ》

『いいや、違う。違うよ、オウル。復讐の手助けなんて、面白がってやるもんじゃない。けど、これは仕事じゃないからさ』

《仕事でないのならば、一体、何でしょうか》

『――――役目だよ。かつて、復讐者だった俺が、やらなきゃいけない事なんだ』


 例え、復讐の先に何があるのかを知っていたとしても、な。

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