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第2話 賢者への贈り物 2

『罪を贖え』

『後悔を呪え』

『選択を失え』

『弁解は悪である』


 俺と同じ姿形の少女が、俺と同じ声で言葉を紡いでいる。

 恐らく、これは呪詛だろう。

 鏡の向こう側から、自己否定されるような呪いだ。


《ミサキ、権能の使用を許可します。周囲の障害を排除してください》

「いいや、違うね、オウル。こういう類の罠には、力押しは適切ではない。というか、そもそも勘違いされているというか……まぁ、まずはそこから正そうか」


 繰り返される呪いの言葉。

 同一の姿での否定。

 けれど、俺は全くその呪詛の影響を受けていない。

 何故か? 答えは簡単だ。

 俺は、精神と肉体が、別々なのだ。だから、呪いが噛み合わない。


「あの、すみません。肉体じゃなくて、精神とか魂の方を重点的に精査してください。違うんで。そっちの方じゃないんで」

『…………』


 呪詛が止み、少女たちの姿が霧に隠れる。

 そして数秒後、今度こそ正しく俺の姿を模倣した者が、姿を現した。


『恐れよ、畏れよ』


 黒髪で、冴えない面をした、学生服姿の少年。

 男子高校生の平均的な身長で、ちょいと女顔だと言われるが、女性と間違えられるほどでもなく、いかにもヘタレといった風情の顔つき。弱々しそうな細い体。

 そう、その姿こそが、俺だ。

 この俺、見崎みさき 神奈かんなの本当の姿だ。


《何故、わざわざ訂正させるのですか? 馬鹿なのですか?》

「いやいや、これにも訳があって、だ、な……ぐ、う」


 俺は急な息苦しさを感じて、胸を抑える。

 ふにょん、とした未だに慣れない感覚が手に当たって不快だが、今はそれを気にしている余裕はない。


『省みよ』

『過去を見よ』

『己の罪悪を』

『己の後悔を』

『目を逸らさず、見るがいい』


 息苦しさと共に俺へ襲い掛かるのは、過去のフラッシュバックだ。

 無力を実感した時の事。

 守れなかった時の事。

 何度も、後悔を胸に刻んだ時の事。

 俺の過去に存在する、あらゆる罪が、後悔が俺を襲う。

 今まで目を逸らして来た物を、目の前に曝け出されるかの如き、苦痛、苦悩。精神の強弱は関係なく、過去に捕らわれている存在であれば、この時点で呪詛に沈むだろう。


「ふ、はっ、ふははは」


 だが、俺には通じない。

 思いっきり息苦しくて、ダメージを受けているが、膝を折るほどじゃない。歩みを諦めるほどじゃない。目を瞑り、背中を丸めて後悔に沈むほどじゃあない。

 何故ならば、この俺は今まできちんと己の罪や後悔と向き合い、それらを全て乗り越えて来た強者である。つまり、俺は超凄い……なので――この程度の呪詛では、止まらない。諦めない。


「ふはははははは! 去れ、過去の虚像よ! 自戒も自虐も、今は必要ない! 過去に何があったとしても、それでも前に進むと決めたのだから!」


 不敵な笑いの後に、俺は声を張り上げた。

 纏わりつく、鬱陶しい呪詛を、笑い飛ばした後に宣言する。過去を受け入れた上で、それでも前に進むと宣言する。

 誰に? 無論、この罠――――いいや、試練を用意した存在に向かって。


《相変わらず、貴方の行動は無茶苦茶ですね、ミサキ》

「でも、成功したからいいだろ? オウル」


 俺が声を張り上げた次の瞬間、俺の姿を象っていた何かは全て霧に溶けるように消えた。すると、今度はその霧がどんどんと晴れて行き、視界が広がり…………そして、気が付くと俺はどこまでも広がる草原の上に立っていた。

 ふと、空を見上げると雲一つない蒼穹が澄み渡っており、だからこそ、上空に浮かぶその巨大な何かを素早く目視することが出来た。


「オウル」

《上空ニ十キロメートル地点にて、巨大な浮遊物を確認》


 それはまるで、空に固定された浮島の様だった。

 地面を深くくり抜き、それをそのまま上空に飛ばせば、あのようになるだろう。間違いなく自然物では無く、後から造られた、空に浮かぶ島だ。


《この浮遊物を『浮遊島』と定義。仮称します。浮遊島には居住可能な平面が半径三キロメートルほどに渡って存在しており、その中央には白亜の城が建てられています。ですが、浮遊島の周囲には三重に及ぶ結界。さらに、白亜の城の周囲には数多の飛竜が飛び交い、こちらの侵入を拒む仕掛けになっている模様》

「ふふむ、なるほど……戦力の彼我は?」

《計算結果に基づき、最適の戦術を提言します――――即ち、正面からの蹂躙を》

「いいね、それでいこう。俺もいい加減、ややこしい試練の連続でフラストレーションが溜まっていたんだ。だから、少しばかり暴れようか」

《了解。戦闘モードに移行します》


 オウルの言葉と共に、偽りの肉体に力が満ちる。

 魔力。

 霊力。

 あるいは、気力とも呼ばれるエネルギー。

 それらは、名称は違えども、源泉は同じだ。魂から湧き出る力。意志によって、あらゆる法則を書き換えるための力。

 即ち、今の俺は物理不測すらも軽々と超越する。


《権能解放。空間を支配し、我らが敵対者を蹂躙してください》

「おうともさぁ!」


 きぃんっ、というガラスが割れる時と等しい硬質的な高音が響く。

 同時に、俺は空間を飛び越えて、ニ十キロメートルという途方もない距離を省略し、浮遊島の前へと転移した。


「克ち割るぜ」

《兵装を展開。空間割断を開始します》


 次いで、俺は無造作に腕を振るう。

 その動きに合わせて、権能による空間割断が発動し、三重に張られた結界が竹を割ったように綺麗に分かたれた。


《警告。強制突破により、城壁を守る飛竜の群れがこちらにやってきます》

「生命反応は?」

《ありません。全てフレッシュミートによるゴーレムです》

「よぉし、ならば遠慮は無用だ!」

《了解。兵装を展開。障害を空間ごと破砕します》

「うおらぁあああっ!!」


 俺は城壁から飛び立った無数の飛竜たちに対して、拳を振う。

 本来であれば、決して届かない距離の一撃。されど、俺の一撃は空間を伝わり、ひび割れ、飛竜たちも巻き込んで、喧しい破砕音と共に多くを破壊した。

 空間が割れた先にあるのは、時空は狭間。

 無明の闇に近しい、黒の空間。

 砕かれた飛竜たちはそこに吸い込まれ、やがて、世界の修正力が空間を修復し終えると、何事も無かったかのように消え去った。そう、鱗一つすら、この世界に残さず。


《お疲れ様です。後はあの白亜の城へ侵入するだけですね》

「いや、違う。あれはフェイクだ。あの城に入っても、罠はあれど、目的に人物はそこには居ないだろう」

《…………それでは、どこに?》

「ある程度、予測は付いているさ」


 俺は戦闘終了後、空中をすいすい飛びながら目的地を目指した。

 悠々と空を島の上を飛んでいても、飛竜の次なる障害はやって来ない。恐らく、もう試練は終わったのだ。だから、最後に必要なのは洞察力と、根気よく探す気力だけ。


《島の大部分は木々で覆われた森になっています。精査しようにもジャミングを受けて、正確な居場所を特定できません》

「大丈夫だ。霧の試練の時に、あちら側はこちらの言葉を受けてリアクションしただろ? その時に、関係性パスを結び付けて置いた。後は、縁を辿って探せばいい」

《なるほど。だから、ミサキはあの時、わざわざ訂正を》

「ふふふ、まぁな」


 いや、嘘だ。

 あの時はきちんと試練を受けた方がいいよなぁ、と思ったからそんなことを言っただけで、むしろマーキングはおまけみたいなものだった。だが、人生万事塞翁が馬。思わぬことが後で役立つものなのである。

 おかげで、こうしてオウルに格好付けることが出来たので、俺としては大満足だ。


「さて、あれか」


 縁を辿り、数分間森の上を飛びながら探していると、一軒の掘立小屋を見つけた。狩人や、木こりが休憩に使うような小さな小屋で、みすぼらしい外観である。


《建物内に対象の存在を確認》

「んじゃ、お仕事しに行きますか」


 俺が掘立小屋の前に降り立つと、小屋のドアがきぃと自然に開かれた。どうやら、入って来いという意図らしい。特に拒否する理由も無いので、俺は意図に従い、掘立小屋の中へ。


「ようこそ、叡智の深淵へ。歓迎するよ、異界のマロウド」


 掘っ立て小屋の中には、簡素な木製の椅子が一つあるだけだった。

 その椅子に、灰色のローブを被った小柄な誰かが居るだけだった。

 男性か女性か、はたまた、人間であるかの判別は出来ない。何故なら。ローブの奥にあるのは真っ暗な闇、ローブから伸びる手足も全て衣類や手袋、靴で隠されているので肌が露出していなかったのだから。


「数多の試練をよくぞ乗り越えた。君こそまさに、我が叡智を受け取るにふさわしい」


 中性的な声で、淡々と紡がれる言葉には、僅かな喜色が滲んでいた。


「闇を恐れず踏み出し、なおかつ、過去に捕らわれず、蒼穹に浮かぶ此処まで辿り着いた。その精神と、実力、魂の在り方を認めよう。さぁ、願いを言うがいい」


 ばさり、と灰色ローブの賢者は手を広げて言葉を続ける。


「不老不死に至る秘法を望むか?」

「違う」

「死者を蘇らせる歌声を望むか?」

「違う」

「無双に至る剛力を望むか?」

「違う」

「管理者の権限すら及ばぬ、無類の盾を望むか?」

「違う」

「――――では、何を望む?」


 問いと否定を繰り返した末に、賢者は俺に問う。

 あらゆる叡智を所有する賢者が、俺の望みを問う。

 だからこそ、俺はこの瞬間を待ち望んでいたとばかりに、別空間に隔離していた段ボール箱を召喚。両手できちんと持ち、仮面の下でも営業スマイルを欠かさず、問いかけに答えた。


「蒼穹の賢者さん、お届け物です。ハンコをお願いします」

「…………えっ?」

「すみません。本来、運送予定だった業者がちょっとトラブルを起こしまして。代わりに異界渡りの俺が配送に来たんですよ。なので、ハンコをお願いします。サインでも大丈夫です」

「…………あの、え? 叡智を望む、挑戦者じゃないの?」

「違いますね」

「え、あ、うん……なんか、ごめん。無駄に試練を課して」

「いえいえ、こちら側の手違いが原因なので」

「…………なんか、その、叡智欲しい?」

「あ、そういうのは大丈夫です、はい」

「そっかぁ」


 その後、無事にハンコを貰うことが出来たので、これで仕事完了である。

 やれ、代理運送も楽じゃないね、異世界間だとさ。



●●●


 異界渡りという職業がある。

 異世界間を移動可能な手段を持つ存在が自称する、非公式の職業だ。

 免許も資格も必要ない。

 名乗るのに必要なのは、能力と実績のみ。

 個人の才覚で働く者も居れば、企業や団体などに所属して、安定した仕事をとして働く者も存在する。

 ただ、どちらにせよ、異界渡りとして長く続けるのであれば、己にルールを課さなければならないだろう。

 命よりも、仕事を優先するルール。

 仕事よりも、命を優先するルール。

 金を払えば、命すらも投げ出すルール。

 金さえ払えば、どんな仕事もこなすルール。

 どんな物であれ、己のルールを一つ定めて、それをきちんと守り通す異界渡りは信用される。顧客が使い方をきちんと理解してくれるからだ。

 だから今回、この俺も己に課したルールはきちんと守っている。

 即ち、『俺が面白いと思えば、どんなハードな仕事でも受けるルール』だ。


《しかし、だからと言って今回の仕事は採算度外視過ぎると思いますよ、ミサキ》

「いいじゃん、面白かったんだから」

《面白かった? あの試練が面白かったのですか?》

「いいや、そうじゃない。もっと別の事さ。ああ、ところでオウル。俺は今回の仕事を受けるにあたって、条件を一つ出していてね、覚えているかい?」

《もちろん。運ぶ荷物の確認ですよね? 危ない取引に巻き込まれずに済むので、必要な条件だったと思いますが。確か、荷物の内容はPCゲームでしたよね?》

「そうそう。このファンタジックな世界でもPCを起動させられることに驚いたよ。流石は賢者様だってね」

《それで、何が面白いのですか?》

「あのPCゲームね、エロゲーなんだよ、中身」

《エロゲー》

「そう。エロメインじゃないけど、うちの世界産の、名作。『葉隠ダイナミック』って奴」

《ええと、つまり?》

「うん、つまりだね――――賢者が、賢者になるための物を運ぶ仕事なんて、結構笑えると思わないかい?」

《…………最低です》


 なお、この会話の後、しばらくオウルは口を利いてくれませんでした。

 ううむ、やはりサポートAI相手にでも、こういう発言はセクハラだったか。今後はもっと、気を付けないとね。


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