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第162話 見崎神奈の人間関係 4

 男と女の体を魂が行き来する上で、違和感を覚える部分がある。

 それは、股間の妙な喪失感と異物感。

 後は、胸。どれだけ貧乳であったとしても、男のそれと女のそれは色々違うから、違和感が生まれてしまう。

 それと、腰。腰のくびれとか、そういう感じの部分に変なふわふわとした落ち着かない感覚があったりするのだ。

 こういう時は、時間をかけてゆっくりと慣らしていくしかない。大体、一時間もその体で過ごせば、段々と違和感は少なくなっていく。俺のように、肉体を交換しなれば者ならば、数分ぐらいで違和感が消えるのだが、まぁ、それは特殊な事例だろう。

 ただ、こういう違和感を出来る限り早く消す方法が、俺の知る限りでは一つ、存在する。


「えへへー、ミサキ師匠ぉー♪」

「……むう」


 自分以外の誰かの温もりを感じること。

 誰かに触れること。ベストは、誰かに抱きしめてもらうこと。

 自分以外の誰かの存在を肌で感じることで、意識を自分よりも他者に集中させ、抱き締められることによって、現在の自分が必要とされていることを体で感じる。それこそが、違和感に対する一番の薬なのだ。

 …………ということを説明して、冗談交じりに「早く違和感が無くなるように、抱きしめてやろうか?」と尋ねると、カインズは躊躇いなく「お願いします!」と答えたので、現在進行形で俺はカインズを抱きしめている。

 場所は、『港』にある研究所内の、休憩室。

 貸し切らせてもらっているので、俺とカインズ以外はこの場に存在しない。


「なぁ、大丈夫だろ? 経験上、もう大丈夫だろ?」

「やー、まだです、ミサキ師匠。こう、オレは違和感が強いタイプなので。もうちょっと抱きしめて貰わないと」

「…………しょうがないなぁ、もう」

「わぁい!」


 子犬の如き無邪気さで、俺に抱き付くカインズの姿は現在、ポニーテイル姿の少女だ。

 髪の色は、花弁の如き鮮やかな黄色。瞳の色は青。顔立ちは幼く、どこか犬っぽい可愛らしい物。小柄で、外見年齢は十代前半。小学校高学年から中学生ぐらいの少女に見えるだろう。服装はTシャツにデニムのショーパンツという、動きやすさ重視であるが、出来るだけボーイッシュというか、男の子が着ていてもおかしくないファッションに留めている。

 つまり、現在のカインズはボーイッシュな言動の可愛らしい少女になっており、そんな彼? うん、彼で――が、自分の体の柔らかい部分を遠慮なく俺に押し付けてくるのだ。

 そう、男の体の俺に。


「いやぁ、最初は凄く違和感でしたけど、段々と慣れてきましたよ、ミサキ師匠。なんかこう、虚しい部分に、ミサキ師匠の体温を感じると、こう、ふわーってなるから安心です」

「言っておくけど、安心できないからな? その部分は本来、誰かにくっ付けることを躊躇う部分だからな? しかも、女の時の俺ならともかく、男の俺になんて」

「えっ? 何か問題あるのですか?」

「はっはっは、こやつめ」


 可愛らしい少女の顔で、にまにまとカインズは俺に笑いかける。

 こいつ、確信犯だな?

 …………まぁ、気持ちは分かる。肉体的に美少女になり、精神の磨耗を極力減らすために、特殊な薬品を使ったのだ。その結果、こう、妙に親しい誰かに抱き付いて、からかいたくなる気持ちは分からなくない。

 俺の場合は、クロエしか近くに居なかったので、渋々クロエに抱き付いていたのだが、後々、その時の様子を散々からかわれることになったのだ。

 うん、だからカインズも後でからかってやろう。

 元の肉体に戻った時、散々からかってやろう。

 機械天使の体で、似たようなことをしてやろうと思う。


「…………ごめんなさい、ミサキ師匠。なんか、オレ、調子に乗り過ぎましたね?」


 などと俺が復讐を考えていると、ふと、カインズがしょんぼりした顔で俺から離れた。


「あー、えっと、そんなこと無いと思うぞ?」

「いや、違うんです。その、オレ…………誰かにこうやって甘えるの、凄く久しぶりだから。おばさんは優しいけど、どうしても遠慮しちゃって。でも、女の子の体になって、その、ふわふわした気分になって、甘えが出ちゃったんだと思います、ごめんなさい」

「カインズ……」


 女の子の声で謝罪しながら、項垂れるカインズの姿に、俺は自らの傲慢を呪った。

 そうだ、まだカインズは子供じゃないか。

 いくら強いからと言って、両親を失い、復讐相手を乗り越え、世界の危機に遭遇し……大丈夫そうに見えたけれど、強がっていたのかもしれない。

 本当は怖くて、しんどくて、こういう機会でなければ、誰かに甘えることが出来なかったのかもしれない。そう、言い訳の一つも無ければ。


「いいさ、カインズ。甘えればいい。誰に恥じることだろうか? ここには、俺とお前しかいないじゃないか」

「で、でもご迷惑じゃ――」

「たった一人の弟子を甘えさせてやれない師匠なんて、師匠失格だ。だから、頼むよ、カインズ。この俺を師匠失格にはさせないでくれ」

「み、ミサキ師匠……」


 おずおずと、差し出される手を掴み、俺は優しくカインズを抱き寄せた。

 まったく、何を恥ずかしがっているのだろうか、俺は。

 いくら外見が可愛らしい少女でも、抱き寄せた瞬間の柔らかい感触が女の子以外の何物でもないとしても、中身はカインズなんだ。

 師匠らしく、頑張った弟子にはご褒美を与えなければ。


「師匠ぉ……えへへー」

「よしよし。時間には余裕があるから、たっぷり甘えるといいさ」


 俺は体を摺り寄せるカインズの頭を撫でて、静かに微笑む。


「…………うっわ、ちょろっ」


 いつの間にか現れていたクロエが、軽く引いた様子で俺をちょろい男扱いして来るが、そんなのは関係ない。

 今はただ、この弟子を甘やかそうと思う……例え、味を占めたように、こう、色々な部分をくっつけようとされても、今は受け入れよう。



●●●



 俺のホームはもうすぐ滅びる。

 いや、正確に言えば、『俺たちが滅ぼす』のだ。疑似管理者として、世界の滅びを辛うじて防いでいる、親友を取り戻すために。

 そのため、俺の世界では急ピッチで住民の移住が進められている。

 世界を滅ぼすのは、少なくとも、住民全員が、他の世界できっちりと生活基盤が保証されてから。長くとも、半年。短ければ、二か月ぐらいの時間で、それは為せるだろう。

 成し遂げたが故に、滅びる世界。

 歪だった、日常が終わる瞬間が、少しずつ近づいている。

 『港』近くの市場も、その終わりの雰囲気を助長するかのように、段々と活気が無くなっていく――――と俺たちは予想していたのだが、実際はその逆。

 世界の終わりが近づいた今、市場は逆に活気が盛り上がり、毎日、お祭り騒ぎのような有様となっていた。


「わぁ! 凄い活気ですね、ミサキ師匠! でも、師匠のホームはもうすぐその、滅びるのですよね? どうして、こんな風に、たくさんの人が来ているのですか?」

「あー、そうだな、ちょっと説明するか」


 俺はそんな活気あふれる市場を、はぐれないよう、カインズの手を引きながら歩いていた。


「俺の世界は、管理者の不在によって滅びる。現在は、俺の親友がなんとか管理者の代役をしているから、辛うじて保っている。そして、俺はその親友を解放してやるために、異界渡り歩いて、このホームの住民の移住先を探していた。ここまではいいな?」

「はい、大丈夫です! 確か、ここ最近でミサキ師匠がついに、その悲願を達成為されたのですよね!?」

「ああ、その通りだ。俺たちはなんとか、住民の移住先を確保できた。一つの世界にじゃなくて、多数の世界に分割して、だけどな? んでもって、現在は移住する予定の住人が、移住先と、このホームを行き来しながら引っ越しの準備を進めているわけだ……そうすると、どうなると思う?」

「あっ! ひょっとして、色々引っ越しのための物が必要だから、たくさん買い物する人が増えるんですね!」

「これまた、その通り。けれど、惜しいな、八十点だ」


 俺は周囲に視線を行き渡らせ、市場の様子を眺めて見せる。

 数多の世界からやってきた、多種多様な人種。

 そして、その多くは異世界人とこちらの現地民の組み合わせだ。現地民が、異世界人を誘い、市場で相談しながら色々と買い込んでいる光景が、市場でよく見られている。

 数多の言語を統一するために、きっと、言語管理担当は今、大忙しだろう。


「あっ、そうか! 移住先で知り合った人が、こちらに来て一緒に買い物するパターンがあるんですね! 移住先の世界で何が便利なのか? 何が必要で不要なのかを見極めるために」

「そうだ、カインズ。さらには、これを商機ととらえて、移住先の異世界から多くの商人がこの市場で出店している。ここは今、期間限定とはいえ、『数多の異世界が交じり合う特異点』だからな。自慢の商品を売り込むもよし。色々な商品を買い込み、自分の世界で新しい商機を探すもよし。だから、この市場は活気にあふれているんだ」

「ふわぁ。だから、お祭りみたいに賑やかなんですね!」

「そうそう。今の市場なら、それなりに楽しめ――――ん、んん?」


 と、俺がカインズに対して説明している時だった。

 市場を回る人の流れの中に、見覚えのある影を見つける。


「……あ」


 どうやら、そいつも俺に気付いたらしく、こちらに視線を向けて、最悪なことに視線が合ってしまう。

 駄目だな。視線を合わせなければ、互いにスルーできたかもしれないが、ばっちり目が合ってしまったのだから、仕方ない。

 軽やかな挨拶の一つでもしていこうじゃないか。

 俺は、そいつ――――黒翼を背負う、小柄な美少女へ、爽やかな笑みを浮かべて声をかける。


「いよぉ、元気かよ、【黒色殲滅】。何か買い物―――死ね!」

「お前はもう少し、殺意を抑えたらどうなのですか? 英雄」


 かつての、宿敵に対して、軽やかに声をかける。

 我ながら、不俱戴天の仇に対して、随分軽いなぁ、と苦笑してしまった。

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