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第17話 エロ本長者には成れない 7

 昔々――――でもなく、ちょっとだけ昔の話。

 とある街に、仲の良い親子が居ましたとさ。

 父親は凄腕の兵士。たくさんの部下から慕われている、優秀な隊長さんです。

 母親は花屋を営む美人さん。優しい面影と、他者を労わる優しい心の持ち主です。

 そんな二人の下に生まれ落ちたのですから、娘さんはとても幸せに日々を過ごしていました。特に生活に不自由はなく、けれど、物やお金の価値を大切に思い、何より、困っている誰かに手を差し伸べることを躊躇わない子供でした。

 だからこそ、その悲劇が起きてしまったと言えるのでしょう。


『う、ううう、痛い、痛い、お腹が痛くて、動けないよぉ』


 それは、娘が母親と共に街の外を歩いていた時の事でした。

 篝火に守られていない街の外を歩く時、人々は冒険者や兵士の手助けを受けて移動します。その時も、多くのキャラバンや旅人などと一緒に、娘と母親は歩いていました。

 別に、遠くに行こうとしていたわけではありません。ただ、隣町へと花を届けに行く、花屋としてのお仕事。いつも通りの、何の変哲もない日常の一部だったはずなのです。

 娘が、集団から少し離れたところで、お腹を抱えて蹲る少女の姿を見つけなければ。


『痛い、痛い、痛いよぉ』


 すすり泣く、可哀そうな少女の声。

 見た目は自分と同い年ぐらいの、まだ幼い少女が泣いている。

 なのに、自分以外の人は誰も気づいていない。見て見ぬふりをしているのだ、と娘は義憤と正義感に駆られて、少女の下へ近づいていきます。

 ――――娘以外、本当に誰も少女の姿が見えていないのだと、気付かずに。


「ねぇ、大丈夫?」

『う、うううう、痛い、痛い、痛いぃいいいいいいいいああああああっはっははっははははは! お腹痛いわぁ! こんな茶番に引っかかるなんて!』

「え、あの――」

『一名様、ごあんなぁーい!』


 とぷん、とまるで影に沈むように娘は闇の中へ、地の底へと消えてしまいました。

 再び、娘が両親の下に姿を現すのは、それから一か月後の事です。


『あーっはっはっは! さぁ! 名高き光臨兵士様は! ご自分の可愛い娘さえも、秩序の為にぶち殺せるのかしらぁ!!?』


 哄笑を響かせる『奈落魔女』と共に、病魔を撒き散らす変わり果てた姿になって。

 これは、そんな悲しいお話です。

 報われず、救われず、気高い戦士である父親が、涙と共に己の娘を焼き切った、悲しく、理不尽な物語――――――だったのです。

 別世界から、たったの一人の大馬鹿野郎が現れなければ。



●●●



 木々はゴムのようにゆらゆらと伸縮を繰り返し、時折、大きく幹を裂いて、口のように呼吸を繰り返す。その度に、灰色の毒ガスを吐き出し、空気を汚染する。そんな木々から生っている果実は、まるで人間の内臓をそのまま木の枝に突き刺したかのような異形。どくり、どくり、と脈打つように、時折、鼓動している。そんな木々が生えている大地は、錆びた鉄の色をしている。この土から生えた植物ならば、どんな種でも、まともな形にはならず、ただ周囲に害を撒き散らすだけの不快な存在へと作り替えられてしまうだろう。


「オウル、全力モードだ。魔力を惜しむな」

《はい。権能を解放。全力戦闘モードへ移行します》


 もっとも、空間を支配する権能を持つ俺にとっては、まるで無意味な領域であるが。


「邪魔だ」


 俺は汚染された森に入るとまず、無造作に腕を横薙ぎに振るう。

 たったそれだけの動作で、一つの例外を除き、全ての悍ましき存在は駆逐される。木々は異空間の狭間に吹き飛ばされ、残った根っこと汚染された大地は、太陽樹の加護による劫火によって除染された。

 残ったのは焼け焦げた地面と、たった一つ残して置いた呪いの核だけ。


「ふん、なるほど。これは悪趣味だな」


 呪いの核は前情報通り、少女の形をしていた。

 そして、少しだけ訂正するのであれば、少女の姿形を模した化物だった。

 核となっているのは、間違いなく少女の魂であり、肉体だ。だからこそ、金髪碧眼で、利発そうな顔つきの少女が、呼吸することも無く瞼を閉じている。その幼い容姿に似合わない、扇情的な赤いドレスを着せられて。胸元に、赤い果実にも似た、真っ赤な眼球が植え付けられて。肉体はまるで、戒めのように錆び色の大地と鉄色の茨で繋がれている。さながら、囚人を繋いでおく鎖のように。


《アナライズ完了。姿形は少女のそれですが、細胞の組織まで完全に変質しています。恐らく、魂の表層に呪いの種子が伸びて、汚染されているのかと。ミサキ、これは一般的に手遅れという状況ですが、何か策はありますか?》

「もちろん、とびっきりの策があるさ」


 そう、今から三秒で考え付くとびっきりの策が。

 ………………よぉし、考え付いた! 思いついた、流石俺だ、流石、忌々しい機械天使の電脳だ。性能だけは認めざるを得ない。


「まず、少女の空間の支配権を強める。権能を集中、権限を一つ繰り上げる」

《了解しました。権能集中――――あらゆる因果から隔離し、空間内に固定します》

「よろしい。んじゃあ、まずは一手、だ」


 俺は別空間に収納しておいた秘宝の一つを取り出す。

 一見するとそれは砂時計にしか見えないだろうが、何とこれは時間の不可逆性を無視し、対象の情報を選んで巻き戻せる代物。

 ただし、一度きりしか使えないので惜しむ心が生まれる前に、さっさと使ってしまおう。


「『逆行の砂時計』よ、少女の時間を呪われる前まで戻せ」


 言葉と同時に、俺は砂時計を地面に叩き付けて割った。すると、砂時計の中にあった砂が、少女の周りに集まり、ぐるぐるぐると渦巻くように回転して…………映像が巻き戻されたかの如く、少女の体から茨が離れ、真っ赤な眼球が胸元から離れていく。


《ミサキ。時間を戻しても、呪いと少女の魂の間に強力な因果関係がある限り、少女が呪われる結果は変わりませんが?》

「ああ、だから、こうするんだよ――――移せ、『聖者の身代わり』」


 俺はさらにもう一つ、収納しておいた秘宝を取り出す。

 致命的なあらゆる出来事を、三十回分だけ肩代わりする身代わり人形を。どこからどう見ても、呪い系の藁人形にしか見えないそれを、俺は少女の肉体から離れた真っ赤な眼球に向かって投げつける。

 とある聖者の遺髪が織り込まれたそれは、驚くほど容易く少女の呪いを引き受けた。眼球と茨が身代わり人形に埋め込まれるような形で因果が移されたのを確認した瞬間、即座に身代わり人形ごと滅却した。周囲の空間ごと、丸ごと消し去ることによって、完全に呪いの因果は断たれただろう。


《お見事です、ミサキ。これで――》

「いいや、まだだ」


 俺は知っている。

 この手の悪趣味な呪いを造る外道に限って、『呪いが解除された時の保険』を残しているのだと。そういう外道にとって、絶対に解除できない呪いをかけるのもそうだが、もしも、それが解かれた時に、そいつの眼前で少女の命を奪い、嘲笑うことも愉悦なのだ。

 だからこそ、まだ一つ、何かが残っている。

 少女に仕掛けられた仕掛けは全て排除した。これ以上、何かが隠されているということは無い。ならば、何がある? 今は空間を隔離しているからこそ手出しされていないが、隔離を解除した瞬間、何かしらの観測手段によって少女の無事を確認した場合、何かをしてくるかもしれない。

 …………いいや、考えてみれば俺という不確定要素の眼前で何かをやらかす必然性は無い。俺を嘲笑うのであれば、俺が少女の下を離れた後、いくらでも機会がある。『奈落魔女』本体を殺さない限り、あちらはいくらでも仕掛けるタイミングがある。父親がどれだけ手練れの兵士だったとしても、あんな呪いを造る奴の襲撃から何度も少女を守るのは難しいだろう。


「……まったく、まるであつらえたかのようにぴったりじゃないか。これを、最後まで残して置いてよかった」


 故に、俺は最後の秘宝を取り出す。

 真っ赤に彩られた、奇妙で歪な形をした、ハサミを。

 あらゆる縁を断つ、『縁切り鋏』を。


「オウル。俺のカウントに合わせて空間隔離を解除しろ」

《了解しました》

「三、二、一……今っ!」

《空間隔離を解除。同時に、何物かからの観測を確認。ミサキの視覚を強化・変換。因果を視覚化します》


 オウルのアシストにより、視覚で因果の糸を捕らえる。

 少女に繋がれた、最も邪で悍ましい黒き悪縁、それを、断つ。


「悪縁切断――――さぁ、悪い魔女は物語から退場しろ」


 ちょきん。

 心地良い切断音と共に、少女に繋がれていた悪縁――即ち、『奈落魔女』との縁を断ち切った。これで、どこをどう足掻いても少女を害することは出来ない。無論、少女の周囲を害することも、少女との関係性に入るので、それすらも不可能だ。

 悪い奴とはそもそも関わらなければいい。

 関わらないように縁を断てばいい。

 そういうコンセプトの秘宝であるが、使い過ぎると反動が来るので注意だ。


《…………半径十キロ程度のスキャンが終わりました。状況、変わらず。現時点で、現地民の安全を保障します》

「おう、これで多分、一安心だな」

《あれだけしても確証を持てないのですか?》

「相手が超越者だったら、こんなのはそもそもお遊びみたいなものだからな。まー、この世界に超越者の気配は存在しないから、多分大丈夫だと思う。俺を完全に凌駕する存在だったら、そもそもこの心配すら無意味だし」

《上を考慮するとキリがないですね》

「人間、死ぬときはあっさり死ぬからなぁ。でも、とりあえずのところはさ」


 俺は焼け焦げた大地に倒れ込んでいる少女を抱き上げて、お姫様抱っこの状態で歩き出す。行き先はもちろん、涙を浮かべながらこちらへ走ってくる少女の父親の下へ。


「この子の目が覚めた時に、何の憂いも無く笑顔にしてあげることは出来そうだ」


 俺は懐の寒さを、少女の重みと暖かさで誤魔化しながら、狐面の下で笑みを作る。

 この少女の笑顔が対価なら、こんな採算度外視も悪くない。

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