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第173話 道化師は嘲笑う 7

 とある少女の話をしよう。

 憐れな少女の話をしよう。

 今ではもう、かつての名前すら忘れてしまった少女であるが、まだ人間だった頃、その少女はごく普通の存在だった。

 無論、数多の世界、数多の価値観、数多の常識がある多元世界の住人の一人だ。

 最初から、基準に近しい人類とは異なった価値観の持ち主であったのではないか? と思ってしまうかもしれないが、意外や意外、少女は『普通』だった。そう、彼の超越者殺し、見崎神奈と同じく、『普通の学生』だったのである。

 もっとも、奇しくも見崎神奈と同じく、その『普通』はあっさりと崩れ去ってしまうのだが。


「穢れた魂を誅する!」

「穢れた種族を、炎の浄化にくべよ!」

「全世界の平穏の為に!」

「創造神の名の下に!」


 それは、天使の襲来だった。

 さながら、黙示録の再現の様。

 純白の翼を携えた、大勢の天使――と当時呼ばれていた侵略者――が、世界を襲い、管理者を殺し、人類を皆殺しにしようともくろんでいたのである。


「一緒に逃げよう! 大丈夫、私はそういうの得意だから!」


 当時、人類の滅びは避けられない定めにあった。

 何故ならば、その天使たちは、創造神が作り上げた手駒が、数億年の年月をかけて、こつこつ制作した終末を防ぐための討伐存在群。その数は膨大なれど、一体、一体だけでも一つの町を滅ぼすのには十分すぎる力を持つ、恐るべき審判者である。

 逆らえる戦力など無く。

 街は焼かれ、人々は死に絶え、国は崩壊した。


「大丈夫、こっち! 私たちは、誰にも見えていないから!」


 そんな絶望の中を、少女ともう一人は巡り歩いた。

 僅かな食料と、少しの間の安息を求めて。

 戦火を潜り抜けて。

 天使の目をすり抜けて。

 少女ともう一人は、誰にも捕らわれることなく、世界を巡った。


「ふふふ、どう? 見直した? これでも、頼れるお姉さんなのよ?」


 少女にはささやかな、けれど、特別な能力が生まれつき存在していた。

 それは、意識に捕らわれない能力。

 見えないのではなく、見ても意味を感じない。

 透明になるのではなく、道端の石ころになるのと同じ能力。

 奇しくも、見崎神奈が最初に勘違いしていた異能と同じ、隠密系統の異能だった。


「逃げましょう。いつまで逃げられるか分からないけれど、それでも、先へ。ずっとずっと、先へ。世界が滅ぶ、その時まで」


 少女はたった一人だけなら、自分と同じように隠すことが出来た。

 だから、少女はもっとも大切な友達と手を繋ぐことを、選んだ。

 家族よりも。他の友達よりも。あるいは、仄かな恋心を抱いていた相手よりも、大切な友達を選び、たった一人だけを救うことを選んだのである。


「いつか、滅ぶ……その時までは、一緒に居ようね? ××」


 しかし、憐れなことに、少女はその名前を覚えていない。

 鮮烈だったはずの、二人きりの逃亡劇すら、記憶の片隅にも残っていない。

 ただ、覚えていることがあるとすれば、一つだけ。

 それは、大切な友達の容姿でもなく。

 繫いだ手の温もりでもなく。

 心地よかったはずの、声色でもなく。


『死なないで。貴方は、生きて――――■■』


 たった一つの呪い。

 世界崩壊と共に、訪れた呪い。

 大切だった友達が、破壊神へと覚醒し、全世界を滅ぼす時、願われた一つ。

 その一つが、少女の異能と混ざり合い、一つの超越を成し遂げさせた。

 ――――終焉超越者。

 抗えぬはずの滅びを、願われて超えてしまった存在。

 破壊神にも手の届かぬ場所に至ってしまった、憐れなる超越者。

 それが、後に、嘲笑の超越者と呼ばれている道化師の正体だった。

 全世界が滅びる終焉ですら、終わることが出来ず、気が遠くなるほど――――それこそ、人格など何度壊れて、新生したのかわからないほど長く、長く生きた、無敵の存在。

 されど、それは永遠という時間を生きることを定められた憐れなる流浪人である。

 何者にも捕らわれずに、一人きり。

 どれだけ他者に尽くそうとしても、言葉は虚しく、誰にも届かない。

 好ましい誰かを見つけても、手を伸ばしたところで誰にも触れられない。道化師が効果を及ぼせるのは、どうでもいい時だけ。言葉以外、他者の運命を左右する行動は取れない。

 誰かの死を防ごうと動けば、何にも触れられなくなる。

 誰かのために動こうとすれば、空回りばかりで、何も出来ない。

 唯一、言葉を紡ぐことで誰かへの運命に干渉出来るだろうが、それでも、誰かを救えるとは限らない。誰かと絆を結べるとは限らない。

 何故ならば、彼女は運命に呪われていたから。


「ならば、いっそのこと、私は道化になろう。全てを嗤い、全てに嗤われる道化師に」


 故に、少女は道化師になった。

 破壊神に生存を願われ。

 運命神に目を付けられて。

 創造神からは、最初から見放されている。

 何者にも捕らわれないはずの力を持つ少女は、けれど、実際の所、雁字搦めのように宿命や運命に縛られていて、永遠に虚しい生を続けるしかなかった。

 そう、見崎神奈という契約者と出会うまでは。



●●●



「永遠なんて言葉に憧れる人は多いけど、ろくなもんじゃないよ、永遠なんて」


 吐き捨てるように、ハルは言う。


「永遠? そんなもの、僕は望んでなかった。俺は、私は、ただ、普通に生きて、普通に死にたいだけだった。せめて、クソッタレな人生なんて消え去ってしまえばよかったんだ。けれど、まんまと破壊神になってしまったから、この様さ。僕の魂には、数多の輪廻の記憶が轍の如く刻まれている。消すことは出来ない。せめて、これらが薄れていけば、破壊神はいつか、創造神を許すことができたかもしれないのに」


 ハルの言葉は、破壊神の言葉でもあった。

 破壊神というのは恐らく、個人ではなく、ハルも含めた魂に刻まれてある記憶の総体のこと指しているのかもしれない。


「いつか、どこかで、大切だった誰かを呪わなくて済んだかもしれないのに」

「…………」


 刻まれた魂の記憶の中で、ひょっとしたら、過去の人物とクロエが出会っていたのかもしれない。浅からぬ関係だったのかもしれない。後悔の記憶が、あるのかもしれない。


「だからね、神奈。僕は僕のエゴの為に、君を殺すよ。これ以上、後悔を重ねたくなんかないから、殺す。跡形もなく、魂すら砕いて殺す。それが、死よりも残酷なことだったとしても、永遠という名の牢獄に閉じ込めるよりは、随分マシなはずだからさ」


 足掻く俺よりも、壊れた笑みを浮かべるハルの方が正しいかもしれない。

 ひょっとしたら、これからやることは何一つ、俺が正しいことなんて無くて。間違っていて。馬鹿みたいで。後々、後悔するだけの事かもしれない。

 ――――だとしても、だ。


「オウル」

《了解。拘束に使用されている異能を看破し、解除します》


 俺が俺である限り、そんな末路は認めない。

 俺たちの運命を、クソッタレの悲劇なんかで、終わらせない。


「…………一応、聞いておくよ、神奈。どうして?」

「はっ、どうしても何も、あるもんかよ、ハル」


 オウルの支援を受けた俺は、拘束をぶち破り、立ち上がる。

 クロエの手を、優しく解いて。

 自然な動作で、アイテムボックスから『黒羽』を抜刀し、構える。

 黒い刀身。その切っ先を、ハルへと向ける。


「例え、道化師相手の契約だったとしても、俺はそれを破るつもりはない。どれだけ後悔して、俺自身が摩耗して、消え去ってしまう永遠がその先にあるとしても、俺は契約を破らない。それが、英雄として生きて、異界渡りとなった俺の結論だ。そう、ここで楽になるのは、とても面白くない。そして、何より――――死にたくねぇよ、俺は」

「……は、はははっ。あはははっ」


 俺の答えを受けて、ハルは笑った。

 壊れた笑いでは無く、かつての、共に青春を歩んでいた時と同じような笑い声。


「相変わらずだね、君は。意地を張る場所がおかしくて、それでいて、大切な何かを譲らない」

「お前もな。誰かのために、自分を削ってまで動こうとするのは、相変わらずだ」

「まったく、全然大人になれてないや」

「とっくに高校生は卒業したつもりなんだけどな?」

「でも、意外と人間って変わらないものらしいし」

「そうか。じゃあ、仕方ないか」

「うん、仕方ない…………ということで」


 ばちぃっ、と音を立ててハルの右腕に紫電が纏わされる。

 ハルの幼馴染の異能。

 大戦中、ハルが最も愛用し、熟知した異能。

 互いに手札は知り尽くしている。

けれど、異界渡りとしての俺を、ハルは知らない。

 破壊神としてのハルを、俺は知らない。


「「喧嘩をしようか、久しぶりに」」


 だから、分かり合うために俺たちは喧嘩をする。

 互いの拳よりも、物騒な物を振るうけれど。

 その果てに、殺されたりするかもしれないが。

 それでも、俺たちはこれを喧嘩だと言い張ろう。

 例え、世界の命運やらが、そこに乗せられていたとしても。

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