第171話 道化師は嘲笑う 5
本日、更新二回目となります。前回の更新は夕方ごろの中途半端な時間の更新ですので、読み飛ばしに気を付けてください。
なお、明日の23時にも更新します。そこからは隔日での更新になります。
そして、いよいよ物語は最終局面。具体的に言えば、9月中に終わらせる感じの尺なので、最後までお付き合いいただければ幸いです。
※追記:予約投稿するつもりで、通常投稿してしまった阿呆が私です。
よろしければ、このままお楽しみください。
誰しも、他愛ない妄想をした時があるだろう。
例えば、退屈な授業中。
例えば、仕事帰りの電車の中。
例えば、同じ毎日を繰り返す日常の中。
素晴らしい非日常を妄想することはきっと、誰しもあるだろう。
それが、どんな妄想なのかは個人のジャンルにも寄る。
大金持ちになって、贅沢をする妄想。
突然、異能力に覚醒して異能伝奇な戦いの日々へ足を踏み入れる妄想。
クソッタレな自分が死んで、異世界で最高の自分に生まれ変われる妄想。
大抵の場合、この妄想は個人が抱えている飢えを満たすものだ。
平穏な日常の中で、人間としての闘争本能を持て余しているのならば、闘争の日々を。
心の休まらない日々を過ごしている者は、何物にも侵されない平穏を。
そして、非日常の戦乱に身を投じている物は、他愛ない日常を妄想する。
「やー、実際、どうだったんだろうな、俺たち。普通に大学に進学してから、就職コースだと思う? それとも、高卒で早いうちに就職先探す方向にシフトしていたのかね?」
「逆転の発想で、起業していたかもしれないよ?」
「逆転過ぎない、それ? つーか、どんな会社興すんだよ、誰が社長をやるんだよ」
「ゲーム会社を興そうよ。僕が社長で、君が副社長」
「お前、そんなにゲーム好きだっけ? つか、あんまりゲームやらなくない?」
「エロゲー会社を興そうよ」
「だからなんで、そんな人外魔境みたいな業界へ進みたがるの?」
機械眷属のスクラップの山を眺めながら、適当な場所に腰掛ける俺たち。
今更、多少の汚れなど気にしない。
顔にはオイルと血が混ざった汚れがこびりついていて、戦闘用の学生服なんて、泥やオイル、その他いろいろな汚れが混ざっている有様だ。拠点に戻って、浄化魔術を受けて、シャワーを浴び、そのままベッドに倒れ込みたいような疲労感。
されど、この後、二十分もすれば機械眷属のおかわりがやってくる。それを殲滅するまではまだ、帰れない。
だから、これは束の間の休息。
俺とハル。
二人の英雄が、気兼ねなく本音で馬鹿な妄想を話しているだけの時間だ。
「君が貸してくれたエロゲーが面白かったことを、ふと、思い出してみたんだよ。ほら、あのなんだっけ? 機械天使の赤い奴が、ほら、ヒロインに似ていたから」
「あの死闘の最中でそんなことを考えていたのか、お前……」
「君が貸してくれるまで、エロゲーの魅力を全然知らなかった僕だからさ。もしも、後悔無く日常を過ごすことが出来るとすれば、エロゲー会社を作って、業界の新星になるよ。差し当たって、僕が絵師になるから、君がシナリオね?」
「お前、イラスト描けたの?」
「いいや? でもほら、僕ってやろうと思えば大体なんでも出来る人間だから。きっと、一か月ぐらい特訓すれば大丈夫だよ」
「それで描けるようになったら本物の天才だからな、お前? そもそも、シナリオなんて書けねーよ、俺は」
「えー、シナリオなんて適当に妄想を書き散らせていればいいんじゃないの?」
「全国のシナリオライターに謝れ」
「ごめんなさい、生き残っているシナリオライターさん。機械神をぶっ殺して、平和な時代を築くから許してください」
「生き残っていればいいなー、マジで」
馬鹿みたいな会話。
英雄二人がこんな会話をしている所を、仲間たちにはとても見せらない。
背中を並べて戦える俺たちからこそ、こんな馬鹿話を出来る余裕がある。
マクガフィン、深度1。
そして、ハルの異能で俺の異能を共有すれば、ゆっくりと敵の増援を待ち構えながら、こういう会話をするぐらいの余裕は出来たのだ。
「そうそう、エロゲーと言えばさ、神奈。なんか瓦礫の中から辛うじて無事なエロゲー見つけたらしいよ?」
「え、マジ? タイトルは?」
「『エリュシオンサーガ~聖なる騎士と堕落した魔王~』って奴」
「…………あー」
「なにその反応」
「そのゲームなー、ちょっとなー」
「目を逸らすなよ、おい。はっきり言いなさい」
「ちょっと伝説的なクソゲーというか、場面転換バグが多すぎて、シナリオを最後まで進めることが出来ない上に、パッケージに描いてある美少女が予告なしで実はふたな――」
「よし、分かったそれ以上は言わなくていい。今は、このゲームを意気揚々と見せて来た戦友の無事を祈ろう」
「最前線から、拠点でエロゲーやっている奴の無事を祈るって、もうわけわかんねぇな」
「いいじゃん、僕たちらしくてさ」
硝煙と血と、オイルの匂い。
スパイシーで、生臭くて、むせ返る戦場の匂い。
そして、ほんの少しだけ混ざるのは、想起したかつての日常の匂い。
戦乱と日常が混じった、懐かしい匂いを、俺はいつまでも覚えている。
いつか、ハルと交わした馬鹿な未来を現実に出来るぐらい、平和な世界を手に入れるまで、ずっと。
●●●
救いようのない悪人だったらよかった。
全ての悪事を裏から糸を引いている黒幕で、改心のしようがないクソ外道で、他人なんてなんとも思わない悪人だったのならば、良かった。
そうだったら、一切躊躇なく殺せたのに。
いや、せめてカリスマ性あふれる大物だったらまだ、何とかなった。終始、俺が圧倒されるような信念を貫き、最後の瞬間まで己の理想を諦めない。部下からも信頼されている、とてつもない強敵。人間としての器が、俺よりも数段上のラスボス。そういう相手でも、例えどれだけの困難があろうとも、挑むような気持ちで戦えるなら、それでよかった。
何も知らない善人でも、俺は殺せた。
最後の最後まで、そいつを救う手段を探すかもしれないが、どうしてもとなれば、俺は躊躇いながらも殺せただろう。殺した後、己の命を断って贖罪しただろう。それで、犠牲の下に世界を救ったビターエンドを演出できたかもしれない。
でも、これは駄目だ。
…………なぁ、これは駄目だろう?
「き、奇遇だな、ハル。お前も動けたのか。まったく、とことん主人公体質だな、お前って奴は。まぁ、お前が居れば百人力さ、頼りにしているぜ。ああ、それと、お前が動けるってことは、世界の維持に関しては大丈夫なのか? まだ、専用の場から離れられないんじゃなかったか?」
自分でも空々しいと感じてしまう、言葉の数々。
次々と言葉を並べるのは、不安の表れだ。問いかけている癖に、ハルからの言葉が怖いなんて、俺はいつからこんな情けない男になったんだか。
「世界の維持は大丈夫だよ、神奈。もう、そんなレベルの話じゃないから。そうだね、覚醒してしまった僕なら、世界の維持程度片手間に出来るさ。仮にも、神様の魂を持つ男だからね」
「は、ははっ、神様なんて大げさな――――」
「神奈」
優しく、嗜める言葉。
ハルが浮かべるのは、困ったような笑み。
聞き分けの無い親友に対しての、苦笑。
「君に、聞いてほしい」
「嫌だ、やめろ」
「僕は破壊神の魂を宿した存在だ。今は色々頑張って抵抗しているけど、いずれ、衝動に飲み込まれて世界を滅ぼさずにはいられなくなる」
「やめてくれ」
「これは決定事項だ。そして、残念ながら僕の前に現れる資格を持つ物は、君しか存在しない。あの『導師』なら、この空間でも動けるかもしれないけど、でも、僕には勝てない。絶対に。何故なら、僕は今、全世界と繋がっている存在だからね。僕が『殺されても良い』と思えるような存在の刃でしか、僕は死ねない」
「やめろ! やめろって、言っているだろうが!」
「だからね、神奈」
「いやだ! いやだ! 言うな!」
「――――君が、僕を殺してくれ、親友。僕が、世界を滅ぼす前に」
笑っている癖に、余裕のない言葉。
いつも飄々としている親友からの、切なる願い。
俺がハルの親友ならば、叶えるべきだろう。その願いを。解放すべきだろう、その苦痛から。殺すべきだろう、英雄ならば。合理的に考えるならば、殺すしかない。例え、俺がハルを殺さなくとも、全世界が滅びれば――否、破壊神が完全に覚醒すればハルという人格は死ぬかもしれないのだから。
そうさ、殺すべきだ。
俺が好きな青年漫画の主人公なら、散々運命への文句を吐き立てて、最後に殺すだろう。
少年漫画の主人公ならば、ご都合主義的に、何か解決策が用意されていて、最終的に親友を救えるだろう。救えるかな? いや、どうかなぁ、最近の少年漫画はシビアな所があるからな、どうだろうな、は、はははははは…………はぁ。
「あのなぁ、ハル。こういう機会じゃなきゃ言えないから、言うけどさ。俺は、お前の事が好きなんだよ」
「おっと、ここで愛の告白とはロマンチックだね。態々、TSしてくるとか、用意が良すぎて少し怖い」
「茶化すなよ。後、そういうのじゃねーよ、親友。ライクだ、ライク。ラブのほうじゃねーよ」
「ふふっ、それは安心した。僕は普通に女の子が好きだし」
「その割には扱いが酷いけどな?」
「ヤり捨てて言いながら甘い態度を取るけど、でも、そうじゃない相手だったし。誠実に対応した結果だよ」
「そうかい……んで、話を戻すとだなぁ」
くしゃり、と俺は前髪を右手で強く掴み、震える声を必死で抑えながら告げる。
「無理に、決まっている、だろうが。なぁ、おい。俺がさぁ、異界渡りとして今まで、どうして頑張れてきたと思う? 過酷なことがたくさんあった。もちろん、大切な出会いだってたくさんあった。でも、諦めるのは簡単だった。何もかもが面倒になる時だってあったし、そういう時は、全てを放棄したいって欲望に負けそうになった。でも、でもさぁ、お前がな? 親友がな? 世界を必死で維持してくれているのに、弱音なんて吐いてられねぇって、俺はさぁ」
ぼろぼろと、感情のままに両目から流れ出す鬱陶しい液体を無視して。
胸の奥から込み上げる、嗚咽を噛み潰して。
俺は言葉を続ける。
「いつか、お前と一緒に日常を過ごせるって、思っていたんだよ。やっと、やっと馬鹿みたいな戦いが終わって、たくさん仲間が死んだけど、それでも、親友と生き残った仲間たちが居るなら。生きるのも悪くないって。新しい仲間も出来たから、お前に、ハルに、紹介して、んで、今度は、俺が異界渡りの、先輩として…………色んな、世界を、一緒に……」
力が抜けた。膝を着く。
項垂れて、そのまま蹲りたくなるから、両手で頭を抑えて。
まるで、世界に絶望した狂人のように頭を抱えて、俺は力なく、言葉を紡いだ。
「なぁ、ハル」
「なんだい、神奈」
「…………どんな理由があったとしても、俺が、お前を……殺せるわけが、ないだろうが」
「……………………そっかぁ、うん。そう、だよねぇ」
どうしよっかな、とハルが困ったような笑みを浮かべたままで。
俺は、ぼろぼろと涙を流して、嗚咽を漏らすのみ。
世界さえも救える二人の英雄が揃っているはずなのに。
今なら、全世界の危機すら防げるはずなのに。
俺たちはただ、無力な高校生に戻ったかのように、途方に暮れていた。