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第172話 道化師は嘲笑う 6

「ああ、やはりこうなってしまったね、カンナ君」


 打ちひしがれる俺の耳元で、聞き覚えのある声の囁きがあった。


「君は頑張ったのにねぇ。どんなに辛い出来事があっても必死で乗り越えて、無茶振りみたいな困難も打破して、その末路がこれじゃあ、まったく報われないにもほどがある。くふふ、まるで出来の悪い道化芝居の主役みたいだ」


 耳元で嘲笑う、聞き覚えのある声。

 そういえば、そうだった。

 あの道化師の少女は、クロエはこういう奴だった。人が絶望に陥っている時に、それをスナック感覚で嘲笑い、堪能するという最悪の趣味の持ち主。

 それでいて、クロエの言葉は誰にも止められないのだから性質が悪い。

 だからせめて、俺は振り返ると共に、苛立ちを混ぜた視線を向けて――――思わず、間抜けな顔を晒してしまった。


「く、ふふふ、なんて顔をしているんだい、君は」


 視線の先に居るクロエは、確かに笑っていた。

 頬に一筋の涙を流して。

 かわいらしい容姿を、悲痛に歪めて。

 世界で一番、憐れな物を見るような目で、俺を見ていた。


「それは、お前、その、こっち台詞だ、馬鹿が。何を、泣いてやがる? なんで、お前、そんな…………泣けたのかよ。散々、人の不幸を嘲笑っているお前が、なんで泣くんだよ!?」

「泣く? 何を勘違いしているんだい? この私が君の境遇を思って泣いているとでも? 不幸を憐れんでいるとでも? 違うね、私は嘲笑の超越者、クロエ。契約者の不幸はむしろ、望ましいことさ。だから、これは歓喜の涙だよ」

「だったら、もっとそれらしい顔をしてみろよ!?」

「やれ、女の子の顔に文句を付けるとは、随分と偉くなったねぇ、カンナ君」


 らしくない。

 らしくないにもほどがあるぞ、クロエ。

 言葉はいつもの、嘲笑う道化師の物。

 けれど、顔はまるで弱々しい少女にしか見えない。誰かの不幸を悲しみ、共感して、苦しんでいる少女にしか見えない。

 なんで、何でだよ? 今の俺は、お前にさえそんな顔を指せるほど、憐れな存在だとでも言うのかよ? だったら、だったら――――それは、相当だな、まったく。


「…………嘲笑の超越者。うん、そっか。そういえば、そうだったねぇ、神奈。君はよりにもよって、そいつと契約していたんだったね。うん、だったら……そうだねぇ。仕方ない、か。うん、仕方ないなぁ、もう」


 クロエが意気消沈している俺に絡んでいると、ふと、困ったように笑みを浮かべていたハルが、何か意を決したように頷いていた。

 一体、どうしたのだろうか? 願わくば、この状況が何もかも見事に解決されるような素敵なアイディアを思いついたのだとかだったら良いのだが……でも、そんなご都合主義なんて、どれだけの奇跡が重なれば起こるのだろうか?


「ねぇ、神奈」

「なんだよ、ハル。何か、いいアイディアでも思いついて――」

「最後に謝っておくよ、ごめん」


 ――――――シュカッ!!


「…………は?」


 何が起きたのか、俺には理解できなかった。

 ただ、事実だけ述べるのならば、俺は押し退けられていた。オウルの端末である、人形兵器によって。ただ、その人形兵器はもう存在しない。存在しているのは、俺を押し退けた右手のみ。ぼとん、と巨大な何かに食いちぎられたみたいに、褐色の肌の右腕が落ちていた。

 人形兵器が何かに食われた場所は、俺が一瞬先まで居た場所だった。


《ミサキっ!! 回避行動ぉっ!!》

「――――っ!!」


 相棒の言葉が脳に響く。

 考えるよりも先に、培った信頼が体を動かす。磨き抜かれた経験則により、不可視の攻撃を回避するのに、最善な行動を行う。

 即ち、機械天使の肉体が軋むほどの反応速度で、横っ飛び、無様な姿で床を転がること。

 命の危険が迫った時、俺の肉体は格好良さなど度外視に、最善の行動へ移る。

 例え、精神がどれだけ摩耗していようとも、オウルの声を聞けば、撃鉄を叩かれた弾丸のように動き出すのが、俺だ。


「あーあ、やっぱり強くなっているよなぁ、神奈ってば。僕の知っている君だったら、さっきの一撃で仕留められたんだけど」


 だから、避けることが出来た。

 頭の中で、もしもですら想定していなかった人物からの攻撃を。

 ハルの異能によって、危うく命を奪われそうになったという現実に固まることなく、避け続けることが出来た。


「…………なぁ、どうしてだよ、ハル」


 ボロボロの床で這いつくばる俺は、ハルを見上げながら問う。

 性質の悪い白昼夢に出会ったみたいに、呻きながら、問いかける。


「なんでお前が! 俺を殺そうとするんだよ!?」

「あははは。なんだい、知らなかったのかな、神奈。君はどうやら、僕の事をどうしても殺せないみたいだけどね?」


 ハルは、応えた。

 微笑んで、答えた。

 困ったような笑みでは無く、やっと自分のやるべきことを見つけた者の笑みだった。


「僕は、君の為なら君を殺すことが出来るんだよ、親友」


 そして、ハルは異能を振るう。

 破壊神に覚醒した、尋常ならざる破壊の力が、俺に襲い掛かる。



●●●



 ハルの異能は絆の異能だ。

 絆を結んだ者の能力を扱うことが出来るという、まさしく主人公体質のハルにぴったりな異能だと、当時の俺は思っていた。

 けれど、今となっては逆なのではないかと思った。

 あの時、俺たちのホームの管理者が世界に振りまいた『覚醒因子』。それの正体と言うのは実は、破壊神が全世界にもたらしたという因子では無いのだろうか? それに影響されて、俺たちが異能を獲得したのではないだろうか?

 そう、例えば数多の輪廻の中で一番、超越者に近しかった時の記憶。破壊神に影響されていた存在だったころの記憶を魂の中から呼び覚まして、特異な能力を得る。それが、異能に覚醒するという仕組みだったのではないかと、今では考えている。

 だから、ハルは異能を他者から借りて使っていたのではなく、むしろ、逆。他者の異能を観測して、絆を通してより詳しく異能を知ることによって、『自らの中に眠っている可能性』を呼び起こしていたにすぎないのではないだろうか?

 つまり、破壊神の自覚を持ち、魂の覚醒を経た今のハルならば、


「無駄だよ、神奈。今の僕を止めたいなら、せめて殺す気で来ないと。マクガフィンを全開にして、僕を殺す存在にならないと――――戦いにすら、ならない」

「…………ぐ、う」


 他者との関係性に関係なく、絆という経路を辿る必要もなく、破壊神によって影響を受けていた全ての異能――――否、超越者としての理すらも使えるのではないか、と。

 そういう推測を立ててみたのだが、それを証明させるような手間すらかけさせることも出来ず、俺は無様に倒れ伏していた。


「いいかい、神奈。こういう次元まで来るとね、異能の種類とか、超越者の理とか、そういうのはもう関係なくなってくるんだ。だって僕は今、破壊神という高次元の存在に片足を突っ込んでいる状態だよ? 全世界の知性体を爆弾に加工する練習をしているんだよ? そういう存在と戦うということはだね? 『何をされているのかわからず、敗北する』ということすら受け入れなければならないということなんだ」


 淡々と、学校の課題の内容でも説明しているかのように、ハルは俺に語り掛ける。

 奇襲を回避して、けれど、結局、その後何も出来ずに倒された俺を侮蔑するでもなく、事実だけを解説するように、ハルは言葉を重ねた。


「それで、どうして親友の君に対して、僕がこんな真似をしているのか、説明しよう。本当だったら、最初の奇襲で殺して置きたかったけど、駄目だね。一度機会を逃すと、躊躇ってしまう。だって、本当は僕だって君を殺したくない。なんだって、僕が君を殺さなきゃいけないんだ? と運命を呪って叫びたくなるよ、まったく。でも、残念ながらさ、君の事を想うのならば、僕は再び、殺す決意を固めなければならない」


 ハルの表情は明るくなかった。

 ハルの言葉は、らしくなかった。まるで、自分自身に言い訳しているみたいに、長々と、考えることを放棄して、感情のまま、言葉を出力しているみたいだった。

 いや、らしくないと言えば、ハルが俺を殺そうとするのが、一番、らしくない。破壊神の衝動に飲み込まれて、全世界と共に吹き飛ばされるなら分かるのだが、明確な意思を持って俺を殺そうとするなんて。

 しかも、それが俺のため?

 ハルが狂っていないとすれば、そこには一体、どんな理由があるのだろうか?

 まぁ、どの道、体の自由を奪われている俺は、ハルの言葉を待つことしかできないのだが。


「神奈。そこの道化師と契約してしまった君の末路はね、『永遠』なんだよ。そう、死ねない。消えられない。永遠に、そこの道化師と共に在ることしかできない。君が死に、道化師の眷属となってしまえば、僕の――破壊神の権能ですら、君を殺してやることが出来なくなってしまう。世界すら、壊せる僕なのに、その道化師だけは害せない」


 例え、どれだけ残酷な真実を知らされようとも、動けない。

 いつの間にか、俺の傍らに出現している道化師の表情すら伺えない。

 だが、道化師―――クロエは珍しく、無言だった。無言で俺の傍らに佇み、共に、ハルの言葉を待つことしかできなかった。


「なぜなら、そこの道化師は、僕と違った意味で『真なる超越者』なんだからさ。そう、破壊神という滅びを超越し、運命の女神の目として、永遠に流浪することを義務付けられた存在。それが、そこに居る憐れなる道化師の正体だよ」


 そして俺は、ハルの言葉に対して何かを言うことすらも出来なかった。

 次々と明かされる真実に、俺は呆然とするのみ。

 減らず口すら叩けやしない。

 ……ただ、いつの間にか繋がれたクロエの手が、怯えるように震えていたことだけは、妙に俺の心を搔き乱していた。


 ――――ああ、本当にらしくない。

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