第185話 異界渡りのミサキ
これにて、異界渡りの数奇なる物語は終了です。
最後まで付き合ってくださった皆様には、最大級の感謝を。
『世界は救ったので、ちょっとハルと一緒にムカつく奴を殴ってきます。きっと、帰ってくるので、泣かないように』
「…………誰が泣くものですか、馬鹿」
世界が救われた後。
何もかもが終わった後に、彼女は壊れかけの机の上に置かれたメモを読んだ。
ノートの切れ端に、見覚えのある筆跡で書かれた、長くない文章。
それが、彼らがこの世界に残した物であることを考えると、彼女は――博士と呼ばれていた女性は、呆れるしかなかった。
だが、同時に納得もした。
あいつらは、こういうところがある、と。
時折、二人で大切なことを勝手に決めて、いつの間にか、何やら凄いことを成し遂げて、素知らぬ顔で帰ってくるのだ。ちょっとだけ、得意げな顔して。
責任感が強い癖に、勝手気まま。
情が深い癖に、離れることを躊躇わない。
そして、約束を違えない奴らだった。
「早く帰ってこないと、仕事をたくさん押し付けてやるわよ、二人とも」
だから、博士は涙を流さず、小さく憎まれ口を叩く。
再び、あの二人と並び立つ時まで、きっと、博士は――――久城千尋は涙を流さない。
●●●
全世界が救われたとしても、日常に変化は起きない。
各々の世界に、特別な事なんて中々起きない。
精々、『悪魔』と呼ばれていた何者かがようやく消滅し、その眷属たちが呪いから解放されたり、いくつかの運命が機能しなくなったことにより、滅びるはずだった世界が救われたり。
後は、管理者不在により、滅びるはずだったとある世界が――――何故か、『港』と呼ばれる世界間の交流地点だけを残して、存続したぐらいだ。
これにより、他の世界へ旅立った住民たちは、さほど、苦労なく、友人や知人、あるいは家族と再会できるようになった。
そして、数多の世界に通じる要所として、異文化交流ならぬ異世界交流が盛んに行われるようになったのである。
そのため、この『港』には多くの異界渡りが集まる様になり、様々な商売や、情報交流が日夜行われている、一種の貿易都市のような存在になったのである。
「うん、これで全員集まったわね?」
「おひさー」
「お久しぶりです、皆さん。あ、これ、私の店で作ったパンですので、よろしければ」
「オレも、加工した野菜とか保存食とか持ってきたから、おすそ分けー」
「んじゃあ、アタシはいつも通り、武具の補充を」
「――――こらぁ! 一応、報告会なんだから、せめて、各自、報告をしてからそういう交流をしなさいよ!」
そんな貿易都市の何処か。
人のざわめきで満ちた、喫茶店の何処かのテーブルで、姦しい会話を繰り広げているグループがあった。
黒剣を背負った、エプロン姿の少女。
短剣を腰に下げ、旅慣れしていそうな軽装の少年。
場違いなほど豪奢な黒衣のドレス、まるで気負うことなく着こなす少女。
パーカーとジーンズという、まるで気負う必要が無い服装でリラックスしている少女。
お前はこれから、どこの戦場に向かうんだ? と問いたくなるほど完全装備の少女。
四人の少女と、一人の少年。
傍から見れば、どんなハーレムパーティかと顔を顰めるかもしれないが、当の本人たちに、その意識は全くない。
何故ならば、そのグループで共通することはただ一つ。
愛しく、親しい誰かを取り戻すということだったのだから。
「じゃあ、とりあえず私からね。あれから半年経ったけど、まったく行方が掴めないわ! ムカつくことにね」
「あねのいうとおりー、ぜんぜん、どこにもー、みあたらないのですー」
「博士からの報告によれば、親友と一緒に高次元の存在になったらしく、こっちの次元に戻るのに難儀しているのではないかとのことです。まー、オレが思うに、あの人はその内、ひょっこりと帰ってくると思いますけどね」
「はい、あの人はそういう人です。私たちが心配しても仕方ないですよ……それはそれとして、見つけたら色々言いたいですけど」
「はんっ、カインズとリズは落ち着いたものだな。そこの姉妹も少しは見習ったらどうだ? あのミサキだぞ? 私たちが探さなくとも、その内、ひょっこり帰ってくるっての」
「…………じゃあ、しばらくの間、貴方の内部で混ざっているミサキを封印処理して、しばらく一人で暮らしてみたら?」
「はぁ? 何を馬鹿なことを言ってんだ、お前? 一日で孤独死するぞ、アタシは」
「おとうとさーん! はやくもどってきて、おとうとさーん! おねーさんのめんたるが、わりとだめだめなのですー!」
「意外と脆いですよね、ミユキさんは」
「がっつり依存するタイプですからねぇ。恥ずかしながら、私も、その、人の事が言えないのですけど」
「あははは、寂しい気持ちはオレも一緒です。だけど、もしも、師匠が帰って来た時、恥ずかしくない自分でありたいので」
「そっかぁ。偉いなぁ、カインズ君は」
「後、美少女ボディにもそろそろ慣れて来たので、お披露目したいです」
「…………本当に、ミサキさんの弟子なんだなぁ、カインズ君は」
居なくなった誰かを、語るためのグループ。
されど、その面々の表情は暗くない。
信じているのだ。
必ず、その誰かが自分たちの下に帰ってくるのだと。
「はいはい、ちょっと落ち着いて。話題が大分飛んでいるわよ、まったく」
「いつもどおりなのですー」
「いつも通りだけれども、とりあえず、締めとして、仮にミサキが見つかったら、どうするのか? ということに関して、意見を出し合いましょうか? あ、はい、リズ。早かったわね」
「はい、孕ませてもらいます!」
「リズ姉さんは堂々としているなぁ。あ、オレは散々文句を言った後、まぁ、その、ね?」
「カインズはなんか不穏なんだよな。アタシは別に、その、特に……まぁ、次は男の姿で、その、一回ぐらい?」
「ああ、じゃあ、ミユキも誘って、次は4Pにしましょうか、妹」
「わるくないですね、あね」
もっとも、半年間待たされた鬱憤が溜まりに溜まっているので、待ち望まれている誰かは、彼女たちと再会した際、少なくない拘束時間を求められるだろうが。
●●●
そんな、姦しくも賑やかなテーブルとは、少し離れた店内の片隅。
四人の男女が集まって、賑やかな周囲とは対照的に、静かに言葉を交わしていた。
「えー、それでは……第一回『帰って来たはいいものの、顔を出した後が実際怖すぎるので、どうにかしたい』会議を始めます。議長は、ここ半年間、高次元で創造神を殴りつつ、新米神様として忙しかったこの俺、見崎神奈です」
「諦めればよろしいのでは?」
「くふふ、会議が一瞬で終わってしまったねぇ、カンナ君」
「やめてやりなよ、二人とも。あれでも、真剣に悩んでいるんだ、あのヘタレは」
「うがぁ! 会議を! 始めます!」
そう、先ほどのグループが探していた人物、ミサキと、その愉快な仲間たちが会議……もとい、ミサキのヘタレた愚痴を聞く会を開催していた。
「大体、答えは決まっているのですから、素直に顔を出しに行けばいいのですよ、ヘタレ」
ミサキへ辛辣な言葉を投げかけるのは、褐色肌で、無表情の美少女――オウルだ。
かつてはミサキの相棒であるサポートAIだった彼女だが、現在は神の眷属となっていた。
ミサキ神の眷属。
自由の先触れに至る、叡智を与える賢者の梟。
それが、現在のオウルだった。
「くふふ、半年という時間も半端だったからねぇ。いっそのこと、三日ぐらいなら、怒られずに済みそうなのに、意外と交渉に時間がかかった物ねぇ。あの創造神がまさか、頭の悪い子供並みの理解度しかない駄目神だった時は、少し驚いたね」
次いで、愉しげな笑みを浮かべて言葉を紡いだのは、道化のメイクをした少女、クロエだ。クロエは高次元の存在と魂レベルで混ざり合った結果、ミサキ神の別側面を担当している。見崎神奈が自由の良い方面を担当しているのであれば、彼女は悪い面。自由によって起こる、悪い側面を記録する役割を得ていた。
善と悪。
あるいは、穏やかな慈悲と、残酷な気まぐれ。
この二つが混ざり合っているからこそ、ミサキ神は、自由の先触れとしての神であるのだから。
「そうかな? 破壊神の僕としては、残念ながら当然の結論に感じたけど」
最後に、苦笑と共に口を開いたのは、石神春渡。
憎悪を乗り越えた、破壊神であり、見崎神奈の親友である。
彼は、破壊神という物騒な役割を持っているとはとても思わないほど、柔和な笑みを作ると、ミサキへ向かって同意の言葉を投げかけた。
「創造神の説得は面倒だったよねぇ、神奈。あいつ、しばらくの間、同胞が増えた喜びで会話にならなかったし」
「人間とは時間間隔が違い過ぎるのが厄介だったよねぇ」
「ぼっこぼっこにしても、喜ぶから意味無かったんだよなぁ」
「会話可能な理性を戻すために、色々頑張ったもんねぇ」
「最速で頑張って、半年だったからね、うん。仕方ないよ、これは。だから僕、ちょっと一か月ぐらい、ゆるゆると世界を旅しながら覚悟を決めようと思うんだ」
「あ、いいなぁ、それ。折角、創造神を納得させて、下界を堪能できるための化身を手に入れたんだ。異界渡りの先人として、色々教えてやるよ、ハル」
「ほほう、それは頼もしいね、神奈」
春渡とミサキは、しばらくの間、現実逃避の旅の予定を活き活きと語り合っていたのだが、ある時、春渡の表情がぴしりと、固まる。
「お? どうした、ハル? まるで、浮気がバレた男みたいなリアクション」
「違うよ? 浮気も何も、僕は誰とも付き合ってないよ?」
「じゃあ…………ええと、ひょっとして?」
「うん。ちょうど、君の後ろに千尋が居る」
「…………振り返りたくねぇ。あの、ハル。物は相談なんだけど、とりあえず、お前だけ犠牲になって時間を稼がない? ほら、感動の再開を邪魔しちゃだめだし」
「君の発言で、千尋の機嫌が著しく悪くなっているようだよ。後、僕よりも君が目的のお客さんが多いみたいだからね。犠牲になったところで、特に意味は無いんじゃない?」
「あー! 振り返りたくねぇ!」
だらだらと、ミサキは背筋に嫌な汗をかく。
様々な感情が渦巻いている、懐かしくも愛おしい気配が背中からびしびし伝わってくるから。
ミサキは考える。さて、どうしようかと。
そもそも、現在のミサキの姿は、今までの機械天使と本来の肉体の自分を掛け合わせて、良い感じにまとめた様な少女の物である。クラスで三番目ぐらいに可愛い女の子、という感じだ。地味だけれど、意外と狙っている男子が多い、みたいな親しみやすい容姿である。
異界渡りとして、活動してきた姿とも、本来の自分の肉体とも微妙に違う。ただ、どちらの面影もあるので、まあ、バレるだろう。だって、服装は異界渡りの時に付き合っていた時の装備、そのものなのだから。
でも、ひょっとしたら、勘違いという線でも押し通せば、バレるかもしれないが、
「ミサキ。年貢の納め時という物ですよ。一緒に謝ってあげるから、素直になりなさい」
「…………はぁ」
オウルの言葉もあり、ミサキは観念して肩を竦めて見せた。
そして、ゆっくりと後ろを振り返って、言う。
「あーっと、皆、ただいま。俺、見崎神奈がただいま帰還しました」
へらりと、気の抜けた笑みで。
いつも通りのミサキの笑みで。
照れ隠しと、再開の嬉しさを抑えた、僅かに震える声で。
ミサキは此処で、約束を果たしたのであった。
『――――おかえりっ!!』
「ぬぅおおおおおわぁあああああっ!!?」
あらゆる世界は救われた。
けれど、その事実を知る物は少ない。
運命が存在していることも、それが愉快な機能不全に陥っていることも。
新しい神が生まれたことも。
破壊神と創造神の長きに渡る戦いに、一応の決着がついたことも。
数多の世界に存在する多くの知性体は、その事実を知らない。
いつも通りの日常を送っているだけ。
ただ、肝心の張本人が、何よりもその日常を愛しているのだから、仕方ない。
かくして、世界は、いつも通りに今後も廻り続けて。
「え、えへへへ! その姿もキュートで大好きですよ、ミサキさん!」
「師匠! 師匠! うぁあああああ、師匠だぁああああああああっ!」
「こら、ミサキ! 居なくなる時も、帰ってくる時も! せめて、一言連絡しなさいよ!」
「あねー、だらしなくだきつきながらいっても、かっこうつかないー……んんー、まー、ボクもなのですがー」
「この馬鹿っ! なに、アタシと話してからすぐ失踪してんだよ、馬鹿っ! 帰ってきてくれて、嬉しいぞ馬鹿ぁ!」
「もっと、早くハルを連れて帰って来なさい、馬鹿」
異界渡りもまた、いつも通りに過ごすのだろう。
数多の世界を巡って。
多くの人と触れ合って。
色々な問題に顔を突っ込んで、格好つけて解決して見せるのだろう。
「ちょっ、ストップ! 皆さん、ストップ! 嬉しいのは分かったけど、身動き取れない! 動きづらいからぁ!」
それが、異界渡りのミサキ。
かつて、大戦で活躍した英雄で。
破壊神を救い、全世界を救済した救世主で。
新しく高次元に至った、自由の先触れなる神で。
「ああ、もう。格好つかないなぁ、俺って」
冴えない奴でありながらも、多くに愛される人間である。
彼はきっと、これからも四苦八苦しながら世界を渡り、多くの物語を、誰かと共に過ごしていくだろう。
――――ああ、ひょっとしたら、『貴方』の知る誰かが、あるいは、『貴方』自身が、ミサキと共に冒険するかもしれないね?
その時は、もし良ければ、しばらくの間、あの異界渡りと付き合ってやってほしい。
なぁに、トラブルに巻き込まれるかもしれないし、軽い気持ちで旅の道連れになれば、何度も後悔するほどの大事件が待っているかもしれないが。
最後まで、その手を離さなければきっと、とびきりの冒険を体験できるだろうさ。
それだけは――――――この運命神が、運命に懸けて、保証しよう。
Happy End!!
彼の旅路はこれからも続いていきますが、物語として綴るのはこれにて終了です。
後々、気が向けば後日談があるかもしれませんが、あったとしても大分後になるかと。
では、また次の物語でお会いできれば幸いです。