第182話 旅の果てに、君と 4
「それで、答えは見つかったか?」
一目で、此処が夢の中であることが理解できた。
懐かしい教室。
カーテンの隙間から差し込む、眩しいぐらいの夕日。
教室の外から聞こえてくる、運動部の懐かしい喧噪。
そして、学生服姿の俺が、机の上に腰掛けて、尋ねて来た。
「俺の異能。俺の存在理由。俺がマクガフィンという異能を持っている理由。誰がための、マクガフィンなのか? さぁ、答えてみろよ」
挑発的に、学生服姿の俺が笑う。
威厳も何もない笑み。
殺し合いも、戦争も、身近な死すらも碌に知らない、ヘタレの笑み。
そんな、過去の俺が、現在の俺に、問う。
何のために、その異能はあるのか、と。
「運命は、神々の願いに添って設定される」
だから、俺は答えた。
現在の俺が知りうる限りの、推測を。
「現在、二つの神による願いが運命を定めている。まず、創造神の同胞を求める願い。これは、エンブリオという現象になって、世界に現れた。次に、破壊神の憎悪による、世界破壊の願い。これは、実は、運命は世界に、さほど干渉していないと思う。けれど、代わりに破壊神自身を縛る枷となっている。運命によって、破壊神の転生体が全て、覚醒せざるを得ない環境に身を置かれる定めにあるんだ。だから、破壊神の憎悪が目覚めてしまい、全世界が砕ける。そして、最後の願いだけれど」
ひょっとしたら、まるで見当違いかもしれない推理。
されど、現在の所、これ以上の推測は出ないだろうという考察を、俺は語る。
「自分を止めて欲しい。殺して欲しいという、破壊神の願い。これに対する運命の強制力は、俺たちがエンブリオ化に巻き込まれず、破壊神と対峙するにふさわしいとして認められたことによって、発揮されている…………のだが、ここで疑問が一つあるはずだ」
運命。
それは、神の願いを叶えるためのシステム。
過程はランダム。
結果だけは最低を保証し、そこから上しか変更は認めない。
――――――ならば、三つ目の願い。破壊神が自死を望んだ際、運命はどのようにして最低ラインを保証しようとしたのか?
殺されたいと願うのならば、殺す者が必要であるはずだ。
だが、破壊神は創造神の手駒に殺されることを望んでいない。殺されるのならば、殺されるに足る理由で、殺されたいと願ったのかもしれない。
「破壊神は高次元の存在。恐らく、覚醒途中であったとしても殺すことは難しい。下手をすると、超越者クラスの実力者さえ、相手が殺されることを望んでいたとしても、殺すことが出来ないかもしれない。ならば、何が必要だ? 破壊神が殺されるためには、どんな力が必要なのだろうか?」
自問自答。
虚しい自分語り。
されど、現状を整理するためには必要な過程だ。
「神すら殺す、恐るべき異能だろうか? でも、そんな異能、高次元でもない人間が持ったら、耐えきれずに魂ごと消滅するじゃないか? そもそも、破壊神に破壊で対抗することは間違っている。ならば、どうするか? 俺が、運命を司る神として、最低ラインを保証するのならば――――――必要なのは、ご都合主義だと思う」
学生服姿の自分。
冷めている自分。
覚めている自分。
傍観者の自分。
マクガフィンである、自分自身へ、納得させるように。
「求められただけの、能力を。何者にも変化するだけの余地を。けれど、その時までは確定しない、不安定さを。破壊神が求めたのならば、介錯に足る力を得るための異能――――それが、マクガフィンの正体だ。破壊神の転生体と、近しい人間が覚醒する異能。やがて、破壊神を殺すための異能こそが、マクガフィンなんだ」
マクガフィン。
代替可能な存在。
そう、仮に俺が居なくとも、ハルと近しい存在が居たのならば、マクガフィンを獲得していた者が現れていただろう。俺でなくとも、きっと。たまたま、俺が相応しい立場に居たからこそ、マクガフィンに覚醒したんだ。
特別な理由があったわけじゃない。
いや、もしかしたら前世に、破壊神を殺しきれずに、無念のまま倒れた誰かの記憶みたいな物があったのかもしれない。ひょっとしたら俺は、そういう記憶を重ねた魂の持ち主なのかもしれない。
ただ、言えるのは俺でなくとも良い、ということ。
どんな背景があろうが、肝心なのはハルとの関係性だ。
ハルの幼馴染でも。生徒会長でも。他の誰かでも、破壊神に近しい誰かにマクガフィンの異能を与えること、それが三つ目の運命の最低ライン。
もっとも、今までの『周回』では、マクガフィンを得た人物が得たとしても、その異能を使いこなす前に、全世界破壊という二つ目の運命によって、三つ目の運命はかき消されてしまっていたのかもしれないが。
だが、今回は違う。
俺は至った。
俺でなくとも良かったのかもしれないが、少なくとも、俺は資格を得た。
世界を救う資格を。
親友を殺さなければならないという、クソッタレの配役を。
「それで、お前はそのクソッタレな配役をどうする? このまま律儀に、運命の台本通りに踊って見せるのか?」
「いいや? いい加減、嘆くのはもう飽きた」
ならば、俺は上を目指そう。
いつも通りに、運命以上の結末を目指そう。
冷めた顔で嘲笑う自分に――運命の女神に、最高のアドリブを見せてやろう。
「ここから先は即興劇だ。お涙頂戴のビターエンドなんて要らねぇんだよ。運命の台本なんて、破り捨てて、俺が最高最上のエンディングを飾ってやる」
ハルと、仲間たちと、共にある未来を、見せてやろう。
世界も、ハルも、自分自身さえも――――――俺は、諦めない。
●●●
朝のシャワーは、目が覚めるぐらい熱い方が良い。
や、基本的にシャワーは温水に限るけれど、朝のシャワーは少し熱めの温度がちょうどいい。古臭い考えかもしれないが、熱い湯に体を晒すと、なんか気合いが入るのだ。
《機械天使の肉体でよかったですね、ミサキ。夏場でそれをやると、場合によっては死に至る可能性もあります》
「はぁーん!? ちゃんと水分補給しながらやりますぅ! お酒を飲みながら、お風呂にダイブする馬鹿じゃありませんー!」
《けれど、以前、異世界の温泉宿に泊まった際は、露天風呂で一杯やっていましたよね?》
「生身じゃないからセーフですぅ! そもそも、生身の俺の肉体は本格的にボロボロになって、どうしたもんかね、あれ。下手に意識を移して死ぬのも怖いし。火葬するのにも抵抗がある」
《……フシとツクモに連絡したところ、『欲しい欲しい!』との返答が》
「人の体を、使わなくなったゲーム機みたいに扱うなよ……というか、絶対にろくでもない使い方するだろ、あいつら」
《ツクモに憑依させて、色々やる予定らしいです》
「よし、悪用を防ぐために、全部終わったらあれを火葬するか」
《もし失敗しても、全世界と共に葬られるので安心ですね》
「安心の意味がおかしくない?」
オウルと語らっている内に、シャワータイムは終わった。
俺は、慣れた手つきで体の水滴をふき取り、長い髪をドライヤーで乾かす。
《手慣れたものですね》
「手慣れたくはなかったが……仕方ないさ。これも、俺の選択の結果だ。なら、きちんと責任をもって扱わないとな」
《例え、怨敵の肉体だったとしても?》
「ああ、例え、友達と家族を殺した奴の肉体だったとしても、だ。俺が今まで、異世界を旅していた時、助けられたことに変わりはないからな。そこだけは、認めないと」
手早く女性用の下着を身に着けて、部屋着へと袖を通して、シャワータイム終了。
俺は浴室を後にして、良い匂いが香ってくるキッチンへと向かった。
「やぁ、人生最後のシャワータイムは堪能してきたかい? まったく、この私に朝食の準備を任せて、自分は優雅にシャワーなんて、傲慢極まりない男だよね、君は」
キッチンでは、何故か、クロエがいつもより可愛い部屋着に、エプロンを付けて朝食を作ってくれていた。
あっれー? 俺は別に頼んだ覚えは無いんだけど、ここでそれを言及すると、今までの経験上、確実に拗ねるので、しない。代わりに、笑みを作って、感謝を込めて言葉を紡ぐ。
「かもな? でも、悪い。今日の朝は、なんかお前の飯が食いたくなってさ。だから、少しだけ傲慢になってみたんだ」
「くふふ、悪い男だよね、君は。こんな道化師を捕まえて、すっかり籠絡してしまうんだから」
「最初に絡んで来たのはお前の方だっただろうが」
「でも、受け入れてくれたのはカンナ君の方が早かったよ」
「誤差みたいなもんだ、気にするな」
「いいや、気にするよ。ずっと、気にしてあげる」
クロエは俺と何時ものやり取りをしながら、テーブルの上に朝食を並べていく。
ハムエッグに、こんがりと焼かれたソーセージ。一粒、一粒が艶やかに銀色に輝くご飯。ふんわりと、味噌とかつおだしが薫る、味噌汁。シャキシャキの漬物。
どれも、丁寧に作られていて、朝から食欲をそそる出来上がりだった。
「じゃあ、いただきます」
「いただきます」
《気分だけ、いただきます……早く、端末を補充したいものです》
「はいはい、全部終わってからな」
揃って挨拶をしてから、俺とクロエは共に食事を始める。
途中、クロエがちらちらとこちらの顔を伺うので、「美味いよ」と呟くと、柔らかな笑みを作って応えた。
どうにも、この局面でクロエが妙に素直な可愛らしさを見せてくるから困る。
…………けど、まぁ、ようやくだが、こいつを可愛らしいと思えるようになったのは、困らない。悪くない。
「それじゃあ、手早く洗おうか」
「手伝う」
「ん、いいね」
「何が?」
「新婚さんみたいで」
「あの時、『あーん』を要求した後に、真顔で拒否ったのは、まだ許していないぞ」
「その後、無理やり突っ込まれたのは正直興奮したとも、くふふ」
他愛ない言葉のやり取り。
いつも通りの日常。
いつも通りの準備。
されど、今日は狐面を被らない。
相対するのは、被る必要のない相手だから。
それと、覚悟を決める時なのに、今更、仮面を被るのもおかしいだろ?
「さて、オウル」
《座標は確認済みです。何も問題ありません》
「クロエ」
「いつでも準備は万端だよ。因果地平の果てまで、お供しようじゃないか」
「――――よし」
策はある。
希望はある。
確証は、どこにも無い。
絶対に、俺の作戦が成功するなんて保障はどこにも無い。
されど、元々、人生なんて物は保証なんて無い物だ。突然、隕石が頭上に振ってくるかもしれないし、クソヘタレ男子高校生が、戦乱を経て英雄になるかもしれない。全世界を救う、救世主とやらに、なるかもしれない。
あるいは、親友のピンチに駆けつけられる、ヒーローになることだって。
「行くぞ」
絶対なんて無い。
運命さえも、それを決められない。
だからこそ、俺は望む未来を求めよう。
かつて、冗談交じりに語り合った、他愛もない願いを叶えるために。