第180話 旅の果てに、君と 2
そろそろラストが近いので、最終話まで毎日更新を続けます。
どうぞ、物語の終わりまでお付き合いくださいませ。
《そろそろよろしいでしょうか? ミサキ》
「あ、はい。大丈夫だぜ、オウル」
《格好つけている所、申し訳ないと思ったのですが、私がオフラインで復旧している間に届いた、着信の履歴とか、メッセージの量が凄まじいことになっているのですが》
「うわぁ、絶対怒られる奴だぁ。と、とりあえず、俺が無事であるということを簡単に知らせて貰えるかな? 詳しい事情は、俺がホームに戻ってから言うから」
《了解しました。それと、ミサキ。気になるメッセージが一件、あるのですが》
「ん? 俺が休んでいる間、ハル関係で何かあった?」
《いえ――いや、あるいはそうなのかもしれません。送信しますので、ご確認を》
「了解…………ほほう、これはそういう? んー、でも、そういうことなら、別にどうってことも……………………ふむ? あー、クロエ、ちょっと相談なんだが、いいか?」
「くふふ。格好つけた矢先に、私頼りかい? まったく、しょうがない男だなぁ、君は」
《めっちゃ笑顔で近づいてきましたよ、この女……》
「ステイステイ、オウル。俺の権能をハックして、クロエを何処か遠くに転移させようとしない。ええと、それで、これは仮の話なんだが――――――」
●●●
実は、世界間の移動には、さほど時間は掛からない。
世界転移の方法にもよるのだが、俺が使用する世界転移は、機械神の権能を所有する機械天使の物。さらに、補助として優秀なAIがあらゆる演算を受け持ってくれるのであれば、世界間の移動はさほど時間は掛からない。
流石に、ホームから幾つも世界線を跨いで離れた世界であれば、俺も安全を考えて、転移は何度かに分けて、ある程度、時間を置いてから行う物だ。しかし、『導師』が俺を攫って、連れて来た世界は、意外とホームから近しい世界線に所属する世界であり、つまり、その、なんだ。座標が分かってしまえば、即座にホームに帰ることが出来る。
これは、好都合だ。
間違いなく、好都合であり、本当であったら真っ先に帰らなければいけないのだが。
《ミサキ》
「はい」
《転移準備は終わっているのですが》
「うん、わかっている。でもさぁ……これ、帰った瞬間に拘束されて、説教されながら事情の説明を求められる奴だよな?」
《例え、そうだとしても堂々としていればいいのです。全世界を救える可能性を持っているのは、現状、貴方だけなのですから。毅然とした態度で、周囲を落ち着かせればいいのですよ。そう、今こそ貴方がリーダーとして、ホームを纏める時ですよ、ミサキ》
「やー、ぶっちゃけ、余計な気苦労をかけるから、俺がハルを助ける準備を終えるまで、雲隠れした方が良いんじゃない?」
《ミサキ》
「はい」
《その場合、貴方は親友と世界を救った後に、博士の手によってとんでもないことになります》
「マジで?」
《感度三千倍で、激辛大食い料理チャレンジさせられるのが最低ラインです》
「一瞬、エロ同人みたいな目に遭うのかと思ったけど、そういう方向所為かー。んじゃあ、辛いのは苦手だから、さっさと帰って事情説明しようか。なぁに、意外と素直に説明すれば、皆だって、慌てず、騒がず、きっと俺と共に対策を練ってくれるさ」
大丈夫、大丈夫、と心の中で呪文のように自分を落ち着かせる言葉を繰り返す俺。
そして、気軽な気持ちでホームへ転移する。
転移先は、まぁ、博士の隣ぐらいでいいだろ。うん、一応、オウルに確認を取らせて、風呂とか、トイレには居ないし、着替え中でもないって言うことだし。
まぁ、戦友が突然居なくなって、流石のあいつも心配していただろうし、最初に顔を見せてやるか。
「よー、ただいまー」
「――――っ」
転移先は、博士の研究室だった。
いつも以上に物が散乱としており、机から溢れた書類が床で洪水を起こしている。
俺は、その書類の束を踏まないように、気を遣って床に着地。心持ち、癒し系を意識して笑顔を作る。
博士は、俺を見た瞬間、カッと目を見開き、わなわなと口を震わせた。
よく見ると、博士の髪はいつも以上に寝ぐせが目立っており、普段は真っ白なはずの白衣も薄汚れている。
ああ、大変な想いをさせてしまったんだな、と俺はここで素直に反省した。
実際には何も問題など無く、四日ぐらいきっちりと休息した上、完全回復をしたのだが、俺が突然行方不明で音信不通になったことは変わらない。
きっと、心配させてしまったのだな、と俺は申し訳なさを謝罪の言葉として紡ごうとして、
「行方不明の馬鹿が居たぞぉおおおおおおおおおおお!! 者どもぉ! であえっ! であえええぇえええええええっ!!」
『そこかぁあああああああああああああああっ!!』
「うぉおおおおおおおおおおっ!!?」
まず、博士が吠えた。
吠えるように号令を出すと、『港』の非戦闘職員、戦闘員がごちゃ混ぜになって、俺の下に殺到して来た。ご丁寧に、空間転移を防止する結界を張りながら。恐らく、非戦闘員も一緒になってしがみついてきたのは、俺が中途半端な抵抗をするのを躊躇わせるためだろう。
実際、俺は瞬く間に特製のロープによって簀巻きにされて、研究室の床に転がされている。
「お久しぶりね? 馬鹿英雄」
「今の俺は、異界渡りだぜ、博士」
「そう、じゃあ――――異界渡りの見崎君」
「はい」
博士な、簀巻きにした俺を足蹴にしながら、問う。
泣きそうな顔をしながら、俺に問いかける。
「ハルの姿が見当たらなくなったのだけあれど、心当たりはないかしら?」
さて、この戦友にどんな答えを返せば、溢れ出しそうな涙を止められるだろうか?
それが不可能であることを認めるまでに、俺は少しだけ、時間が必要になった。
●●●
思い出してみれば、俺の狼狽具合も酷かった。
何せ、クロエがたっぷりと何時もの悪い癖で嬲りつつ説明した後に、あの衝撃の真実だ。そりゃあ、いくら俺といえども心が折れるという物だ。
むしろ、我ながら良くあそこから立ち直れたものだと思う。
…………礼は絶対に言うつもりはないが、やはり、『導師』に経過観察されながらも療養が効いたのかもしれない。
本当にどうしようもない時。
何をどうしていいのかもわからない時。
例え、不俱戴天の仇だったとしても。
いいや、ある意味、その力を認めざるを得なかった『導師』に言われたからこそ、俺は余計なことを考えず、素直に自分自身を認められたのかもしれない。
俺ならば、絶対にハルを救えるのだと、確信に満ちた決意を抱けたのかもしれない。
だから、分かっているのだ、こういう時、どうすればいいのかを。
「あ、ああああああっ! こんな! こんなのっ! 私はぉ!!」
けれど、それを実行するにはちょっとばかり勇気が居る状況だった。
……うん、説明の仕方が悪かったのかもしれない。
落ち着いて聞いてくれ、絶対に最後まで早まったことをせずに、俺の説明を聞いてくれ、と冒頭に三回ぐらい繰り返して忠告したのだが、博士は説明の途中で狂気に陥った。ハルの正体と、これから起こる終焉について話している途中、博士は雄たけびを上げて、暴れ始めたのである。
「こんなことの為に、私は! 私たちはぁ! 戦って来たんじゃない!」
「わかっている! それは何よりも俺が良く分かっているから、落ち着けェ!」
博士の――久城千尋の異能名は『冒涜叡智』、手で触れたあらゆるものに干渉し、解析し、理解し、我が物とする能力だ。
かつては、その異能を思う存分振るい、治療から機械眷属の解析、解体、再資源への変換など、八面六臂の活躍を見せた。生憎、戦闘センスが皆無だったので、直接前線に出ることは、例外を除き、ほぼ無かったのだが、触れさえすれば、どんな相手ですらも手中に収めることが可能だったかもしれない。
そんな博士の異能が、博士の心情とリンクするように暴走し、自らの研究室を破壊している。
手で触れた全てを、朽ち果てさせたり、分解したり、発火させたり、爆発させたりなど、まるで、異能を持った子供の癇癪だ。
けれど、そんな有様になるのも仕方ないだろう。
何せ、俺たちレジスタンスは大戦からずっと、『戦って、相手を倒す』ことで問題解決することを是として来た組織だ。
無意識に、問題解決をする際、問題となる存在を排除すればいいと思ってしまう。
だが、今回の問題の核となっているのは、ハルだ。俺たちの、英雄だ。それを排除することなんて出来ない。可能かどうかの問題では無く、やれるわけが無いのだ。
故に、博士もこんなに荒れてしまったのだろう。
無意識に、自らが愛する男を排除するための方法を考えてしまったことを、否定するために。
「私は、私たちは! 今度こそ、やっと、平和に、あの頃みたいに、暮らせるって!」
「わかっている! わかっているから、落ち着け――ええい、口で言っても駄目だろうな!」
その苦しみは、痛いほどわかる。
分かるからこそ、止めなければならない。
俺は多少乱暴ではあるが、運動性能はゴミな博士の動きを見切り、博士の両手首を、両手で拘束。ついでに、頭突きを食らわせて、強制的に意識を刈り取った。
「分かっているさ、ここでどれだけ『俺が何とかしてやる』なんて言っても、無意味だってことも。お前が、この台詞を言われたい相手は、ハルだもんな。だから、今はこうするしかない…………俺がハルを救う前で、少し休んでいろよ、博士」
意識を失った博士を、女性局員へと手渡す。
その際、乱心のため、しばらくの間、睡眠治療を行うように指示を出した。
こういう時、かつての英雄という立場は便利だ。俺が、自信満々に命じれば、大抵の場合、素直に従ってくれる。
全世界の崩壊なんて。
三英雄の一人が、破壊神なんて、荒唐無稽な話を聞いた後でも、信じてくれる。
俺ならば、きっと何とかしてくれると。
「英雄ミサキ。博士の事はお任せください。貴方は、為すべきことを」
「ああ、サンキュー。だけど、生憎、英雄は廃業してね。今は異界渡りだ」
「……? 英雄と呼ばれるのが好ましくないのでしょうか?」
「いいや、そうじゃない。そうじゃないが、今回は『英雄』としてじゃなくて、『異界渡り』として、どうにかする予定だかな。当事者以外、あんまり気にしない細かな訂正って奴だ」
「え、ええと……よくわからないですが、がんばってください!」
「ははは、おう。頑張るわ」
だったら、俺は喜んでその期待に応えよう。
ただし、英雄としてではなく、異界渡りとして。
その為にはまず、やらなければならないことがある。
「さて、元気にしているかねぇ、あいつは」
俺とオウル、クロエ、ハル、『導師』。
世界が止まったような空白の時間。
運命に選出された者以外、エンブリオと成り果てたはずの一時間。
その時間を、運命にすら感知されないであろう幕間を、『生身』で過ごした彼女と、俺は会わなければならない。確かめなければならない。
本当に『それ』で、救えるのかを。