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第174話 導く先に、光あれ 1

 ぱちぱち、という火が爆ぜる音が耳朶を打つ。

 けれど、全然熱くない。

 春の木漏れ日のように、柔らかく、そっと寄り添うような温かさを感じる。


「ん、んんっ」


 少し、身じろぎをすると、がさがさ、という何かが擦れる音。

 後は、よく乾かされた干し草の匂い。

 これは、知っている。中途半端に干した草は生臭くて、ひどい匂いなんだけど、よく干した牧草というのは、ふわふわで、寝床にすると大地に優しく抱かれているような素敵な寝心地になるのだ。

 …………んん? ちょっと待とうか。

 火。

 ぱちぱち、爆ぜる音。

 干し草。

 よく乾いた良い匂い。


「――――うわぁあああああああ!!? 焼かれるぅ!?」

「ふん。この私がそんなへまをするわけが無いだろうが」


 慌てて飛び起きると、少し離れた場所から返答が返って来た。

 俺は、寝ぼけまなこをこすりながら、声の方へと視線を向ける。

 ゆらゆらと揺れる、焚火。火の勢いを調節するために設置された、アウトドア用品では良く見かける銀色の焚火台。その上に置かれた、鍋からは、ぐつぐつと何かが煮込まれる音と、何やら仄かな甘さの混じった良い匂いがする。


「干し草にはきちんと、火避けの術を施している。この焚火も、余計な物に燃え移らないよう、きっちり結界で区切って安全対策はしている。これでも、私は超一流の術者だ。その手の心配は無用だと言っておこう」

「あ、ああ、それはどうも、失礼を…………お?」


 俺は再度、目をこすって状況を確認する。

 声の主。

 中性的で、どこかで聞いたことのある声の主。

 焚火の世話をして、どうやら俺をこの即席干し草のベッドで寝かせてくれた、推定、恩人の姿を、確認する。


「いいや、礼は無用だ。何せ、貴様と私では因縁が多すぎる」


 そいつは、見覚えのある姿をしていた。

 頭からすっぽりと襤褸切れの如き外套で身を隠した、小柄な人物。

 フードの中から紡がれる言葉は、中性的で淡々としているが、機械的と呼ぶには柔らかすぎる。それに、言葉からにじみ出る、色あせた何かの感情は、紛れもなく心ある者だ。

 そして、俺はそいつの姿にも、声にも見え覚えがある。

 ただし、どうして、そいつがこんな真似をしているのかは、さっぱりわからない。


「…………何の真似だ、『導師』?」

「見て分からないか? 怪我人に食わせる粥を作っている」

「毒でも?」

「貴様を殺すつもりならば、とっくに殺している」

「試練とやらは?」

「もう、必要は――いや、意味が無くなった。だが、貴様が亡くなると全世界が滅びる。故に、こうしているだけだ」


 安静にしていろ、怪我人め、と言われて俺は初めて、自分の容態に気付く。

 服はいつの間にか清潔かつ、綺麗に解れも治っているのだが、その内側。機械天使の肉体が、妙に虚ろだ。虚弱というか、体内のナノマシンの活動が恐ろしく低下している。加えて、使える魔力の量もほとんどない。少し身じろぎすると、思い出したように体の中を激痛が走っていく。だが、致死の気配の痛みを感じない所を見ると、きちんと治療はされているのだろう。


「……くそっ」


 俺は渋々、『導師』に言われた通り、干し草のベッドで横になった。

 ついでに、辺りを見回して状況を確認する。

 時間帯は夜。

 場所は恐らく、何処かの山中。意図的に切りひられて、作られた『平ら』な居住スペース。目を凝らすと、奥の方に木こり小屋のような物が見える。

 天候は晴れ。

 木々の隙間から見える空は、星々が輝いていて、うっすらと辺りを照らしていた。

 世界は不明。

 俺単独では、この世界がどこの世界線に属する物なのかすら判別できない。こういう時は、オウルが大抵、調べてくれるのだが。


「それと、最初に言っておくが、貴様の相棒である機械知能に関しては、しばらく休眠しているらしいから、反応が無くても案ずるな。生意気にも、貴様と共に破壊神へ歯向かった代償がそれならば、まだマシな方だろうよ」

「…………クロエは?」

「奴の心配をするほど、時間を無駄にすることはないな」

「や、一応な? あれでもほら、なんつーか、心? そう、精神的な物が凹むかもしれないだろうが」

「奴が乙女のように涙を流すことがあるとでも?」

「あったんだよなぁ、意外と」

「……………………???」

「え、そんなレベルで信じられない出来事なの?」


 即座にぶち殺してやりたいところだが、魔力も無い上に、オウルが動けない今、返り討ちされるのは火を見るよりも明らか。それに、不服極まりないことだが、こいつには命を助けて貰った恩があるらしいし、大人しくしているか。

 いや、本当内心複雑で、意識して表情を作らないと、物凄く不機嫌な美少女面を晒してしまいうので、少しでも建設的なことを考えよう。

 そう、例えば、破壊神に対する対策とか。


「なぁ、『導師』」

「なんだ? 見崎神奈」

「破壊神の魂を持った奴を――」

「無い」


 言葉を最後まで言うよりも先に、『導師』は断言する。


「少なくとも、此度の世界創造の際から――私が造られた時から、相応の研究を行ってはいるが、現状、見当たらない。破壊神の魂を持った者の覚醒を止める方法など、存在しない」

「理由を、聞いても良いか?」

「定まっているからだ。そうであれ、と定まっているからだ。もうすでに、破壊神の魂は、高次元へ、『破壊神』として昇華することが決定づけられている。加えて、破壊神の魂には、数千数万ではくだらないほどの、悲劇の輪廻が刻まれている。それらは、色あせることなく憎悪を募らせ、魂の方向性を決定してしまう。正直、奴が暴走せずに自我を保っている方が不思議だ。本来であれば、破壊神は覚醒の兆しと共に憎悪を撒き散らすように暴れ、その果てに、全世界を爆破するのだがな」

「…………現状でさえ、かなり珍しいと?」

「さぁな。私は自分が知っていることしか、知らんよ。そも、我が主である創造神は、破壊神の憎悪を楽しんでいる節がある。創造神ならば、あるいは方法を見つけているかもしれんが、お気に入りのゲームを途中で中断するわけがない」

「つまり?」

「私に何かを期待するのは間違いだ。活路を見出したいのならば、貴様が考えるがいい」


 『導師』の言葉は、淡々としていて人間味があまりない。

 けれども、こちらの質問に対しては一応、知っていることはきちんと説明して来るので、会話の相手としては悪くないみたいだ。

 ならば、動けない間、こちらが色々と質問して、何かしらの光明を得るための手掛かりにするとしよう。

無論、油断するつもりはない。

 手段を選ばず、俺を洗脳してから俺をハルにぶつけて、破壊神を殺させようとか思っていそうだし。


「その考えを実行しようとしたところで、無意味だ。破壊神の器となっている人間は、貴様を殺すことが貴様の救済に繋がると考えている。仮に、私が貴様を操ったところで、躊躇いながらも殺すだけだろう。そして、私は世界ごと破壊されて、お終いというわけだ」

「心を読んでいるんじゃねーよ、くそが」

「ただの観察術と、経験則だ。当たっていたのならば、貴様が未熟というだけだぞ、見崎神奈」

「ちっ。何の貸し借りも無ければ、ぶち殺していたのに」

「ふん。殺したければ、貴様が回復してから好きにするがいい」


 淡々と、つまらなさそうにそう言うと、『導師』は俺に「起きられるか?」と聞いた。実際の所、少々辛い物があったのだが、これ見よがしに、良い匂いのする鍋をお玉でかき混ぜているので、それが気になって仕方ない。


「ん、余裕」

「そうか。では、乳粥だ。死にかけている奴に与える食い物だ。ゆっくりと、味わって食うがいい」

「…………乳粥かぁ」

「嫌いか?」

「前に一度、食べたことがあったけど、こう? ミルクの臭みがねぇ」

「ふん。誰が作ったと思っている? いいから、食ってみろ」


 俺は体を起こして、『導師』から乳粥が盛られた木の器と、木製のスプーンを受け取る。

 乳粥。

 以前、大戦以前、俺はレトルトのパックを口にした経験から妙な苦手意識があるのだが、うん、腹も減っているし、文句は言わず、有難くいただくとしよう。


「………………む、むう」


 一口食べて味わい、二口食べて、咀嚼して飲み込み。三口食べて、唸る俺。

 正直に言おう。美味い。期待していた以上どころか、恐らく、俺はこれ以上に美味しい粥料理を食べたことは無い。まぁ、元々粥料理なんてそこまで食べたことは無いのだが、それを差し引いてもうまい。

 ミルク特有の臭みがなく、あっさりと崩れかけた米粒と混ざり合って、舌の上で旨みと甘みが調和する。さらに、単調な味わいで飽きないようにとの考慮なのか、時折、砕かれて混ざっているハーブの組み合わせが心地よく、加えて、粥の中に隠されている酸味のある小さな木の実がまた、食欲をそそる。

 ああ、認めよう、認めざるを得ない。

 美味い、とても。

 だが、それを口に出すのはとても嫌だ。なんというか、怨敵と言っても差し支えの無い相手に対して、こう、素直に礼を言うのは…………でも、まぁ、意地を張ったところで、な。


「…………美味いよ、これ」

「く、くくくっ、そうか」


 釈然としない口調で言ったお礼であるが、思いのほか『導師』には好評だったらしい。

 認識阻害の術がかけられてあるフードの奥から、人間味のある含み笑いの言葉が返って来たのだから、相当だろう。


「ならば、遠慮せず食うがいい。どうせ、世界崩壊にはまだまだ時間がある」


 俺は、『導師』が差し出した枯れ木のような手に、無言で空になった木の器を渡す。

 世界を壊す、破壊神の正体は親友。

 止めようとしたけれども、ボロボロに敗北して行動不能。

 無様に倒された俺を救ったのは、怨敵である『導師』。

 まったく、最悪にも程があるという状況ではあるが、不思議と、この乳粥を食べている間は、焦燥に駆られることなく、ゆっくりと過ごせたと思う。

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