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第176話 導く先に、光あれ 3

 もしも、どうにもできない問題に直面した時、人はどうするのだろうか?

 今までの経験から、俺は考えてみる。

 仲間が致命傷を負って、回復系の異能者も近くに居ない。後、ほんの僅かな時間で、仲間が死ぬ。そういう場面を何度も俺は体験してきて、その度に、俺は挫折を味わった。

 必死の応急手当が、無意味だと知った瞬間。

 仲間が悟った顔で、遺言を託す瞬間。

 栓でも抜けたかのように、冷たくなっていく仲間の体に触れた瞬間。

 俺の心は折れて、尋常ならざる心の苦しみで藻掻いた。何度も、何度も、自分の体を掻きむしって、奥歯が軋むほど噛みしめて、そして、憎悪が俺を立ちあがらせる。

 いつだって、敵対者への憎悪が俺を立ちあがらせて、残った仲間へとの傷ながら、俺の心を癒してくれていた。

 けれど、今更ながらに自覚する。

 それは、乗り越えたということではないのだと。克服したわけでは無くて。ただ、諦めなかった結果、敗北を味わったことを忘れようとしていただけだって。仕方ないと心のどこかで折り合いをつけて、痛みを忘れていただけなんだって。

 ――――人は、どうしようもない問題に直面した時、諦めることと、諦めないことを選ぶことが出来る。

 諦めれば、心の平穏は保たれるだろう。

 諦めなけれが、最後の最後の瞬間まで、淡い希望を持ったままで居られるだろう。

 問題は、『どうしようもないことは、どうしようもない』ということだ。

 諦めたところで、結末は変わらない。

 諦めなかったところで、結末は変わらない。

 だから、結末を変えたいのであれば、二択を超えなければならないのだ。

 絶望を超越して。

 終末を超越して。

 運命を超越して。

 未来へと繋がる、光明を見つけなければならない。

 そのためには、俺はきっと知らなければならないだろう。

 俺が一体、『誰にとってのマクガフィン』なのかを。



●●●



 呼吸を整えることが、まず、肝心なのだと『導師』は言った。


「息をしなければ、人は生きていけない。まず、それを思い出せ」


 次に、しっかりと足を踏み込むことが肝心なのだと『導師』は指摘した。


「空間転移できるからといって、足元を疎かにするな。異能とスペックに頼っただけの戦い方は安定しない。奇襲は貴様の専売特許かもしれんが、逆に奇襲を受けると脆いだろう?」


 最後に、世界と自分をほんの少しだけ動かすのだと、『導師』はやって見せた。


「世界を知れ。己を知れ。感じろ。考えろ。何が出来て、何が出来ないのか。絶望するのは、それからでも遅くはない」


 ぐるん、と俺の視界が綺麗に回る。

 世界が回る。

 己が回る。

 これは、魔術ではなく、単なる体術。

 柔術の基本、そのまた基本の、さらに原型。

 力では無く、技で他者を動かすという理念を考えた、始まりの一つ……らしい。


「あいてっ」

「無駄が多い。だから、こんなに簡単に転がされる。さぁ、もう一度だ。立て」


 俺たちは現在、敵対者の居ない草原のど真ん中で武術の稽古をしていた。

 見晴らしのいい草原のど真ん中。しかも、つい最近、精霊種を狩って、肉を頂戴している俺たちであるが、報復の気配は全くない。どうやら、『導師』という規格外の化物と戦うことを野生か、あるいは知性が拒否しているようだ。

 まー、その代わり、『導師』の存在に怯えているのか、虫以外の動物はこの草原から逃げ去ってしまったのだけれども。


「…………なぁ」

「なんだ?」

「なんで、武術を教えられているんだ、俺は?」

「貴様が、魔術の才能が皆無だったからな。ならば、武術を教えた方がためになるだろう」

「いや、確かにためになるけどさぁ……」


 お前は俺の不俱戴天の仇だろうが! なぁーにを、師匠面して俺に色々と教えてんだよ! と思いっきりツッコミを入れたい。だが、場の空気的に出来ない。

 そもそも、そういうことを言い出すと、魔力がまだ完全に回復しておらず、相棒が復活していない俺では、『導師』と戦うことはもちろん、逃げ切ることすら難しい。

 加えて、異能はハルとの戦いで使い過ぎたので、もう使えない。

 存在が不安定になり過ぎて、使ったら、次は自動的に深度4まで進行してしまうだろう。

 だからせめて、俺のマクガフィンをどのように活かせばいいのか考えている最中に、『導師』から「立て、修行をするぞ」と引っ張り出されて、現在に至るというわけなのだ。


「自然に動け。自然に意識せずに、動け。さも、当然のように動いて、相手を転がせ。相手の流れと混ざって、転がせ。少しでも不自然があれば、貴様を転がすぞ」

「もう、転がって、るんだけどぉ!?」

「機械天使のボディならば、草原を転がされた程度で傷はつかないだろう。もっとも、ぐるぐる回されれば、貴様の精神が苛立って、余計に自然体になりにくいかもしれないが」

「ぬ、おおおおおおおっ!」

「力むな、阿呆」


 何度も、何度も、俺は草原を転がされる。

 転がされる度に、俺の精神はささくれ立ち、余計に動きが悪くなる。

 こんなことをしている暇はあるのか?

 こんなことをしている余地はあるのか?

 オウルが休眠している間、俺は外部との連絡すら取れない。ここがどこの世界線かすらわからない現状では、この場から逃げることも出来ない。

 本当であれば、ホーム全体で対処しなければならない問題だというのに。

 俺一人だけでは、到底、解決できない問題なのに。

 こんな、こんなことで時間を無駄に――――


「焦るな、阿呆が」


 すぱーん、と快音を立てて、俺は小気味よくぐるりと一回転した。そのまま、がっつりと頭から地面に叩きつけられそうになるのを、受け身で慌てて防ぐ。


「まだ、時間はある。それに、焦ったところでどうにもならん。例え、仲間と連絡を取れたとしても、今の貴様では仲間の足を引っ張るだけだ。絆が無意味とは言わんが、その繋がりは、今は邪魔だ。何故ならば、この問題は、貴様が考えて、判断し、決断しなければ何も始まらないからだ」


 見下される。

 不俱戴天の仇に、俺は見下される。

 もっともらしい…………いいや、迷ってぶれている今の俺なんかよりも、よっぽど正しくてちゃんとしている『導師』に見下されて、俺はようやく、少しだけ冷静になった。


「…………ふぅ」


 とても釈然としない。

 なんで、俺が寄りにも寄って『導師』なんかに教えられなきゃいけないんだ? と、苛立ちが止まらない。

 けれど、他にやることも無く、何を考えても焦燥感で台無しになるような精神状態なら……ああ、やってやろうじゃないか。精々、『導師』の野郎から、搾り取れるだけ武術の要訣を奪い取ってやる。

 全世界の危機だってのに、まるで無意味な武術の稽古に勤しんでやる。


「すー、ふー、こぉおおおおっ」


 まず、呼吸を整えた。

 見様見真似だ。

 後は、聞いたとおりに。『導師』がわざとらしく呼吸音を聞かせているのに、ようやく気付けたので、まず、それを真似する。途中、何度も転がされても気にしない。多少痛くても、死なないのなら無いのと同じだと思え。

 呼吸、呼吸、呼吸。


「――――っ」


 何十回転がされた後だろうか? 俺は、ようやくそれらしい呼吸を身に着けた。

 別に、呼吸法を身に着けたから、どうということはない。漫画の中みたいに、急に視界が開けるなんてことは起きない。精々、少しだけ動きやすくなったような気がするぐらいだろうか?


「足元を、しっかり」


 次に、しっかりと足を意識した。

 足を意識して踏ん張ろうとした瞬間、ぺしんっ、と鞭のような打撃で顔にぶち当てられる。思わず怯んで、意識が足から遠ざかったと自覚した時には、転がされていた。


「…………足元を疎かにしない」


 ぐるぐるぐる、何百回も転がされて。

 髪なんかぼっさぼさで。

 服は土ぼこりに塗れている。

 それでも、分かった。


「足元は、位置の問題じゃない。心の置き方だ。自然に、全部を視る。自分で、自分を視る」


 自分で、自分を視る。

 つまり、自分自身の体全てに集中するという不自然を、自然にして。集中力の采配を、限りなくなだらかに。どれか一つだけ突出すると、その分だけ、どこかが足りなくなる。だから、凪ぐ水面のように、集中力をなだらかにして。

 そこでようやく、俺は自分を知った。

 自分を知った結果、どれだけ今まで俺が、無様な動き方をしていたのか、自覚した。


「そして、世界を知る」


 丁寧に、自然に、動く。

 すると、ようやく俺は転がされなくなった。

 それどころか、少しずつ、『導師』の動きが見えてくる。

 するり、するり、と水面に揺れる木の葉の如く。

 ゆらり、ゆらり、空から落ちてくる羽根の如く。

 無駄がなく、こちらが動けば、その分、こちらから退いていく動き。意識して動いている限り、俺は『導師』を捉えることは出来ないだろう。


「――――世界を、動かす」


 だから、相手を動かす。

 少しずつ、少しずつ、相手の動きと自分の動きを、自然にしていく。混ぜた二つは最初、不自然だけれど、それを自然にしていく。


「ふむ、悪くない」

「……あ?」


 そして、気付けば俺は、いつの間にか『導師』の体を草原へと転がしていた。

 成し遂げたという事実に、じわじわと腹の奥から歓喜が湧き上がる。気を付けていても、自然と顔がにやけて行ってしまう。

 不覚だ。ああ、まったく、こんなことで嬉しいと感じてしまうなんて。


「分かったか?」

「…………何がだよ?」


 俺に転がされたまま、『導師』が俺に問うてくる。

 割と結構、無様な姿だというのに、問う声はいつもの変わらない。だから、俺は問い返す。その無様な姿で、不倶戴天の仇が、俺に何を言うのか気になったから。


「貴様は、出来る奴だ。分かったか?」


 俺は、苦々しく顔を歪めた。

 そんなこと、問われなくても分かっているさ。

 ああ、そうさ――――問われなくても、分かっていたはずだったんだけどな。


「分かっているさ、それくらい」


 本当に不覚だ。

 そして、釈然としない。

 何故、今、こうやって俺に不足を教えるのが、この仇敵なのだろう?


「なら、次だ。食事を作るから、真似ろ」

「うるせぇ、指図するな」


 悪態を吐きつつも、俺は『導師』から、全世界の存亡には無意味なことを教わっていく。

 無意味なことを重ねて、少しずつ、出来る自分を取り戻していく。

 やがて、立ち向かうその時まで。

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