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第178話 導く先に、光あれ 5

 許すつもりなど、無かった。

 命の恩人であったとしても。

 色々と役立つ技術を教えられたとしても。

 俺は、許すつもりなんて無かった。

 だって、まさしく『導師』は俺たちにとっての宿敵だ。

 あいつが、あいつが俺たちの世界を標的にしなければ、まだきっと、俺たちは普通の学生として暮らしていけていたはずなんだ。普通に、普通に生きて、馬鹿みたいな平穏を楽しんで、ちょっとした贅沢として、非日常を望みながら。

 もう、居なくなった友達とも。

 家族とも。

 退屈で、それなりに幸せな時間を過ごすことが出来ていたはずだったんだ。

 だから、それを壊した主犯である、『導師』を許すことは出来ない。どんな真実があろうとも、俺は、必ずあいつを殺すつもりでいた。

 …………ただ、順番は考えるつもりだった。

 世界を救ってから。

 ハルを助けてから。

 きっちりと、あいつを殺すつもりだった。

 別に、奴にとっての悲願を叶えさせるつもりなんて無い。出来る限り、無惨に殺してやりたい気持ちもあるが、現状、奴はハルを助けるために必要な要素だ。創造神とやらが造り出した、破壊神を殺すための存在。だけど、もしも、協力し合うことが出来たのならば、ひょっとすれば、ハルをどうにか出来るのではないかと。

 そんな呉越同舟も悪くないと、思い始めていたのは事実だ。


「…………ふざけんなよ、おい」


 そんな矢先で、『導師』の右腕が崩れ落ちたのである。

 諦めの悪い俺が、武術と魔術の組み合わせに関して、あれこれ質問していた際、『導師』がどこからか引っ張り出してきた魔道書を片手に、「才能が無い」やら「無理」やら「武術に集中しろ」などと言っていた時の事だ。

 『導師』が建設していた、ログハウスみたいな仮宿の中。

 気分転換に、『導師』がお茶でも入れようと、ポットを持ちあげようとした時だった。

 ポットは持ちあがらず、『導師』の指先は、いつの間にかぼとりと砂糖菓子が壊れたみたいに、崩れ落ちて。次に、肩から、右腕が落ちた。

 どっ、という鈍い音が床板から聞こえたかと思うと、落ちた『導師』の右腕は、灰色の粒子となって崩れ、やがて、煙のように霧散して消えた。


「何を驚くことがある? 当然の結末だ、これは。他者を疎かにした結果、端役の如き些末さで、舞台から退場する。これが、私にとっての似合いの末路というだけだ。そもそも、あの破壊神の前に立ち、無事で済むわけがあるまい。貴様にとって、私が仇であるのならば当然、奴にとっても私は仇であるのだからな」


 やれやれ、と迫りくる死をまるで、突然降りしきる夕立の如く、『導師』は受け入れていた。

 仕方ないことであると。当然であると。順当の結末であると、抗いもせずに。


「故に、繰り返そう。早く、殺せ。貴様の仇が死ぬ前に。一応、貴様が殺すまで、最善を尽くして長く延命しているつもりではあるが」


 淡々と、何の恐怖も覚えている様子すらなく。

 むしろ、安らかさすらあるその言葉に対して、俺は無性に怒りを覚えた。


「――ふざけるなぁ! 何を、何を勝手に死のうとしているんだ、お前は!? は!? 全然だ! まだ、全然、何も! 世界を! ハルを救うための方法を、見つけられていないんだぞ!? 何を、何を勝手に……」

「案ずるな。異能の後遺症も抜け、正しく自分を認められる貴様であれば、私の干渉など無くとも、答えを見つけられるだろう」

「そういうのは! そういうのは良いんだよ! 良いから、言えよ! 死ぬ前にさぁ!」


 苛立たしい。

 とてつもなく苛立たしい。

 何か言い残したことがあるのならば、さっさと言えばいいし。何を、師匠面して、勝手に期待して、勝手に黙って死のうとしているんだ、お前は。

 死ぬなら、どんな戯言でもいいから、少しでも何か役立つ助言を言ってから、死ね。

 そうでなければ、そうでなければ…………今まで、何のために生きていたんだ、お前は。


「何か、か。ふむ」

「考え込むなよ、ぱっと言えよ! もうすでに、下半身が崩れ落ちて、上半身しか残ってないじゃねーか! 都市伝説の化物みたいな感じになっているぞ、おい!」

「ふふっ」

「受けた!? 元ネタ知ってんのか、テメェ! つーか、死に際になって、人間らしさを出してんじゃねーぞ! そんな暇あったら、さっさと役立つことを言いやがれ!」


 正直、このまま蹴りをぶち込んで息の根を止めてやりたいという衝動がとてもあるのだが、こんな奴でも、貴重な情報源。今の俺にとって、数少ない光明の一つ。気分に任せて、ぶち殺していい相手ではない。


「そう、だな。必要ないとは思うが、そこまで言うのであれば、一つだけ」

「おう。役に立たないこと言ったら、介錯してやるから安心しろ」

「わかった、安心しよう」


 安心してんじゃねーよ、くそが!

 死ぬ気満々の相手ほど、性質が悪い奴は早々に居ない。それが、こちらの仇であれば、猶更だ。でも、あれか? これで死ねば、ハルが仇を討ったことになるのか? いや、でも、なんだろうな? 釈然としない。大戦の時からずっと、復讐したり、仇を討ったりしてもすっきりしない。でも、殺すのを止めよう、とはならない。きっちりと、殺す。殺さなければならない。例え、すっきりせず、釈然としない想いを抱えても。多分、それが、復讐とか、かたき討ちの実情って奴だ。


「見崎神奈、いいか? よく聞け」

「おう、聞いてやるから、さっさと言え」

「――――お前は、間違っていない」

「……あ?」


 俺は眉をひそめて、『導師』の言葉の続きを待つ。

 一体、何を言い出しているんだ、こいつは。


「私の計画では、私の試練では、お前を『石神春渡を殺せる精神性の人間』にすることが、目的だった。そうしなければ、全世界は救えず、何一つ救えず、終焉がもたらされるのだと、思っていた。だが、違う。貴様の嘆きと、足掻きを見て、私はようやく思い至った」

「いや、お前、一体どこから――――」

「真に滅びを乗り越えるのであれば、それでは駄目なのだと。破壊神を、『破壊』で乗り越えようとしても、無為だ。敵うわけがない。例え、一時しのぎになっても、何も変わらない。変わらず、創造神と破壊神の争いが繰り返し、運命神が結末を嘲笑うだけの円環からは抜け出せない。故に、告げよう。導く者として、告げよう。蛇足かもしれないが、貴様が望むのであれば、言おうじゃないか」


 崩れていく。

 『導師』の肉体が崩れて、消えて行く。

 そして、最後に残ったのは、フードの奥の僅かなふくらみのみで。


「見崎神奈、貴様にしかできない方法が、唯一の正解だ。さぁ、いつも通り、運命を覆してやるといい」


 やがて、それも言葉が終わると同時に、消えた。

 残ったのは、ボロボロの外套が一枚だけ。

 それと――――――俺の胸に宿った、一つの確信。



●●●



 少しだけ分かったことがある。

 具体的なことは、何もわかっては居ないが……どうやら、この状況は『詰み』では無く、俺にだけに出来る何かこそが、突破口らしい。

 ならば、いいだろうやってやろうじゃないか。


「さぁ、勝利条件を設定しよう」


 勝利条件。

 全世界の救済。

 ハルを、破壊神の呪縛から解放すること。

 ハルの生存。

 俺の生存。

 誰一人として欠けず、運命を乗り越えること。


「勝利までの障害を整理しよう」


 障害。

 まず、破壊神による全世界の崩壊。

 破壊神は次元が違う存在であり、現状、打倒は不可能。

 破壊神の魂に刻まれた、悲劇の轍がある限り、ハルは破壊神として覚醒するしかない。

 ハルを救うにはまず、その魂を救済しなければならない。

 逆に言えば、ハルの魂に刻まれた悲劇の記憶、連なる憎悪による衝動をどうにかすれば、後は連鎖的に全ての問題を解決できる。

 そのためにはまず、自分のやれることからやっていこう。


「さて、そろそろ出てきてもいいんじゃないのか? なぁ、クロエ」

「………………ん」


 差し当たっては、妙にローテンションの道化師から話を聞くところから、始めようか。

 世界を動かす、その前に。まず、自分が出来ることを知るために。

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